九条Dの完パケ -傷だらけの天使たち-

麻美拓海

文字の大きさ
37 / 45

act-36 ワンマンライブ⑤

しおりを挟む
佐伯たちを押し込めた部屋のドアを開け、九条は三人に向かって持って来た飲み物を放り投げた。

「乱暴だなぁ」

そう言って苦笑いする佐伯に「開演前に俺が呼びに来る。それまでここから出るな」と九条は告げ、アスカを連れて会場に戻った。
舞台上では照明部がライトを微調し、各セクションのスタッフが最終点検に入っていた。リハーサルは中断したが公演は予定通り行う‥鴨志田は病院に行く前にそう言い残したのだろう。
最後部の席に腰を下ろした九条は、カメラにイヤホンを付けると巻き戻しボタンを押した。

「ちゃんと撮れてるかな?」

背後から不安げに言うアスカを無視し九条は再生ボタンを押した。
楽屋内の光景が映りソファーにうつ伏せになって寝ているハルがいた。鴨志田の声がする。

「腎臓が悪いなんて、俺は初耳だぞ」

ハルは目を閉じたまま答える。

「大丈夫。たいしたことないから」
「そうは言っても‥」
「ライブは予定通りやるよ」
「‥」
「前にこうなった時、点滴で治った」
「‥」
「病院行けるかな?」

声は少しオフ気味だが、生々しい会話がバッチリ記録されている。九条はイヤホンを外し「ここだけでも大スクープだ」とアスカに囁いた。アスカは「良かった~」と言って九条の隣の席に腰を下ろすと、少し安堵したのか「その続きも見て」と催促した。
九条はアスカにも見えるように画面を調整すると、再生ボタンを押した。鴨志田が携帯で電話をかけている。カメラが、もう一度ハルに向けられた。そして、近づいて行く‥アスカの声がした。

「ハルちゃん‥大丈夫?」

少し間があって、ハルが目を開ける。

「アスカ、カメラまわせるんだ?」
「あ。ごめんね‥嫌だったら撮らないから」
「もう、散々撮ったでしょ?」

言葉こそいつものハルだが、その声は搔き消えるように弱い。

「私、ホントに‥ライブ成功してほしい‥の‥ハルちゃん‥」
「ん?何‥泣いてるの?アスカ」
「だって」
「あんたが泣いてもしょうがないじゃない」
「ハルちゃん、歌えるの?」
「歌うよ」
「大丈夫?」
「アスカ」
「なあに?」
「私が何で歌ってるか知ってる?」
「えっ?‥歌が好きだから」
「それもあるけど」
「うん」
「一番はね、私の武器だからなんだ」
「武器?」
「闘うための武器」
「‥」
「分かる?」
「誰と闘ってるの?」
「自分。生きるために」
「‥」
「だから何があっても歌うよ」

こんな映像が撮れているなんて!再生画面を見ながら平静を装っていたが、九条はディレクターとしての高揚感に身震いしていた。
余談を許さぬ緊迫した状況の中で、十代の少女(一人は男だが)の何の打算もない純粋な言葉のやりとり‥これはマジでこのドキュメンタリーのハイライトになり得る!

「ハル、増渕さんが知り合いの病院に連絡してくれた。歩けるか?」

鴨志田の声がして、ゴンッという音と共に映像は誰もいない窓際を映した。起き上がろうとするハルに、カメラを床に置いたアスカが手を貸したのだろう。

「病院行く。準備を進めておいてくれ」

アスカが再びカメラを手にすると、携帯でスタッフに指示する鴨志田、そしてハルがコートを羽織りキャップをかぶっている姿が映し出された。
そのあとは、鴨志田とハルが楽屋を出る後ろ姿、そしてミチルのくだりへとつながっていた。
九条は再生ボタンをオフにすると「よく頑張ったな」と言って、アスカの肩をポンポンと叩いた。

「うん‥でも、こんなハルちゃん撮っちゃっていいのかな?」
「それがドキュメンタリーだ」
「なんか、ちょっと罪悪感が‥ハルちゃん、嫌じゃなかったかな」
「本当に嫌ならあいつは言うよ。これはな、オマエとハルに信頼関係が無ければ撮れない映像だ」
「そうなの?」
「ああ。だから悩むな」

九条は、自らに向けた言葉だと思った。これまでどれだけ今のアスカと同じ思いで悩んできたことか‥

「さあ、そろそろ開場だ。客を撮りに行くぞ」
「はい」

九条とアスカが会場の入り口に着くと、そこには長蛇の列ができていた。

「アスカ。俺はここで撮影してるから、楽屋口に行ってくれないか?」
「何で?」
「ハルが病院から帰ってきたら‥それらしきタクシーが来たら、すぐ俺に携帯で知らせてくれ」
「分かった」

アスカは身を翻すと楽屋口に向かった。その背中を見送った九条が、客に向かってカメラを構えようとした時だ。先頭近くに並んでいた女性と目があった。

ユリアだった‥
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...