〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q

文字の大きさ
41 / 48

41 ピンチ転じて

しおりを挟む

「で、何を調べたいんだ」

「その前に、川瀬先輩いないですね。ここの鍵持っていったのって川瀬先輩ですよね。ドア開けっ放しでどこ行っちゃったんでしょうね?」

「さぁな。それより早く用事を済ませろ。こっちは忙しいんだ」

「そんな急かさないで下さいよ。今日は土曜日じゃないですか。業務時間外ですよ」

「仕事がなきゃ会社に来てない。終わっていたらとっくに帰っている」

「あはは、確かにそうですね。じゃあ私の調べ事何ですけど――」

木野さんの声が途切れる。そして甘ったるい声色に変わって言葉が紡がれる。

「榊課長、私にご興味ないですか?」

「……はあ?」

予想外の問いかけだったのだろう。課長の声は普段より幾分か間の抜けたものになる。

「だから、私に興味ないですか――女として」

甘い問いかけの後、沈黙。

そして大きなため息が聞こえてきた。

壁が薄い。

「ない」

「即答ですかぁ?」

「ああ、ない」

きっぱり言い切る課長に私は幾分ほっとする。けれども木野さんの声は傷ついた様子もない。

「ショックですぅ。私これでも女としての魅力に自信あったんですけど」

「それは見込み違いだったな。話はそれだけか。なら――」

「前の彼氏は私の魅力に惹かれて川瀬先輩よりも私を選びましたよ」

私と良也の身体が同時に強張る。それでも会話は淡々と続く。

「……それはその彼氏がお前の方が好みだったんだろうよ」

「榊課長は私より川瀬先輩の方がいいんですか?」

ドキン。

木野さんの問いに私の心臓が跳ねる。

「木野。お前何がしたいんだ?」

課長が心底呆れたようにため息まじりの息を吐く。

それを受けても木野さんは明るい声のまま言い放った。

でも、声質が今までと違う。

「私は今榊課長がとっても欲しいんです」

可愛い女の子というイメージが強かった木野さんの普段の姿からは想像できない妖艶な声音。

背中に冷たいものが走る。

私の上に覆いかぶさる良也も息を呑んで固まっている。

何なんだこの状況は。

「言っただろ。興味がない」

「でも、男の人って興味のない女の人でも手は出せるんじゃないですか?」

「そういうやつは実際は少ないんじゃないか」

「榊課長はそういう人ではないと?」

「……何が言いたい」

「私、榊課長のこと好きなんです。どうしても私じゃダメですか?」

挑発的で情熱的な言葉と冷静な言葉の応酬。

そして訪れる沈黙。

胸が苦しい。

張り詰めた空気の中で課長は今何を考えているの?

私の不安が一杯になったその時、薄い壁の向こうの気配が揺らいだ。

「はっ」

乾いた笑い声。

その場の空気を破ったのは課長のほうだった。

「そうだな、俺はどうでもいい女でも抱こうと思ったら抱けるかもしれないな」

淡々としたしていたけれど、先ほどまでと明らかに変わった声質。

攻守が逆転したと瞬間的に相手に分からせるような、強い男の有無を言わさぬ声。

「……なら私と今ここで遊んでみませんか?」

明らかな誘い文句を放っておきながら、女の迫力は先ほどまでとは打って変わって弱い。

一方、男の方はその分より力を増す。

「ふうん。お前は俺と遊んでどうなりたいわけ?」

口調が砕けた。

――上司として接していない。

男は畳みかける。

「木野は俺に抱かれたいんだろ、今ここで。それで、俺に抱かれてその後どうするんだ?」

見ているわけではないのに、課長と木野さんの距離が縮むのが分かる。

自分の心臓が壊れそうだ。

「その後は……」

言い淀む木野さんに男は容赦しない。

「――お前には俺とのその後のビジョンなんて何もないだろうが」

突如、妖艶だった男の声は怒りを孕んだより低いものに変わった。

「先に何もないのに、その場しのぎで俺に体を捧げたところで何になるって言うんだ。一時だけ勝った気分に浸れたところでそれでおしまいだ。俺はどうでもいい女を抱けても、その女にその後媚びたり懐いたりしない」

