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第十一章 戦争と恋
7 婚約解消はしないよ
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ユーリは、イリスに飛び乗ると王宮へ向かった。早朝にグレゴリウスをつかまえて、婚約解消を願おうと思ったのだ。
しかし、グレゴリウスが王宮のどこで寝起きしているのか知らないとユーリは気づき、戸惑いながらも王妃に泣きついてでも婚約解消させて貰おうと急いだ。
女官からユーリの訪問を告げられた王妃は、泣きつきに来たと察した。
「王妃様……」
真っ青な顔ですがりつくユーリに、少し王妃は同情したが、グレゴリウスの為に心を強くして対応する。
「ユーリ、グレゴリウスと婚約したと聞きました。おめでとうございます」
ユーリは何と言い出そうかと迷っているうちに、王妃から先にお祝いを言われてパニックになる。
「王妃様、それは間違いなのです。グレゴリウス皇太子殿下に、会わなくてはいけません。こんな事は、早く訂正しないと」
半泣きになっているユーリは、国王がグレゴリウスと入室してきて、お祝いの言葉をかけると気絶しそうになった。
「国王陛下、何か誤解が……」
婚約解消しようと駆け込んで来たユーリを、グレゴリウスは腕をつかんで隣室へと連れて行く。
「かなり、ユーリは動揺していたな」
アルフォンスは、グレゴリウスが強引に婚約したのだと察した。
「ここで説得出来ないようでは、情けなさすぎますよ」
隣室からきゃんきゃん騒ぐユーリの声と、説得と言うより喧嘩しているようなグレゴリウスの声が聞こえて来たが、国王夫妻は無視する。
ユーリが駆け込んで来るだろうと察したマリー・ルイーズは、国王夫妻に息子が朝からお騒がせましてと詫びながら、隣室での言い争いに神経が疲れ果てる。
「お願いだから、婚約だなんて馬鹿なことは止めて」
グレゴリウスに、国王や王妃の前で揉めるのは駄目だと、隣室に強引に連れてこられたユーリは必死に頼む。
「馬鹿なことじゃないよ。真剣にユーリのことを、愛しているんだ。愛している相手にプロポーズして、承諾して貰ったのだから、婚約は当たり前のことだろう」
強気のグレゴリウスに、ユーリも強く反発した。
「私が、いつプロポーズにOKしたの。だから、誤解を解きに来たのよ」
しまった! ユーリには強気に出たら逆効果なんだと、グレゴリウスは作戦変更する。かなり強引なプロポーズだったと自分でも認識していたのだ。
「少し落ち着いて話し合おうよ」
グレゴリウスはユーリをソファに座らせて、ゆっくりと口説き落とす作戦に出た。
「ユーリも私のことを愛していると言ってくれたのに、嘘だったのかい?」
ユーリはグレゴリウスに見つめられて、悲しそうな口調で不実を責められると弱かった。
「それは……嘘ではないわ。でも……」
でもの先は抱きしめられてキスされたので、言葉にできなかった。流石に恋に舞い上がっているユーリも、キスで誤魔化されてはいけないと、グレゴリウスを押しのける。
「皇太子殿下、私は皇太子妃なんて無理です。婚約だなんて、解消して欲しいの」
「ユーリ、昨夜は名前で呼ぶと約束してくれたのに、酷いじゃないか。私は皇太子ではあるけど、一人の人間としてユーリに恋してるのに……」
論旨がずれているとユーリは思ったが、確かに昨夜アラミスに乗って、ユングフラウに帰る途中にキスの合間に約束したのを思い出す。その他にも甘い言葉や、キスを思い出して、ユーリは真っ赤になる。
「グレゴリウス様、私が皇太子妃に向かないのはご存知でしょう。他のお淑やかな令嬢にした方が良いわ。お願いだから、婚約解消して指輪を外して。何か魔法でもかけたの? グルグル回るのに抜けないのよ」
