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第三章 リューデンハイム生
12 ハインリッヒ卿のお見舞いに
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ユーリはイリスとフォン・フォレストの夏休みを堪能している。
「このまま夏休みが終わらなければ良いのに……」
もう、半分終わったと嘆くユーリに、モガーナはまだ半分有るのよと笑いながら諭す。
「今朝はエミリアは管理人の見習いね。ユーリは何をして過ごすのですか?」
朝食を終えて、慌ただしくエミリア先生は、頼りない管理人の見習いをしに出かけていた。一人でイリスと海水浴しても良いけれどと、ユーリは少し考える。
「そうだわ! お祖母様、ハインリッヒ様のお具合はいかがなんでしょう? ジークフリート卿もお見舞いに帰省されたみたいですし、心配なんです。一度、お見舞いに行こうと、お手紙でご都合を聞いたけど、まだ寝込んでいるのでと返事があったの。もう、お見舞いに行っても良いかしら?」
モガーナは孫娘が老竜騎士のハインリッヒが大好きなのを知っていた。だから真剣に心配しているのはわかっていたが、思わず笑ってしまう。
「お祖母様?」
そろそろお見舞いに行っても良いかと聞いたのに、笑われて少しむくれる。
「あぁ、ごめんなさいね。ユーリを笑ったのではないのですよ。ハインリッヒ様はお元気ですわ。ただ、少し腰を痛められたのと、プライドが傷つかれただけですわ。あの方はいつまでたっても変わりませんわね」
内緒ですわよ! とユーリに約束させて、ハインリッヒが寝込んでいる理由を教えてくれた。
「ハインリッヒ様は綺麗な令嬢に、木の上の花を取ってあげようとして、腰を痛めてしまわれたのです」
ユーリは女性に優しいハインリッヒらしいと思った。
「まだ寝込んでいらっしゃるの?」
「いいえ、もうサロンで過ごしていると聞きましたわ。お見舞いに行くのは良いのですが、この件は絶対に秘密ですわよ。腰より、プライドが傷つかれたのですからね」
ユーリは秘密は守ると約束して、フォン・キャシディの館に向かった。お祖母様をお誘いしたが「私は、笑ってしまいそうなので、ご遠慮します」と見舞いの手紙と、お見舞いの品を言付かった。
フォン・キャシディまで馬車で行っても1時間位の距離で、イリスでひとっ飛びするとあっという間に着いた。
『イリス、ユーリ、いらっしゃい』
『キリエ、久しぶり』
空中にいる時から親子竜の挨拶が始まり、着陸するやいなやパリスも熱烈な歓迎の挨拶をしてきた。
『ユーリ嬢、イリス、いらっしゃい。ハインリッヒのお見舞いにいらしたのですか?』
『キリエ、パリス、元気にしてる?』
ユーリが竜達と挨拶していると、ジークフリートが熱烈歓迎に出てきた。
「ユーリ嬢、わざわざお越し頂きありがとうございます」
ユーリは大人の貴婦人にするように丁重に手にキスするジークフリートにドキマキしながら、ハインリッヒの様子を聞いた。
「あぁ、叔父上は大丈夫ですよ。私もユングフラウで叔父が寝付いていると聞いて心配になり帰省しましたが、腰を痛めただけです。ただ、少し落ち込んでいるのです。ユーリ嬢みたいに可愛らしい令嬢のお見舞いで、元気が出ると良いのですが」
ユーリをハインリッヒが養生しているサロンにエスコートしながら、ジークフリートは本当に元気になって欲しいと思う。
「もう、私はご婦人に花をプレゼントもできない老人なんだ。年寄りだという自覚を持って、静かな余生を過ごせば良いのだ」
腰はたいした事なかったが、ハインリッヒは自信喪失して、甥のジークフリートに愚痴りまくりで、いくら励ましても浮上しないので困り切っていたのだ。
