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act-36 ワンマンライブ⑤
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佐伯たちを押し込めた部屋のドアを開け、九条は三人に向かって持って来た飲み物を放り投げた。
「乱暴だなぁ」
そう言って苦笑いする佐伯に「開演前に俺が呼びに来る。それまでここから出るな」と九条は告げ、アスカを連れて会場に戻った。
舞台上では照明部がライトを微調し、各セクションのスタッフが最終点検に入っていた。リハーサルは中断したが公演は予定通り行う‥鴨志田は病院に行く前にそう言い残したのだろう。
最後部の席に腰を下ろした九条は、カメラにイヤホンを付けると巻き戻しボタンを押した。
「ちゃんと撮れてるかな?」
背後から不安げに言うアスカを無視し九条は再生ボタンを押した。
楽屋内の光景が映りソファーにうつ伏せになって寝ているハルがいた。鴨志田の声がする。
「腎臓が悪いなんて、俺は初耳だぞ」
ハルは目を閉じたまま答える。
「大丈夫。たいしたことないから」
「そうは言っても‥」
「ライブは予定通りやるよ」
「‥」
「前にこうなった時、点滴で治った」
「‥」
「病院行けるかな?」
声は少しオフ気味だが、生々しい会話がバッチリ記録されている。九条はイヤホンを外し「ここだけでも大スクープだ」とアスカに囁いた。アスカは「良かった~」と言って九条の隣の席に腰を下ろすと、少し安堵したのか「その続きも見て」と催促した。
九条はアスカにも見えるように画面を調整すると、再生ボタンを押した。鴨志田が携帯で電話をかけている。カメラが、もう一度ハルに向けられた。そして、近づいて行く‥アスカの声がした。
「ハルちゃん‥大丈夫?」
少し間があって、ハルが目を開ける。
「アスカ、カメラまわせるんだ?」
「あ。ごめんね‥嫌だったら撮らないから」
「もう、散々撮ったでしょ?」
言葉こそいつものハルだが、その声は搔き消えるように弱い。
「私、ホントに‥ライブ成功してほしい‥の‥ハルちゃん‥」
「ん?何‥泣いてるの?アスカ」
「だって」
「あんたが泣いてもしょうがないじゃない」
「ハルちゃん、歌えるの?」
「歌うよ」
「大丈夫?」
「アスカ」
「なあに?」
「私が何で歌ってるか知ってる?」
「えっ?‥歌が好きだから」
「それもあるけど」
「うん」
「一番はね、私の武器だからなんだ」
「武器?」
「闘うための武器」
「‥」
「分かる?」
「誰と闘ってるの?」
「自分。生きるために」
「‥」
「だから何があっても歌うよ」
こんな映像が撮れているなんて!再生画面を見ながら平静を装っていたが、九条はディレクターとしての高揚感に身震いしていた。
余談を許さぬ緊迫した状況の中で、十代の少女(一人は男だが)の何の打算もない純粋な言葉のやりとり‥これはマジでこのドキュメンタリーのハイライトになり得る!
「ハル、増渕さんが知り合いの病院に連絡してくれた。歩けるか?」
鴨志田の声がして、ゴンッという音と共に映像は誰もいない窓際を映した。起き上がろうとするハルに、カメラを床に置いたアスカが手を貸したのだろう。
「病院行く。準備を進めておいてくれ」
アスカが再びカメラを手にすると、携帯でスタッフに指示する鴨志田、そしてハルがコートを羽織りキャップをかぶっている姿が映し出された。
そのあとは、鴨志田とハルが楽屋を出る後ろ姿、そしてミチルのくだりへとつながっていた。
九条は再生ボタンをオフにすると「よく頑張ったな」と言って、アスカの肩をポンポンと叩いた。
「うん‥でも、こんなハルちゃん撮っちゃっていいのかな?」
「それがドキュメンタリーだ」
「なんか、ちょっと罪悪感が‥ハルちゃん、嫌じゃなかったかな」
「本当に嫌ならあいつは言うよ。これはな、オマエとハルに信頼関係が無ければ撮れない映像だ」
「そうなの?」
「ああ。だから悩むな」
九条は、自らに向けた言葉だと思った。これまでどれだけ今のアスカと同じ思いで悩んできたことか‥
「さあ、そろそろ開場だ。客を撮りに行くぞ」
「はい」
九条とアスカが会場の入り口に着くと、そこには長蛇の列ができていた。
「アスカ。俺はここで撮影してるから、楽屋口に行ってくれないか?」
「何で?」
「ハルが病院から帰ってきたら‥それらしきタクシーが来たら、すぐ俺に携帯で知らせてくれ」
「分かった」
