九条Dの完パケ -傷だらけの天使たち-

麻美拓海

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act-34 ワンマンライブ③

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さすがに楽屋の扉を開けるのは躊躇した。突然ステージで倒れたハル。フラつく彼女を抱えるように鴨志田が楽屋に入ってかなり時間が経つ。扉は「入って来んなよ」オーラを出しながら硬く閉ざされていた。廊下で立ち尽くす九条の隣でアスカが「ハルちゃん、大丈夫かなぁ」を繰り返している。
無論、九条の心中にも同じ気持ちはある‥あるが、その感情とは違う角度でこの事態と向き合っていた。
どうする‥?カメラをまわしながら楽屋に突入すべきか? いや、そこまですべきではない‥ハルの容体を、鴨志田の心中を察するべきだ。が‥ある意味チャンスだ。これは音楽番組ではない。ドキュメンタリーだ。視聴者が見たいのは滞りなく進むコンサートではない。被写体のハプニング‥ハルが直面する予想外の出来事だ。

「アスカ、三脚持って来てくれるか?」
「えっ」
「三脚だ」
「はい」

この事態をディレクターとしてどう料理するか?九条は頭をひねった。そしてカメラをまわしながら楽屋に突入することはやめた。躊躇なくそうするディレクターもいるだろう。仮にそこで鴨志田にカメラを拒否されても、短くても十分に緊張感が伝わる映像が撮れる。だが、九条にそれはできなかった。もし今日のコンサートが中止になれば、鴨志田に計り知れないダメージが襲いかかる。会場や全スタッフへの支払いなどあらゆる金銭的な負担。そして何より、今日に賭けていた鴨志田とハルの想い‥そんな恐怖と闘っている鴨志田に向かって不用意にカメラは向けられない。

「どこに立てます?」

三脚を抱えアスカが戻ってきた。九条は閉ざされたドアから廊下を挟んで、少しばかり離れた位置に三脚を立てカメラを固定した。レンズは楽屋に向けられ、ファインダーには閉ざされた扉と慌ただしく廊下を行き来するスタッフが映し出されている。そして時たま、そんなスタッフが扉を開けて中の様子を伺い、それに対応する鴨志田の緊迫した表情がチラチラと見え隠れしていた。

「めっちゃドキュメンタリーっぽい」

後ろからビュアーを覗き込んでいたアスカが感心したかのように言う。

「二流ディレクターの苦肉の策だ」

九条が自嘲気味に答えた時、大股で歩いて来た男が楽屋の扉をノックした。代理店の増渕だ。顔を出した鴨志田は相手が増渕だと分かると楽屋から出て、そのまま増渕と廊下で話し始めた。距離があるので、何を話しているのかは分からない。が、真剣な表情で話す二人が固定したカメラにいい感じで映っている。

「お。いいですね」

アスカが小声で言う。増渕が去り、再びドアが閉められた。九条がアスカに囁く。

「オマエにひとつ頼んでいいか?」
「何です?」
「ハルの楽屋に、ハンディで行ってきてくれないか?」

一瞬アスカはキョトンとした顔をし、そして「冗談ですよね?」と九条に聞き返した。

「冗談ではない。オマエがカメラまわして来い」

九条の言葉が終わらないうちにアスカは「ちょ、ちょっと待ってください」と言いながら大袈裟に後ずさりした。九条は三脚からカメラを外し、手早く調整しながら「オマエの出番だ」と言って言葉を失っているアスカにカメラを手渡した。

「フォーカスと絞りはオートにしておいたから」
「マジ‥?」
「一応、俺も男だからな。具合が悪くて倒れた女の子の部屋には行けないよ」
「‥」
「だからアスカ、オマエが頼りなんだ」

実はアスカは男だ‥なんて事実はこの際どうでもよい。自分の言葉が矛盾していることは百も承知だ。オマエが頼りだ、というのはアスカをその気にさせる為の殺し文句だ。そしてその言葉の効果は覿面で、アスカはちょっと笑えるぐらい真剣な表情で「わかりました」と頷いた。

「いいか。もうRECボタンは押してある。そのまま、胸元でカメラを構えながら楽屋に入って行くんだ」

ここで九条はダメ押しをする。

「あとはオマエに任せた」

アスカはもう一度深く頷くと、くるりと振り向き九条に背を向けハルの楽屋に向かって歩き始めた‥
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