〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q

文字の大きさ
29 / 48

29 お疲れな鬼上司を個人接待

しおりを挟む
課長が私を連れて入ったのは旅館から歩いて15分ほどのところにある地元の居酒屋だった。

そこは地元では結構有名なお店らしく、飾らない雰囲気と郷土料理が楽しめる隠れた名店らしい。

店内には沖縄チックな郷土品があちこちに飾られており、地元民らしい砕けた雰囲気のお客さんが既にたくさんいた。

アットホームな雰囲気がどことなく「酒のみや」を思い出させた。

カウンターに案内され、課長が適当にお酒と料理を注文する。私は隣で所在ない思いで小さくなっていることくらいしか出来ないでいた。

とりあえずビールということで、ジョッキで乾杯するといつぞやと同じように課長はすごい勢いでビールを呷り、心底幸せそうに顔を歪ませていたので私の肩の力は僅かに抜ける。

「そんなに幸せですか?」

「幸せだな。さっきまで地獄だったからな。この反動はデカい」

「地獄って大げさなこと言わないで下さいよ」

「馬鹿言うな。あれを地獄と言わずにどれを地獄と言うんだよ。俺だって自分でこんなこと言いたくないけどな、見た目やら肩書きやら何やらで自分の周りに媚びた笑顔を顔にはっつけた女が次から次へとやってくるんだぞ。しかも社員。その辺の逆ナン女だったら適当にあしらってそれで終わりで済むもんだけど、社員だぞ。旅行から帰って変な噂でも立ったらたまったもんじゃない。徹底して全員を同じようにあしらうのにどれだけ神経すり減らすかお前にわかるか?」

「……分かりません。とてつもなく大変だということは何となく伝わってきました」

「よし。ならお前はこれから俺の疲れが取れるようにトコトン付き合え。上司命令」

「もうここまで来た時点で命令なんてされなくてもちゃんと付き合いますよ」

聞く限り課長の置かれていた状況は相当ハードだったはず。

男と女じゃ相手から加えられるプレッシャーの度合いは違うだろうけど、S社の坂上課長一人をいなすことだって大変だった。

見たところ課長は本当に疲れていて、本心から今解放されたことを喜んでいる。

こんなときくらいは普段お世話になっている部下としてお付き合いするのが筋ってもんだろう。

私は自分自身にそう言い聞かせた。

地元の名店と言われるだけあって、出てくる料理は目に珍しく、どれも美味しかった。

お酒は少々強いものが多かったけれど、店主のおすすめを聞き出しそれにあったおつまみを出してもらうのは楽しい。

酔ってしまえば余計なことを考えずにいることもできて、私は自分が想定していた以上に課長との時間を楽しんでいた。

折角仕事から離れて体と心を休めるために旅行に来たのだと課長は言って、仕事の話は一切するなと話題を縛られる。だから、プライベートなことばかりを話した。

課長には3つ年上のお姉さんがいること、昔犬を飼っていたこと、大学での専攻が理系だったこと、ジムに行くと隣の人と勝手に競って鍛えて無理してしまうことなど、色々と興味深いエピソードを知った。

私も5つ年下の弟がいること、実家のレストランのこと、学生時代にバレー意外に唯一はまった歌手のこと、和食を時間を見つけては作ろうと練習していることなど、取り止めのないことばかり語った。

「あれから松さんと馨さんのところには行ったのか?」

「はい。と言っても2回だけですけど。基本中の基本からということで最初はお味噌汁、次の時は肉じゃがの作り方を教わりました」

「すっげぇ家庭的だな」

「でも、どちらも一工夫あって、上手くいくとすごく美味しくなるんです。余裕があるときに家で作ってみたんですけど、自分の部屋に立派な日本の料理が食べられるんだと思うと軽く感動を覚えました」

「大げさだな」

課長がカウンターに頬杖をついてこちらを向いて柔らかく笑んでいる。

「だって、実家では完全なるイタリアンか謎の創作料理ばっかり出てくるんですよ。そりゃ父の作る味は美味しかったですけど、私も弟も学校の給食で皆が地味だって嫌うようなお惣菜をそれはもう大事に食べたもんです」

力説すると課長は楽しそうに目を細める。正面から目が合って、私の方が気まずくなって目を逸らした。課長はそれを気にすることなく頬杖を取ると、カウンターに向かい遠い向こうを見るような目をした。

