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act-43 鴨志田の決意
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年明け1月15日。ハルのデビューアルバムが発売された。九条は都内のCDショップを何件かまわり、そのジャケットをカメラにおさめていた。昨年ハルがインストアライブをやった渋谷のショップでは特設コーナーを作り、CDを平積み(ジャケットが見えるように平らに積んで置くこと)にしてくれていた。九条が店内にいた30分ほどの間に、数人の若い客がハルのCDを手にカウンターへ向かった。
CDが売れない時代‥今や音楽は配信が主流になりつつある。CDショップはどんどん姿を消して行く‥だがそんな中ハルのデビューアルバムは、鴨志田曰く先行予約が予想以上に順調だったらしい。
携帯が鳴った。着信画面はその鴨志田だ。
「お疲れ、九条ちゃん。どうよ?ショップの方は」
「まずまずじゃないですかね」
「時間あったら、久しぶりに一杯やらない?」
正月に自宅を取材して以来、九条は毎日のようにハルに密着し撮影を続けて来た。デビューアルバム発売に合わせたイベントやプロモーションを、鴨志田が大量に仕込んだからだ。当然毎日のように鴨志田とも顔を合わせる。が、ゆっくり飯を食ったり飲みに行く時間は全くなかった。
九条は鴨志田の申し出を快諾し、指定された店に向かうことにした。
***********************************
新宿、歌舞伎町の裏手。新大久保に近いホテル街の一角。指定された小料理店に入ると、鴨志田がカウンターから手招きしているのが見えた。九条が隣に座るのを待たず、鴨志田は店の女将に「俺と同じものを彼にも」と言って「正月だからね、日本酒で」と片目を瞑った。
「いやー、ずっとバタバタだったなぁ」
「今日で一区切りですね」
「うん。ようやく一杯飲める」
「そうそう、番組の放送日が決まりましたよ」
九条はそう言いながら冷酒が入ったグラスを受け取ると、鴨志田のグラスと合わせ言葉を続けた。
「3月第一週目の日曜日13時からの1時間」
「へぇ、昼間なんだ?」
「いい枠だと思います。数字(視聴率)の取れる時間帯ですよ」
「ドキドキだな。俺も映ってるんでしょ?」
鴨志田の言葉に九条は笑いながら「もちろん」と答え「来週から編集に入りますよ」と言った。
「じゃあ、もう取材の方は終わりなの?」
「そうですね」
「そうかぁ、残念」
鴨志田はそう言うと残っていた日本酒をグイッと飲み干し、女将に「同じのおかわり」と言った。
「何かあるんですか?」
「うん。実は都内の学校から問い合わせがあって、小さなライブをやることになってね。それが2月なんだ」
「学校‥どこです?」
「それがなんと、ハルが通ってた高校」
鴨志田の話によると、今年になってハルの通っていた高校から、ちょっとしたトークライブのようなものが学校で出来ないか打診があったと言う。
「OBが学校訪問のような感じでライブや講演をやるのはよくあるけど、ハルの場合卒業してないからね。それってどうなのって思ったけど、ハルに聞いたらぜひやりたいって言うからさ」
「それすごくいいじゃないですか。撮りたい」
「でも取材はもう終わりで、編集に入るんでしょ?」
「そんなの何とかします。絶対撮りたい」
「どうしたの?九条ちゃん。いつになく鼻息荒いね」
これが興奮せずにいられるか。学校を辞めて歌い出した少女のドキュメンタリー。最後にその子が自分の学校で歌を歌う‥番組にとって最高のラストシーンじゃないか!編集なんかうっちゃって是非もので撮影すべきだ。
「それとね‥ちょっと九条ちゃんの意見を聞きたいことがあってさ」
母校で歌うハルの姿を思い浮かべ、番組のラストシーンにあれこれ思いを巡らせていた九条に鴨志田は妙に改まって話し始めた。
「去年ワンマンライブが終わってからハルとじっくり話す機会があってさ。来年はどんどん大きなハコ押さえて、ライブをジャンジャンやって行くぞって俺は言ったんだけど、ハルはあまり乗ってこなくてね」
