醜悪令息レオンの婚約

オータム

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第2話:決闘の結末と、婚約破棄

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決闘演習場は学園裏手の広い訓練場で、高低差の激しい荒れ地、草原や砂地、池や沼といった、様々な地形を組み合わせて作られている。
観客席は生徒たちでぎっしりと埋まり、期待と緊張が入り混じったざわめきが広がっている。
こちらの陣営は俺とセレスティアの二人。
対するは、ステラ、アラン、そして騎士科の取り巻き六名――合計で八人の陣営だ。
開始の合図が鳴った瞬間、セレスティアが前へ踏み出した。
白銀の髪が揺れ、杖を構える姿は凛としている。
魔導師でありながら、セレスティアは能力値の高さから、近接戦闘も強い。
魔力を纏った打撃は騎士科の生徒を吹き飛ばすほどで、十分に前衛を任せられた。
俺は後衛として距離を取り、死霊術を展開した。

死霊術はこの世界で禁忌ではないが、嫌悪されている。
腐肉や骨を操る術を好む者など、いるわけがない。
皆に嫌われる醜悪な姿でありながら、皆に嫌われる死霊術を選ぶなんて、どうかしていると思われるかもしれない。
それでも俺は、この道を選ぶしかなかった。
敵からは最優先で狙われるのはもちろんのこと、味方にすら誤射をされ、見捨てられて逃げられる、醜悪すぎる外見。
一方で死霊術で作り出した従僕は、決して俺を裏切らず、身を挺して守ってくれる。
自分の命を守るために、死霊術が必要だった。

「グール・サーヴァント」
腐肉をまとった従僕たちが地面から這い出し、俺の周囲を囲む。
「姉上、守りのために、歩調はグールたちに合わせてくれ。グール・サーヴァント!」
更に数体、グールたちが地面から這い出して、今度はセレスティアの周囲に肉の壁を形成した。
腐肉の臭いに顔をしかめ、思わず足を止める取り巻きの騎士たち。
その隙に――
「ルミナス・レイ!」
詠唱を終えたセレスティアの手元から白銀の光線が一直線に走り、取り巻き二人をまとめて吹き飛ばす。
観客席から歓声が上がった。
「く……恐ろしい魔術だ。さすがはセレスティア・フェルディナ」
「ああ……だが、まずはあの不細工を倒しておこう!」
「そうだな! 視界に入るだけで気分が悪い!」
セレスティアの強力な攻撃にも関わらず、敵の視線はやはり俺に集中した。
矢も魔法も、俺めがけて一直線に飛んでくる。
火球が唸りを上げて飛び、グールにぶつかって腐肉が飛び散る。
衝撃で砂が舞い、視界が揺れた。
「ぐっ……!」
体に痛みが走る。
グールたちの損傷からして、この程度の攻撃ならあと数発は防げそうだったが、前衛の騎士たちが無理にセレスティアをかわしてこちらに突撃してくるのが見えた。
さすがに鍛え上げた騎士の斬撃には、グールは一撃でやられてしまうだろう。
「レオンを狙うな! 相手は私よ!」
騎士たちはセレスティアの叫びを無視して横をすり抜け、俺へ一直線に迫ってくる。
やはり俺の顔を見ると、理性よりも攻撃をしたいという本能が先に動くらしい。
だが、その無視が、セレスティアにとっては好機だった。
「甘いわ!」
セレスティアは杖に魔力を纏わせ、至近距離の騎士たちの腹部に次々と叩き込んだ。
「ぐあっ……!」
更に二人に騎士が倒れ伏す。
まだ二人、俺の方に向かってくる騎士たちがいたが、こちらに到達する前にセレスティアは光の魔力を練り上げ終えた。
「ルミナス・レイ!」
白銀の光が、背後から二人の騎士を薙ぎ払った。
やはりセレスティアは強い。
これで取り巻きの騎士は全員倒した。
だが、俺の方は限界が近かった。
ステラとアランの連続攻撃に、肉の壁はほとんど残っていない。
「消えろ! 醜悪かつ邪悪な魔術師よ!」
アランが叫び、ステラと共に攻撃魔術を放つ。
再度爆炎が周囲を包み、視界が揺れ、膝が折れそうになった。
「姉上……これで俺たちの勝ちだ……!」
ステラとアランも、俺を攻撃せずにはいられなかった。
もう取り巻きの騎士たちはいない。
セレスティアの光魔法でステラたちを薙ぎ払えば、この戦いは終わる。
セレスティアの周囲にはグールの守りは無傷で残っているし、一撃で二人を葬れなくても、負ける要素はない。
「レオン!」
セレスティアが振り返り、両手を掲げた。
セレスティアが放ったのは、戦いを終わらせる攻撃魔法ではなかった。
「セイクリッド・ヒール!」
光が集まり、温かな輝きが俺を包む。
傷が癒えていく。
だが同時に、セレスティアの周囲に展開していたグールたちが光に焼かれ、霧散した。
セレスティアの回復魔法は純度が高すぎて、死霊術の産物は味方であっても、行使する際に周囲にいるだけで浄化されてしまうのだ。
守りが消えたセレスティアに、ステラとアランの魔法が直撃した。
「きゃっ……!」
セレスティアの体が砂地に倒れ込む。
起き上がり、ルミナス・レイの詠唱に入るも、肉薄したアランに切りつけられて倒れ伏す。
セレスティアの敗北が宣言され、救護隊による回復が行われた。

