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第六章 同盟締結
16 プチ音楽会の夜に
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大使館に帰るとセリーナがユーリを急かして着替えさせると、王妃のプチ音楽会に連れて行った。
『また、エドアルドと会うのだな……』
ユーリとセリーナがいないので、男性だけで夕食後はサロンで寛いでいた。
「アン・グレンジャー講師の講義は、如何でしたか?」
見習い竜騎士達は、サマースクールに参加していたが、他のメンバーは細かい打合せや、業務を普段通りこなしていたので、何となく自分達だけがサボっているようで、グレゴリウスはバツが悪く感じる。
「とても考えさせられる授業でしたよ。ユーリはグレンジャー講師と色々話せて喜んでましたし……」
ユーリが留守だったので、グレゴリウスは少し寂しく感じて元気がない。
「え~、今日はそんな控え目な言葉では済ませられない一日だったじゃないですか。ユーリが反対派のマーカスを投げ飛ばしたり、フォン・フォレストの恐ろしい呪いを聞いたり。ジークフリート卿、知ってました? あのおぞましい呪い! 口にできない恐ろしさ! 皇太子殿下、よくぞ今までご無事で……」
フランツの悪のりは、何を言ってるのかわからないと、ユージーンの教育的指導で拳骨をもって止められた。
しかし、グレゴリウスもあの呪いは本当だろうかと、むくむくと好奇心がわいてきて、領地の近いジークフリートに質問する。
「まぁ、昔話ですから……でも、領民達は信じてるみたいですね。フォン・フォレストに嫁ぎたがる娘や、嫁がせたがる親が多いのは事実ですね。妻や娘にも暴力をふるう領民はフォン・フォレストにはいないでしょうから」
男性だけのサロンには微妙な沈黙が降りた。
「その、口にするのも恐ろしいフォン・フォレストの呪いとは、何でしょうかな?」
大使と外務次官は、若い連中から少し離れたソファーで葉巻をくゆらせていたのだが、面白そうだと口をはさむ。
「フランツ、勿体ぶらず話しなさい。それに、ユーリがマーカスとやらを投げ飛ばした? 女性学のサマースクールではなかったのか」
「ユージーン、聞かない方がいいよっ。僕たち、今夜寝れそうにないから。皇太子殿下、朝まで起きてましょう」
フランツは二発の制裁の拳骨の後を大袈裟に撫でながら、おぞましいフォン・フォレストの呪いを話しだす。
「止めろ~! 何て、おぞましい話をするんだ」
ユージーンが話せと言ったのにと、怒鳴られてフランツはふてくされる。大使と外務次官も、心なしか顔色が冴えない。
「最も恐ろしいのは、ユーリとグレンジャー講師が笑いながら話していたことですよ。ユーリは子どものころ、そんなモノが落ちてたら気持ち悪いとお祖母様に言ったそうです。すると、男は痛みに弱く、腐る前に自殺するから大丈夫と仰られたのと、可愛い顔で笑いながら話すのですよ。あれにはエドアルド皇太子もドン引きされてましたね」
聞いていた全員が、その強烈な痛みを想像して顔色を無くす。
「やったぁ! 殿下、私の勝ちですよ。さすがに外交官とはいえ、想像するだけで顔色が悪くなりましたから」
フランツが三度目の拳骨の後を撫でながら、ユーリが一人でユングフラウを歩き回っていると知ってる? とユージーンに重大発言をしている時、もう一つ他の場所でもフォン・フォレストの呪いが話題になっていた。
「フォン・フォレストの領地に侵入できなかっただと。フォン・フォレストの呪い? 気でも確かかね。領地にも入らず、近在の村で変な呪いの伝説なんか聞いてきて。 ユーリ嬢の元にイリスがある日突然飛んできて絆を結んだ? 怪奇小説や、少年小説の元ネタを拾って来いと言ったのではないぞ」