ユーリが差し出した手を握って、ブルーダイヤモンドの指輪がサイズが大きくて、石の重みでグルグル回っているのを確かめたグレゴリウスは、失敗したなぁと呟いて指にキスする。
「細い指なんだね。ごめんね、サイズがわからなかったんだ。後で直して貰おう」
ユーリは、サイズ直しを頼んでるのではないと怒る。
「だから、そんなことを言ってるんじゃないのは、わかってるでしょ。誤魔化されないわ。グレゴリウス様、お願いだから婚約を解消して下さい。って言うか、いつ婚約したのよ」
チェッ、なかなか強情だなとグレゴリウスは舌打ちをしたが、ユーリが自分を愛していると確認したので、諦めるつもりは微塵もない。
「じゃあ、ユーリは私が他の令嬢と結婚しても、嫉妬も感じないのか。愛してるのに、平気なの? 私はユーリが他の男と一緒にいるだけで、嫉妬で気が狂いそうになるよ」
手を握り締められて真剣な眼差しで問われると、ユーリは口ではお淑やかな令嬢に目を向けて欲しいと言い続けていたのに、エミリーが積極的にグレゴリウスに言い寄るのを見てチクリと胸が痛んでいたのを思い出す。
都合の悪い質問はスルーして、ユーリは自分が皇太子妃に向いてないことと、ローラン王国が戦争の理由にすると言い立てる。
「馬鹿馬鹿しい。私なんか、殺されそうになったんだよ。隣国の皇太子を同盟を結ぶと偽って、罠に掛けて、追っ手かけたのだ。あちらは戦争する気、満々さ。それに君はローラン王国の皇太子妃じゃないけど、私は皇太子妃を誘拐した極悪人扱いなんだよ。そんなの婚約解消の理由にはならないよ」
外務省で見習い実習中のグレゴリウスは、本来なら見習い竜騎士には見せて貰えない機密文章や外国からの書簡も次期の国王教育として知らされていた。
その中でローラン王国からの書簡にはグレゴリウスが怒り心頭になる不快な内容も含まれており、ジークフリードに諌められることも度々あったのだ。
「何ですって、誘拐犯だなんて馬鹿馬鹿しいわ。第一、イリスが城を壊して脱出したので、バロア城の賠償金を要求してきてるのに矛盾してるじゃない」
「そうだ、賠償金なんて払わなくて良いんだよ。ローラン王国は無茶苦茶なんだから。まさか、まだ気になるから払おうなんて思ってないだろうな」
「ああ、それはやめたわ。100万ダカット払って、軍備に使われたら困るもの。そうだわ、東南諸島の商人が小麦をローラン王国に運んでいるのよ。でも、1ダカット=1クローネで支払おうとするから揉めているみたい。何か手を打てる筈だわ。冬の間はローラン王国の港は使えないから、春になって懲りない商人達が小麦を運ぶ前に阻止しないと」
恋バナから政治の話になってグレゴリウスは苦笑したが、その情報を誰から聞いたのかを考えると嫉妬を感じる。ぎゅっとユーリを抱き締めると、いつものジャスミンのほのかな香りがしてホッとする。
「良い香りだね。昨夜は、竜湶香の移り香が気になっていたんだ。ユーリはいつも良い香りだよね」
「竜湶香の香り……」
アスランの誘惑に少しよろめきそうだったユーリは、後ろめたく感じる。ちょっと気を許すと、キスしてあやふやにしようとするグレゴリウスの作戦と甘い言葉に、ユーリは流されてしまう。
若い恋する二人がキスに夢中になって静かになると、隣室でやきもきしていた国王夫妻とマリー・ルイーズは、どうやら婚約解消はグレゴリウスが阻止したようだと安堵する。
「あら、そろそろ女官に呼びに行かしませんとね。難しいわね、二人きりにしてユーリと仲良くさせないといけないけど、不適切な行為は結婚までは許してはいけないし。マリー・ルイーズには、苦労をかけますね」
「え~、そればかりは無理です」
いつもはお淑やかで、王妃に逆らったことのなかったマリー・ルイーズも、グレゴリウスとユーリの見張りまでは無理だと断った。
