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憂鬱な転生【カノンの場合】
26.不思議なお茶会
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「カノン先輩、これ美味しそうですよ」
「あ、うん。ありがとう」
「カノンちゃん、こっちのガトーショコラも美味しそうだよ! 先に味見してみて」
「あ、はい。有難うございます」
木漏れ日が目に眩しい昼下がり、自分のケーキを差し出してくる二人の美少年に、カノンは目を細めた。
ショッピングモールの近くにある、公園に面したおしゃれなカフェのテラス席。
噴水の飛沫が目にも涼しいそこで、カノンは目の前の皿のケーキにフォークをいれた。
『一緒に練習しよう』そんな誘いが二人からほぼ同時に来たのは、昨日の夕方のことだった。もう誰かと二人きりで会うことはするつもりはなかった。でもせっかくだからと3人での練習を提案したところ、呆気なく快諾され、現在に至っている。
これまで自分がヒロインだなんて思っていたのは、全くの勘違いだった。
だが、そう自覚したからといって、この夢が終わる訳でもなく、自分はカノンのままだった。
無理に好感度をあげるような行動をとらなくてもいいと思うと、すごく気が楽だ。でもその反面、何を目的として生きればいいのかもわからない。
二人が談笑するのを眺めながら、カノンはケーキを口に運ぶと「ん、美味しい」思わずそんな呟きが漏れた。
奏が注文したケーキはチョコレートムースの上にオレンジの香りの仄かな酸味のあるムースが重ねられていて、それぞれの風味が引き立て合っていてとても美味しい。
思わず頬が緩むと、そんなカノンの様子に奏が満足げに微笑んだ。
「もっと食べていいですよ」
そう言って皿を差し出す奏に、カノンは首を横に振った。奏はいつも自分の微かな反応にもすぐに反応してくれるのだが、それが少し気恥ずかしくも思う。
「あ、ううん。大丈夫、ありがとう」
――ヒロインでもないっていうのに、自分に付き合ってくれるなんて、こんな風に気にかけてくれるなんて本当に有難いなぁ。
考えてみたら、こんな風に外でお茶をするような仲の良い友人もできたことがなかったのだ。美味しいお店をチェックしたり、木漏れ日の揺らめく中でケーキを分け合ったり。本当にここは夢の中のようだ。
(と、いうか)
――私ってば、友達がいない。
練習は一人でもできる。でも学校の課題のこととか、普段のちょっとしたことを話す友達がいない。
というか、悲しいかなこれまで特に気のおけない親しい友人などいたこともないので、友達ってどうやって作るんだっけ? 状態だ。
「……」
ふと、スマホに目をやるが、鳴ることもない。
目の前の二人、そして時雨。あと母親くらいしかスマホには入っていない。
それが女子高生というものなのだろうか。絶対に少ない気がする。
ゲームでは凛子を通じて簡単に攻略対象の連絡先を入手していたというのに、今カノンのスマホには城野院の連絡先すら入っていない。
――城野院先輩、あれっきり会えてないなぁ……。
あの艶めく黒髪が脳裏を掠める。
夏休み中、学園に行くこともできず、連絡先も知らない城野院とは一切連絡を取れないままだった。演奏は見てくれましたか? 先輩は今どうしてるんですか? 聞きたいことは山ほどあるというのに。
学園が始まれば……、そう思ってみても、時の流れが速まることはない。
「カノンちゃん、どうしたの? 今日の練習根詰めてたしね、疲れた?」
「いえ……。大丈夫です」
こちらの表情を覗き込んで、優しく気遣ってくれる玲央に微笑みを返した。
玲央は茶色のふわふわとした髪を揺らして、今日も『わんこ』という表現がぴったりに、愛嬌たっぷりな表情をしている。
「カノン先輩のミルフィーユ、美味しそうですね。僕、お土産に買っていこうかなぁ」
「ご家族に? すごく美味しいから喜ばれると思う」
「うちの姉がミルフィーユ大好物なんですよね」
そう言って紅茶のカップを手に、奏はまたにっこりとほほ笑んだ。
カノンもまた香りのいいアールグレイを傾けながら、奏をぼんやりと見つめる。玲央が犬なら、奏は猫だ。丸くて少しつり目の目元を細めて笑う様子は、気ままな猫を思わせる。
――恋愛とかっていう風には考えられないけれど、奏くんが弟ってすごくいいなぁ。
いいなぁ、神崎さんこんな可愛い弟がいて。
(そうだ、友達。神崎さんと、は……?)