熟練の工作員の馬鹿げた報告書に怒り心頭のマゼラン卿だったが、工作員の青ざめた顔を見て、マジか? と読み直す。
「もう一度、詳しく調査して来て欲しい」
マゼラン卿の命令に、工作員は真っ青になって首をふる。
「クビにして下さい! 絶対に嫌です。フォン・フォレストのおぞましい呪いにかかるぐらいなら、命令違反で死刑の方がましです」
これでは使い物にならないと、罰として危険なローラン王国での情報収集を命じたら、嬉しそうに拝命してスキップしながら出て行く姿を複雑な表情で眺める。
報告書のフォン・フォレストの呪いは確かにおぞましいが、遥か昔の伝説だろうにと苦虫をかみ殺したような表情を浮かべていると、王妃のプライベートな音楽会から帰るユーリと大使夫人を見送ったエドアルドが執務室に入ってきた。
「こんな所に籠もってないで、ユーリ嬢の歌を聞きに来たら良かったのに。素晴らしい歌でしたよ」
頭に花が咲いているエドアルドの相手をしている暇はないと、無礼にもチャイチャイと手で出て行けと合図したが、思いがけない話を聞くことになった。
「今日は、サマースクールでユーリ嬢は大活躍だったんだ。女性の社会進出を進めないのは、国家的損失だと反対派を追い詰めて論破されてたよ。アン・グレンジャー講師とも沢山話すことができたと感謝してもらったけど、あのフォン・フォレストの呪いの話はゾッとしたな」
忙しいのに恋話を延々聞かされるのかとうんざりして、話半分で仕事していたマゼラン卿だが、フォン・フォレストの呪い? と聞き返す。
「マゼラン卿は、知ってましたか? フォン・フォレストの呪い」
マゼラン卿は何でしょう? と知らぬ顔をして、エドアルドからフォン・フォレストの呪いを詳しく聞かせて貰って、少し気持ちが悪くなった。
「おぞましい呪いですな。しかし、暴力の抑止力としては完璧です。ユーリ嬢はその呪いのかけ方を、お祖母様から教えて貰ってるのでしょうか?」
そのような恐ろしい魔法を操る皇太子妃は、カザリア王国の為になるのか、ならないのかと悩みながら質問する。
「いやぁ、その呪いが未だに有効なのかも、お祖母様はご存知ないと言われてたから」
顔色、悪いですよ~と揶揄されて、ムッとしたマゼラン卿は、エドアルドを脅し返す。
「ユーリ嬢と結婚されたら、浮気などなさらないことですな。おぞましい呪いをかけられるかも知れませんぞ」
しかし、マゼラン卿の脅しは、結婚されたらという言葉に、ぽぉっとなったエドアルドの耳には届かなかった。
グレゴリウスとフランツは他の授業も幾つか受講したが、ユーリは王妃の御用が重なり、かなり抵抗したのだが大使夫人に泣き落とされて渋々諦めて受講できなかった。
「ユーリ、明日のライシャワー教授のスペシャル授業は大丈夫そう? サマースクールの最後の授業だし、面白そうな内容だから、でれると良いね」
王妃の気まぐれに振り回されているユーリのことは全員が気の毒に感じていたが、ヘンリー国王ですら社交に関しては口を出されないものを、外国の外交官がどうこうできるものではない。
「まぁ、どうにか受講できそうよ。あ~、疲れた~! 後、10日の辛抱ね」
元々、社交界が苦手なユーリは、かなりグロッキー気味だ。
「行儀が悪いぞ! せっかくのドレスが台無しだ」
今夜も短時間だが音楽会に参加して来たユーリは、レースが美しいドレスを着ていたが、ソファーにぐだ~ともたれかかっているのをユージーンに注意される。
「そうね、このドレスも着納めだものね。後は、同盟締結式典は礼装だし、公式な社交行事は大使館での舞踏会、お別れの晩餐会で、着るドレスは決まってますもの。最後なんだから、大事に着てあげなきゃね」
ソファーにきちんと座り直したユーリをセリーナは、秋の本格的な社交シーズンには新調のドレスをつくるのだと勘違いした。