しばらくして目を覚ましたセレスティアを、アランが冷たい目で見降ろした。
「学園内では身分差は考えないというルールを破り、ステラを威圧した。自分より弱い者をいたぶることを楽しむ、冷酷な女だ。将来の王妃として、ふさわしくないな」
セレスティアは唇を噛み、何も言わない。
胸が締め付けられた。
「姉上は冷酷ではありません。力のない人間を守り育てようとする、とても優しい方です!」
アランが眉をひそめる。
「……何だと?」
「最後姉上は私の回復をせずに、王太子殿下に攻撃魔法を放っていれば、勝っていました。それにも関わらず、姉上はあえて私を回復し、そして敗れた。……姉上は戦略の重要性と、時に非情にならないと自分が命を落とすことを、皆さんに教えたかったのです!」
セレスティアのゲーム上の役割なので、自信を持って訴えかけることができた。
観客席がざわつく。
だが、アランの心は動かなかった。
「セレスティア、貴様との婚約は破棄する。その傲慢さ、許されるものではない」
セレスティアは静かに頭を下げた。
その直後、シャルロッテが俺の前に歩み寄る。
その表情は、どこか安堵していた。
「レオン様……フェルディナ家との繋がりは、我が家にはもう必要ありません。私もあなたとの婚約を破棄させていただきます」
「まあ、そうだよね……」
わかってはいた。
わかってはいたが、現実になるとやはり泣けてくるものがあった。
というか、涙が止まらなかった。
「レオン、ごめんなさい、私のせいで」
「姉上……今から、王太子殿下と仲直りする気はない?」
「正直、私としても難しいわね。あそこまで言われてしまうと、心を通わせ合う自信がないわ」
セレスティアは悲し気に目を伏せた。
実際、セレスティアは間違ったことを言っていたわけではない。
このチュートリアル戦闘でステラもアランもゲーム的にはレベルやスキルが成長し、魔の森での討伐で死ぬ危険は無くなる。
「まあ、それじゃあ仕方ないか……。それにしても、姉上もあの時、光線を放っていれば勝てるってわかってただろ? どうして俺を回復なんてしたんだ?」
「勝てたとは思うけど、もう一撃レオンが攻撃を受けると、治癒不能な怪我を負う可能性が高かったからね。回復魔法にだって限界はあるんだから、気をつけなさい」
「はい……」
セレスティアは、誰からも忌避される醜悪な俺にも、普通に接してくれる。
それどころか、全てを失うことになっても俺の怪我を心配してくれる、優しい姉だった。
婚約者を失ったが、セレスティアを恨む気にはなれなかった。

夜会の会場は、天井の巨大なシャンデリアが黄金色の光を放ち、磨かれた大理石の床に反射していた。
貴族たちの談笑が絶えず、香水とワインの香りが混ざり合う。
華やかな空間の中で、俺だけが場違いな影のように壁際に立っていた。
今日の目的は、新しい婚約者を探すこと。
あの決闘の後、両親にこれでもかと叱られ、何としても婚約者を探すようにと命じられた。
セレスティアが婚約破棄された以上、フェルディナ家の立場と、セレスティアを守るためにも、俺が誰かと婚約する必要がある。
……必要があるはずなのに、胸の奥は重く沈んでいた。
シャルロッテに婚約破棄された瞬間の感覚が、まだ体のどこかに残っている。
「レオン殿、ヘイトタンクとして訓練に参加しませんか?」
「魔族討伐の時のおとりが欲しくてな。どうだ?」
声をかけてくるのは、戦闘訓練の誘いばかり。
俺は笑顔を作りながら断り続けたが、心はどんどん冷えていった。
異性からの声は一つもないし、こちらから声を掛けると逃げて行ってしまう。
そろそろ帰ろうかというところで、一人の令嬢が近づいてきた。
淡い青のドレスをまとい、緊張した面持ちで言う。
「あ、あの……ダンスを……」
胸がわずかに温かくなった。
俺はそっと手を差し出す。
だが――
ぱん、と弾かれたように令嬢が後退った。
「え……? どうしたんです? 大丈夫ですか?」
近付こうとすると、令嬢は後退る。
「ご、ごめんなさい! 私、魔道具製作ではそこそこ名のある一族の者で……あなたで実験したくてダンスの申し出をしたのです。本当は近づくのが嫌で嫌で仕方なかったんですが……」
「は、はあ。つまりどういうことです?」
「先祖伝来の守護魔法が宿ったアクセサリーをつけていて、効果を調べたかったんです。今夜、あなたのおかげで精神的な苦痛にも効果を発揮するとわかりました。あなたがあまりに不細工で、近くにいると憂鬱で不快になって……それで守護魔法が守ってくれたみたいです」
周囲の貴族たちが興味津々で近づいてくる。
「まて、結論を急いではいけない。その程度で効果を発するなら、なぜオークやゴブリンと遭遇した時には奴らを弾き飛ばさなかった?」
「オークやゴブリンの方が、ご令嬢にとっては美しい存在だからでは?」
「ヘイトタンクの傍にいると危険に巻き込まれる可能性が高いから、守護魔法が遠ざけようとしてくれたのではないか?」
「何を基準に、どこまで守ってくれるんだ、このアクセサリーの守護魔法は」
令嬢は涙目で謝ってくれたが、俺は笑うこともできなかった。
さすがに心が折れて、その場を離れ、外へ出た。

夜空には星が散りばめられ、冷たい風が頬を撫でる。
静けさが胸に染みた。
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