315 / 500
第六章 2年目後半
第315話 エスカと庭園
しおりを挟む
私は右手の紋様を見ながら、最初の夜は眠りにつこうとしている。
女神の紋様が反応しているという事は、対になる魔王の力が恐らく接近しているという事だろう。私のだけが反応しているので、このファッティ領で何かが起きる事は間違いがないと思われる。
(後期末試験が終わったあたりから、ずっと光ってるのよねぇ。微弱だったけれど、ここに来てからというものその光が強くなってる……。となると、テールたちを苦しめた呪具が近くに寄ってきているって事なのかしらね)
モモとエスカが既に眠ってしまったけれど、私はどうにも気になってまだしばらく眠れそうになかった。
(……念のため、結界を張っておきましょうかね。女神様、少し力をお借りします)
私は自分の唇に右手の甲を近付けて、横になりながらではあるものの魔法を展開する。
(大切なものを守りたい。世の中、平穏が一番なのよ……。絶対邪魔はさせないわ)
その夜、領主邸から淡い光が放たれたのだが、領民はほぼ寝ていたがために目撃される事はなかったのだった。
翌朝、食堂に集まった席での事だ。
「なんだか今日は体が軽いんだが、どういう事なのだろうな」
不思議な事を言い出したのだ。
「気のせいじゃないんですか、あなた」
伯母が笑いながらツッコミを入れている。
「いや、気のせいなんかじゃない。肩が軽いんだよ、ほら」
そう言いながら食事を前にぐるぐると肩を回してみせる伯父。父親より少し年上とはいえ、40歳にもなってないはずなのだけど、肩にくるっていう事はそれだけ酷使していたという事なのだろう。
昨夜展開させた結界による副作用なのかな。
私はついつい小さく笑ってしまっていた。だって、本当におかしいんだから。
実に微笑ましい朝食を済ませると、父親と伯父は一緒に領内の見回りへと出て行った。特に問題はなさそうなので、私たちは出掛けていくその姿をにこやかに見送った。
領主邸に残った私たちは、やる事が特に思い浮かばなかったので、使用人に頼んで屋敷の中を見て回る事にした。
ファッティ伯爵邸は、王都にある建物はこの領地にある建物を参考にして建てられている。なので、中身は大体同じなのだけど、実は土地の広さの関係で庭の規模が圧倒的に違っている。それに加えて、気候も王都とは少し違っているので、庭に植えられている草花も少々種類が違っているらしい。
午前中はそのファッティ邸の庭見学である。ただ、広いとあってか午前中だけで見終えるというのは厳しそうだった。さすが王都と違って区画無制限というだけはある。
庭を見て回っていると、前世で見た事のあるハーブなんかがちらほらと目に入る。エスカも同様の知識があるのか、私と同じ場所に視線を送っている。
「あら、アンマリアもこの植物の事を知っているのね」
「エスカ王女殿下もですか?」
周りに人が居るので、エスカにはちゃんと敬称をつけて呼ぶ私。
「こっちがミントで、これはタイム。これならいろいろ作れそうな気がするわ」
エスカはかなりにこにことしているようだった。
「でも、この庭はかなり広いから全部を見てからにしましょうか。ここの種類だけでもかなり作れそうですけれど、急いては事を仕損じる、ですからね」
今までにないくらいのご機嫌なエスカに、さすがにちょっと引き気味になる私。今までの印象というのが、それだけ悪かったのだ。日頃の行いというのは大事ね……。
「ふふっ、もったいないので、やっぱりちょっとだけ摘んでいきますか」
そう言って、エスカはいくつかハーブの葉っぱを摘んでいっていた。ファッティ家の敷地内とはいえ、相手が王族となると簡単に口出しはできない。私たちはエスカの行動を見守る事しかできなかった。
「エスカ王女殿下、私がお持ちします」
そう声を掛けたのは、私の侍女であるスーラだった。
「スーラさんなら任せられますね。頼みますよ」
「お任せ下さい」
スーラは着けているエプロンを外すと、そこにエスカが摘み取った葉っぱを置いて包み込んでいた。本当ならば別々にしておきたいところだけど、仕方ないかしらね。
そんなこんなで、午前中のお庭巡りは終わりを告げたのだった。
ただ、昼食のために戻った屋敷の中でもエスカの笑顔は絶えなかった。いつまでにやけているのだろうか。
「スーラさん、ありがとうございました」
部屋に戻ったところでスーラのエプロンの包みからハーブを受け取ると、収納魔法に放り込んでいくエスカ。
「……私が受け取る必要はあったのでございますでしょうか」
収納魔法に放り込まれてしまえば、そう思うのも無理はない。だけど、エスカは人差し指を立てて舌打ちとともに左右に振っている。
「いいえ、外に出しておいた事に意味があるんです。ここは室内ですから、しまっただけなんですよ」
にこやかに言うエスカだが、とても理解できないスーラは首を傾げていた。
「スーラさんに持たせていた葉っぱは、香りに気持ちを落ち着かせる効果があるものもあるんですよ。だからこそ、意味があるんです」
エスカは両手のひらを打ち、くるっと私たちの方を見る。
「さて、お昼ご飯の時間ですよね。食堂に参りましょうか」
エスカの奔放な姿に、私は呆れ、モモにスーラたち使用人は理解ができない感じに首を捻っていた。
どうやら、ここでもエスカには振り回されそうな予感しか持てない私なのである。
女神の紋様が反応しているという事は、対になる魔王の力が恐らく接近しているという事だろう。私のだけが反応しているので、このファッティ領で何かが起きる事は間違いがないと思われる。
(後期末試験が終わったあたりから、ずっと光ってるのよねぇ。微弱だったけれど、ここに来てからというものその光が強くなってる……。となると、テールたちを苦しめた呪具が近くに寄ってきているって事なのかしらね)