その瞬間、そんな大それたことが浮かんだ。そしてあの甘く揺れる赤い髪が、自然とちらつく。
以前、クラスの女生徒達から自分を庇ってくれた礼を、まだすることができていなかった。彼女は自分のことを、どう思っているだろうか。
(神崎さんとだったら、もともとゲームには関係してないし、こんな私とも仲良くしてくれるかもしれないんじゃ……?)
「奏くん、あの……」
「あ! あそこにいるのって彩音ちゃんじゃない? ちょ、奏! 声かけて!」
「え?」
「あ、本当だ。姉さーん」
「え、え?」
公園の噴水の前を歩く、赤い髪のすらりとしたシルエット。
それは今まさにその姿を思い浮かべていた、神崎彩音だった。
◇◇◇◇◇
「彩音姉さん、ここのミルフィーユは美味しそうですよ」
「姉さん……? あぁ、えぇ、有難う奏。じゃあそれにするわね」
輝かんばかりのすらりとした白い手が、優雅に水の入ったコップを傾ける。そうしてにっこりとほほ笑みながら、メニューを指差すその姿は、まるで貴族令嬢のように優雅だ。
その美しい姿を前に、カノンはカチンコチンに固まってしまっていた。
友達になれたら、なんてつい先ほど考えていたところだった。それは確かだ。
でもそれはこんなに急に今すぐにという話ではない。
何事にも心の準備というものが必要だ。そして自分はもともと石橋を壊れるまで叩きたいタイプだ。
(な、なんてお話すればいいんだろう。そうだ、あの前の、あの体育館のッ! あの時はありがとうございましたって……! でもこんなところで、他に二人もいるのにそんなこと話し始めるのはおかしいかな?)
カノンは思わず宙を見つめてしまった。
そんなカノンに気が付いたのか、彩音は少し眉を下げて、すまなさそうな表情をつくった。
「あ、うん。ありがとう」
「カノンちゃん、こっちのガトーショコラも美味しそうだよ! 先に味見してみて」
「あ、はい。有難うございます」
木漏れ日が目に眩しい昼下がり、自分のケーキを差し出してくる二人の美少年に、カノンは目を細めた。
ショッピングモールの近くにある、公園に面したおしゃれなカフェのテラス席。
噴水の飛沫が目にも涼しいそこで、カノンは目の前の皿のケーキにフォークをいれた。
『一緒に練習しよう』そんな誘いが二人からほぼ同時に来たのは、昨日の夕方のことだった。もう誰かと二人きりで会うことはするつもりはなかった。でもせっかくだからと3人での練習を提案したところ、呆気なく快諾され、現在に至っている。
これまで自分がヒロインだなんて思っていたのは、全くの勘違いだった。
だが、そう自覚したからといって、この夢が終わる訳でもなく、自分はカノンのままだった。
無理に好感度をあげるような行動をとらなくてもいいと思うと、すごく気が楽だ。でもその反面、何を目的として生きればいいのかもわからない。
二人が談笑するのを眺めながら、カノンはケーキを口に運ぶと「ん、美味しい」思わずそんな呟きが漏れた。
奏が注文したケーキはチョコレートムースの上にオレンジの香りの仄かな酸味のあるムースが重ねられていて、それぞれの風味が引き立て合っていてとても美味しい。
思わず頬が緩むと、そんなカノンの様子に奏が満足げに微笑んだ。
「もっと食べていいですよ」
そう言って皿を差し出す奏に、カノンは首を横に振った。奏はいつも自分の微かな反応にもすぐに反応してくれるのだが、それが少し気恥ずかしくも思う。
「あ、ううん。大丈夫、ありがとう」
――ヒロインでもないっていうのに、自分に付き合ってくれるなんて、こんな風に気にかけてくれるなんて本当に有難いなぁ。
考えてみたら、こんな風に外でお茶をするような仲の良い友人もできたことがなかったのだ。美味しいお店をチェックしたり、木漏れ日の揺らめく中でケーキを分け合ったり。本当にここは夢の中のようだ。
(と、いうか)
――私ってば、友達がいない。
