アシュレイの桜

梨香

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13 魔法使いの弟子、アシュレイ

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 ベケット師の仕事は領主の警護も含まれている。だが元々、騎士であるマクドガル卿を警護する必要はあまりない。

 でも、年に数回はマクドガル卿はヨーク伯爵の元へと出向く。
 その場合はベケットも一緒に警護として付いて行く。アシュレイもお供する事になった。

「ヨーク伯爵が治めておられるヨークドシャーの街まで行って帰ると数日掛かる。この週末はマディソン村に帰してやれない」

 アシュレイは祖父母に手紙を書き、それを懐かしい台所のテーブルの上へと送った。
 それを見ていたベケットは、自分より数倍も魔力が強い弟子をどう導くべきか悩む事になった。
 だが、アシュレイは田舎の農民の子供に過ぎず、教える事は山ほどあった。

「馬を馬車に付けるのは合格だが、その髪を何とかしなくてはいけないな」

 館で暮らすようになり、祖母のブラシ攻撃に週末しか合わなくなったアシュレイの髪の毛はぼうぼうだ。

「お祖母ちゃんは長くして括れば良いと言ってたよ」

 魔法使いは髪の毛を伸ばす人が多い。迷信かも知れないが、魔力が髪に籠ると考えられていたからだ。
 ベケットも伸ばして、後ろで括っている。

「だが、未だ括れないな。帽子でも被っておくか?」

 アシュレイは冬は祖母が編んでくれた毛糸の帽子を被っていたが、今は春だ。夏用の麦藁帽子は未だ早い。

「今の時期の帽子は持ってないよ」

「これから行くヨークドシャーの街には何でも売っているさ。私が1つ買ってやろう」

 それと服も買う必要があると、ベケットは弟子を取って出費が増えたと溜息をつく。
 だが、自分もマリオン師には世話になった。魔法使いは弟子を育てるのも仕事の一部だと諦める。

 アシュレイは前から御者席に座る方が好きだ。
 ベケット勿論、馬車の中に座るので、初めは我慢して座っていたが、段々と我慢ができなくなってきた。

 ベケット師だけでなく、同じ馬車にはサイモン・マクドガルの従兄弟のハーマン・マクドガルが同乗していたのだ。
 ベケット師からマナーとして目上の人がいる場合は許可なく話してはいけないと言われていた。つまり、ハーマンの前では黙っていないといけないのだ。

 途中の町で昼休憩に馬車が止まった後、アシュレイは「御者席に乗りたい」とベケット師に頼んだ。ベケットは「いいだろう」と許したので、アシュレイは御者の横に座る。

「ねぇ、ヨークドシャーにはいつ着くの?」

 御者は「今日は途中の町で泊まりだ」と口が重い。あまりお喋りでは無さそうだけど、アシュレイは景色を見ているだけでも面白い。

『あっ、風の妖精だ!』もう大きくなったからアシュレイも口には出さない。でも、水色の筋がいっぱい見える。

「ねぇ、急いだ方が良いよ。嵐になりそうだもん」

 こんなにいっぱいの筋が見える時は注意しなくてはいけないのだ。

「いい加減な事を言うんじゃない」

 御者は相手にしなかったが、馬車の中で聞いていたベケットは窓から外を見た。
 アシュレイみたいに水色の筋は見えなかったベケットだが、長年の勘で嵐の到来に気づいた。

 杖で馬車の壁を叩いて「急いだ方が良いぞ」と大声で警告する。

「ベケット様、何ですか?」ハーマンは急に大声を出したので驚く。

「嵐が来る前に宿に着いた方が良い。サイモン様にも知らせよう」

 ベケットは紙に「嵐が来るから急いだ方が良い」と書くと、領主が乗った馬車に飛ばす。

 2台の馬車と護衛の馬に乗った兵士達も急いだお陰で、雨がポツポツ降り出した頃に宿に着いた。
 その途端、ピカッと稲妻が走り、ドドドンと雷が鳴ったかと思うとバケツを逆さまにしたような雨と木の枝を飛ばす風が吹き出した。

