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act-25 デビュー
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「珈琲は飲めなかったよね」
そう言いながら九条は、ティーバッグで煎れた紅茶の入った紙コップをミチルに手渡した。
「覚えてくれてたんですね」
「ああ。俺は自分で取材した相手のことは結構細かいことまで覚えてるんだ」
渋谷駅とNHKのちょうど真ん中辺り‥ここは九条がよく出入りする映像プロダクションが入るビル。ミチルを連れ唐突に訪ねた九条は、ロケ準備で居残っていたADに「会議室ひとつ貸してよ。社長には俺からあとで説明しておくから」と言い、いつもは打ち合わせで使う部屋にミチルを案内した。
ミチルは九条の言葉に少し嬉しそうな顔をすると、紅茶を一口飲んで言った。
「じゃあ、私にアドバイスしてくれたことも覚えてます?」
「えっ?どのことかな」
「ハルちゃんみたいに、何でもいいから自分を表現すること始めてみたら?って言ってくれたこと」
確かに、そんなことを言った。
「自分の心を形にすることは、何かのきっかけになるかもしれないって。私、その言葉すごく響いたの。だから、九条さんの言う通りにしてみた」
ミチルは一気にこれまでのことを話し始めた。
ミチルはあの日以来、ハルがそうしたように自分の考えや思っていることを詩に書き始めた。そして、その詩を公募されていた音楽会社に送った。九条はもちろん、一般人でも名前を知っている大手のプロダクションだ。しばらくしてその会社のプロデューサーから連絡があり、ミチルはその人物と頻繁に会うようになり、作詞におけるアドバイスをされ、同時に勧められるがままにボイストレーニングも受けてきたと言う。そしてある日そのプロデューサーが目をかけていたインディーズのバンドに「ボーカルとして加入しないか?」というオファーをもらった。それが佐伯のバンドだった‥
「いい話じゃないか」
話を聞き終わると九条はそう言った。
「そう思いますか?」
「もちろん」
「本当に?」
「新しい可能性を見つけたんだから素晴らしいことだよ」
「良かったぁ‥九条さんにそう言ってもらうと嬉しい」
いい加減なアドバイスをしたつもりはない‥が、自分の言葉をきっかけに十代の少女の人生が変わりつつあることに、九条は少し戸惑いを感じていた。特に芸能界は闇の部分も多い。ミチルへの助言は本当に彼女の人生にとってプラスだったのか?
「でも‥」
一瞬輝いたミチルの表情が曇る。
「ハルちゃんや鴨志田さんに何て言ったらいいか」
「どうして?」
「だって、ハルちゃんと同じようなこと始めるなんて」
「そんなこと気にする必要ないよ」
「なんか‥言い出しにくくて」
「分かるよ。ハルとはある意味ライバルになるわけだから。でも、この業界そんなに簡単じゃないからね。ミチルが自分の力で第一歩を踏み出したことは認めるけど、だからと言って成功が約束されているわけじゃない。そんなに甘い世界じゃない」
俯いているミチルの肩をポンと叩き、九条はこう続けた。
「だからさ。何も遠慮なんかしないで全力で頑張ってみろよ」
ミチルが顔を上げた。
「来年‥2月に、デビューシングル出すんだって」
「えっ?デビューが決まってるの?」
「そうみたい。1月にお披露目のライブをするって、プロデューサーさんが言ってた。見に来てもらえたら嬉しいな」
正直驚いた。そこまで具体的な話が進んでいるとは思ってもみなかった。音楽会社が無名の若手を囲うなんてことはよくある話だ。が、そこからデビューというステップに進むことが出来る確率は非常に低い。しかもミチルの場合、異例と思えるほど話の進展が早い。それだけ会社やプロデューサーにミチルの才能は買われている、ということか?