練習は一人でもできる。でも学校の課題のこととか、普段のちょっとしたことを話す友達がいない。
というか、悲しいかなこれまで特に気のおけない親しい友人などいたこともないので、友達ってどうやって作るんだっけ? 状態だ。
「……」
ふと、スマホに目をやるが、鳴ることもない。
目の前の二人、そして時雨。あと母親くらいしかスマホには入っていない。
それが女子高生というものなのだろうか。絶対に少ない気がする。
ゲームでは凛子を通じて簡単に攻略対象の連絡先を入手していたというのに、今カノンのスマホには城野院の連絡先すら入っていない。
――城野院先輩、あれっきり会えてないなぁ……。
あの艶めく黒髪が脳裏を掠める。
夏休み中、学園に行くこともできず、連絡先も知らない城野院とは一切連絡を取れないままだった。演奏は見てくれましたか? 先輩は今どうしてるんですか? 聞きたいことは山ほどあるというのに。
学園が始まれば……、そう思ってみても、時の流れが速まることはない。
「カノンちゃん、どうしたの? 今日の練習根詰めてたしね、疲れた?」
「いえ……。大丈夫です」
こちらの表情を覗き込んで、優しく気遣ってくれる玲央に微笑みを返した。
玲央は茶色のふわふわとした髪を揺らして、今日も『わんこ』という表現がぴったりに、愛嬌たっぷりな表情をしている。
「カノン先輩のミルフィーユ、美味しそうですね。僕、お土産に買っていこうかなぁ」
「ご家族に? すごく美味しいから喜ばれると思う」
「うちの姉がミルフィーユ大好物なんですよね」
そう言って紅茶のカップを手に、奏はまたにっこりとほほ笑んだ。
カノンもまた香りのいいアールグレイを傾けながら、奏をぼんやりと見つめる。玲央が犬なら、奏は猫だ。丸くて少しつり目の目元を細めて笑う様子は、気ままな猫を思わせる。
――恋愛とかっていう風には考えられないけれど、奏くんが弟ってすごくいいなぁ。
いいなぁ、神崎さんこんな可愛い弟がいて。
(そうだ、友達。神崎さんと、は……?)
その瞬間、そんな大それたことが浮かんだ。そしてあの甘く揺れる赤い髪が、自然とちらつく。
以前、クラスの女生徒達から自分を庇ってくれた礼を、まだすることができていなかった。彼女は自分のことを、どう思っているだろうか。
(神崎さんとだったら、もともとゲームには関係してないし、こんな私とも仲良くしてくれるかもしれないんじゃ……?)
「奏くん、あの……」
「あ! あそこにいるのって彩音ちゃんじゃない? ちょ、奏! 声かけて!」
「え?」
「あ、本当だ。姉さーん」
「え、え?」
公園の噴水の前を歩く、赤い髪のすらりとしたシルエット。
それは今まさにその姿を思い浮かべていた、神崎彩音だった。
◇◇◇◇◇
「彩音姉さん、ここのミルフィーユは美味しそうですよ」
「姉さん……? あぁ、えぇ、有難う奏。じゃあそれにするわね」
輝かんばかりのすらりとした白い手が、優雅に水の入ったコップを傾ける。そうしてにっこりとほほ笑みながら、メニューを指差すその姿は、まるで貴族令嬢のように優雅だ。
その美しい姿を前に、カノンはカチンコチンに固まってしまっていた。
友達になれたら、なんてつい先ほど考えていたところだった。それは確かだ。
でもそれはこんなに急に今すぐにという話ではない。
何事にも心の準備というものが必要だ。そして自分はもともと石橋を壊れるまで叩きたいタイプだ。
(な、なんてお話すればいいんだろう。そうだ、あの前の、あの体育館のッ! あの時はありがとうございましたって……! でもこんなところで、他に二人もいるのにそんなこと話し始めるのはおかしいかな?)
カノンは思わず宙を見つめてしまった。
そんなカノンに気が付いたのか、彩音は少し眉を下げて、すまなさそうな表情をつくった。
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