「王妃、それはマリー・ルイーズに気の毒だよ。ユーリに皇太子妃としての心得を教育しなくてはいけないのだから。二人の監視は、ジークフリード卿に任せよう。彼なら恋の達人だから、手綱を上手く緩めたり、締めたりしてくれるさ」
マリー・ルイーズはじゃじゃ馬のユーリの皇太子妃教育を自分がするのかと考えると目眩がしそうになった。
「あのう、皇太子妃教育は私には手に余ります。どうか御容赦下さいませ」
お淑やかで消え入りそうなのに、芯のしっかりしているマリー・ルイーズをユーリに見習って欲しいと国王夫妻は思う。
「そういう風情が、あの娘には無いわね。強情でドタバタしてるのに、意外と気が弱いのよ。見た目は可憐でおとなしそうで、猫も少しはエリザベート王妃様にしごかれて被れるようになったのですがねぇ。まぁ、公式の場で、猫の皮が剥がれないようにしてくれれば良いですわ。グレゴリウスはユーリがお淑やかでないのは承知してますし、王宮に勤めている人もとっくに知ってますからね。口うるさい貴族達に、バレなければ良いのよ」
王妃に手を握って励まされても、マリー・ルイーズは首を縦に振らなかった。
「う~ん、テレーズそれは無理だよ。火を噴く竜の絆の竜騎士なんだぞ。気性の荒いのは証明済みだ。まぁ、口うるさい貴族達もユーリを怒らすのは度胸が要るだろう。ヘッケル大使の馬車にイリスは火を噴きかけたそうだからな。これはあってはいけない事だが、あの嫌味なケッヘルが暴走する馬車で肝を冷やしただろうと想像すると、溜飲が下がったぞ」
「アルフォンス、そんなことをユーリが口うるさい貴族にしたら大変ですわ」
王妃も何人か王宮への出入りを禁止したくなる嫌な貴族もいたが、極力相手にしないようにして我慢していたのだ。長年、王位に付いていても苛つかされる存在がいるのに、庶民育ちのユーリには腹立たしく思える貴族は山ほど居るだろうと溜め息をつく。
「そうだな、普通の令嬢の皇太子妃教育と同じに考えてはいけないな。今のユーリの指導の竜騎士はシュミット卿か……彼はこういう方面は弱そうだな。丁度いい、将来の国務相が財務のみ強くても困るだろう。若い内に苦労して、グレゴリウスの治世を支える修行をして貰おう。冷血の金庫番も我慢強くなるかもしれないしな。グレゴリウスに国務省の仕事も覚えさせたいし、ユーリ共々指導してもらえば一石二鳥になる」
問題は解決したと上機嫌な国王を、王妃とマリー・ルイーズは懸念を込めた目で見る。噂で聞いているシュミット卿がユーリの皇太子妃教育に役に立つとは思えなかったし、女性陣に皇太子妃教育を押し付ける気満々に見えたからだ。
王妃は国王に他にも適切な貴婦人の教育係が必要だと抗議しかけたが、王妃付きの女官がグレゴリウスとユーリを連れてきた。
「国王陛下、王妃様、母上、ユーリとの結婚をお許し下さい」
女官にキスの最中を邪魔されて、恥ずかしさで真っ赤になって俯いていたユーリは、グレゴリウスの公式な結婚の許しを請う言葉に驚いて顔をあげる。
「グレゴリウス皇太子とユーリ・フォン・フォレストの結婚を許可する。良かったなグレゴリウス……ユーリ、大丈夫か!」
ユーリは公式に婚約を国王が認めたショックと空腹で目眩がして、グレゴリウスに抱き止められた。
「ユーリ、大丈夫?」
心配そうに覗き込む金褐色の瞳に見つめられてロマンチックなシーンなのに、昨夜も今朝も食事を取ってないユーリのお腹がキュ~と鳴った。
恥ずかしさで真っ赤になったユーリに、全員が笑いを堪えようと必死になったが、同じく夕食と朝食を食べてないグレゴリウスのお腹もグ~と鳴り、我慢が出来なくなり大爆笑になる。
「そうだ、我々も朝食がまだだった。皆で食事にしよう」
流石の大食いのユーリもお淑やかに一人前のみ食べて、お代わりはしなかった。
「ユーリの家族に、結婚の許可を貰わないといけませんね」