さっきはああ言ったものの、九条の内心は複雑だった。来年1月にお披露目ライブ‥ハルのアルバムリリースと重なる。しかも、鴨志田が立ち上げたインディーズレーベルとは違い、ミチルを売り出すプロダクションは超メジャーな会社だ。確実に話題を作りプロモーションを仕掛けてくる。
「九条さんがライブに来てくれるなら、私すごく心強い」
ミチルの言葉に「もちろん行くさ」と答えた九条はハッとした。
-バカか、俺は。何をいいおじさんやってるんだ?これはチャンスじゃないか。ハルの追っかけをやってた子がデビューする‥しかも、ハルが勝負をかける同じ時期に。番組にとってこんなにおいしい展開はない!-
「ひとつ頼みがあるんだけど」
「なんですか?」
「そのライブ。取材させてくれないか?」
ミチルは目を輝かせた。
「嬉しい!‥でも、緊張しちゃうなぁ」
「事務所や会社のプロデューサーとかに許可もらってくれる?」
「分かりました」
「ミチルはまだよく分からないと思うけど、こういうのって権利関係とかややこしい問題がいっぱいあるからね」
「はい。頼んでみます」
もしかして、こいつ大化けするかもしてないぞ。そう思う九条の脳裏を、ハルと鴨志田の顔がチラリとかすめた‥
そう言いながら九条は、ティーバッグで煎れた紅茶の入った紙コップをミチルに手渡した。
「覚えてくれてたんですね」
「ああ。俺は自分で取材した相手のことは結構細かいことまで覚えてるんだ」
渋谷駅とNHKのちょうど真ん中辺り‥ここは九条がよく出入りする映像プロダクションが入るビル。ミチルを連れ唐突に訪ねた九条は、ロケ準備で居残っていたADに「会議室ひとつ貸してよ。社長には俺からあとで説明しておくから」と言い、いつもは打ち合わせで使う部屋にミチルを案内した。
ミチルは九条の言葉に少し嬉しそうな顔をすると、紅茶を一口飲んで言った。
「じゃあ、私にアドバイスしてくれたことも覚えてます?」
「えっ?どのことかな」
「ハルちゃんみたいに、何でもいいから自分を表現すること始めてみたら?って言ってくれたこと」
確かに、そんなことを言った。
「自分の心を形にすることは、何かのきっかけになるかもしれないって。私、その言葉すごく響いたの。だから、九条さんの言う通りにしてみた」
ミチルは一気にこれまでのことを話し始めた。
ミチルはあの日以来、ハルがそうしたように自分の考えや思っていることを詩に書き始めた。そして、その詩を公募されていた音楽会社に送った。九条はもちろん、一般人でも名前を知っている大手のプロダクションだ。しばらくしてその会社のプロデューサーから連絡があり、ミチルはその人物と頻繁に会うようになり、作詞におけるアドバイスをされ、同時に勧められるがままにボイストレーニングも受けてきたと言う。そしてある日そのプロデューサーが目をかけていたインディーズのバンドに「ボーカルとして加入しないか?」というオファーをもらった。それが佐伯のバンドだった‥
「いい話じゃないか」
話を聞き終わると九条はそう言った。
「そう思いますか?」
「もちろん」
「本当に?」
「新しい可能性を見つけたんだから素晴らしいことだよ」
「良かったぁ‥九条さんにそう言ってもらうと嬉しい」
いい加減なアドバイスをしたつもりはない‥が、自分の言葉をきっかけに十代の少女の人生が変わりつつあることに、九条は少し戸惑いを感じていた。特に芸能界は闇の部分も多い。ミチルへの助言は本当に彼女の人生にとってプラスだったのか?
「でも‥」
一瞬輝いたミチルの表情が曇る。
「ハルちゃんや鴨志田さんに何て言ったらいいか」
「どうして?」
「だって、ハルちゃんと同じようなこと始めるなんて」
「そんなこと気にする必要ないよ」
「なんか‥言い出しにくくて」
「分かるよ。ハルとはある意味ライバルになるわけだから。でも、この業界そんなに簡単じゃないからね。ミチルが自分の力で第一歩を踏み出したことは認めるけど、だからと言って成功が約束されているわけじゃない。そんなに甘い世界じゃない」
俯いているミチルの肩をポンと叩き、九条はこう続けた。
「だからさ。何も遠慮なんかしないで全力で頑張ってみろよ」
ミチルが顔を上げた。
「来年‥2月に、デビューシングル出すんだって」
「えっ?デビューが決まってるの?」
「そうみたい。1月にお披露目のライブをするって、プロデューサーさんが言ってた。見に来てもらえたら嬉しいな」
正直驚いた。そこまで具体的な話が進んでいるとは思ってもみなかった。音楽会社が無名の若手を囲うなんてことはよくある話だ。が、そこからデビューというステップに進むことが出来る確率は非常に低い。しかもミチルの場合、異例と思えるほど話の進展が早い。それだけ会社やプロデューサーにミチルの才能は買われている、ということか?
さっきはああ言ったものの、九条の内心は複雑だった。来年1月にお披露目ライブ‥ハルのアルバムリリースと重なる。しかも、鴨志田が立ち上げたインディーズレーベルとは違い、ミチルを売り出すプロダクションは超メジャーな会社だ。確実に話題を作りプロモーションを仕掛けてくる。
「九条さんがライブに来てくれるなら、私すごく心強い」
ミチルの言葉に「もちろん行くさ」と答えた九条はハッとした。
-バカか、俺は。何をいいおじさんやってるんだ?これはチャンスじゃないか。ハルの追っかけをやってた子がデビューする‥しかも、ハルが勝負をかける同じ時期に。番組にとってこんなにおいしい展開はない!-
「ひとつ頼みがあるんだけど」
「なんですか?」
「そのライブ。取材させてくれないか?」
ミチルは目を輝かせた。
「嬉しい!‥でも、緊張しちゃうなぁ」
「事務所や会社のプロデューサーとかに許可もらってくれる?」
「分かりました」
「ミチルはまだよく分からないと思うけど、こういうのって権利関係とかややこしい問題がいっぱいあるからね」
「はい。頼んでみます」
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