「ユーリ嬢、マダム・フォンテーヌに新しいドレスを作って貰われるのですか? 羨ましいですわ! 私も、一着オーダーしてますが、まだできあがってませんの。仮縫いもまだですし、早く着たくて待ち遠しいの」
「あら、マダム・フォンテーヌはいつも仮縫いなしですわ。お祖母様が私のサイズを告げて、縫って貰ってますのよ。大使夫人のドレスも、サイズを送ったから、もうすぐ出来上がると思いますわ。どんなドレスか楽しみですね。でも、私は社交界を引退するつもりだから、ドレスはもう要らないから作りませんわ。このレースのドレスも着納めだと思うと、少し勿体ない気持ちがするわ」
セリーナはマダム・フォンテーヌが仮縫いなしでドレスを縫うと聞いて驚いたが、ユーリが社交界を引退するつもりだと聞いて気絶しそうになる。
「社交界を引退! デビューしたばかりの令嬢が……そんなこと、ありえませんわ」
サロンにいた全員が驚いたが、ユーリは何故? と逆に驚く。
「え? 駄目なんですか? 元々、私は社交界にデビューするつもりは無かったのですが、立太子式のお相手に選ばれたから仕方なく舞踏会に出ただけなんですもの。カザリア王国でも見習い竜騎士の仕事として、社交界の行事に参加したけど、外交官でもないし、国に帰ったら社交界は苦手だからパスしたいのです。それに仕事に集中したいから、社交界で遊んでる暇はなさそうですし……え~! 駄目なの? 引退できないの?」
皆の顔が険しいのに気づいて、ユーリは慌てる。
全員が非常識な馬鹿娘にどう説明したら良いのか頭を痛めていたが、指導の竜騎士ユージーンに任せる。
「社交界にデビューしたての令嬢が、引退なんて出来るわけないだろう。一族に罪人が出たとか、令嬢が身を持ち崩して妊娠したとか、不名誉な事件を起こして追放される事はたまにあるが引退なんてありえない。第一、マウリッツ公爵家で社交界デビューの舞踏会が開かれるのに、主役のユーリが引退できるわけないだろう」
ユージーンに雷を落とされて、びっくりしたユーリは反撃する。
「あら、舞踏会はちゃんと叔母様にお断りしたわよ。お祖父様も舞踏会をフォン・アリスト家で開こうと仰ったけど断ったし、私の社交界デビューの舞踏会なんてないわよ。ユージーンはガザリア王国へ来る準備で忙しかったから知らないのね」
ユーリこそ何も知らない! と全員が心の中で突っ込んだ。
「今頃、屋敷は秋の舞踏会の為にリフォームの真っ最中だよ。それに、招待状も送られてる頃だよ」
フランツは自分の家がどの様に改築中か空恐ろしく思ったが、デビューしたての令嬢が引退するだなんて不名誉は許し難い。
「え~? あっ、フランツも今年社交界デビューしたんだから、貴方の舞踏会の準備なんでしょ。私は、叔母様にはっきり断ったのよ」
「どこの家が息子の社交界デビュー舞踏会を開くんだ。令嬢の社交界デビューを披露して、結婚相手を探すのが目的だろう」
ユージーンに怒られても、社交界の常識を知らないユーリは疑問だらけで、質問しかえす。
「だって、皇太子殿下は立太子式の舞踏会開いて貰ったでしょ。駄目なの?」
全員から、皇太子殿下は別問題です! と怒鳴られた。
「ユーリ嬢、皇太子殿下は次代の為政者の各国への紹介と、全国の貴族達との顔合わせとして舞踏会が開かれたのです。マウリッツ公爵家で貴女の舞踏会を開いて下さるのに引退だなんて言ったら、用意して下さっている公爵夫人を悲しませますよ」
ジークフリートに優しく諭されると、それ以上はユーリも我が儘を言ってるような気がする。
「でも、まだ夏なのに招待状? まだ招待状出してないなら、中止か本当に少人数のパーティーに変更できないかしら」
最後の足掻きでユーリは、小規模のパーティーならと提案したが、ユージーンに却下される。
「秋の社交シーズンの一番良い日を押さえるんだ、もう招待状は送られている。厳選した名門の方々だけを招待する予定だ」
グレゴリウスは自分も招待されるのだろうか? と聞いて、勿論ですと返事を貰って安心した。
