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act-44 苦い結末 〜 epilogue
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二日酔いの頭に携帯の着信音がうるさい。時計に目をやるともう夕方だ。電話の主は予測できる。滝本だ。ハルの企画を持ち込んだ制作会社のプロデューサー。今まで割と話の分かる仕事仲間だったが先週大喧嘩してしまった。喧嘩というより、九条が一方的に滝本を責め立てたのだが‥
九条が編集したハルのドキュメンタリー。オフライン(仮編集)の段階では「面白いよ、九条ちゃん」と絶賛してくれていた滝本が、本チャンの編集時にとんでもない一言を言い放った。
-ところで九条ちゃん。これ、ハル以外は全部モザイクかけるんでしょ?-
そんなことできるか!
モザイクなんかかけたら、あの子たちの純粋な気持ちが伝わらない‥て言うか何か悪いことをしたような、まるで犯罪者のような見え方にしかならないではないか。そうならないためこっちは全員の顔出しOKを取り付けているんだ!
-九条ちゃんの気持ちはわかるよ。でも仕方ないんだ-
説得にかかる滝本に何も非がないことは分かっている。滝本個人が判断しているのではない。世間体に日和っている現行の放送業界ではそうしないとダメだ。分かっている。分かってはいるがどうにも割り切れない。
結局九条は折れた。取材をしたハルとハルの母親、そして鴨志田以外の人物全員にモザイクが施された番組が、昨日放送された。ミチルにアスカ、そして佐伯たち‥モザイクだらけになった番組を、九条は酒を煽りながら見た。放送終了と同時に鴨志田から賛辞と礼の電話があり、ハルから『良かったよ。九条ちゃん!』のメールが来た。その後、ミチルやアスカからも連絡があり少し話をした。二人はモザイクの件には触れず‥いや、返ってどこかホッとしたような印象すら感じられた。そうか‥俺はあの子たちのためになんて粋がっていたが、本人にしてみればテレビで顔を晒されることに不安はあったろう。そう思うと余計自分に腹が立って酒量が増え、そのまま寝入ってしまっていた。
九条は“滝本”と着信表示されている携帯に出た。
「数字(視聴率)出た。7.8%。めっちゃいいよ」
「良かったです」
「やっぱり最後のハルが学校で歌うシーン、僕は好きだなぁ」
「どうも」
「お疲れ様、九条ちゃん。また一緒に仕事しようよ」
「こちらこそ」
ありきたりの締め文句で会話は終わった。社会人なのだから当たり前だ。釈然としない思いが残るが、大人の付き合い方をしておけば少なくとも今後につながる。ここで揉めても切られるのは九条の方だ。フリーのディレクターなんてそんなもんだ。
九条はふらつく身体を起こし冷蔵庫に向かう。中から缶ビールを1本取り出し、机の上にあったDVDを、パソコンに外付けされたレコーダーに押し込んだ。
今回の番組の完パケ、そのコピーだ。
滝本の言っていたラストシーンまで早送りして再生する。制服で埋め尽くされた講堂。少女たちの視線の先、アコースティックギター1本で歌うハル‥
九条はその歌声を聞きながらプルトップを引き上げ、モニターに映ったハルに向かって「まあ、お互い頑張ろうぜ」と呟いた。
epilogue
ハルのデビューアルバムはチャートで最高位17位だった。インディーズレーベルながらメジャーチャートのトップ20に入ったのだから大したものだ。
だが、ミチルのバンドの勢いはそれを上回った。デビューシングルはいきなりメジャーチャートのベスト10に入り、ゴールデンタイムの音楽番組にも出演。夏からは全国ツアーを行うらしい。
一度佐伯から呼び出しがあり、九条はミチルらバンドメンバーと共に食事をした。渋谷のあのいかがわしい店ではなく、六本木の高級店だった。帰りがけ「俺たち行くとこまで行ってみせるぜ」と言った佐伯に「ミチルを頼むぞ」と九条は返した。
先日の夜中、鴨志田から携帯に連絡があった。青森に来ていると言う。例の学校訪問だ。いつだったか鴨志田の家に行った時、壁に大きな日本地図が貼られていて、そこに虫ピンが何本か刺さっていた。ライブをやった学校を示しているらしく、鴨志田は「全国制覇するよ」と笑っていた。
ハルとミチル‥二人がこの先どうなるかは分からない。彼女たちとは、もう二度と会うことはないかもしれない。だが、短いが一緒に過ごした季節があった。
その現実に少しだけ思いを馳せながら、九条はカメラを手に明日も被写体を追いかける。次の完パケを納品するために。
付記
最近どの現場に行っても評判のいいADがいる。愛想の良さで気難しい大人を和ませ、その見た目で女子に騒がれる九条専任のアシスタントディレクター‥
女装をやめ、髪を短く切ったアスカだ。
完
九条が編集したハルのドキュメンタリー。オフライン(仮編集)の段階では「面白いよ、九条ちゃん」と絶賛してくれていた滝本が、本チャンの編集時にとんでもない一言を言い放った。
-ところで九条ちゃん。これ、ハル以外は全部モザイクかけるんでしょ?-
そんなことできるか!
