九条Dの完パケ -傷だらけの天使たち-

麻美拓海

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act-37 ワンマンライブ⑥

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開演1時間前。ライブ会場の入り口には大勢の客が集まって来ていた。先頭の列にはいつもハルのライブに来る馴染みの顔が並んでいる。そして、その少女たちの集団の中にユリアがいた。長身で大人びたユリアは以前と変わらず綺麗なお姉さん的な雰囲気で、つい最近自らの命を絶とうとした女性には到底見えなかった。彼女と目のあった九条が軽く手を振ると、ユリアはちょっとだけ笑顔になって手を振り返した。

-少しは元気になったようだな-

「只今から開場します。チケットをお手元にご用意ください」

スタッフの声とともに九条はカメラを構えた。それに気付いた先頭の集団が、カメラに向かって手を振る。少女たちの手が交差する向こう側にユリアの顔が見え隠れしていた。
このドキュメンタリー‥ハルはもちろん、ミチルやアスカにも顔出しOK(放送の際、モザイク等で顔を隠さないこと)をもらっている。だが、ユリアは違う。彼女の自殺未遂からの一連、それはあくまでハルのファンの中にそんな子がいた‥という描き方しかできない。ユリアの素顔が露出することはない。

九条は、ロビーでの雑観を撮り終えると、入場を待つ列の後方に向かい客の何人かに声をかけた。

<客のコメント>

「何回かライブで見ました。詞がすごくいいんで、好きになった」
「CD買って、いいなと思ってライブ見たくなりました」
「ライブは初めて。生で見られるのですごく楽しみ」
「どこが好き‥? うーん、ハルちゃんの声かなぁ」
「俺、雑誌で見てファンになった。マジ可愛いと思う」

そんな客たちの声を拾いながら、九条は今日聞いた鴨志田の言葉を思い出していた。

-路上でギター弾きながら歌ってた。なんか真剣さが伝わってきたんだよね-

学校を辞めて一人で歌い出したハル。その声が会ったこともない少年や少女に届く‥それは、音楽業界という大海の片隅で打ち寄せるさざなみなのかもしれないが、あの日ハルがギターを手に路上に立たなければ、そんな小さな波でも生まれることはない。
九条の携帯が鳴った。アスカだろう。九条は、カメラを向けた客たちに礼を言うと、バックステージに向かって走りながら携帯を耳に当てた。

「スタッフの人が表に出て来たから、そろそろハルちゃんが戻って来るんじゃないかと思って」
「いい判断だアスカ。すぐ行く」

バックステージを抜け裏口に出るとアスカが手招きをしている。その後方から一台のタクシーが走って来るのが見えた。九条は走りながらカメラのRECボタンを押しそのファインダーにタクシーを捉えた。
待ち受けているスタッフの前でタクシーが停まり、後部座席の扉が開いた。九条が駆け寄ると中からハルが出て来た。病院に向かう前より足取りはしっかりしている。

「大丈夫?」

九条が声をかけるとハルは深くかぶったキャップを人差し指でひょいと上げ、カメラに向かって「ライブ、お楽しみに!」と言ってピースサインをした。だが、その左腕には点滴の針が刺さったままで包帯が巻かれている‥
タクシー代を支払い助手席から降りて来た鴨志田は「お騒がせしました」とカメラに言った後、九条に近寄り耳元で「命が縮んだよ」と呟いた。
会場に向かう二人の背中にカメラを向けていると、ふいにハルが振り向き九条に向かって言った。

「ステージ、ちゃんと撮ってよ。九条ディレクター」

強がりやがって‥
九条はカメラでその姿を撮りながら、片手を離すとハルを真似てピースサインをした。二人の背中が裏口に消えると、九条はアスカに言った。

「30分後開演だ。スタンバイするぞ」
「は、はい」

強張った表情で頷くアスカを連れ会場に向かう。その途中‥

「しまった!」

九条はアスカに「先に会場に行っててくれ」と言って走り出した。向かった先は佐伯たちを押し込めた取材班用の部屋だ。うっかりあいつらを忘れてた。
ドアを開けると、雑誌社の記者やカメラマンの中に窮屈そうな表情の三人が見えた。

「すまん、遅くなった。開場したので出ていいぞ」

佐伯は「絶対忘れてただろ」と口を尖らせ、ミチルとキリトは苦笑いしながら部屋から出て来た。三人を連れバックステージを出ると、九条は会場の扉を開けた。

「オー、すげぇ」

佐伯が叫んだ。いつの間にか会場は満杯になり、後方には立ち見客もいた‥
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