社交界引退の予定を変更せざるえなくなったユーリが落ち込んでいるのを、皆は苦笑しながら眺める。
「仕方ないわ、マウリッツ公爵家の舞踏会は出るわ。他のパーティーは出ないことにするわ」
「そんな非礼が許されるわけないだろう。最低でも、我が家の舞踏会に招待した方からの招待は受けないと駄目だ」
凄い剣幕で怒るユージーンに、恐る恐る何人招待してるの? と聞くユーリに懲りないなぁと全員が呆れる。
「ひぇ~100人! 無理、無理、無理……100回もパーティーばかり行ってられないわ」
ユージーンが溜め息を付きながら、大概はカップルか家族で呼んでるし、パーティーに招待されるのは20回位だろうと、社交界の知識が皆無のユーリに説明する。
皆は苦労が絶えないなと同情しながらも、くすくす笑いながら見る。
社交界引退の計画が頓挫したユーリは、かなり落ち込んだ。
「困ったわ! 週末にしなきゃいけないことが、いっぱいあるのに……」
愚痴っているユーリすら可愛く思うグレゴリウスは、週末にしなきゃいけないこととは何だろうと考える。土曜の午前中は武術の個人レッスンだとは聞いていたが、前にユーリがヒースヒルに勝手に行った時と同じく、恋するグレゴリウスだけが何で忙しいのか不審に感じていた。
「どうされたのですか?」
グレゴリウスが何か考え込んでいる様子なのに気づいたジークフリートは、ユーリ絡みだろうとは思ったが尋ねる。
「いや、何となくユーリが何かを計画してるような気がして……やけに、週末はしなくちゃいけないことがあるのにと、愚痴ってるのが気になっているんだ」
そう言われてみれば、ユージーンにパーティーは週末あるのか? とか、見習い竜騎士の仕事は国務省でも週末は休みか? とか質問していたなとジークフリートも不審に感じる。
「なんだか怪しいでしょ? イルバニア王国に帰ったら、今のようにはユーリとは一緒にいられないから心配なのです」
お互いに気をつけてユーリを見守っていこうとグレゴリウスとジークフリートは目配せをする。
『また、エドアルドと会うのだな……』
ユーリとセリーナがいないので、男性だけで夕食後はサロンで寛いでいた。
「アン・グレンジャー講師の講義は、如何でしたか?」
見習い竜騎士達は、サマースクールに参加していたが、他のメンバーは細かい打合せや、業務を普段通りこなしていたので、何となく自分達だけがサボっているようで、グレゴリウスはバツが悪く感じる。
「とても考えさせられる授業でしたよ。ユーリはグレンジャー講師と色々話せて喜んでましたし……」
ユーリが留守だったので、グレゴリウスは少し寂しく感じて元気がない。
「え~、今日はそんな控え目な言葉では済ませられない一日だったじゃないですか。ユーリが反対派のマーカスを投げ飛ばしたり、フォン・フォレストの恐ろしい呪いを聞いたり。ジークフリート卿、知ってました? あのおぞましい呪い! 口にできない恐ろしさ! 皇太子殿下、よくぞ今までご無事で……」
フランツの悪のりは、何を言ってるのかわからないと、ユージーンの教育的指導で拳骨をもって止められた。
しかし、グレゴリウスもあの呪いは本当だろうかと、むくむくと好奇心がわいてきて、領地の近いジークフリートに質問する。
「まぁ、昔話ですから……でも、領民達は信じてるみたいですね。フォン・フォレストに嫁ぎたがる娘や、嫁がせたがる親が多いのは事実ですね。妻や娘にも暴力をふるう領民はフォン・フォレストにはいないでしょうから」
男性だけのサロンには微妙な沈黙が降りた。
「その、口にするのも恐ろしいフォン・フォレストの呪いとは、何でしょうかな?」
大使と外務次官は、若い連中から少し離れたソファーで葉巻をくゆらせていたのだが、面白そうだと口をはさむ。
「フランツ、勿体ぶらず話しなさい。それに、ユーリがマーカスとやらを投げ飛ばした? 女性学のサマースクールではなかったのか」