モモとエスカが既に眠ってしまったけれど、私はどうにも気になってまだしばらく眠れそうになかった。
(……念のため、結界を張っておきましょうかね。女神様、少し力をお借りします)
私は自分の唇に右手の甲を近付けて、横になりながらではあるものの魔法を展開する。
(大切なものを守りたい。世の中、平穏が一番なのよ……。絶対邪魔はさせないわ)
その夜、領主邸から淡い光が放たれたのだが、領民はほぼ寝ていたがために目撃される事はなかったのだった。
翌朝、食堂に集まった席での事だ。
「なんだか今日は体が軽いんだが、どういう事なのだろうな」
不思議な事を言い出したのだ。
「気のせいじゃないんですか、あなた」
伯母が笑いながらツッコミを入れている。
「いや、気のせいなんかじゃない。肩が軽いんだよ、ほら」
そう言いながら食事を前にぐるぐると肩を回してみせる伯父。父親より少し年上とはいえ、40歳にもなってないはずなのだけど、肩にくるっていう事はそれだけ酷使していたという事なのだろう。
昨夜展開させた結界による副作用なのかな。
私はついつい小さく笑ってしまっていた。だって、本当におかしいんだから。
実に微笑ましい朝食を済ませると、父親と伯父は一緒に領内の見回りへと出て行った。特に問題はなさそうなので、私たちは出掛けていくその姿をにこやかに見送った。
領主邸に残った私たちは、やる事が特に思い浮かばなかったので、使用人に頼んで屋敷の中を見て回る事にした。
ファッティ伯爵邸は、王都にある建物はこの領地にある建物を参考にして建てられている。なので、中身は大体同じなのだけど、実は土地の広さの関係で庭の規模が圧倒的に違っている。それに加えて、気候も王都とは少し違っているので、庭に植えられている草花も少々種類が違っているらしい。
午前中はそのファッティ邸の庭見学である。ただ、広いとあってか午前中だけで見終えるというのは厳しそうだった。さすが王都と違って区画無制限というだけはある。
庭を見て回っていると、前世で見た事のあるハーブなんかがちらほらと目に入る。エスカも同様の知識があるのか、私と同じ場所に視線を送っている。
「あら、アンマリアもこの植物の事を知っているのね」
「エスカ王女殿下もですか?」
周りに人が居るので、エスカにはちゃんと敬称をつけて呼ぶ私。
「こっちがミントで、これはタイム。これならいろいろ作れそうな気がするわ」
エスカはかなりにこにことしているようだった。
「でも、この庭はかなり広いから全部を見てからにしましょうか。ここの種類だけでもかなり作れそうですけれど、急いては事を仕損じる、ですからね」
今までにないくらいのご機嫌なエスカに、さすがにちょっと引き気味になる私。今までの印象というのが、それだけ悪かったのだ。日頃の行いというのは大事ね……。
「ふふっ、もったいないので、やっぱりちょっとだけ摘んでいきますか」
そう言って、エスカはいくつかハーブの葉っぱを摘んでいっていた。ファッティ家の敷地内とはいえ、相手が王族となると簡単に口出しはできない。私たちはエスカの行動を見守る事しかできなかった。
「エスカ王女殿下、私がお持ちします」
そう声を掛けたのは、私の侍女であるスーラだった。
「スーラさんなら任せられますね。頼みますよ」
「お任せ下さい」
スーラは着けているエプロンを外すと、そこにエスカが摘み取った葉っぱを置いて包み込んでいた。本当ならば別々にしておきたいところだけど、仕方ないかしらね。
そんなこんなで、午前中のお庭巡りは終わりを告げたのだった。
ただ、昼食のために戻った屋敷の中でもエスカの笑顔は絶えなかった。いつまでにやけているのだろうか。
「スーラさん、ありがとうございました」
部屋に戻ったところでスーラのエプロンの包みからハーブを受け取ると、収納魔法に放り込んでいくエスカ。
「……私が受け取る必要はあったのでございますでしょうか」
収納魔法に放り込まれてしまえば、そう思うのも無理はない。だけど、エスカは人差し指を立てて舌打ちとともに左右に振っている。
「いいえ、外に出しておいた事に意味があるんです。ここは室内ですから、しまっただけなんですよ」
にこやかに言うエスカだが、とても理解できないスーラは首を傾げていた。
「スーラさんに持たせていた葉っぱは、香りに気持ちを落ち着かせる効果があるものもあるんですよ。だからこそ、意味があるんです」
エスカは両手のひらを打ち、くるっと私たちの方を見る。
「さて、お昼ご飯の時間ですよね。食堂に参りましょうか」
エスカの奔放な姿に、私は呆れ、モモにスーラたち使用人は理解ができない感じに首を捻っていた。
どうやら、ここでもエスカには振り回されそうな予感しか持てない私なのである。
22
あなたにおすすめの小説
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
【連載版】ヒロインは元皇后様!?〜あら?生まれ変わりましたわ?〜
naturalsoft
恋愛
その日、国民から愛された皇后様が病気で60歳の年で亡くなった。すでに現役を若き皇王と皇后に譲りながらも、国内の貴族のバランスを取りながら暮らしていた皇后が亡くなった事で、王国は荒れると予想された。
しかし、誰も予想していなかった事があった。
「あら?わたくし生まれ変わりましたわ?」
すぐに辺境の男爵令嬢として生まれ変わっていました。
「まぁ、今世はのんびり過ごしましょうか〜」
──と、思っていた時期がありましたわ。
orz
これは何かとヤラカシて有名になっていく転生お皇后様のお話しです。
おばあちゃんの知恵袋で乗り切りますわ!
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる