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act-15 アスカと飛鳥
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高田馬場で山手線を降りると、アスカは九条に腕を絡ませたまま大通りを早稲田方面に歩いた。混雑した車内では聞きずらかったことを九条は口にした。
「女装のままでいいのか?」
アスカは九条をちらりと見て「全然大丈夫。お母さんだけじゃなくて、みんな私のこと知ってるから」
九条は立ち止まった。
「どうしたの?」
「みんなって何だよ?」
「行けば分かるよん」
アスカはそう言うと再び歩き始めた。状況が飲み込めないが、アスカの母親に会えるのはチャンスだ。この突然の機会がなくとも、近いうちに両親に会いたいとアスカに頼むつもりだった。
女装の男子高校生‥そのことを親はどう捉えているのだろう?
もちろん、取材を受けてくれるかは分からない。だが、自分に好意を寄せるアスカを突破口に何とか撮影への糸口を探るつもりだった。
明治通りを越してしばらく歩き、狭い路地を曲がるとアスカは指を差した。その先に『飛鳥』という文字が書かれた赤提灯がある。
「おい、まさか‥」
九条の言葉が終わらぬうちに、アスカは絡めた腕を外し「ただいまー」の声と共に暖簾をくぐった。店内からは「おーお帰り!」という男の声の後に「遅い」という女性の声がした。
「何してるの?入って」
店内からアスカの声が聞こえた。状況が飲み込めないまま九条は暖簾をくぐる。
「お母さん、お客さん連れてきたよ」
カウンターに囲まれた狭い厨房で、咥えた煙草に火をつけようとしていた着物の女性が九条を見て「あら、いらっしゃい」と声をかけた。ちょっとふくよかな体型で、まん丸の目をしている。
「まー君、私の母です」
アスカの言葉に「九条です」と会釈すると、カウンターの端にいた初老の男が「おー、ついに彼氏を連れて来たか」とアスカに言った。
「ご想像にお任せしまーす」
アスカはそう答えると、厨房の奥の部屋に消えた。
「どうぞ座って。何を飲みます?」
まん丸目にそう言われ、九条は「では、ビールを」と言いながら勧められたカウンターに腰を下ろした。
和風の装飾と演歌‥カウンターには先ほどの初老の男以外にもう一人、派手な化粧をした水商売風の中年女性がいた。初老の男の方が九条に声をかけた。
「アスカが連れて来た大事なお客さんだ。ママ、最初のビールは俺が払う」
アスカの母親が「さすが剣崎さん。じゃあ、そうさせてもらうわ」と言って、九条にグラスを手渡す。
「いや、そういうわけには‥」
九条の言葉は、母親の「さあ、どうぞ」の笑顔にかき消された。「すみません」と初老の男‥剣崎に頭を下げ酌を受けた。
「アスカちゃんは、この店のアイドルだからね」
水商売風の女がそう言って「あたしケイコ」と付け加えた。九条が恐縮しながらビールに口をつけると、アスカの母親は「これ、食べてみて」と小鉢を差し出した。大根とジャガイモの煮物らしい。
九条は箸でジャガイモをつまんで口に入れた。
「旨い!」
思わずそう言った九条に、アスカの母親は「でしょう?」と笑顔で言い「すぐに分かったわよ、九条さんだって」と続けた。
「私がいつもお母さんに、九条さんのこと話してるからね」
声の方に視線をやると、アスカが髪を後ろでまとめながら厨房にやってきた。エプロンをしている。アスカを振り向き母親が言った。
「私、スーパー行ってくるからちょっとお願い」
「OK」
母親が店から出て行くと、アスカは腕まくりしながら「まー君、何食べたい?」と聞いてきた。
「え?オマエ‥いや、アスカちゃんが作るの?」
「もちろん!」
アスカの言葉にケイコが「女より全然料理うまいよ」と口を挟んだ。
「ケイコさん、その言い方引っかかる」
「あーごめん」
剣崎が大笑いする中「じゃあお任せしようかな」と九条が言うと、アスカは「了解でーす」と包丁を手にした。
こんな時間、こんな環境で高校生に酒のつまみを作らせていることには少々抵抗はあったが、知らないアスカを見るいい機会だ。九条はビールを口にしながら、厨房でトントンと包丁の音を立てるアスカを見ていた。
-こいつもいろいろあるんだろうな-
少なくとも自分がアスカぐらいの歳の頃は何も考えてなかった。普通のサラリーマン家庭に育った九条は、何の疑問もなく毎日学校に通い、放課後は男友達とサッカーで汗を流し、そして定時に帰宅する父を囲んで当たり前のように夕食と団欒の日々があった‥
「お待ちどうさま」
アスカの声に顔を上げるとカウンターに一つ小鉢が置かれている。
「これは?」
「いいマグロがあったんで、ナスと人参の細切りをゴマ油で炒めて、大葉と海苔をまぶしてみたの」
九条は一口食べて唸った。
「どう?」
「驚いた‥美味しい」
アスカは「やったー」と手を叩くと、剣崎とケイコに向かってピースサインをする。と、その時小さく携帯の着信音がした。アスカがエプロンのポケットからスマホを取り出す。
「ちょっとごめん、友達から」アスカはそう言って店の外に出て行った。九条がアスカの小鉢に箸を進めているとケイコの声がした。
「九条さんだったわね」
「はい」
「アスカはいい子だから、頼むわね」
「俺は彼氏とか、そういうんじゃなくて」
「そんなことは分かってる」
剣崎が九条の言葉を遮った。
「あの子はな、ほんと苦労してるんよ」
陽気な好々爺は影を潜め、暗い目が九条を見つめていた。
「女装のままでいいのか?」
アスカは九条をちらりと見て「全然大丈夫。お母さんだけじゃなくて、みんな私のこと知ってるから」
九条は立ち止まった。
「どうしたの?」
「みんなって何だよ?」
「行けば分かるよん」
アスカはそう言うと再び歩き始めた。状況が飲み込めないが、アスカの母親に会えるのはチャンスだ。この突然の機会がなくとも、近いうちに両親に会いたいとアスカに頼むつもりだった。
女装の男子高校生‥そのことを親はどう捉えているのだろう?