「ユージーン、聞かない方がいいよっ。僕たち、今夜寝れそうにないから。皇太子殿下、朝まで起きてましょう」
フランツは二発の制裁の拳骨の後を大袈裟に撫でながら、おぞましいフォン・フォレストの呪いを話しだす。
「止めろ~! 何て、おぞましい話をするんだ」
ユージーンが話せと言ったのにと、怒鳴られてフランツはふてくされる。大使と外務次官も、心なしか顔色が冴えない。
「最も恐ろしいのは、ユーリとグレンジャー講師が笑いながら話していたことですよ。ユーリは子どものころ、そんなモノが落ちてたら気持ち悪いとお祖母様に言ったそうです。すると、男は痛みに弱く、腐る前に自殺するから大丈夫と仰られたのと、可愛い顔で笑いながら話すのですよ。あれにはエドアルド皇太子もドン引きされてましたね」
聞いていた全員が、その強烈な痛みを想像して顔色を無くす。
「やったぁ! 殿下、私の勝ちですよ。さすがに外交官とはいえ、想像するだけで顔色が悪くなりましたから」
フランツが三度目の拳骨の後を撫でながら、ユーリが一人でユングフラウを歩き回っていると知ってる? とユージーンに重大発言をしている時、もう一つ他の場所でもフォン・フォレストの呪いが話題になっていた。
「フォン・フォレストの領地に侵入できなかっただと。フォン・フォレストの呪い? 気でも確かかね。領地にも入らず、近在の村で変な呪いの伝説なんか聞いてきて。 ユーリ嬢の元にイリスがある日突然飛んできて絆を結んだ? 怪奇小説や、少年小説の元ネタを拾って来いと言ったのではないぞ」
熟練の工作員の馬鹿げた報告書に怒り心頭のマゼラン卿だったが、工作員の青ざめた顔を見て、マジか? と読み直す。
「もう一度、詳しく調査して来て欲しい」
マゼラン卿の命令に、工作員は真っ青になって首をふる。
「クビにして下さい! 絶対に嫌です。フォン・フォレストのおぞましい呪いにかかるぐらいなら、命令違反で死刑の方がましです」
これでは使い物にならないと、罰として危険なローラン王国での情報収集を命じたら、嬉しそうに拝命してスキップしながら出て行く姿を複雑な表情で眺める。
報告書のフォン・フォレストの呪いは確かにおぞましいが、遥か昔の伝説だろうにと苦虫をかみ殺したような表情を浮かべていると、王妃のプライベートな音楽会から帰るユーリと大使夫人を見送ったエドアルドが執務室に入ってきた。
「こんな所に籠もってないで、ユーリ嬢の歌を聞きに来たら良かったのに。素晴らしい歌でしたよ」
頭に花が咲いているエドアルドの相手をしている暇はないと、無礼にもチャイチャイと手で出て行けと合図したが、思いがけない話を聞くことになった。
「今日は、サマースクールでユーリ嬢は大活躍だったんだ。女性の社会進出を進めないのは、国家的損失だと反対派を追い詰めて論破されてたよ。アン・グレンジャー講師とも沢山話すことができたと感謝してもらったけど、あのフォン・フォレストの呪いの話はゾッとしたな」
忙しいのに恋話を延々聞かされるのかとうんざりして、話半分で仕事していたマゼラン卿だが、フォン・フォレストの呪い? と聞き返す。
「マゼラン卿は、知ってましたか? フォン・フォレストの呪い」
マゼラン卿は何でしょう? と知らぬ顔をして、エドアルドからフォン・フォレストの呪いを詳しく聞かせて貰って、少し気持ちが悪くなった。
「おぞましい呪いですな。しかし、暴力の抑止力としては完璧です。ユーリ嬢はその呪いのかけ方を、お祖母様から教えて貰ってるのでしょうか?」
そのような恐ろしい魔法を操る皇太子妃は、カザリア王国の為になるのか、ならないのかと悩みながら質問する。
「いやぁ、その呪いが未だに有効なのかも、お祖母様はご存知ないと言われてたから」
顔色、悪いですよ~と揶揄されて、ムッとしたマゼラン卿は、エドアルドを脅し返す。