サロンの長椅子に横になっていたハインリッヒは、ユーリが入っていくと、シャンと座り直した。
「ユーリ嬢、立ってご挨拶できない非礼、ご容赦いただきたい。少しお目にかからないうちに、ますます可愛らしくなられましたね。さあ、お掛け下さい」
椅子をすすめるハインリッヒに、ユーリはことづかった手紙と、ワインを渡した。
「ハインリヒ様、お加減はいかがですか? お祖母様からお手紙とお見舞いのワインをことづかってきました」
ユーリの渡す手紙とワインを受け取ると、ハインリッヒは嬉しそうにワインのラベルを眺める。
「ユーリ嬢、モガーナ様に私よりの感謝をお伝え下さい。私の好きなワインの銘柄も、覚えていてくださって」
少し元気の出たハインリッヒは、召使いにお茶の用意を命じる。
「ユーリ嬢、リューデンハイムはいかがですか? 私がいた頃から変わったでしょうね」
三人でリューデンハイムの話をしているうちに、ハインリッヒは昔を思い出して色々な話をした。特に、ハインリッヒが指導の竜騎士だったアンドレが、校長になっていると聞いて驚いた。そして、数々の失敗エピソードを教えてくれた。
「あんなに厳しいアンドレ校長先生が、そんなにドジだったなんて。信じられないわ」
ジークフリートはユーリが皇太孫とヒースヒルに行った件で、かなり厳しく罰せられたのだろうと察していたが、騎士道精神を持つ彼は黙っていてくれた。
ユーリもジークフリートがその件に触れないのを感謝して、目で伝えたら、さり気なくウィンクされて少し頬が赤くなってしまった。
「私は、貴女のお父上のウィリアム卿とはハトコになるのです。リューデンハイムに入学したばかりの私を、よく可愛がって下さいました」
ユーリはパパの昔の話を聞いた事が余りないので、ジークフリートとハインリッヒにねだった。二人はウィリアムの明るい性格や、父親のマキシウスから受け継いだ竜騎士の素質について教えてくれた。
特に、ジークフリートは予科生の時に、見習い竜騎士のウィリアムに世話をやいてもらった話をしてくれた。
「私がリューデンハイムの厳しい規則に初め馴染めなくて、ホームシックになりかけた時、ウィリアム卿はユングフラウの街に連れ出して、気晴らしをさせてくれたものです。きれいな公園や、気のきいたカフェ、散歩する貴婦人やお嬢様方、ユングフラウには素敵な物もあると教えてくれたのです」
ユーリは若いパパとまだ少年のジークフリートが、楽しそうにユングフラウの街を闊歩している姿を想像する。その見習い竜騎士の時に、パパはママと出会って、駆け落ちしたのねと思い至ったユーリは、その当時親しかったジークフリートなら、詳しい話を知っているかもと思った。
「父と母は、どうやって知り合ったのでしょう? 誰も、その話は教えてくれません。リューデンハイムで母の実家のマウリッツ公爵家の従兄達と出会いましたが、彼らも生まれる前の話ですし。それに、禁句みたいで、詳しくは知らないみたいなんです」
ハインリッヒとジークフリートは、ユーリが自分の両親について知りたいと思うのは、当然だと考えた。だが、まだ幼い女の子にどう説明すれば良いのか困惑した。
「モガーナ様は、どう仰っておられるのですか」
モガーナがどの程度話しているのかを、指針にして教えようとハインリッヒは考えた。
「お祖母様は父が竜騎士になるためにユングフラウに行って、母に出会い、一目惚れして、身分違いの恋をしたと言っていました。当時、母にはローラン王国のゲオルク皇太子との縁談が進んでいて、父が竜騎士になる前に駆け落ちをしたとだけ聞きました」
二人は、余りにザックリしたモガーナの説明に頭を抱えた。これではユーリが両親について知らないのも同然だ。