もちろん、取材を受けてくれるかは分からない。だが、自分に好意を寄せるアスカを突破口に何とか撮影への糸口を探るつもりだった。
明治通りを越してしばらく歩き、狭い路地を曲がるとアスカは指を差した。その先に『飛鳥』という文字が書かれた赤提灯がある。
「おい、まさか‥」
九条の言葉が終わらぬうちに、アスカは絡めた腕を外し「ただいまー」の声と共に暖簾をくぐった。店内からは「おーお帰り!」という男の声の後に「遅い」という女性の声がした。
「何してるの?入って」
店内からアスカの声が聞こえた。状況が飲み込めないまま九条は暖簾をくぐる。
「お母さん、お客さん連れてきたよ」
カウンターに囲まれた狭い厨房で、咥えた煙草に火をつけようとしていた着物の女性が九条を見て「あら、いらっしゃい」と声をかけた。ちょっとふくよかな体型で、まん丸の目をしている。
「まー君、私の母です」
アスカの言葉に「九条です」と会釈すると、カウンターの端にいた初老の男が「おー、ついに彼氏を連れて来たか」とアスカに言った。
「ご想像にお任せしまーす」
アスカはそう答えると、厨房の奥の部屋に消えた。
「どうぞ座って。何を飲みます?」
まん丸目にそう言われ、九条は「では、ビールを」と言いながら勧められたカウンターに腰を下ろした。
和風の装飾と演歌‥カウンターには先ほどの初老の男以外にもう一人、派手な化粧をした水商売風の中年女性がいた。初老の男の方が九条に声をかけた。
「アスカが連れて来た大事なお客さんだ。ママ、最初のビールは俺が払う」
アスカの母親が「さすが剣崎さん。じゃあ、そうさせてもらうわ」と言って、九条にグラスを手渡す。
「いや、そういうわけには‥」
九条の言葉は、母親の「さあ、どうぞ」の笑顔にかき消された。「すみません」と初老の男‥剣崎に頭を下げ酌を受けた。
「アスカちゃんは、この店のアイドルだからね」
水商売風の女がそう言って「あたしケイコ」と付け加えた。九条が恐縮しながらビールに口をつけると、アスカの母親は「これ、食べてみて」と小鉢を差し出した。大根とジャガイモの煮物らしい。
九条は箸でジャガイモをつまんで口に入れた。
「旨い!」
思わずそう言った九条に、アスカの母親は「でしょう?」と笑顔で言い「すぐに分かったわよ、九条さんだって」と続けた。
「私がいつもお母さんに、九条さんのこと話してるからね」
声の方に視線をやると、アスカが髪を後ろでまとめながら厨房にやってきた。エプロンをしている。アスカを振り向き母親が言った。
「私、スーパー行ってくるからちょっとお願い」
「OK」
母親が店から出て行くと、アスカは腕まくりしながら「まー君、何食べたい?」と聞いてきた。
「え?オマエ‥いや、アスカちゃんが作るの?」
「もちろん!」
アスカの言葉にケイコが「女より全然料理うまいよ」と口を挟んだ。
「ケイコさん、その言い方引っかかる」
「あーごめん」
剣崎が大笑いする中「じゃあお任せしようかな」と九条が言うと、アスカは「了解でーす」と包丁を手にした。
こんな時間、こんな環境で高校生に酒のつまみを作らせていることには少々抵抗はあったが、知らないアスカを見るいい機会だ。九条はビールを口にしながら、厨房でトントンと包丁の音を立てるアスカを見ていた。
-こいつもいろいろあるんだろうな-
少なくとも自分がアスカぐらいの歳の頃は何も考えてなかった。普通のサラリーマン家庭に育った九条は、何の疑問もなく毎日学校に通い、放課後は男友達とサッカーで汗を流し、そして定時に帰宅する父を囲んで当たり前のように夕食と団欒の日々があった‥
「お待ちどうさま」
アスカの声に顔を上げるとカウンターに一つ小鉢が置かれている。
「これは?」
「いいマグロがあったんで、ナスと人参の細切りをゴマ油で炒めて、大葉と海苔をまぶしてみたの」
九条は一口食べて唸った。
「どう?」
「驚いた‥美味しい」
アスカは「やったー」と手を叩くと、剣崎とケイコに向かってピースサインをする。と、その時小さく携帯の着信音がした。アスカがエプロンのポケットからスマホを取り出す。
「ちょっとごめん、友達から」アスカはそう言って店の外に出て行った。九条がアスカの小鉢に箸を進めているとケイコの声がした。
「九条さんだったわね」
「はい」
「アスカはいい子だから、頼むわね」
「俺は彼氏とか、そういうんじゃなくて」
「そんなことは分かってる」
剣崎が九条の言葉を遮った。
「あの子はな、ほんと苦労してるんよ」
陽気な好々爺は影を潜め、暗い目が九条を見つめていた。
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