「あんまり記憶にないけど、川瀬の作った料理は美味かったような気がするな」

どうやら課長は体調を崩したときのことを思い出しているようだった。

「ようだった気がするって失礼な」

「しょうがないだろ、飯が食えるようになったとはいえ味覚なんて全然しっかりしてなかったんだから。それでも美味かったって何となく思えるんだからきっと美味かったんだろうよ」

「……それはどうもありがとうございます」

「手料理、また食いたいな」

「えっ」

それはどういうことだろう。

真意を探りたくて課長の顔色を窺おうとしたら、再び正面から目があってしまった。そして目の前にはさっきまでとは少し雰囲気の違う光を宿す瞳。

「また、俺に何か料理作ってくれないか」

「えっ、あの…」

「家も近いんだ。別にいいだろ」

「いっいつか、そのうち、機会があったらっ」

何となく嫌だとは言えなくて、適当に肯定とも否定とも言えない言葉を連ねる。すると課長の瞳の力が弱まり、また元の穏やかな笑みに戻った。

「じゃあ、そのうちな」

「……はい」

それからしばらく経って、3時間近く話し込んでいたことに気がつき、私達は店を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の低田悠真のクラスには『高嶺の花』と呼ばれるほどの人気がある高嶺結衣という女子生徒がいる。容姿端麗、頭脳明晰、品行方正な高嶺さんは男女問わずに告白されているが全て振っていた。彼女には好きな人がいるらしい。  ゴールデンウィーク明け。放課後にハンカチを落としたことに気付いた悠真は教室に戻ると、自分のハンカチの匂いを嗅いで悶える高嶺さんを見つける。その場で、悠真は高嶺さんに好きだと告白されるが、付き合いたいと思うほど好きではないという理由で振る。  しかし、高嶺さんも諦めない。悠真に恋人も好きな人もいないと知り、 「絶対、私に惚れさせてみせるからね!」  と高らかに宣言したのだ。この告白をきっかけに、悠真は高嶺さんと友達になり、高校生活が変化し始めていく。  大好きなおかずを作ってきてくれたり、バイト先に来てくれたり、放課後デートをしたり、朝起きたら笑顔で見つめられていたり。高嶺の花の高嶺さんとの甘くてドキドキな青春学園ラブコメディ!  ※2学期編4が完結しました!(2025.8.4)  ※お気に入り登録や感想、いいねなどお待ちしております。

皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?

akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。 今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。 家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。 だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?

その卵焼き俺にも食わせろ!―ワンナイトラブから逃げたはずなのに、契約で縛られてました!?―

鷹槻れん
恋愛
新沼 晴永(にいぬま はるなが/36)は俺様上司として恐れられる鬼課長。 そんな彼に毎日のように振り回されるのが、犬猿の仲(だと彼女が勝手に思っている)部下の小笹 瑠璃香(こざさ るりか/28)だ。 飲み会の夜、酔ってふにゃふにゃになった瑠璃香を晴永がまんまと持ち帰り――翌朝待っていたのはワンナイトの証拠と契約結婚の書類!? 晴永には逃げようとする瑠璃香を逃がすつもりはないらしい!? 笑いと誤解と契約の、ドタバタラブコメディ! ○表紙絵は市瀬雪さんに依頼しました♥(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

Marry Me?

美凪ましろ
恋愛
 ――あの日、王子様があたしの目の前に現れた。  仕事が忙しいアパレル店員の彼女と、王子系美青年の恋物語。  不定期更新。たぶん、全年齢でいけるはず。 ※ダイレクトな性描写はありませんが、ややそっち系のトークをする場面があります。 ※彼の過去だけ、ダークな描写があります。 ■画像は、イトノコさまの作品です。 https://www.pixiv.net/artworks/85809405

2月31日 ~少しずれている世界~

希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった 4年に一度やってくる2月29日の誕生日。 日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。 でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。 私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。 翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。

距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜

葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」 そう言ってグッと肩を抱いてくる 「人肌が心地良くてよく眠れた」 いやいや、私は抱き枕ですか!? 近い、とにかく近いんですって! グイグイ迫ってくる副社長と 仕事一筋の秘書の 恋の攻防戦、スタート! ✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼ 里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書 神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長 社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい ドレスにワインをかけられる。 それに気づいた副社長の翔は 芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。 海外から帰国したばかりの翔は 何をするにもとにかく近い! 仕事一筋の芹奈は そんな翔に戸惑うばかりで……

ソツのない彼氏とスキのない彼女

吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。 どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。 だけど…何故か気になってしまう。 気がつくと、彼女の姿を目で追っている。 *** 社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。 爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。 そして、華やかな噂。 あまり得意なタイプではない。 どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。

処理中です...