特に、ジークフリートはウィリアムがどれほど竜騎士に向いてる素質を持っていたか知っていただけに、ロザリモンド姫の為に総て捨てた勇気には驚嘆した話をユーリに語り始める。
「お二人はマウリッツ公爵家の園遊会で会ったのですよ。ウィリアム卿の父親のアリスト卿の妹のシャルロット様は、サザーランド公爵家に嫁がれていました。甥のウィリアムを可愛がっておられたので、園遊会に同伴されたのです」
ユーリはユングフラウの乙女チックな部屋をコーディネートして下さった大叔母のシャルロット老公爵夫人を思い出して頷く。彼女の趣味はどうあれ、優しい大叔母様なので甥であるパパも可愛がって下さっただろうと思った。
「マウリッツ公爵家のリュミエール様とサザーランド公爵家のマリアンヌ様は親が決めた許嫁でした。見習い竜騎士の従兄の同伴は、別に驚く事ではありません」
お見合いの園遊会に、親戚の見習い竜騎士をエスコートさせるのは、格好も良いとハインリッヒは頷く。
「その顔合わせの園遊会で、マリアンヌ様の付き添いのウィリアム卿とリュミェール様の姉上のロザリモンド姫が出会ったのです」
ユーリはユージーンとフランツの両親の顔合わせの園遊会がなければ、パパとママは出会わなかったのだと不思議な巡り合わせだと思った。
「私はウィリアムがロザリモンド姫を心から愛したのだと思います。ユーリ、貴女もイリスと絆を結んだのだから理解できるでしょう。『竜との絆より、愛する姫を選ぶ』言葉にすれば簡単そうですが、私にはできません」
ユーリはジークフリートの言葉が胸に染み込んだ。イリスと別れるなんて、考えただけで身体が引き裂かれる気持ちになるユーリは、絆を結ぶ前とはいえ竜を捨ててママと駆け落ちしたパパがどれほどの犠牲を払ったのか気づいた。
「ありがとうございます。父と母は、本当に愛しあってました。死でも分かちがたいまで……」
亡くなって一年経つけど、ユーリは両親の事を思い出すとまだ平静ではいられず、涙がこぼれてしまう。泣き出したユーリに、ハインリッヒとジークフリートは、あたふたしてハンカチを差し出した。
「すみません、お見舞いに来て、取り乱したりして」
ユーリが長居を謝り、帰ろうとしたのをハインリッヒは制した。
「いえ、ユーリ嬢がお見舞いに来て下さり、ウィリアムとロザリモンド姫の至高の恋を思い出して、私もまだ修業が足りないと悟りました。このまま、真の愛を見つけないまま、年老いてはおれません」
すっかり元気を取り戻した様子のハインリッヒに、ジークフリートは安堵してユーリに感謝した。
ハインリッヒはユーリが辞退するのに外まで見送ると聞かず、イリスが待つ庭までエスコートしてきた。
『ハインリッヒ、元気になったんだね』
庭にいたキリエは、元気そうな絆の竜騎士にを見て本当に嬉しそうで、ハインリッヒは『心配かけたね』と優しく応えた。
『ジークフリート、私も、海水浴がしたいよ』
ユーリがお見舞いにしては長居して、両親の話を聞いている間、竜達もお喋りしていた。イリスが海水浴で空からダイブした話をすると、キリエもパリスも行きたくて仕方なくなった。
『キリエも、パリスも、フォン・フォレストの海で、イリスと一緒に海水浴すれば良いわ』
ユーリの言葉に竜達は、大喜びで『海水浴だぁ』とはしゃぎだす。ハインリッヒやジークフリートも、竜には甘かったから、ユーリのお誘いに感謝した。
こうして、ユーリのフォン・フォレストの夏休みは、竜達との海水浴三昧になった。さすがにハインリッヒは海水浴はしないで、モガーナとお茶をしたり、海岸で竜達が海水浴をするのを見物していたが、ジークフリートはユーリと一緒に泳ぎまくった。