「ユーリ嬢と結婚されたら、浮気などなさらないことですな。おぞましい呪いをかけられるかも知れませんぞ」
しかし、マゼラン卿の脅しは、結婚されたらという言葉に、ぽぉっとなったエドアルドの耳には届かなかった。
グレゴリウスとフランツは他の授業も幾つか受講したが、ユーリは王妃の御用が重なり、かなり抵抗したのだが大使夫人に泣き落とされて渋々諦めて受講できなかった。
「ユーリ、明日のライシャワー教授のスペシャル授業は大丈夫そう? サマースクールの最後の授業だし、面白そうな内容だから、でれると良いね」
王妃の気まぐれに振り回されているユーリのことは全員が気の毒に感じていたが、ヘンリー国王ですら社交に関しては口を出されないものを、外国の外交官がどうこうできるものではない。
「まぁ、どうにか受講できそうよ。あ~、疲れた~! 後、10日の辛抱ね」
元々、社交界が苦手なユーリは、かなりグロッキー気味だ。
「行儀が悪いぞ! せっかくのドレスが台無しだ」
今夜も短時間だが音楽会に参加して来たユーリは、レースが美しいドレスを着ていたが、ソファーにぐだ~ともたれかかっているのをユージーンに注意される。
「そうね、このドレスも着納めだものね。後は、同盟締結式典は礼装だし、公式な社交行事は大使館での舞踏会、お別れの晩餐会で、着るドレスは決まってますもの。最後なんだから、大事に着てあげなきゃね」
ソファーにきちんと座り直したユーリをセリーナは、秋の本格的な社交シーズンには新調のドレスをつくるのだと勘違いした。
「ユーリ嬢、マダム・フォンテーヌに新しいドレスを作って貰われるのですか? 羨ましいですわ! 私も、一着オーダーしてますが、まだできあがってませんの。仮縫いもまだですし、早く着たくて待ち遠しいの」
「あら、マダム・フォンテーヌはいつも仮縫いなしですわ。お祖母様が私のサイズを告げて、縫って貰ってますのよ。大使夫人のドレスも、サイズを送ったから、もうすぐ出来上がると思いますわ。どんなドレスか楽しみですね。でも、私は社交界を引退するつもりだから、ドレスはもう要らないから作りませんわ。このレースのドレスも着納めだと思うと、少し勿体ない気持ちがするわ」
セリーナはマダム・フォンテーヌが仮縫いなしでドレスを縫うと聞いて驚いたが、ユーリが社交界を引退するつもりだと聞いて気絶しそうになる。
「社交界を引退! デビューしたばかりの令嬢が……そんなこと、ありえませんわ」
サロンにいた全員が驚いたが、ユーリは何故? と逆に驚く。
「え? 駄目なんですか? 元々、私は社交界にデビューするつもりは無かったのですが、立太子式のお相手に選ばれたから仕方なく舞踏会に出ただけなんですもの。カザリア王国でも見習い竜騎士の仕事として、社交界の行事に参加したけど、外交官でもないし、国に帰ったら社交界は苦手だからパスしたいのです。それに仕事に集中したいから、社交界で遊んでる暇はなさそうですし……え~! 駄目なの? 引退できないの?」
皆の顔が険しいのに気づいて、ユーリは慌てる。
全員が非常識な馬鹿娘にどう説明したら良いのか頭を痛めていたが、指導の竜騎士ユージーンに任せる。
「社交界にデビューしたての令嬢が、引退なんて出来るわけないだろう。一族に罪人が出たとか、令嬢が身を持ち崩して妊娠したとか、不名誉な事件を起こして追放される事はたまにあるが引退なんてありえない。第一、マウリッツ公爵家で社交界デビューの舞踏会が開かれるのに、主役のユーリが引退できるわけないだろう」
ユージーンに雷を落とされて、びっくりしたユーリは反撃する。
「あら、舞踏会はちゃんと叔母様にお断りしたわよ。お祖父様も舞踏会をフォン・アリスト家で開こうと仰ったけど断ったし、私の社交界デビューの舞踏会なんてないわよ。ユージーンはガザリア王国へ来る準備で忙しかったから知らないのね」
