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憂鬱な転生【カノンの場合】
16.雨上がりの空 2
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「君は……ッ!」
「え……?」
涙が流れるに任せるまま座り込んで、どれくらいの時が経った頃だろう。
外界の感覚を遮り、静かに水の底に沈み込むようにしていたカノンには、その声がするまで、物音にも足音にも気が付くことはなかった。
急に上から声が降ってきて見上げると、そこには息を上げ、狼狽した様子の城野院の姿があった。
「もう、午後の授業、始まるよ? 今日は昼休みに屋上に行けなかったから気になって一応見にきてみたら――」
そういった城野院の声にかぶさるように、ベルの音が鳴った。だが、カノンにはこれが予鈴なのか本鈴なのかもわからなかった。
――……一体どれほどの時間こうしていたんだろ……。
カノンの戸惑いをよそに、頬の涙をぐいっとハンカチで拭われた。同時に彼が纏っている香りが香る。その香りに、あぁ前にもこんなことがあったな、とぼんやりと思いだした。
「どうし、たんですか……?」
「それはこっちのセリフだよ! ……どうしたっていうんだ? 何故泣いている?」
そう言いながら、真剣なまなざしで覗きこまれた。その瞳は、紫水晶のように透き通って輝いている。
こちらを心配して言っているんだろうということは理解できるが、こんな所で泣いていることを咎められたような気がして、カノンは目線を下げた。
「……どうしたら、いいか……、わからなくて……」
それは紛れもなく本心だった。
それ以外に今の感情を言いあらわすことができなかった。そして、そう言葉にするとまた視界が涙で歪むのを感じた。
一瞬遅れて、そんなことを言ってしまったことの後悔が襲う。他人に、まして城野院にそんなことを吐露してしまうだなんて。
だが、カノンの頬に手をそえて、涙をぬぐいながら、沈痛な表情でこちらを見つめる城野院が次に発した言葉は、カノンを吃驚させるのに十分なものだった。
「……そんなに、瑠依くんのことが、好きだったのかい?」
「……へ……?」
大きなため息とともに、城野院が発した言葉。
意図を図りかねて見上げた城野院の表情は、その柳眉を顰め、どこか苦しそうな顔をしている。
必死にその言葉の意味を理解しようと、脳が空転を続けるが、カノンにはその言葉の意味が分からなかった。
――誰が? 誰のことを? すき??
そのまま何も言葉を返すことが出来ないまま城野院を見つめていると、その美貌をますます苦しそうに歪めて目をそらした。
「……?」
「だから…ッ、……好きだったんだろう? 君は、瑠依くんのことがっ。考えてみたらアトリウムの演奏の時も、僕ではなく瑠依くんのことを見ていたじゃないか」
「え? いいえ……? あの時わたしは城野院先輩を見てましたけど……?」
瑠依のことを好きだった訳じゃない。ゲームのキャラクターとしては好きだったけれど、この世界の大河内瑠依というひとは、好意を抱ける程近しい存在ではない。むしろ今は後悔と恥ずかしさで、顔を見るのすらも怖いというのが本音だ。
――何故、城野院先輩にそんなことを聞かれるんだろう……?
「え……、じゃあ何故泣いているんだい?」
「……? どうしたらいいか、わからなくて?」
「だからなんなんだい、それは――!?」
城野院は呆れたような声をあげて、その場にどかっと座り込んだ。
平素の、全てが計算しつくされたかのように美しい所作の彼からは、想像もつかないような乱暴な仕草にカノンは目を瞬く。
そうしてキョトンとするカノンを見とめた城野院は、さっきまで眉間に寄っていた皺を解き、脱力したように笑った。
「あぁ、こすっちゃだめだよ、赤くなるから」そうしてまた、優しい手がカノンの涙を拭う。こわれものを扱うように、そっと、優しく。
城野院がこうしてカノンに触れるのは何度目だっただろうか。
初めて会った時に、いきなり頬に触れられたのは怖くて嫌だったけれど、何故か今は、まるで幼子が母親にされるように、安心してその手に委ねていた。
そうしていると徐々に、途方に暮れていた心が落ち着いてくるのを感じる。
城野院はカノンの涙が止まるまで、横で優しく頭を撫でながら、待っていてくれた。
◇◇◇◇◇
「それで……、どうしたらいいかっていうのは……? 何に悩んでいるの? 進路?」
「――進路、かぁ……、言われてみれば、そうですね……」
なんと答えたものか、とカノンは視線をさまよわせた。
確かに悩んでいるのは進路だと言えるのかもしれない。
でも城野院に相談するのも気が引けた。
というか、この世界は私が前世でプレイしたゲームの世界で、シナリオ通りに事が進まなくて悩んでいるんです、なんて言えるはずもない。
――生まれ変わったとか、ゲームとか、流石に頭がおかしいと思われるようなことは言えないけれど……。
今こうして真摯に向き合い話を聞いてくれようとしているひとに向かって、いつもの調子で、ヒロインの仮面を被って話をはぐらかすのも、違う気がした。