モザイクなんかかけたら、あの子たちの純粋な気持ちが伝わらない‥て言うか何か悪いことをしたような、まるで犯罪者のような見え方にしかならないではないか。そうならないためこっちは全員の顔出しOKを取り付けているんだ!
-九条ちゃんの気持ちはわかるよ。でも仕方ないんだ-
説得にかかる滝本に何も非がないことは分かっている。滝本個人が判断しているのではない。世間体に日和っている現行の放送業界ではそうしないとダメだ。分かっている。分かってはいるがどうにも割り切れない。
結局九条は折れた。取材をしたハルとハルの母親、そして鴨志田以外の人物全員にモザイクが施された番組が、昨日放送された。ミチルにアスカ、そして佐伯たち‥モザイクだらけになった番組を、九条は酒を煽りながら見た。放送終了と同時に鴨志田から賛辞と礼の電話があり、ハルから『良かったよ。九条ちゃん!』のメールが来た。その後、ミチルやアスカからも連絡があり少し話をした。二人はモザイクの件には触れず‥いや、返ってどこかホッとしたような印象すら感じられた。そうか‥俺はあの子たちのためになんて粋がっていたが、本人にしてみればテレビで顔を晒されることに不安はあったろう。そう思うと余計自分に腹が立って酒量が増え、そのまま寝入ってしまっていた。
九条は“滝本”と着信表示されている携帯に出た。
「数字(視聴率)出た。7.8%。めっちゃいいよ」
「良かったです」
「やっぱり最後のハルが学校で歌うシーン、僕は好きだなぁ」
「どうも」
「お疲れ様、九条ちゃん。また一緒に仕事しようよ」
「こちらこそ」
ありきたりの締め文句で会話は終わった。社会人なのだから当たり前だ。釈然としない思いが残るが、大人の付き合い方をしておけば少なくとも今後につながる。ここで揉めても切られるのは九条の方だ。フリーのディレクターなんてそんなもんだ。
九条はふらつく身体を起こし冷蔵庫に向かう。中から缶ビールを1本取り出し、机の上にあったDVDを、パソコンに外付けされたレコーダーに押し込んだ。
今回の番組の完パケ、そのコピーだ。
滝本の言っていたラストシーンまで早送りして再生する。制服で埋め尽くされた講堂。少女たちの視線の先、アコースティックギター1本で歌うハル‥
九条はその歌声を聞きながらプルトップを引き上げ、モニターに映ったハルに向かって「まあ、お互い頑張ろうぜ」と呟いた。
epilogue
ハルのデビューアルバムはチャートで最高位17位だった。インディーズレーベルながらメジャーチャートのトップ20に入ったのだから大したものだ。
だが、ミチルのバンドの勢いはそれを上回った。デビューシングルはいきなりメジャーチャートのベスト10に入り、ゴールデンタイムの音楽番組にも出演。夏からは全国ツアーを行うらしい。
一度佐伯から呼び出しがあり、九条はミチルらバンドメンバーと共に食事をした。渋谷のあのいかがわしい店ではなく、六本木の高級店だった。帰りがけ「俺たち行くとこまで行ってみせるぜ」と言った佐伯に「ミチルを頼むぞ」と九条は返した。
先日の夜中、鴨志田から携帯に連絡があった。青森に来ていると言う。例の学校訪問だ。いつだったか鴨志田の家に行った時、壁に大きな日本地図が貼られていて、そこに虫ピンが何本か刺さっていた。ライブをやった学校を示しているらしく、鴨志田は「全国制覇するよ」と笑っていた。
ハルとミチル‥二人がこの先どうなるかは分からない。彼女たちとは、もう二度と会うことはないかもしれない。だが、短いが一緒に過ごした季節があった。
その現実に少しだけ思いを馳せながら、九条はカメラを手に明日も被写体を追いかける。次の完パケを納品するために。
付記
最近どの現場に行っても評判のいいADがいる。愛想の良さで気難しい大人を和ませ、その見た目で女子に騒がれる九条専任のアシスタントディレクター‥
女装をやめ、髪を短く切ったアスカだ。
完
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