ユーリこそ何も知らない! と全員が心の中で突っ込んだ。
「今頃、屋敷は秋の舞踏会の為にリフォームの真っ最中だよ。それに、招待状も送られてる頃だよ」
フランツは自分の家がどの様に改築中か空恐ろしく思ったが、デビューしたての令嬢が引退するだなんて不名誉は許し難い。
「え~? あっ、フランツも今年社交界デビューしたんだから、貴方の舞踏会の準備なんでしょ。私は、叔母様にはっきり断ったのよ」
「どこの家が息子の社交界デビュー舞踏会を開くんだ。令嬢の社交界デビューを披露して、結婚相手を探すのが目的だろう」
ユージーンに怒られても、社交界の常識を知らないユーリは疑問だらけで、質問しかえす。
「だって、皇太子殿下は立太子式の舞踏会開いて貰ったでしょ。駄目なの?」
全員から、皇太子殿下は別問題です! と怒鳴られた。
「ユーリ嬢、皇太子殿下は次代の為政者の各国への紹介と、全国の貴族達との顔合わせとして舞踏会が開かれたのです。マウリッツ公爵家で貴女の舞踏会を開いて下さるのに引退だなんて言ったら、用意して下さっている公爵夫人を悲しませますよ」
ジークフリートに優しく諭されると、それ以上はユーリも我が儘を言ってるような気がする。
「でも、まだ夏なのに招待状? まだ招待状出してないなら、中止か本当に少人数のパーティーに変更できないかしら」
最後の足掻きでユーリは、小規模のパーティーならと提案したが、ユージーンに却下される。
「秋の社交シーズンの一番良い日を押さえるんだ、もう招待状は送られている。厳選した名門の方々だけを招待する予定だ」
グレゴリウスは自分も招待されるのだろうか? と聞いて、勿論ですと返事を貰って安心した。
社交界引退の予定を変更せざるえなくなったユーリが落ち込んでいるのを、皆は苦笑しながら眺める。
「仕方ないわ、マウリッツ公爵家の舞踏会は出るわ。他のパーティーは出ないことにするわ」
「そんな非礼が許されるわけないだろう。最低でも、我が家の舞踏会に招待した方からの招待は受けないと駄目だ」
凄い剣幕で怒るユージーンに、恐る恐る何人招待してるの? と聞くユーリに懲りないなぁと全員が呆れる。
「ひぇ~100人! 無理、無理、無理……100回もパーティーばかり行ってられないわ」
ユージーンが溜め息を付きながら、大概はカップルか家族で呼んでるし、パーティーに招待されるのは20回位だろうと、社交界の知識が皆無のユーリに説明する。
皆は苦労が絶えないなと同情しながらも、くすくす笑いながら見る。
社交界引退の計画が頓挫したユーリは、かなり落ち込んだ。
「困ったわ! 週末にしなきゃいけないことが、いっぱいあるのに……」
愚痴っているユーリすら可愛く思うグレゴリウスは、週末にしなきゃいけないこととは何だろうと考える。土曜の午前中は武術の個人レッスンだとは聞いていたが、前にユーリがヒースヒルに勝手に行った時と同じく、恋するグレゴリウスだけが何で忙しいのか不審に感じていた。
「どうされたのですか?」
グレゴリウスが何か考え込んでいる様子なのに気づいたジークフリートは、ユーリ絡みだろうとは思ったが尋ねる。
「いや、何となくユーリが何かを計画してるような気がして……やけに、週末はしなくちゃいけないことがあるのにと、愚痴ってるのが気になっているんだ」
そう言われてみれば、ユージーンにパーティーは週末あるのか? とか、見習い竜騎士の仕事は国務省でも週末は休みか? とか質問していたなとジークフリートも不審に感じる。
「なんだか怪しいでしょ? イルバニア王国に帰ったら、今のようにはユーリとは一緒にいられないから心配なのです」
お互いに気をつけてユーリを見守っていこうとグレゴリウスとジークフリートは目配せをする。
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