この世界のこのひとに、そんなことをしてはいけないと思った。
「え……?」
涙が流れるに任せるまま座り込んで、どれくらいの時が経った頃だろう。
外界の感覚を遮り、静かに水の底に沈み込むようにしていたカノンには、その声がするまで、物音にも足音にも気が付くことはなかった。
急に上から声が降ってきて見上げると、そこには息を上げ、狼狽した様子の城野院の姿があった。
「もう、午後の授業、始まるよ? 今日は昼休みに屋上に行けなかったから気になって一応見にきてみたら――」
そういった城野院の声にかぶさるように、ベルの音が鳴った。だが、カノンにはこれが予鈴なのか本鈴なのかもわからなかった。
――……一体どれほどの時間こうしていたんだろ……。
カノンの戸惑いをよそに、頬の涙をぐいっとハンカチで拭われた。同時に彼が纏っている香りが香る。その香りに、あぁ前にもこんなことがあったな、とぼんやりと思いだした。
「どうし、たんですか……?」
「それはこっちのセリフだよ! ……どうしたっていうんだ? 何故泣いている?」
そう言いながら、真剣なまなざしで覗きこまれた。その瞳は、紫水晶のように透き通って輝いている。
こちらを心配して言っているんだろうということは理解できるが、こんな所で泣いていることを咎められたような気がして、カノンは目線を下げた。
「……どうしたら、いいか……、わからなくて……」
それは紛れもなく本心だった。
それ以外に今の感情を言いあらわすことができなかった。そして、そう言葉にするとまた視界が涙で歪むのを感じた。
一瞬遅れて、そんなことを言ってしまったことの後悔が襲う。他人に、まして城野院にそんなことを吐露してしまうだなんて。
だが、カノンの頬に手をそえて、涙をぬぐいながら、沈痛な表情でこちらを見つめる城野院が次に発した言葉は、カノンを吃驚させるのに十分なものだった。
「……そんなに、瑠依くんのことが、好きだったのかい?」
「……へ……?」
大きなため息とともに、城野院が発した言葉。
意図を図りかねて見上げた城野院の表情は、その柳眉を顰め、どこか苦しそうな顔をしている。
必死にその言葉の意味を理解しようと、脳が空転を続けるが、カノンにはその言葉の意味が分からなかった。
――誰が? 誰のことを? すき??
そのまま何も言葉を返すことが出来ないまま城野院を見つめていると、その美貌をますます苦しそうに歪めて目をそらした。
「……?」
「だから…ッ、……好きだったんだろう? 君は、瑠依くんのことがっ。考えてみたらアトリウムの演奏の時も、僕ではなく瑠依くんのことを見ていたじゃないか」
「え? いいえ……? あの時わたしは城野院先輩を見てましたけど……?」
瑠依のことを好きだった訳じゃない。ゲームのキャラクターとしては好きだったけれど、この世界の大河内瑠依というひとは、好意を抱ける程近しい存在ではない。むしろ今は後悔と恥ずかしさで、顔を見るのすらも怖いというのが本音だ。
――何故、城野院先輩にそんなことを聞かれるんだろう……?
「え……、じゃあ何故泣いているんだい?」
「……? どうしたらいいか、わからなくて?」
「だからなんなんだい、それは――!?」
城野院は呆れたような声をあげて、その場にどかっと座り込んだ。
平素の、全てが計算しつくされたかのように美しい所作の彼からは、想像もつかないような乱暴な仕草にカノンは目を瞬く。
そうしてキョトンとするカノンを見とめた城野院は、さっきまで眉間に寄っていた皺を解き、脱力したように笑った。
「あぁ、こすっちゃだめだよ、赤くなるから」そうしてまた、優しい手がカノンの涙を拭う。こわれものを扱うように、そっと、優しく。
城野院がこうしてカノンに触れるのは何度目だっただろうか。
初めて会った時に、いきなり頬に触れられたのは怖くて嫌だったけれど、何故か今は、まるで幼子が母親にされるように、安心してその手に委ねていた。
そうしていると徐々に、途方に暮れていた心が落ち着いてくるのを感じる。
城野院はカノンの涙が止まるまで、横で優しく頭を撫でながら、待っていてくれた。
◇◇◇◇◇
「それで……、どうしたらいいかっていうのは……? 何に悩んでいるの? 進路?」
「――進路、かぁ……、言われてみれば、そうですね……」
なんと答えたものか、とカノンは視線をさまよわせた。
確かに悩んでいるのは進路だと言えるのかもしれない。
でも城野院に相談するのも気が引けた。
というか、この世界は私が前世でプレイしたゲームの世界で、シナリオ通りに事が進まなくて悩んでいるんです、なんて言えるはずもない。
――生まれ変わったとか、ゲームとか、流石に頭がおかしいと思われるようなことは言えないけれど……。
今こうして真摯に向き合い話を聞いてくれようとしているひとに向かって、いつもの調子で、ヒロインの仮面を被って話をはぐらかすのも、違う気がした。
この世界のこのひとに、そんなことをしてはいけないと思った。
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