幸せいっぱいのグレゴリウスだったが、まだユーリはぐずっている様子なので、暫く庭の散歩でもして話し合うようにとアルフォンスは言った。
婚約が公になる前に、対策を国務相と外務相を呼んで話し合おうと思ったのだ。
「あっ、私は国務省の実習に行かなくては……」
現実逃避に仕事に逃げ込もうとしたユーリを、国務相には私から事情を説明しておくと国王は制して、後一押しグレゴリウスにさせなくてはと庭に追いやる。
「大丈夫でしょうか?」
若い恋人達を二人きりで庭に出すなんてと王妃は心配したが、イリスがいるのに変な真似はしないさと国王はスルーする。
「そんなに、私との婚約が嫌なのか?」
溜め息をつくユーリに、グレゴリウスは少し落ち込む。
「グレゴリウス様は好きだけど、婚約だなんて急過ぎるわ。それに戦争の原因みたいに、ローラン王国が騒ぎ立てると思うと……」
初春の王宮の庭は薔薇が花盛りで、ユーリは花を触れては溜め息をつく。
ユーリはイルバニア王国とローラン王国がいずれ戦争になるだろうと思っていたので、婚約とか結婚とかは考えられなかった。知り合いの令嬢達が戦争になるかもしれないからと、婚約を急ぐ気持ちを理解出来なかったのだ。
「戦争が終わってから考えましょう」
グレゴリウスはユーリが戦争前なのに、気楽そうに婚約とかできないと考えているのだと気づいた。
「ユーリは、他の令嬢達が婚約している意味がわからないんだね。戦争が始まったら、恋しい相手が怪我をしたり、戦死するかもしれない。そりゃ、戦争が終わってから婚約したり、結婚する方が賢いと思うよ。いきなり未亡人になるかもしれないんだから。でも、それでも一緒に居たいとは思わないんだ……」
ユーリは、グレゴリウスが戦争で怪我や戦死するだなんて考えたくもなかった。
「駄目よ! 怪我も……死ぬだなんて……」
シクシク泣き出したユーリに、あちゃ~やっちゃったと、グレゴリウスは抱き寄せながら後悔する。
「お父上を戦争で亡くしたユーリに、こんな話をしたら、泣きだしてしまうのは当たり前だね。泣かないで、私は死んだりしないよ」
多分ねと、心の中で口には出さず呟く。戦争なのだから、世の中には絶対は無いのは承知していたが、気にしてうじうじしてても仕方ないと、イルバニア王国の国民性を引き継いだグレゴリウスは恋にまっしぐらだ。
しかし、グレゴリウスが王宮のどこで寝起きしているのか知らないとユーリは気づき、戸惑いながらも王妃に泣きついてでも婚約解消させて貰おうと急いだ。
女官からユーリの訪問を告げられた王妃は、泣きつきに来たと察した。
「王妃様……」
真っ青な顔ですがりつくユーリに、少し王妃は同情したが、グレゴリウスの為に心を強くして対応する。
「ユーリ、グレゴリウスと婚約したと聞きました。おめでとうございます」
ユーリは何と言い出そうかと迷っているうちに、王妃から先にお祝いを言われてパニックになる。
「王妃様、それは間違いなのです。グレゴリウス皇太子殿下に、会わなくてはいけません。こんな事は、早く訂正しないと」
半泣きになっているユーリは、国王がグレゴリウスと入室してきて、お祝いの言葉をかけると気絶しそうになった。
「国王陛下、何か誤解が……」
婚約解消しようと駆け込んで来たユーリを、グレゴリウスは腕をつかんで隣室へと連れて行く。
「かなり、ユーリは動揺していたな」
アルフォンスは、グレゴリウスが強引に婚約したのだと察した。
「ここで説得出来ないようでは、情けなさすぎますよ」
隣室からきゃんきゃん騒ぐユーリの声と、説得と言うより喧嘩しているようなグレゴリウスの声が聞こえて来たが、国王夫妻は無視する。
ユーリが駆け込んで来るだろうと察したマリー・ルイーズは、国王夫妻に息子が朝からお騒がせましてと詫びながら、隣室での言い争いに神経が疲れ果てる。