水着と言っても下着姿に近いので、エミリアは遠慮して泳がないのが、ユーリにはちょっと不満だった。しかし、ジークフリートに潜り方を習って、ウニや、鮑を取れるようになったのは嬉しかった。
「もう、夏休みが終わるなんて信じられないわ」
ユーリは海岸でとれたての魚やエビを焼いて食べながらこぼした。
「リューデンハイムの勉強は厳しいですからね」
ジークフリートは昔を思い出して苦笑した。
「勉強はいいの、リューデンハイムは厳しいけれど色々学ぶのは楽しいわ。でも、私は田舎が好きなの。 ユングフラウは人が多すぎて、息がつまるわ。都会は苦手なの、特に王宮は緊張するわ」
ジークフリートはユーリが育ったヒースヒルを知っているので、都会が苦手だと言うのは理解できた。普通の貴族の令嬢なら、毎朝、後見人の王妃様に拝謁するなんて躍り上がるだろうにと苦笑する。
王妃様が後見人になられたので、ユングフラウの一部の貴族の間では、ユーリが皇太孫殿下の妃候補だとの噂が流れている。しかし、ジークフリートは夏休みを一緒に過ごして、ユーリの飾り気のない性格が大好きになったが、皇太孫殿下の妃には向かないと感じていた。皇太孫殿下がユーリに好意を持っているのは明白だが、どうやら一方通行みたいだと気の毒に思う。
『普通の貴族の令嬢なら、皇太孫殿下から好意をもたれるなんて、夢物語だろうに……何故、わざわざ気のないユーリを好きになられたのか? 恋だけはしようと思ってするものではないから、仕方ないのかも……」
ジークフリートの思案をよそに、ユーリは串刺しにして焼いた魚を美味しそうに食べるのに夢中だ。
「やはり、とりたては美味しいわ」
焼きたての魚を食べているユーリはまだまだ子供だけれど、あと数年もすれば誰もが振りかえる美人に成長するだろうとジークフリートは微笑んだ。
こうして、ユーリのフォン・フォレストの夏休みは過ぎていった。
「このまま夏休みが終わらなければ良いのに……」
もう、半分終わったと嘆くユーリに、モガーナはまだ半分有るのよと笑いながら諭す。
「今朝はエミリアは管理人の見習いね。ユーリは何をして過ごすのですか?」
朝食を終えて、慌ただしくエミリア先生は、頼りない管理人の見習いをしに出かけていた。一人でイリスと海水浴しても良いけれどと、ユーリは少し考える。
「そうだわ! お祖母様、ハインリッヒ様のお具合はいかがなんでしょう? ジークフリート卿もお見舞いに帰省されたみたいですし、心配なんです。一度、お見舞いに行こうと、お手紙でご都合を聞いたけど、まだ寝込んでいるのでと返事があったの。もう、お見舞いに行っても良いかしら?」
モガーナは孫娘が老竜騎士のハインリッヒが大好きなのを知っていた。だから真剣に心配しているのはわかっていたが、思わず笑ってしまう。
「お祖母様?」
そろそろお見舞いに行っても良いかと聞いたのに、笑われて少しむくれる。
「あぁ、ごめんなさいね。ユーリを笑ったのではないのですよ。ハインリッヒ様はお元気ですわ。ただ、少し腰を痛められたのと、プライドが傷つかれただけですわ。あの方はいつまでたっても変わりませんわね」
内緒ですわよ! とユーリに約束させて、ハインリッヒが寝込んでいる理由を教えてくれた。
「ハインリッヒ様は綺麗な令嬢に、木の上の花を取ってあげようとして、腰を痛めてしまわれたのです」
ユーリは女性に優しいハインリッヒらしいと思った。
「まだ寝込んでいらっしゃるの?」
「いいえ、もうサロンで過ごしていると聞きましたわ。お見舞いに行くのは良いのですが、この件は絶対に秘密ですわよ。腰より、プライドが傷つかれたのですからね」
ユーリは秘密は守ると約束して、フォン・キャシディの館に向かった。お祖母様をお誘いしたが「私は、笑ってしまいそうなので、ご遠慮します」と見舞いの手紙と、お見舞いの品を言付かった。
