一度でいいから、抱いてください!

瑞月

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憂鬱な転生【カノンの場合】

25.幕が降りて

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「なんだそれ? なんかのゲームの話?」
「……いや、いいの、こっちの話」
「ふーん。――カノン、お前さぁ俺のことなんで“じう”って呼ぶの止めちゃったの?」
「え? いや、あの、私なんてただの幼馴染なだけで、特別親しくもないのに馴れ馴れしくするのはおこがましいなぁって思って……?」

 何故そんなことを聞かれるんだろう。
 質問の意図がわからず、肩に腕を載せている時雨の顔を見上げる。すると、鋭い目つきの強面の美形は、少し頬を赤らめ、こちらをふてくされたような表情で見ていた。

 瑠依先輩との雨のイベントが起こらなかったことで、ゲームのヒロインである“舞宮カノン”を演じなくていいのかもしれないと思った。
 そうなると、ゲームの記憶よりもずっと自分に対して余所余所しく接する時雨のことを、無理やり頑張って“じう”と呼ぶのもばからしくなってしまったのだ。
 それで先日「やっぱり“じう”じゃなく時雨くんって呼んでもいい?」と聞いた。その時に時雨くんは興味なさそうに「なんでもいーよ」と答えたはずなのに。
 何故いまそんなことを急に聞いてくるのか、意味がわからない。
『ただの幼馴染』そう言ったあたりから、時雨の眉間のしわはより深く刻まれたように思えるけれど。

「なんだそれ? 俺らは、特別に親しいだろーよ」
「いだっ! なんでっ!?」

 いきなりのデコピンにカノンは涙目で時雨を見上げた。そんなこと、これまで誰にもされたことがない。痛みよりもびっくりして、その言葉の意味は深く追うことはなかった。

「――だから。なぁ、俺のことまた“じう”って呼べよ」
「え……、いいんですか?」
「だから、なんでそこで敬語で返すんだよ!? あぁん? ばかにしてんのか?」

 そう言うと、時雨はまたデコピンをする仕草をとった。それに反射的におでこを手で防御した。

「してない、してない!」
「ふん、ならいいけどよ。いいか? カノン、俺のことまた“じう”って呼べよ? あとお前、今度はドレスの色よぉ、もっと暖色の……ほら黄色とか似合うんじゃねぇの?」
「んんん?? そうかな……?」

 釈然としない気持ちで時雨の顔を見上げると、何故か機嫌がよさそうに笑っている。
――なんなんだろう……?


 ◇◇◇◇◇


「カノンちゃん、今日の演奏すっげー良かったよー! 次は俺と組もうよ!」
「あ……、玲央先輩。観てくださったんですね、ありがとうございます」

 控室で帰り支度を始めようとしていると、観に来ていたらしい玲央が声を掛けてきた。
 玲央はいつものようにニコニコしているけれど、今日はカノンの手をとって握りしめてきたりして、何だかいつもよりも熱烈だ。

「……? 玲央先輩?」

「舞宮先輩、お疲れ様です。すごく素敵でした」
「奏くんまで……。控室までわざわざありがとう……?」

 ――ん? なんだか攻略対象が勢ぞろいしているような?

 気が付くと周りには、瑠依や城野院こそいないものの、攻略対象が勢ぞろいだ。
 そして何故か、いつもの調子で話しかけてくる玲央の顔はなんだか頬を赤らめているし、奏の表情も心なしかうっとりと見つめてきているように思える。

 ――なんだか、とっても違和感を感じる……。
 そうして何故か時雨は、カノンの傍を離れようとしない。いつもはスーッと友達のところに行ってしまうのに。
 しかも、さっきのようにカノンの肩に手を置いてきたかと思えば、玲央たちと話しているカノンの口にいきなり飴玉を放り込んできた。

「んぐっ!?」
「頑張ったご褒美だよっ」

 そして慌てるカノンをいたずらな笑みで見つめている。
 違和感だらけの時雨くんに、なんだかこれまで感じたことのない、皆からの熱っぽい視線。
 カノンの頭の周りでクエスチョンマークがぐるぐるする。

「なぁ、カノン。今日おふくろさん来てるんだろ? 俺久しぶりに挨拶したいんだけど」
「え? あ、うん。ママも時雨く、……じうに会えたら喜ぶと思うけど……」
「よっしゃあ! じゃあ皆さんお先に~」

 カノンの返事を聞いていたのか返事なんて関係なく来る気だったのか、時雨は周囲から離そうとするように、カノンの腕をとって強引に歩き始めた。
 ――んんん??

「え、時雨くんちょっと待って!」

 そしてやっと、打って変わった時雨の強引な態度に、(あ!!イベントに成功して親密度あがったのか!?) と気が付いた。
 そう考えると、いきなり変わった皆の態度に合点がいく。イベントの後のヒロインを囲んだこの周囲の状況、考えてみたらゲームで見たことがあるやつだ。
 コンサートの後に、その時の親密度の高い攻略対象が代わる代わるに挨拶にくるやつだ。そしてその時に一番親密度が高いキャラクターと、この後花火を……って。

――でも、そんなことよりも私はまだ、あのひとに会えていない。
 本当に失敗してしまった私に呆れているかもしれない。でも、あの時観ててくれるって、何度でも頑張ったねって言ってくれるって、そう言っていた。

「私あの、さっき城野院先輩にブローチを預けてて――、先に先輩に、」
「あぁ、城野院だったらさっき急用ができたって帰ったよー? 俺がここに来るときにすれ違ったけど」

「――え?」
「ほらカノン、行こうぜ」

 カノンは時雨に手を取られるまま、玲央の言葉に反応することも出来ずにひきずられるようにしてそこを後にすることになった。

 そして、その日を境に城野院とは、会うことができなくなってしまった。
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