一度でいいから、抱いてください!

瑞月

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憂鬱な転生【カノンの場合】

10.彼女とかのじょ

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 ――頭が痛い。

 梅雨時の空はじっとりと重い。今日は何をしていても身体が重く、辛かった。まとわりつく湿度が鼻腔を覆うようにして、呼吸までが重苦しい。
 普段は決してしないことだけど、ぐったりと机に突っ伏した。
 重い身体、響く頭痛。体調も気分も最悪なのに、よりによって次の授業は体育だ。晴れていたら外でランニングだったからそれに比べればましだけど、今日は体育館で創作ダンスだ。

 ――体育くらい保健室で休んでいても、パラメーターには影響しないかな……。


「カノンちゃーん? ねぇ最近は田村時雨くんとはどう? 仲良くやってるー?」

 突然かけられた無遠慮な声に、カノンは思わず眉間に力が入るのを感じた。誰の声かを理解し、一瞬間をおいて、必死に笑顔を作ってから、顔を上げた。

「――えぇ。幼馴染だし、色々良くしてもらってる」
「そうなんだ! やっぱり今カノンちゃんと一番仲が良いのは田村くんなのね! 前に気にしていた大河内先輩とはどう? 話聞かせて? そうだ! その前に新しい情報を仕入れたんだけど聞いてくれない?」

 ――勘弁してよ。

 視線を伏せると、心の中で嘆息する。
 今カノンに声を掛けてきているのは、ゲームの中ではサポートキャラだった日高凜子だ。大きな瞳に、それを覆う大きな眼鏡。机に突っ伏しているところを見ているだろうに、キラキラとした好奇心でいっぱいの視線をこちらに向けている。

 明るく情報通の彼女を慕う友人も多い。でも実際に接してみると、カノンにとっては、ずけずけとこちらの事情に踏み込んでくる、無類の話好きの噂好きとしか映らなかった。
 仲良くしたほうがいいに決まっている。
 それはわかっているし、ゲームの中で助かっていたのは確かだ。でも彼女の相手をするのにほとほと疲れてしまって、できるだけ距離を置いていた。
 例えそこに悪意がなかったとしても、人の情報を集めることに心血を注ぐ彼女が向けてくる、こちらを探るような視線が苦手だった。

「……そういうのは今ちょっと……。また、今度にしてもらってもいい?」

 調子が悪かったのもあって、少し素っ気ない口調になってしまった。
 それに気が付いてハッと目線を上げると、そこには幾分傷ついた表情をつくる凜子がいた。

「あ、あの、日高さん……」

「凜子―! 委員の仕事はー? 先に体育館行くよー!」
「――はぁい、今行くー! ……じゃあ、カノンちゃん、またね?」

 凜子を呼んだ女生徒達は、チラチラとこちらを窺う視線を寄越していた。凜子がいつもつるんでいる少女たちだ。カノンは、友人たちに呼ばれ去っていく凜子を、なんとか笑顔で見送った。


 ◇◇◇◇◇


 ――ダメだ、やっぱり具合が悪い……。

 授業の創作ダンス、自分の順番をなんとか終えた頃には頭痛に加え、吐き気まで催してきてしまった。
 トイレの鏡に映った顔は、まさに顔面蒼白といった風だ。
 最近の寝不足も影響してるのかもしれない。あらためて見ると、白熱灯に照らされた顔はクマもひどい。
 こんな顔しているヒロインなんているんだろうか、そう思うとため息がこぼれた。

 ――ダメだ、今日はもう早退させてもらおう……。今ならまだ自力で家に帰られる…はず。

 そう思いながら、体育館脇のトイレを出て、ステージに目を遣る。体育は学年の女子たち合同だったので、結構な人数がいる。控えている生徒の数からいって、進み具合はまだ半分くらいと言ったところだろうか。
 今はちょうど日高凜子が数名と踊っているところだった。
 壇上を見ながら何かを書き込んでいる教師を見つけると、そちらに向かって歩みを進めた。その時だった。

「さっきの舞宮さん感じ悪かったよね」

 ――え、

「あー…、私も思った。なんかやっぱりさ、舞宮さんてちょっと調子にのってるよね。さっきだって凜子がせっかく話しかけてるのにさぁ」
「わかるー、正直何様だって感じ」
「やっぱり山田先生のお気に入りは違うよねぇ。大した腕前でもないのに、編入なんてさー」
「絶対ひいきだよねー、あれ。前に演奏聞いたけど、そんな山田先生が言ったっていう『是非この学園に編入をっ!』なんてレベルじゃなかったけど」

「そういえば、こないだ城野院先輩とも一緒にいるとこ見たよー?」
「うっわ、それ凜子からも聞いたー。『最近のカノンちゃんは城野院先輩と仲が良さそう』って。あたし城野院先輩めっちゃ好きなんだけど! 男漁りに来てるんじゃないの、田村くんにもべったりしてさ。感じ悪ッ」

「……そんなレベルの低い人が、大きい顔してこの学園にいるなんて、目障り」

 体育座りをして壇上のダンスを眺める生徒たちのざわめきの中で、忍び笑いと共に耳に入ってきた会話。
 一呼吸遅れて、この会話が、自分の話をされていると気が付いた途端、頬にカッと熱が走った。
 頬は熱いのに、お腹の中に冷たい鉛の塊を押し込まれたように、呼吸は重苦しく、手足の温度は急速に失われていく。
 そんな冷たい身体に、まるで潮騒のようにドクドクと脈打つ心臓の鼓動が、耳元で響くのを感じた。
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