「そっそんなのわからないじゃないですか」

突然木野さんから余裕がなくなる。

声から伝わってきたのは必死さだ。

「もしかしたら、課長だって私を抱いたら私の事のほうが好きになるかもしれない!」

「じゃあ百歩譲ってそうなったとしよう。で、お前は満足か?」

「満足します」

「嘘だな」

本人の言葉をばっさり切り捨てる発言は本人のよりも確信を持った口調だった。

「無意味なことをしているって自分で分かっているんじゃないのか? お前はこの方法じゃ全然満たされないだろう」

「……何のことですか?」

「それとも当てつけみたいに見せつけられたら満足か? 一人でアイツが持ってるものを羨ましがって欲しがって。アイツより自分が優れた部分を無理やり作ろうとして。以前に一回上手くいったことを良いことに、その武器使って今度は俺を落としてどうするつもりだ。満足するわけがないだろう」

――当てつけ?

――アイツ?

「馬鹿なこと考える前に、もっとやりようがあったんじゃないのか。俺はお前のことをそこまで馬鹿じゃないと思っていたんだがな」

「……だから、何を言っているんですか」

「面倒くさい奴だな。自分の好きな相手を間違えるなって言ってんだ。お前が本当に落としたいのは――」

「やっやめて下さい! ここで言わないで!」

突如木野さんは大声で課長の声を消し飛ばした。

何? どういうこと?

