九条Dの完パケ -傷だらけの天使たち-

麻美拓海

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act-41 ハルの母親

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「どうぞ」

ハルの母親が九条の前にコーヒーカップを置く。九条は彼女にカメラを向けたまま礼を言って、珈琲を一口すすり「美味しいです」と言った。

「器用だね」

ファインダーの外からハルの声がした。カメラを向けると柔和な表情のハルが映る。言葉こそいつものハルだが、自宅で母親もいる空間だ。何だかいつもと違う‥剣の取れた優しい眼差しをしている。
ハルの自宅。居間のテーブルに腰掛けカメラを構える九条の前に、ハルと母親が座っている。母親が夫と‥ハルの父親と別れたのはもう随分前のこと、それは鴨志田から聞いていた。

「もう、ずっとお世話になっているみたいで‥すみませんね」
「何で謝るの?」
「だって‥」
「九条さんはね、これがお仕事なの」
「お仕事だって‥大変なことでしょ」
「そうかなぁ」

母親と娘の普通の会話が微笑ましい。目の前にいるハルは、眩い照明に照らされステージで歌う彼女ではない。ノーメイクで部屋着をまとった姿は、どこにでもいる十代の少女のようだ。ファインダーの中の母親が九条に話しかける。

「この子は迷惑かけてませんか?」
「そんなこと全然ないですよ」

九条の言葉に「ほらね」とハル。
この自然な会話の流れで、まずは母親からだ。九条は母親にレンズを向けた。

「ハルさんは小さい頃どんな子だったんですか?」

<母親のインタビュー>

「喋らない子だったんですよ。幼稚園の頃は先生に心配されるような子で」
「歌が好きだったとかは?」
「ないですね。この子が音楽をやるようになって、一番驚いているのは私かもしれないわ」
「小学校の頃は?」
「目立たない感じの、普通の子でしたね」
「なんか刑事の取り調べみたいで感じワル!」

割って入ってきたハルに「そうかもな」と笑いかけ、九条はインタビューを続ける。

「好きなものとか、得意だったことは何でしたか?」
「中学校に入った頃、父親の‥別れた夫が置いていったギターを引っ張り出してきて、それは毎日弾いてましたね」

初めて鴨志田がハルと路上で会った時に弾いていたギター、先日のライブ、アンコールで一人爪弾いたギター‥あれは父親のギターだったのか。

「高校の頃はどんな感じでしたか?」
「うーん、高校はすぐやめちゃったから」

九条は言葉を探った。この話題は避けられない。深追いはできないが、持って行き方を間違えてはいけない。

「学校辞めることは本人から聞いたのですか?」
「いえ。担任の先生から‥学校辞めたいってこの子から言われたって」
「驚かれたでしょう?」
「そうですね」
「どうしました?」
「卒業まで行けないの?とは聞きましたけど、本人が行かないって言うから」
「‥」
「私は離婚した負い目もあったし、何が本当に良いことなのか人生ってわからないなって思っていたから、この子が学校辞めて別の道を見つけるなら、それもいいかなって」

チラリとハルを見ると、素知らぬ顔でティーカップをフーフーと吹いている。九条は、これ以上は深追いになると判断し話題を変えた。

「将来歌手になりたい、みたいな話を聞いたことはありますか?」
「ないですよ。だからびっくりなんです」
「でもハルさんは今、自分で曲を作って、その歌をいいなと思うファンの子もたくさんいます」
「親としてはピンとこないけど。でもこの子は今、とても幸せなんだなとは思えるんですよね」

九条はハルにカメラを向けて聞いた。

「今、幸せですか?」

ハルは、九条に聞き返す。

「九条さんは、今幸せ?」
「え?俺‥?うーん、どうかなぁ」
「でしょ?その質問、難しいよ」
「うん‥まあ、そうだね」

歯切れの悪い九条に「面倒な子でしょう?」と母親が助け舟を出すと、ハルが「でも、ママには幸せでいてほしいけどね」と言った。

「ありがとうございます」

九条は母親に礼を言ってカメラのスイッチをオフにすると「部屋、見せてもらっていいかな?」とハルに聞いた。

「特別だよー」

ハルはそう言って立ち上がった。
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