伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

未羊

文字の大きさ
311 / 500
第六章 2年目後半

第311話 イスンセ

しおりを挟む
 その頃、サーロイン王国内の某所。
 ほぼ真っ暗な空間に、怪しい連中が集まって何かを話している。夜だというのに、ろくに明かりもつけていないようだった。
「で、現状はどうなっている?」
「ベジタリウス王家が俺たちの動きに気が付いたようだ。だが、中に入ろうとしても不思議な力で拒まれてしまっている」
「結界か。面倒だな……」
 結界の話をしているので、おそらくはベジタリウス王国の諜報員たちだろう。
「イスンセ、どうするつもりだ?」
 仲間内の一人が、リーダー格の男に話し掛けている。
「どうするもこうするも、次の手を考えながらしばらく様子見をするしかなかったからな。俺に文句を言っている暇があったら、お前も何か考えろ」
「ぐっ……」
 イスンセが睨み付けて言うと、男は黙り込んでしまった。
 ここまでイスンセが焦るのも無理はない。混乱を巻き起こすためにいろいろ画策してはいるのだが、サーロインとベジタリウスの中では警戒が厳しくなっていて手が出しづらいのだ。
 このアンマリアの2年生後期の間は、イスンセたちは次なる行動を模索し続けていたのである。
「ミール王国をけしかけるかとも考えたのだが、あそこはいかんせん遠すぎる。思うようにこいつに魔力が伝わらないから無理だな。……それにしても、かなり計画が停滞してしまったまま時間が過ぎてしまったな」
 ギリッときつく歯を食いしばるイスンセである。
「それにしても、イスンセ」
「なんだ、クガリ」
 声を掛けてきたクガリに睨むように反応するイスンセ。
「ずいぶんと焦っているようだね。だったら、さっさとその持ってるものをばら撒けば早いんじゃないの?」
 ため息まじりに言うクガリに、イスンセは厳しい表情を見せる。
「こいつらの能力を知らないから、お前はそんな無責任な事を言えるんだ。こいつらは非常に扱いが難しい。そう簡単に言ってくれるなよ?」
「……わ、分かったわ」
 イスンセの睨みに怯むクガリである。
「とりあえずだ。作戦は俺が考える。お前らは今まで通り、サーロインの国内を探れ。ただし、慎重に動け、悟られるなよ?」
「はっ」
 クガリは返事をすると、部下の諜報員たちを連れてアジトから離れていった。

 クガリたち部下を追い出したイスンセは、自分の持つものを取り出して見つめている。この宝石のようなものが、クガリの言っていた『ばら撒けばいいもの』である。
「まったく、今の連中は平和なものだな。これが何かも知らないとは、実に愚かしい限りだ」
 イスンセの持つ宝石からは、何やらどす黒い魔力が漏れ出ている。そう、この宝石たちはロートント男爵を変貌させていた呪具なのである。それが大量にイスンセの手に握られている。
 しかし、呪具というものは持っているだけで気が狂ってしまうと言われているというのに、このイスンセはなぜ正気を保っていられるのだろうか。
 実はこのイスンセという人物、詳細な出身地が分からない。突如としてベジタリウス王国に現れ、諜報部の人間として収まってしまったのである。
 ただ、クガリたちの様子を見ても分かる通り、人望は意外とあるようだ。仕事の手際の良さもあるので、諜報部の中ではかなり信頼されているらしい。
 しかし、ミズーナ王女もレッタス王子も、その名はちらりとしか聞いた事がないという。そのくらい秘匿された組織が、ベジタリウス王国の諜報部なのである。
「俺の真の目的を知られるわけにはいかない。クガリどもにはせいぜい俺の手足となってしっかり働いてもらうだけだ。くくくく……」
 暗い空間の中で、一人不気味に笑うイスンセ。どうやら、かなりあくどい企みがある事は間違いなさそうだ。本当に謎多き人物である。
(いろいろと調べさせてもらったが、聖女どもの力は大した事がなさそうだ。だが、慎重に越した事はない。じっくりと次の手を打たさせてもらうぞ)
 この後期の間、イスンセたちは潜伏しながら、いろいろと調べ物をしていたようである。
(この呪具の器となるには、それなりの魔力の持ち主でなければならない。そうでなければあっという間に精神はおろか体まで壊れてしまうからな)
 腕を組んだイスンセはその肘を指でトントンと叩いている。
(だが、大体奴らの中心に居る人物の事は特定できている。クガリたちは分かっていないようだが、俺はそいつの牙城から崩しにかかるとしよう)
 イスンセはそう考え、明かりを消して部屋を出て行く。
「奴らの中心となる人物の領地……。そこへ向かうとするか」
 暗闇に紛れて移動を始めるイスンセ。一体どこへと向かうのだろうか。
「くくくっ、ここを崩せば奴らを間違いなく葬り去れるはず。なにせ手が付けられなくなるのだからな!」
 イスンセは走りながら不気味に笑う。
 何も見えない闇夜の中を、サーロイン王国を着実に潰すための野望に燃えるイスンセが駆け抜けていく。
 その行き先を知る者は誰も居ない。
 だが、この乙女ゲームの世界の崩壊を企む者の足音が、着実に忍び寄り始めているのは間違いないようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

【連載版】ヒロインは元皇后様!?〜あら?生まれ変わりましたわ?〜

naturalsoft
恋愛
その日、国民から愛された皇后様が病気で60歳の年で亡くなった。すでに現役を若き皇王と皇后に譲りながらも、国内の貴族のバランスを取りながら暮らしていた皇后が亡くなった事で、王国は荒れると予想された。 しかし、誰も予想していなかった事があった。 「あら?わたくし生まれ変わりましたわ?」 すぐに辺境の男爵令嬢として生まれ変わっていました。 「まぁ、今世はのんびり過ごしましょうか〜」 ──と、思っていた時期がありましたわ。 orz これは何かとヤラカシて有名になっていく転生お皇后様のお話しです。 おばあちゃんの知恵袋で乗り切りますわ!

妖精族を統べる者

暇野無学
ファンタジー
目覚めた時は死の寸前であり、二人の意識が混ざり合う。母親の死後村を捨てて森に入るが、そこで出会ったのが小さな友人達。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

処理中です...