意味がわからない。

私の中で疑問が全く解けない。

良也もそれは同じようで、いつの間にやら力を抜いて壁の向こうの会話に聞き入っていたようだ。

訳はわからないままだったけれど、このチャンスを逃す手はない。

私は隙を見て良也の胸を押し、空いた隙間から体をずらす。

「あっ」

良也は私が逃げ出そうとしていることに気がついたのか再び体を押さえようと腕を伸ばしてくる。けれども、そう何度も自由を奪われてたまるか。

こちらから良也の腕を取ってもみ合う形になる。隣の部屋を気にして声を抑えつつも抗議する。

「ちょっといい加減にしてよっ」

「静かにしろよ。俺の話はまだ終わってないんだからな」

「さっき終わったでしょっ、もう離して!」

「なんだかよくわからないけど、榊課長は由香里のことそこで抱けるって言ってたぜ。だったら俺達も――」

何を言ってるんだこの馬鹿は。

「ふざけるのも――」




「いい加減にしやがれ」




「「え?」」

先ほどまでくぐもって聞こえていた声が急にはっきりと耳に届いておかしいと思った刹那、目の前の良也の身体が後方にすっ飛ぶ。

「がっ」

そのままおかしな姿勢で床に転がり、痛みに声を上げる良也が1ミリくらい気になったが、それ以上に私と良也の間に立ってこちらを見下ろしてくる影に唖然とする。

「かっ課長? あれ? 鍵は?」

疑問を口にした直後課長がスペアキーを持っていることを瞬時に思い出す。

「その前に助けてくれて有難う御座いますくらい言えないのか?」

「えっ、あっ、ありがとうございました。とっても助かりました」

「よし。因みにお前、今ここでこの馬鹿野郎に一体何されてたんだ?」

声のトーンが普段よりワントーン以上低い。馬鹿野郎って。

「い、いえ、ちょっと、いやかなり強引なことはされましたけど、特にご報告するほどのことは――」

「てめぇ杉浦、川瀬に何するつもりだった」

見下ろしてくる顔は私の声が途切れる前に良也に向けられる。表情の恐ろしさは普段の3割増しだ。

「い、いや、何も」

「何もするつもりがねぇ奴が女の上に跨ってるわけねぇだろうが」

「あ、あの課長」

完全に言葉遣いが仕事モードからかけ離れている。強いていうなら極道モードだ。

あまり話を掘り返してほしくない私は思わず課長の腕を引っ張って注意を良也から逸らす。

「本当に、大丈夫です。自分のことなので後でコテンパンに処理しときますので、課長のお手を煩わせるほどの事ではっ」

「馬鹿は休み休み言え。俺の目に入った光景だけで懲戒免職ものだぞ」

「懲戒免職!?」

良也が転がったまま声を張り上げ一瞬体を浮かす。

「セクハラ以上の光景に見えたからな。川瀬が正式に会社に訴え出るなら話が通らなくはない。というか俺が処理する以上必ず通る。最低でも出勤停止と降格。本気出せば解雇も軽い」

「ひっ」

「だっ大丈夫です。自分で蹴りはつけますんでっ」

特に良也を庇う必要性はないのだけれども、仕事を辞めさせることになると責任を感じざるを得なくなる。

なので、必死に課長に変わって制裁を誓うと、課長は良也を跳ね飛ばしてできたソファーの空きスペースにどっしりと座り込み、腕と長い足を組んだ。

そして、こちらにくるりと顔を向け不満そうに言い放つ。

「男にいいようにされやがって馬鹿かお前は」

「ばっ馬鹿って。 私はちゃんと抵抗しましたよ! って、私達がここにいるってわかっていたんですか?」

「抵抗したところで回避できてねーじゃねぇか。そもそも自分に気のある男とこんなところで2人きりになるな。鍵を持って行った奴が施錠もせずに部屋に居ないならその奥にいると思うのが当然だろうが。……まさかこんな状況だとは思いもしなかったが」

「私はただ話をしていただけですっ」

「ただ話をしていた結果が今の状態なら一生俺以外の男と話なんてするな」

「はぁ!? 何急に無茶苦茶言ってるんですか!」

オフモードの口調で話しかけられたので思わず釣られて考えなしに反論する。

相手の方も止まらない。

「下心バリバリの男伴って油断するなんて子供か。そういえばお前この前提出した書類ガキみたいな誤字あったよな」

「そ、それは今関係ないじゃないですか」

「それにたまに何だか知らないけどひらがなを書き間違えるよな。あれこそ本当にガキだよな。馬鹿丸出し」

「なっ」

「未だに計算ミスは多いし、事務作業が雑。会社に提出する書類にまるで気が配られてない」

「だから、なんで今私のダメ出しをするんですか!」

堪らず叫ぶと、急に目の前の顔が綻んだ。

「お前とのこういう気軽なやり取り本当に久しぶりだな」

「へっ?」

穏やかに目を細める課長の表情に気を取られているうちに、その顔は半回転してドアを見やる。

その目はもう切り替わっていて、今度はいつもの上司の顔。

「わかったか。こいつはお前が思っているような完璧人間なんかじゃ全然ない。張り合う必要なんて全くない」

ドアの前には目をまん丸く開けた木野さんが立っていた。

「川瀬は完全に営業向きだ。でもって事務仕事には不向きだ。一方お前はどうだ? 総務の中でも仕事が正確で早かったって聞いたぞ。営業だって現状人並みには熟せそうじゃないか。お前はお前でちゃんと評価されるべきところがある。要は目立つか目立たないかだ」

「えっ? あの」

一体何の話だ。

訳が分からないでいると木野さんが恐る恐る口を開いた。

「……私なんかに川瀬先輩よりも優れているところがあるんですか?」

「あるだろう。少なくとも、さっきこいつに指摘したことは確実に木野の方がしっかり出来ているはずだ」

「……今までそんなこと誰にも言われたことないです」

「お前が聞かなかっただけじゃないのか。以前は知らんが、今となっては木野は社内の女子じゃ評価されているほうだよ」

「でも――」

「憧れるのもいいけどな、自分を見失うな。人にはそれぞれ向き不向きがある。お前はコイツに固執し過ぎだ」

憧れる?

固執?

コイツって――私?

ってことは…?

