九条Dの完パケ -傷だらけの天使たち-

麻美拓海

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act-20 九条のAD

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めっきり秋の気配漂う10月中旬、ハルのレコーディングが始まった。来年、年明けにリリース予定のデビューアルバムだ。
九条は、新大久保にあるスタジオ前で腕時計に目をやった。待ち合わせまであと10分‥

-5分前までに来たら合格だな-

そう思って顔を上げると前方から走ってくる人物が目に入った。

「おはようございます!」

その人物は笑顔でそう言うと「三脚持ちます」と手を伸ばした。九条は三脚バックを渡しながら「合格だ」と告げると、キョトンとした顔に向かって「行くぞ」と伝えた。

スタジオに入ると、もう鴨志田とハルがいた。

「九条ちゃん、よろし‥」

振り向いた鴨志田がそのまま固まって言葉を詰まらせた。その背後でハルも驚いた表情をしている。

「ちゃんと挨拶しろよ」

そう言った九条の後ろから、三脚を抱えた人物がぺこりとお辞儀をした。

「アシスタントのアスカです。よろしくお願いします」
「えっ?えっ?‥ど、どう言うこと?」

しどろもどろの鴨志田に九条が説明した。

「詳しくは後で話しますが、今日から俺のADとしてアスカに撮影のアシスタントをお願いしたんです」

言葉を失っている鴨志田の代わりにハルが言った。

「へー、いいじゃん。頑張んなよ」

アスカの「はーい」という声が、まだ無音のスタジオに響いた。

***********************************

話は先日の『飛鳥』に遡る。
アスカと母親の取材を終えた九条は店にやってきた剣崎と飲み始め、やがてケイコも合流。3人は前の晩の再現かのように杯を重ねていた。そして何かの折に九条はアスカにこう尋ねてみた。

「アスカは何か趣味とかないの?」

その返答を待たず剣崎が口を出した。

「映画。もう生粋の映画バカだよ」

その言葉を聞いたケイコが言う。

「アスカの部屋に行ってみなよ」

アスカの「来る?」を聞き九条は母親に「いいですか?」と許可を求めアスカの部屋に行った。そして驚いた。
部屋の壁にはハルのポスターと並んで、映画のポスターやチラシがベタベタと貼られている。本棚を見ると映画関連のものばかりが並んでいた。

「オマエ、映画好きなの?」
「ハルちゃんと同じくらい好きー」

九条の質問は愚問だった。ゴダールの「勝手にしやがれ」にレオス・カラックスの「汚れた血」、そして長谷川和彦の「青春の殺人者」‥こんなポスターを部屋に貼ってる奴に「映画好きなの?」は無いだろう。

「私ね。いつか映像の仕事ができたらいいなぁって思ってるんだ。ま、夢だけどね」

無言でアスカを見つめる九条に、アスカはこう続けた。

「だからね、ちょっと九条さんに憧れがあるんだ」

アスカに向かって九条はこう返した。

「オマエ、高校やめちゃったんだよな」
「うん、どうしてそんなこと聞くの?」
「もし時間あったら、バイトで俺のアシスタントやってみる?」

***********************************

スタジオでは鴨志田とハル、そしてエンジニアの打ち合わせが始まっていた。ファーストアルバム‥アーティストにとっては最初の関門だ。シングルで一発当てるのはよくある。が、アーティストの底力‥特にシンガーソングライターはアルバムの評価が大きい。九条は3人の邪魔にならぬよう、やや離れたポジションでカメラを構えていた。

しばらくするとスタジオにアスカがやって来た。

「九条さん、陽が出ましたよ」

九条はそれを聞くと「三脚持って来て」と告げスタジオを出た。可憐な外見のアスカに重たい三脚を持たせることを一瞬躊躇したが、いやいやこいつは男だ、と自分に言い聞かせた。

外に出ると、確かにいい感じの陽だ。
九条はアスカが持って来た三脚にカメラを乗せ、スタジオの外観(建物の外回り全景)を撮影した。雲から太陽が出る瞬間を待つ‥それがアスカのAD初任務だった。

外観を撮り終えた二人が戻ると、ハルがスタジオの中央でストレッチをしていた。

「ハンディにする」

そう言った九条にアスカは三脚からカメラを外して手渡した。静かにゆっくりハルに近づく‥九条の後に続こうとしたアスカを手で追い払い、目で「こっちに来るな」と伝えた。ファインダーの中には、緊張したハルの顔が映し出されている。
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