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act-32 ワンマンライブ①
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年の瀬の渋谷。駅前での待ち合わせを後悔していた。四方から聞こえてくる爆音のクリスマスソングと、まだ昼過ぎだと言うのに酔ったかのように浮かれる群衆‥その雑踏の中、九条はカメラとレンズを入れたジェラルミンのケースを持ち三脚バックを肩にかけ、前など見ずに歩いてくる若い世代とぶつからぬよう気を使っていた。
「メリークリスマス!」
呑気な声に振り向くと、満面の笑みを浮かべたアスカが立っている。
「何を浮かれてる。仕事だぞ」
九条がそう言うと「はいはい、三脚持ちまーす」とアスカは両手を差し出した。
12月21日。今日はハルのライブがある。しかもDという連日メジャーアーティストが出演する会場でのワンマンだ。今まで彼女が立ってきたステージのキャパとは比べ物にならないくらいデカい舞台。イヴやクリスマス当日はビックバンドが押さえてしまっているので、21日というやや中途半端な日になってしまったが、それでもインディーズレーベルのハルには十分なクリスマスライブだ。
「お客さん、満員になるかなぁ?」
道玄坂を歩きながらアスカが心配そうに聞いてきた。九条はプロデューサーの鴨志田から『チケット、7割の売れ行き』との情報を聞いていた。名の知れたアーティストでない場合、当日券の売れ具合が意外と大きい。是が非でも観たいという固定ファン以外は当日の予定や気分、それに天候などにも左右されるからだ。
会場に着くと二人はすぐにステージへと向かった。照明や音響スタッフが舞台監督の指示で準備を進めている。客席を見ると、がらんとしたそのど真ん中に腕組みをした鴨志田がいた。
「まわすぞ」
九条はそう言ってアスカからカメラを受け取り、RECボタンを押すとステージの上から鴨志田へと近づいていった。広い客席の中、小さかった鴨志田の姿がファインダーの中でどんどん大きくなる。微動だにせずステージを見つめる鴨志田に九条は声をかけた。
「いよいよですね」
「やっとここまで来たよ」
「今日はプロデューサー鴨志田さんにとってどんな日ですか?」
「勝負の日でしょ。まずは客が入るか。その客がハルを気に入ってくれるか」
「今、客席でどんなことを考えていたんですか?」
「ハルと最初に会った時のことを思い出してたよ」
「と、言いますと?」
「路上でギター弾きながら歌ってた。なんか真剣さが伝わってきたんだよね。歌じゃなくて‥なんて言うかな、生きることに対してって言うか。俺とハルじゃ親子ほど年が違うけどね。でも‥そのまま通り過ぎることが出来なかった」
「何か魅力があったと?」
「俺もよく分からないんだけどね。ただ、いいか悪いかは別にして本物感て言うのかな‥うん、本物感があった。俺もこの業界長いけど、そういうの久々だったんだよね」
九条はレンズから目を離し「どーもです」と言うと鴨志田の背後にまわった。鴨志田の背中越しに着々とセッティングが進むステージが映る。「いい絵ですね」と顔を近づけ耳元でアスカが小声で言う。同時に九条の鼻腔を柑橘系の匂いがくすぐった。
「オマエなぁ」
「嫌いですか?この香り」
アスカは九条の言葉を遮りニッコリ微笑む。その時、鴨志田の携帯が鳴った。九条はすぐさまカメラを鴨志田に向ける。
「おー、分かった。すぐ行く」
鴨志田はそう言いながら立ち上がると、九条を振り向き「ハルが到着した」と告げた。九条とアスカは鴨志田の後を追う。もちろんカメラはRECしたままだ。レンズの中でブレブレの鴨志田の背中が会場を出て階段を駆け下り、分厚い扉を押し開ける。眩しい外光が差し込み‥その先にハルがいた。
「メリークリスマス!」
呑気な声に振り向くと、満面の笑みを浮かべたアスカが立っている。
「何を浮かれてる。仕事だぞ」
九条がそう言うと「はいはい、三脚持ちまーす」とアスカは両手を差し出した。
12月21日。今日はハルのライブがある。しかもDという連日メジャーアーティストが出演する会場でのワンマンだ。今まで彼女が立ってきたステージのキャパとは比べ物にならないくらいデカい舞台。イヴやクリスマス当日はビックバンドが押さえてしまっているので、21日というやや中途半端な日になってしまったが、それでもインディーズレーベルのハルには十分なクリスマスライブだ。
「お客さん、満員になるかなぁ?」
道玄坂を歩きながらアスカが心配そうに聞いてきた。九条はプロデューサーの鴨志田から『チケット、7割の売れ行き』との情報を聞いていた。名の知れたアーティストでない場合、当日券の売れ具合が意外と大きい。是が非でも観たいという固定ファン以外は当日の予定や気分、それに天候などにも左右されるからだ。
会場に着くと二人はすぐにステージへと向かった。照明や音響スタッフが舞台監督の指示で準備を進めている。客席を見ると、がらんとしたそのど真ん中に腕組みをした鴨志田がいた。
「まわすぞ」
九条はそう言ってアスカからカメラを受け取り、RECボタンを押すとステージの上から鴨志田へと近づいていった。広い客席の中、小さかった鴨志田の姿がファインダーの中でどんどん大きくなる。微動だにせずステージを見つめる鴨志田に九条は声をかけた。
「いよいよですね」
「やっとここまで来たよ」
「今日はプロデューサー鴨志田さんにとってどんな日ですか?」
「勝負の日でしょ。まずは客が入るか。その客がハルを気に入ってくれるか」
「今、客席でどんなことを考えていたんですか?」
「ハルと最初に会った時のことを思い出してたよ」
「と、言いますと?」
「路上でギター弾きながら歌ってた。なんか真剣さが伝わってきたんだよね。歌じゃなくて‥なんて言うかな、生きることに対してって言うか。俺とハルじゃ親子ほど年が違うけどね。でも‥そのまま通り過ぎることが出来なかった」
「何か魅力があったと?」
「俺もよく分からないんだけどね。ただ、いいか悪いかは別にして本物感て言うのかな‥うん、本物感があった。俺もこの業界長いけど、そういうの久々だったんだよね」
九条はレンズから目を離し「どーもです」と言うと鴨志田の背後にまわった。鴨志田の背中越しに着々とセッティングが進むステージが映る。「いい絵ですね」と顔を近づけ耳元でアスカが小声で言う。同時に九条の鼻腔を柑橘系の匂いがくすぐった。
「オマエなぁ」
「嫌いですか?この香り」
アスカは九条の言葉を遮りニッコリ微笑む。その時、鴨志田の携帯が鳴った。九条はすぐさまカメラを鴨志田に向ける。
「おー、分かった。すぐ行く」
鴨志田はそう言いながら立ち上がると、九条を振り向き「ハルが到着した」と告げた。九条とアスカは鴨志田の後を追う。もちろんカメラはRECしたままだ。レンズの中でブレブレの鴨志田の背中が会場を出て階段を駆け下り、分厚い扉を押し開ける。眩しい外光が差し込み‥その先にハルがいた。
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