アスカは身を翻すと楽屋口に向かった。その背中を見送った九条が、客に向かってカメラを構えようとした時だ。先頭近くに並んでいた女性と目があった。
ユリアだった‥
「乱暴だなぁ」
そう言って苦笑いする佐伯に「開演前に俺が呼びに来る。それまでここから出るな」と九条は告げ、アスカを連れて会場に戻った。
舞台上では照明部がライトを微調し、各セクションのスタッフが最終点検に入っていた。リハーサルは中断したが公演は予定通り行う‥鴨志田は病院に行く前にそう言い残したのだろう。
最後部の席に腰を下ろした九条は、カメラにイヤホンを付けると巻き戻しボタンを押した。
「ちゃんと撮れてるかな?」
背後から不安げに言うアスカを無視し九条は再生ボタンを押した。
楽屋内の光景が映りソファーにうつ伏せになって寝ているハルがいた。鴨志田の声がする。
「腎臓が悪いなんて、俺は初耳だぞ」
ハルは目を閉じたまま答える。
「大丈夫。たいしたことないから」
「そうは言っても‥」
「ライブは予定通りやるよ」
「‥」
「前にこうなった時、点滴で治った」
「‥」
「病院行けるかな?」
声は少しオフ気味だが、生々しい会話がバッチリ記録されている。九条はイヤホンを外し「ここだけでも大スクープだ」とアスカに囁いた。アスカは「良かった~」と言って九条の隣の席に腰を下ろすと、少し安堵したのか「その続きも見て」と催促した。
九条はアスカにも見えるように画面を調整すると、再生ボタンを押した。鴨志田が携帯で電話をかけている。カメラが、もう一度ハルに向けられた。そして、近づいて行く‥アスカの声がした。
「ハルちゃん‥大丈夫?」
少し間があって、ハルが目を開ける。
「アスカ、カメラまわせるんだ?」
「あ。ごめんね‥嫌だったら撮らないから」
「もう、散々撮ったでしょ?」
言葉こそいつものハルだが、その声は搔き消えるように弱い。
「私、ホントに‥ライブ成功してほしい‥の‥ハルちゃん‥」
「ん?何‥泣いてるの?アスカ」
「だって」
「あんたが泣いてもしょうがないじゃない」
「ハルちゃん、歌えるの?」
「歌うよ」
「大丈夫?」
「アスカ」
「なあに?」
「私が何で歌ってるか知ってる?」
「えっ?‥歌が好きだから」
「それもあるけど」
「うん」
「一番はね、私の武器だからなんだ」
「武器?」
「闘うための武器」
「‥」
「分かる?」
「誰と闘ってるの?」
「自分。生きるために」
「‥」
「だから何があっても歌うよ」
こんな映像が撮れているなんて!再生画面を見ながら平静を装っていたが、九条はディレクターとしての高揚感に身震いしていた。
余談を許さぬ緊迫した状況の中で、十代の少女(一人は男だが)の何の打算もない純粋な言葉のやりとり‥これはマジでこのドキュメンタリーのハイライトになり得る!
「ハル、増渕さんが知り合いの病院に連絡してくれた。歩けるか?」
鴨志田の声がして、ゴンッという音と共に映像は誰もいない窓際を映した。起き上がろうとするハルに、カメラを床に置いたアスカが手を貸したのだろう。
「病院行く。準備を進めておいてくれ」
アスカが再びカメラを手にすると、携帯でスタッフに指示する鴨志田、そしてハルがコートを羽織りキャップをかぶっている姿が映し出された。
そのあとは、鴨志田とハルが楽屋を出る後ろ姿、そしてミチルのくだりへとつながっていた。
九条は再生ボタンをオフにすると「よく頑張ったな」と言って、アスカの肩をポンポンと叩いた。
「うん‥でも、こんなハルちゃん撮っちゃっていいのかな?」
「それがドキュメンタリーだ」
「なんか、ちょっと罪悪感が‥ハルちゃん、嫌じゃなかったかな」
「本当に嫌ならあいつは言うよ。これはな、オマエとハルに信頼関係が無ければ撮れない映像だ」
「そうなの?」
「ああ。だから悩むな」
九条は、自らに向けた言葉だと思った。これまでどれだけ今のアスカと同じ思いで悩んできたことか‥
「さあ、そろそろ開場だ。客を撮りに行くぞ」
「はい」
九条とアスカが会場の入り口に着くと、そこには長蛇の列ができていた。
「アスカ。俺はここで撮影してるから、楽屋口に行ってくれないか?」
「何で?」
「ハルが病院から帰ってきたら‥それらしきタクシーが来たら、すぐ俺に携帯で知らせてくれ」
「分かった」
アスカは身を翻すと楽屋口に向かった。その背中を見送った九条が、客に向かってカメラを構えようとした時だ。先頭近くに並んでいた女性と目があった。
ユリアだった‥
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