「なぜですか?」
「俺もそう思って聞いたら、小さな場所でいいから日本中に行って歌を歌いたいって言うんだよ」
「小さな場所?」
「流しじゃあるまいしそんな儲からないことを‥って最初は思ったんだけどさ。ハルは売れることより優先したいことがあるようでね」
正月、公園でインタビューした時ハルが言ってた “ちょっと考えてることはあるよ” は、このことだったのか。
「俺はスターを育てたかったし、パッと売れていっ時でも音楽業界の寵児になれたら本望だと思ってたんだけど。ハルのような境遇や歌にそれを求める方が酷なんじゃないかな、って考えちゃってさ。分かる?九条ちゃん」
痛いほど分かる。独立してインディーズレーベルを立ち上げた鴨志田。売れるアーティストを育てることが夢だろう。だが、それは容易いことではない。仮に売れたとしても、それを持続して行くことがどれだけ難しいか‥
しかもハルの歌は特殊だ。同じ世代、同じ痛みを抱えた者にその言葉は届くかもしれないが、誰もが口ずさめるポップスではない。
「そんな時ハルの学校から話もらって‥ちょっと調べたら今の中学や高校って授業以外の課外学習みたいなものをすごく求めていてね。自主映画の上映や小さな演奏会を結構やってるんだよ。なんかそういう場で歌うのもハルらしくていいのかなって。どう思う?九条ちゃん」
「すごくいいじゃないですか」
「そう思う?ハルにはそんな路線もアリかなって」
「俺は応援しますよ。そんな鴨さんとハルをまた撮ってみたい」
「もちろん、これからも俺はハルを売るためにガンガンやるよ。でも、ハルの思いも大事にしてやろうって思うんだ」
「鴨さんと出会ってハルは良かったですね」
「そう言ってくれると嬉しいね。まあ、聞いてよ。学校はアコギ1本で弾き語り風にしようと思うんだ。新曲も作ってさ、セカンドアルバムは全曲アコースティックっていうのもいいな‥待てよ、こりゃギターの猛特訓が必要だな」
時折つまみを箸で口に入れ、日本酒を美味そうに飲みながら鴨志田はニコニコと語り続ける。九条はそんな鴨志田の話を聞きながら、ハルと過ごした1年を頭に思い浮かべていた。ミチル、アスカ、そしてユリア‥さらに佐伯やキリトといった若いヤツらと過ごした季節‥
あとはそれを60分の完パケにまとめるだけだ!
CDが売れない時代‥今や音楽は配信が主流になりつつある。CDショップはどんどん姿を消して行く‥だがそんな中ハルのデビューアルバムは、鴨志田曰く先行予約が予想以上に順調だったらしい。
携帯が鳴った。着信画面はその鴨志田だ。
「お疲れ、九条ちゃん。どうよ?ショップの方は」
「まずまずじゃないですかね」
「時間あったら、久しぶりに一杯やらない?」
正月に自宅を取材して以来、九条は毎日のようにハルに密着し撮影を続けて来た。デビューアルバム発売に合わせたイベントやプロモーションを、鴨志田が大量に仕込んだからだ。当然毎日のように鴨志田とも顔を合わせる。が、ゆっくり飯を食ったり飲みに行く時間は全くなかった。
九条は鴨志田の申し出を快諾し、指定された店に向かうことにした。
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新宿、歌舞伎町の裏手。新大久保に近いホテル街の一角。指定された小料理店に入ると、鴨志田がカウンターから手招きしているのが見えた。九条が隣に座るのを待たず、鴨志田は店の女将に「俺と同じものを彼にも」と言って「正月だからね、日本酒で」と片目を瞑った。
「いやー、ずっとバタバタだったなぁ」
「今日で一区切りですね」
「うん。ようやく一杯飲める」
「そうそう、番組の放送日が決まりましたよ」
九条はそう言いながら冷酒が入ったグラスを受け取ると、鴨志田のグラスと合わせ言葉を続けた。
「3月第一週目の日曜日13時からの1時間」
「へぇ、昼間なんだ?」
「いい枠だと思います。数字(視聴率)の取れる時間帯ですよ」
「ドキドキだな。俺も映ってるんでしょ?」