 領主と領主夫人と侍女、そしてベケットとハーマンとアシュレイは、宿に無事に着いてホッとした。御者達と兵士達は馬の世話をする。

「ベケットのお陰だな」

 サイモン・マクドガル卿はポンと肩を叩いて感謝する。

「いや、これはアシュレイの……」

 違うと言ったけど、マクドガル卿はリリアナ夫人をエスコートして部屋へと向かった後だった。
 
 中年のマクドガル卿は、騎士爵になってから結婚した若いリリアナ夫人にメロメロなのだとベケットは苦笑する。

 マクドガル卿とリリアナ夫人は部屋で食事をすると決まり、侍女のアンナが運ぶ。ハーマンとベケットとアシュレイは、宿の食堂で御者達と兵士達と夕食を取る。

「凄い嵐だな」

 風の音がうるさくて全員が無口で食べる。アシュレイは、両親が亡くなって祖父に引き取られた時の事はほとんど忘れていたので、宿をキョロキョロと珍しそうに眺めていた。

「明日はどうなるのだろう?」

 不安そうに兵士がポツンと呟いた。

「嵐は夜中に通り過ぎるよ。朝は天気が良いはずだ」

 兵士達は「良い加減な事を言うなよ」と笑い飛ばしたが、ベケットはアシュレイが何か気づいたのだと察した。

「アシュレイ、夕食が終わったら部屋に来なさい」

 アシュレイは、器に残っていたシチューにパンをつけて口に入れると、ベケット師匠について行く。
 その後ろ姿を見ていたハーマンは、もしかしてアシュレイは凄い魔法使いになるかも知れないと感じていた。

 今夜はベケットの部屋にアシュレイも寝る。なのでベケットは今日の事をきっちりと聞きただすつもりだ。

「アシュレイ、何故嵐が来ると分かったのだ?」

 アシュレイはもごもごと口籠る。妖精だなんて子供っぽいと思われるのが嫌だったのだ。

「はっきり答えなさい!」

 ベケット師匠に厳しい口調で命じられたのは初めてだ。ビクンと飛び上がる。
 その様子を見て、ベケットは慌てて「ちゃんと答えれば良いだけだよ」と宥める。

「あのう、俺は小さい頃から風の妖精が見えるんだ。まぁ、妖精じゃないのは、もう大きいから分かっているよ。でも、今日みたいに風が強い時は水色の線がピュンピュン飛んで、まるで妖精が飛んだ線みたいに見えるんだ。そんな時は嵐が来るんだよ」

 ベケットは水色の線も妖精も見えなかったが、嵐のくる予感はした。

「そうか、アシュレイ、これから何か妖精が見えたら教えるのだぞ」

 アシュレイは妖精とは違う黒い影も言わなくてはいけないのか悩む。
 妖精は子供っぽいと笑われるだけだが、黒い影は病気や死を表すので絶対に口にしては駄目だと思っていたからだ。

「アシュレイ? 何か他にもあるのか? 私はお前の師匠なのだから聞いておかないと困る」

 ベケット師匠に肩を掴まれて、目を見て訊かれるとアシュレイは小さな声で教える。

「俺……病気の人に影が見えるんだ。影が真っ黒になって身体を覆うと、その人は死んじゃうんだ。俺の母さんも父さんも黒い影に覆われて死んじゃった!」

 泣き出したアシュレイは、自分で乱暴にシャツで顔を拭いた。

「そうか、それは辛い目に遭ったな。アシュレイ、人はいずれ死ぬものだ。だが、それを目にするのは辛いだろ。見えないようにすることもできるぞ。私は無理だけど、サリヴァンにいるマリオン師匠なら……」

 アシュレイは首を横に振る。

「俺はサリヴァンには行かない。俺が留守にしている間にお祖父ちゃんやお祖母ちゃんに何かあったら嫌だから。それに黒い影が見えると治療するのに便利な時もあるし」

 チビのアシュレイだけど、もぐりの治療師イルマよりも腕が良いと評判になりすぎて弟子をクビになったと紹介状にも書いてあったとベケットは思い出した。

「そうか、でも、本当に辛くなったら言うのだぞ」

 どうやら自分には荷が重い弟子になりそうだとベケットは苦笑する。

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