フォン・キャシディまで馬車で行っても1時間位の距離で、イリスでひとっ飛びするとあっという間に着いた。
『イリス、ユーリ、いらっしゃい』
『キリエ、久しぶり』
空中にいる時から親子竜の挨拶が始まり、着陸するやいなやパリスも熱烈な歓迎の挨拶をしてきた。
『ユーリ嬢、イリス、いらっしゃい。ハインリッヒのお見舞いにいらしたのですか?』
『キリエ、パリス、元気にしてる?』
ユーリが竜達と挨拶していると、ジークフリートが熱烈歓迎に出てきた。
「ユーリ嬢、わざわざお越し頂きありがとうございます」
ユーリは大人の貴婦人にするように丁重に手にキスするジークフリートにドキマキしながら、ハインリッヒの様子を聞いた。
「あぁ、叔父上は大丈夫ですよ。私もユングフラウで叔父が寝付いていると聞いて心配になり帰省しましたが、腰を痛めただけです。ただ、少し落ち込んでいるのです。ユーリ嬢みたいに可愛らしい令嬢のお見舞いで、元気が出ると良いのですが」
ユーリをハインリッヒが養生しているサロンにエスコートしながら、ジークフリートは本当に元気になって欲しいと思う。
「もう、私はご婦人に花をプレゼントもできない老人なんだ。年寄りだという自覚を持って、静かな余生を過ごせば良いのだ」
腰はたいした事なかったが、ハインリッヒは自信喪失して、甥のジークフリートに愚痴りまくりで、いくら励ましても浮上しないので困り切っていたのだ。
サロンの長椅子に横になっていたハインリッヒは、ユーリが入っていくと、シャンと座り直した。
「ユーリ嬢、立ってご挨拶できない非礼、ご容赦いただきたい。少しお目にかからないうちに、ますます可愛らしくなられましたね。さあ、お掛け下さい」
椅子をすすめるハインリッヒに、ユーリはことづかった手紙と、ワインを渡した。
「ハインリヒ様、お加減はいかがですか? お祖母様からお手紙とお見舞いのワインをことづかってきました」
ユーリの渡す手紙とワインを受け取ると、ハインリッヒは嬉しそうにワインのラベルを眺める。
「ユーリ嬢、モガーナ様に私よりの感謝をお伝え下さい。私の好きなワインの銘柄も、覚えていてくださって」
少し元気の出たハインリッヒは、召使いにお茶の用意を命じる。
「ユーリ嬢、リューデンハイムはいかがですか? 私がいた頃から変わったでしょうね」
三人でリューデンハイムの話をしているうちに、ハインリッヒは昔を思い出して色々な話をした。特に、ハインリッヒが指導の竜騎士だったアンドレが、校長になっていると聞いて驚いた。そして、数々の失敗エピソードを教えてくれた。
「あんなに厳しいアンドレ校長先生が、そんなにドジだったなんて。信じられないわ」
ジークフリートはユーリが皇太孫とヒースヒルに行った件で、かなり厳しく罰せられたのだろうと察していたが、騎士道精神を持つ彼は黙っていてくれた。
ユーリもジークフリートがその件に触れないのを感謝して、目で伝えたら、さり気なくウィンクされて少し頬が赤くなってしまった。
「私は、貴女のお父上のウィリアム卿とはハトコになるのです。リューデンハイムに入学したばかりの私を、よく可愛がって下さいました」
ユーリはパパの昔の話を聞いた事が余りないので、ジークフリートとハインリッヒにねだった。二人はウィリアムの明るい性格や、父親のマキシウスから受け継いだ竜騎士の素質について教えてくれた。
特に、ジークフリートは予科生の時に、見習い竜騎士のウィリアムに世話をやいてもらった話をしてくれた。