「……由香里は俺でも榊課長でもなくて陸の事ばっかり考えていたのか?」

いつの間にか体勢を立て直した良也が目を丸くして課長と木野さんを交互に見ている。

途端、課長が再び向き直って私を見やる。

その表情は悪戯に口角を上げていた。

「モテモテだな川瀬。4角関係の矢印は全員お前向きだったみたいだぞ」

「はっ? えっ? ええっ!?」

私は事の衝撃に無駄に大きく声を上げて体を反らし、ソファの端から転がり落ちそうになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の低田悠真のクラスには『高嶺の花』と呼ばれるほどの人気がある高嶺結衣という女子生徒がいる。容姿端麗、頭脳明晰、品行方正な高嶺さんは男女問わずに告白されているが全て振っていた。彼女には好きな人がいるらしい。  ゴールデンウィーク明け。放課後にハンカチを落としたことに気付いた悠真は教室に戻ると、自分のハンカチの匂いを嗅いで悶える高嶺さんを見つける。その場で、悠真は高嶺さんに好きだと告白されるが、付き合いたいと思うほど好きではないという理由で振る。  しかし、高嶺さんも諦めない。悠真に恋人も好きな人もいないと知り、 「絶対、私に惚れさせてみせるからね!」  と高らかに宣言したのだ。この告白をきっかけに、悠真は高嶺さんと友達になり、高校生活が変化し始めていく。  大好きなおかずを作ってきてくれたり、バイト先に来てくれたり、放課後デートをしたり、朝起きたら笑顔で見つめられていたり。高嶺の花の高嶺さんとの甘くてドキドキな青春学園ラブコメディ!  ※2学期編4が完結しました!(2025.8.4)  ※お気に入り登録や感想、いいねなどお待ちしております。

その卵焼き俺にも食わせろ!―ワンナイトラブから逃げたはずなのに、契約で縛られてました!?―

鷹槻れん
恋愛
新沼 晴永(にいぬま はるなが/36)は俺様上司として恐れられる鬼課長。 そんな彼に毎日のように振り回されるのが、犬猿の仲(だと彼女が勝手に思っている)部下の小笹 瑠璃香(こざさ るりか/28)だ。 飲み会の夜、酔ってふにゃふにゃになった瑠璃香を晴永がまんまと持ち帰り――翌朝待っていたのはワンナイトの証拠と契約結婚の書類!? 晴永には逃げようとする瑠璃香を逃がすつもりはないらしい!? 笑いと誤解と契約の、ドタバタラブコメディ! ○表紙絵は市瀬雪さんに依頼しました♥(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)

皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?

akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。 今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。 家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。 だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

Marry Me?

美凪ましろ
恋愛
 ――あの日、王子様があたしの目の前に現れた。  仕事が忙しいアパレル店員の彼女と、王子系美青年の恋物語。  不定期更新。たぶん、全年齢でいけるはず。 ※ダイレクトな性描写はありませんが、ややそっち系のトークをする場面があります。 ※彼の過去だけ、ダークな描写があります。 ■画像は、イトノコさまの作品です。 https://www.pixiv.net/artworks/85809405

2月31日 ~少しずれている世界~

希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった 4年に一度やってくる2月29日の誕生日。 日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。 でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。 私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。 翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。

距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜

葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」 そう言ってグッと肩を抱いてくる 「人肌が心地良くてよく眠れた」 いやいや、私は抱き枕ですか!? 近い、とにかく近いんですって! グイグイ迫ってくる副社長と 仕事一筋の秘書の 恋の攻防戦、スタート! ✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼ 里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書 神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長 社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい ドレスにワインをかけられる。 それに気づいた副社長の翔は 芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。 海外から帰国したばかりの翔は 何をするにもとにかく近い! 仕事一筋の芹奈は そんな翔に戸惑うばかりで……

ソツのない彼氏とスキのない彼女

吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。 どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。 だけど…何故か気になってしまう。 気がつくと、彼女の姿を目で追っている。 *** 社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。 爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。 そして、華やかな噂。 あまり得意なタイプではない。 どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。

処理中です...