鴨志田の言葉に九条は笑いながら「もちろん」と答え「来週から編集に入りますよ」と言った。
「じゃあ、もう取材の方は終わりなの?」
「そうですね」
「そうかぁ、残念」
鴨志田はそう言うと残っていた日本酒をグイッと飲み干し、女将に「同じのおかわり」と言った。
「何かあるんですか?」
「うん。実は都内の学校から問い合わせがあって、小さなライブをやることになってね。それが2月なんだ」
「学校‥どこです?」
「それがなんと、ハルが通ってた高校」
鴨志田の話によると、今年になってハルの通っていた高校から、ちょっとしたトークライブのようなものが学校で出来ないか打診があったと言う。
「OBが学校訪問のような感じでライブや講演をやるのはよくあるけど、ハルの場合卒業してないからね。それってどうなのって思ったけど、ハルに聞いたらぜひやりたいって言うからさ」
「それすごくいいじゃないですか。撮りたい」
「でも取材はもう終わりで、編集に入るんでしょ?」
「そんなの何とかします。絶対撮りたい」
「どうしたの?九条ちゃん。いつになく鼻息荒いね」
これが興奮せずにいられるか。学校を辞めて歌い出した少女のドキュメンタリー。最後にその子が自分の学校で歌を歌う‥番組にとって最高のラストシーンじゃないか!編集なんかうっちゃって是非もので撮影すべきだ。
「それとね‥ちょっと九条ちゃんの意見を聞きたいことがあってさ」
母校で歌うハルの姿を思い浮かべ、番組のラストシーンにあれこれ思いを巡らせていた九条に鴨志田は妙に改まって話し始めた。
「去年ワンマンライブが終わってからハルとじっくり話す機会があってさ。来年はどんどん大きなハコ押さえて、ライブをジャンジャンやって行くぞって俺は言ったんだけど、ハルはあまり乗ってこなくてね」
「なぜですか?」
「俺もそう思って聞いたら、小さな場所でいいから日本中に行って歌を歌いたいって言うんだよ」
「小さな場所?」
「流しじゃあるまいしそんな儲からないことを‥って最初は思ったんだけどさ。ハルは売れることより優先したいことがあるようでね」
正月、公園でインタビューした時ハルが言ってた “ちょっと考えてることはあるよ” は、このことだったのか。
「俺はスターを育てたかったし、パッと売れていっ時でも音楽業界の寵児になれたら本望だと思ってたんだけど。ハルのような境遇や歌にそれを求める方が酷なんじゃないかな、って考えちゃってさ。分かる?九条ちゃん」
痛いほど分かる。独立してインディーズレーベルを立ち上げた鴨志田。売れるアーティストを育てることが夢だろう。だが、それは容易いことではない。仮に売れたとしても、それを持続して行くことがどれだけ難しいか‥
しかもハルの歌は特殊だ。同じ世代、同じ痛みを抱えた者にその言葉は届くかもしれないが、誰もが口ずさめるポップスではない。
「そんな時ハルの学校から話もらって‥ちょっと調べたら今の中学や高校って授業以外の課外学習みたいなものをすごく求めていてね。自主映画の上映や小さな演奏会を結構やってるんだよ。なんかそういう場で歌うのもハルらしくていいのかなって。どう思う?九条ちゃん」
「すごくいいじゃないですか」
「そう思う?ハルにはそんな路線もアリかなって」
「俺は応援しますよ。そんな鴨さんとハルをまた撮ってみたい」
「もちろん、これからも俺はハルを売るためにガンガンやるよ。でも、ハルの思いも大事にしてやろうって思うんだ」
「鴨さんと出会ってハルは良かったですね」
「そう言ってくれると嬉しいね。まあ、聞いてよ。学校はアコギ1本で弾き語り風にしようと思うんだ。新曲も作ってさ、セカンドアルバムは全曲アコースティックっていうのもいいな‥待てよ、こりゃギターの猛特訓が必要だな」
時折つまみを箸で口に入れ、日本酒を美味そうに飲みながら鴨志田はニコニコと語り続ける。九条はそんな鴨志田の話を聞きながら、ハルと過ごした1年を頭に思い浮かべていた。ミチル、アスカ、そしてユリア‥さらに佐伯やキリトといった若いヤツらと過ごした季節‥
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