「私がリューデンハイムの厳しい規則に初め馴染めなくて、ホームシックになりかけた時、ウィリアム卿はユングフラウの街に連れ出して、気晴らしをさせてくれたものです。きれいな公園や、気のきいたカフェ、散歩する貴婦人やお嬢様方、ユングフラウには素敵な物もあると教えてくれたのです」
ユーリは若いパパとまだ少年のジークフリートが、楽しそうにユングフラウの街を闊歩している姿を想像する。その見習い竜騎士の時に、パパはママと出会って、駆け落ちしたのねと思い至ったユーリは、その当時親しかったジークフリートなら、詳しい話を知っているかもと思った。
「父と母は、どうやって知り合ったのでしょう? 誰も、その話は教えてくれません。リューデンハイムで母の実家のマウリッツ公爵家の従兄達と出会いましたが、彼らも生まれる前の話ですし。それに、禁句みたいで、詳しくは知らないみたいなんです」
ハインリッヒとジークフリートは、ユーリが自分の両親について知りたいと思うのは、当然だと考えた。だが、まだ幼い女の子にどう説明すれば良いのか困惑した。
「モガーナ様は、どう仰っておられるのですか」
モガーナがどの程度話しているのかを、指針にして教えようとハインリッヒは考えた。
「お祖母様は父が竜騎士になるためにユングフラウに行って、母に出会い、一目惚れして、身分違いの恋をしたと言っていました。当時、母にはローラン王国のゲオルク皇太子との縁談が進んでいて、父が竜騎士になる前に駆け落ちをしたとだけ聞きました」
二人は、余りにザックリしたモガーナの説明に頭を抱えた。これではユーリが両親について知らないのも同然だ。
特に、ジークフリートはウィリアムがどれほど竜騎士に向いてる素質を持っていたか知っていただけに、ロザリモンド姫の為に総て捨てた勇気には驚嘆した話をユーリに語り始める。
「お二人はマウリッツ公爵家の園遊会で会ったのですよ。ウィリアム卿の父親のアリスト卿の妹のシャルロット様は、サザーランド公爵家に嫁がれていました。甥のウィリアムを可愛がっておられたので、園遊会に同伴されたのです」
ユーリはユングフラウの乙女チックな部屋をコーディネートして下さった大叔母のシャルロット老公爵夫人を思い出して頷く。彼女の趣味はどうあれ、優しい大叔母様なので甥であるパパも可愛がって下さっただろうと思った。
「マウリッツ公爵家のリュミエール様とサザーランド公爵家のマリアンヌ様は親が決めた許嫁でした。見習い竜騎士の従兄の同伴は、別に驚く事ではありません」
お見合いの園遊会に、親戚の見習い竜騎士をエスコートさせるのは、格好も良いとハインリッヒは頷く。
「その顔合わせの園遊会で、マリアンヌ様の付き添いのウィリアム卿とリュミェール様の姉上のロザリモンド姫が出会ったのです」
ユーリはユージーンとフランツの両親の顔合わせの園遊会がなければ、パパとママは出会わなかったのだと不思議な巡り合わせだと思った。
「私はウィリアムがロザリモンド姫を心から愛したのだと思います。ユーリ、貴女もイリスと絆を結んだのだから理解できるでしょう。『竜との絆より、愛する姫を選ぶ』言葉にすれば簡単そうですが、私にはできません」
ユーリはジークフリートの言葉が胸に染み込んだ。イリスと別れるなんて、考えただけで身体が引き裂かれる気持ちになるユーリは、絆を結ぶ前とはいえ竜を捨ててママと駆け落ちしたパパがどれほどの犠牲を払ったのか気づいた。
「ありがとうございます。父と母は、本当に愛しあってました。死でも分かちがたいまで……」
亡くなって一年経つけど、ユーリは両親の事を思い出すとまだ平静ではいられず、涙がこぼれてしまう。泣き出したユーリに、ハインリッヒとジークフリートは、あたふたしてハンカチを差し出した。
「すみません、お見舞いに来て、取り乱したりして」
ユーリが長居を謝り、帰ろうとしたのをハインリッヒは制した。
