一度でいいから、抱いてください!

瑞月

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憂鬱な転生【カノンの場合】

9.胸騒ぎの昼休み 2

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中庭ではそこかしこに生徒達があふれ、にぎやかに昼食をとっていた。
 白い石畳とその隙間を埋めるように芝生が敷かれていて、緑と白のコントラストが眩しくて、カノンは目を細めた。中庭の真ん中には、大きな桜の木を囲むようにベンチが数脚置かれている。運よく空いていた手前のベンチに腰かけて、カノンは弁当の包みを開いた。

 玲央の話に相槌を打ちながら、頭の中では先ほどの城野院のチェロの音色がずっと鳴り響いている。

 --すごく、素敵だった……。

 でも、城野院の姿を思い浮かべると、同時になんだか胸のなかがモヤモヤとして、痛かった。
 どこか一点を見つめながら食が進まないカノンに、玲央が不思議そうに問いかけた。

「カノンちゃん? 大丈夫? 調子悪い?」
「いえ、そんなことは……。大丈夫、です」
「そう?」

 こちらの様子を窺うように幾分眉を下げて、子犬のようにカノンを見上げる玲央の姿は、まるで主人の顔色を窺う子犬のようだった。ぺしゃっと倒れた耳が見える気すらする。

 ――いけない、こんなことじゃあ……。

 すぅと息を吸って、ヒロインとしての気合いを入れようとした、その時だった。
 あの日の校庭のように、視界を見過ごせない色が掠めたのは。

「あ、奏じゃーん! 奏ひとりなら一緒に飯食わない? あ、カノンちゃんは奏と話したことあった? 1年でヴァイオリン弾くんだよ!」
「……はじめまして、1年の神崎奏です。こんにちは」

 玲央に促されるようにして、カノンに向かって挨拶をしてくれたその少年の顔に、カノンは息をのんだ。ゆるく跳ねた赤茶色の髪。赤紫の瞳。見覚えのある姿がそこにあった。

「2年の舞宮カノンです。……奏くんてもしかして、2年の神崎彩音さんの弟?」
「あ、はい。そうで」「そうそう! 奏は彩音ちゃんの弟なんだよ! すげー似てるよねぇ!」

 何故か楽しそうに、食い気味に玲央がそう答えた。そんな様子を、奏は特段表情も変えず眺めている。きっと玲央の調子に慣れているのだろう。

 ――あのお人形のような神崎さんは、奏くんのお姉さんだったのか……!
 確かに、言われてみれば似ている。少し背の低い細身の美少年である神崎奏くんも攻略対象だ。少し吊り上った瞳は猫を思わせる。あの日見かけた神崎さんの赤いゆるくカールする長い髪も、考えてみたら奏君そっくりだった。

 1年生とはなかなか接点がなかったから、これまで話をしたことはなかった。

 ――そうだ、ゲームの中でも玲央先輩が仲介になって昼休みに出会うんだった。今日がその日だったのか……!

「奏くんも専攻はヴァイオリンなのね! 私もなの。……って言ってもまだこの学園に通うような人と比べたら経験が浅いんだけど。ね、話聞かせて? どんな曲が好き?」
「え? あ……、はい」
「お、なになにカノンちゃん、奏に興味ある感じ? いーねー皆で仲良くしよっ」

 神崎奏はカノンに話しかけられて、少し焦ったようにその白い頬を赤く染めた。
 そんな姿に、ヒロインとしてふるまえていることに、ほっと胸を撫で下ろす。
 そんな時はまるで画面の向こうを覗いているかのように、親密度が上がっていることを感じられて、ときめきよりも安堵を感じる気持ちが大きかった。

 ――奏くんは可愛いな……。
 ゲームオーバーを迎えないために、仲良くなれる対象は一人でも多い方がいい。うまくいかなかったルイ先輩はまた今度アタックしてみるとして、奏くんとも仲良くしておこう。
 そうだ、奏くんは無下には断らないだろうから、あの質問もしておこう。チャリティーコンサートには出ないけど、観にはくるだろうし。
 そう考えて、カノンは口を開いた。

「ねぇ、奏くんは何色が好き? 私8月にあるチャリティーコンサートのドレスの色に悩んでいて。参考にさせてくれる?」

 奏くんの大きな瞳をのぞきこむようにして、にっこり微笑んでそう尋ねた。その時、ふと手元のお弁当に影が落ちた。

「君には、シックに黒なんて似合うんじゃない?」
「――え?」
「あれー城野院じゃ―ん。さっきはお疲れ―。もう昼食べられんのー?」

「えぇ、先ほどは聞いてくれていたね、ありがとう」

 急に現れたスラリとした長身の黒い髪。顔をあげたすぐそこに城野院の顔がある。突然の登場に、驚きでベンチの背もたれぎりぎりまで後ずさる。
 通りすがる女生徒が「きゃあ、城野院先輩……!」「素敵……!」と遠巻きにしているのが目に入った。まるで街中にいきなり芸能人が現れたかのような反応だ。そうだ、先ほどの演奏会の時も、熱烈な様子の女子達がいた。
 城野院は慣れているのか、そんな女生徒達に視線を寄越すでもなく、こちらを見つめたまま、にこやかな表情を崩さない。

「うん、舞宮さんには淡い色もいいけど、黒も似合うと思うよ。着てみる気はない?」
「え? う、んと……、はい……。――考えて、おきます」

 曖昧に濁した物言いを返したのに、城野院はなおもニコニコとしている。なんでそんなに、にこやかなんだろう、何を考えてるか分からなくて、なんだか怖い。
 視線を隣にさまよわせると、玲央と奏は気にせず会話を弾ませているようだった。

 ――あ、そういえば、参考書の書き込みのお礼――……。

 テスト期間に入り、あれから屋上に行っていなかったのもあって、ハンカチのお礼も、まだだった。

「あの、城野院先輩、こないだの――」
「あぁ玲央くん、今日日直だったでしょう?先ほど先生が探していたようでしたよ?」
「えー!? それ早く言えよー!」

 パンを一気に口に詰め込み、玲央はバタバタと用意を始める。奏くんも遠くから友達に呼ばれて「すみません」と言って席を立った。言いかけた言葉が宙に浮いてしまって、気まずい気持ちで城野院を見上げた。

「!」

 城野院は唇に人差し指をあてて、しーっと秘め事を示す仕草をした。その仕草の美しさに、一瞬にして目を奪われる。

「また屋上で、ね」

「え……」
「バタバタしてごめんね! カノンちゃん、またねー!」

 ぽつんと残されたカノンは、何がなんだかわからないまま熱い頬押さえてそこで一人座り込むしかなかったのだった。
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