「いえ、ユーリ嬢がお見舞いに来て下さり、ウィリアムとロザリモンド姫の至高の恋を思い出して、私もまだ修業が足りないと悟りました。このまま、真の愛を見つけないまま、年老いてはおれません」
すっかり元気を取り戻した様子のハインリッヒに、ジークフリートは安堵してユーリに感謝した。
ハインリッヒはユーリが辞退するのに外まで見送ると聞かず、イリスが待つ庭までエスコートしてきた。
『ハインリッヒ、元気になったんだね』
庭にいたキリエは、元気そうな絆の竜騎士にを見て本当に嬉しそうで、ハインリッヒは『心配かけたね』と優しく応えた。
『ジークフリート、私も、海水浴がしたいよ』
ユーリがお見舞いにしては長居して、両親の話を聞いている間、竜達もお喋りしていた。イリスが海水浴で空からダイブした話をすると、キリエもパリスも行きたくて仕方なくなった。
『キリエも、パリスも、フォン・フォレストの海で、イリスと一緒に海水浴すれば良いわ』
ユーリの言葉に竜達は、大喜びで『海水浴だぁ』とはしゃぎだす。ハインリッヒやジークフリートも、竜には甘かったから、ユーリのお誘いに感謝した。
こうして、ユーリのフォン・フォレストの夏休みは、竜達との海水浴三昧になった。さすがにハインリッヒは海水浴はしないで、モガーナとお茶をしたり、海岸で竜達が海水浴をするのを見物していたが、ジークフリートはユーリと一緒に泳ぎまくった。
水着と言っても下着姿に近いので、エミリアは遠慮して泳がないのが、ユーリにはちょっと不満だった。しかし、ジークフリートに潜り方を習って、ウニや、鮑を取れるようになったのは嬉しかった。
「もう、夏休みが終わるなんて信じられないわ」
ユーリは海岸でとれたての魚やエビを焼いて食べながらこぼした。
「リューデンハイムの勉強は厳しいですからね」
ジークフリートは昔を思い出して苦笑した。
「勉強はいいの、リューデンハイムは厳しいけれど色々学ぶのは楽しいわ。でも、私は田舎が好きなの。 ユングフラウは人が多すぎて、息がつまるわ。都会は苦手なの、特に王宮は緊張するわ」
ジークフリートはユーリが育ったヒースヒルを知っているので、都会が苦手だと言うのは理解できた。普通の貴族の令嬢なら、毎朝、後見人の王妃様に拝謁するなんて躍り上がるだろうにと苦笑する。
王妃様が後見人になられたので、ユングフラウの一部の貴族の間では、ユーリが皇太孫殿下の妃候補だとの噂が流れている。しかし、ジークフリートは夏休みを一緒に過ごして、ユーリの飾り気のない性格が大好きになったが、皇太孫殿下の妃には向かないと感じていた。皇太孫殿下がユーリに好意を持っているのは明白だが、どうやら一方通行みたいだと気の毒に思う。
『普通の貴族の令嬢なら、皇太孫殿下から好意をもたれるなんて、夢物語だろうに……何故、わざわざ気のないユーリを好きになられたのか? 恋だけはしようと思ってするものではないから、仕方ないのかも……」
ジークフリートの思案をよそに、ユーリは串刺しにして焼いた魚を美味しそうに食べるのに夢中だ。
「やはり、とりたては美味しいわ」
焼きたての魚を食べているユーリはまだまだ子供だけれど、あと数年もすれば誰もが振りかえる美人に成長するだろうとジークフリートは微笑んだ。
こうして、ユーリのフォン・フォレストの夏休みは過ぎていった。
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物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
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