「お願いだから、婚約だなんて馬鹿なことは止めて」
グレゴリウスに、国王や王妃の前で揉めるのは駄目だと、隣室に強引に連れてこられたユーリは必死に頼む。
「馬鹿なことじゃないよ。真剣にユーリのことを、愛しているんだ。愛している相手にプロポーズして、承諾して貰ったのだから、婚約は当たり前のことだろう」
強気のグレゴリウスに、ユーリも強く反発した。
「私が、いつプロポーズにOKしたの。だから、誤解を解きに来たのよ」
しまった! ユーリには強気に出たら逆効果なんだと、グレゴリウスは作戦変更する。かなり強引なプロポーズだったと自分でも認識していたのだ。
「少し落ち着いて話し合おうよ」
グレゴリウスはユーリをソファに座らせて、ゆっくりと口説き落とす作戦に出た。
「ユーリも私のことを愛していると言ってくれたのに、嘘だったのかい?」
ユーリはグレゴリウスに見つめられて、悲しそうな口調で不実を責められると弱かった。
「それは……嘘ではないわ。でも……」
でもの先は抱きしめられてキスされたので、言葉にできなかった。流石に恋に舞い上がっているユーリも、キスで誤魔化されてはいけないと、グレゴリウスを押しのける。
「皇太子殿下、私は皇太子妃なんて無理です。婚約だなんて、解消して欲しいの」
「ユーリ、昨夜は名前で呼ぶと約束してくれたのに、酷いじゃないか。私は皇太子ではあるけど、一人の人間としてユーリに恋してるのに……」
論旨がずれているとユーリは思ったが、確かに昨夜アラミスに乗って、ユングフラウに帰る途中にキスの合間に約束したのを思い出す。その他にも甘い言葉や、キスを思い出して、ユーリは真っ赤になる。
「グレゴリウス様、私が皇太子妃に向かないのはご存知でしょう。他のお淑やかな令嬢にした方が良いわ。お願いだから、婚約解消して指輪を外して。何か魔法でもかけたの? グルグル回るのに抜けないのよ」
ユーリが差し出した手を握って、ブルーダイヤモンドの指輪がサイズが大きくて、石の重みでグルグル回っているのを確かめたグレゴリウスは、失敗したなぁと呟いて指にキスする。
「細い指なんだね。ごめんね、サイズがわからなかったんだ。後で直して貰おう」
ユーリは、サイズ直しを頼んでるのではないと怒る。
「だから、そんなことを言ってるんじゃないのは、わかってるでしょ。誤魔化されないわ。グレゴリウス様、お願いだから婚約を解消して下さい。って言うか、いつ婚約したのよ」
チェッ、なかなか強情だなとグレゴリウスは舌打ちをしたが、ユーリが自分を愛していると確認したので、諦めるつもりは微塵もない。
「じゃあ、ユーリは私が他の令嬢と結婚しても、嫉妬も感じないのか。愛してるのに、平気なの? 私はユーリが他の男と一緒にいるだけで、嫉妬で気が狂いそうになるよ」
手を握り締められて真剣な眼差しで問われると、ユーリは口ではお淑やかな令嬢に目を向けて欲しいと言い続けていたのに、エミリーが積極的にグレゴリウスに言い寄るのを見てチクリと胸が痛んでいたのを思い出す。
都合の悪い質問はスルーして、ユーリは自分が皇太子妃に向いてないことと、ローラン王国が戦争の理由にすると言い立てる。
「馬鹿馬鹿しい。私なんか、殺されそうになったんだよ。隣国の皇太子を同盟を結ぶと偽って、罠に掛けて、追っ手かけたのだ。あちらは戦争する気、満々さ。それに君はローラン王国の皇太子妃じゃないけど、私は皇太子妃を誘拐した極悪人扱いなんだよ。そんなの婚約解消の理由にはならないよ」
外務省で見習い実習中のグレゴリウスは、本来なら見習い竜騎士には見せて貰えない機密文章や外国からの書簡も次期の国王教育として知らされていた。
その中でローラン王国からの書簡にはグレゴリウスが怒り心頭になる不快な内容も含まれており、ジークフリードに諌められることも度々あったのだ。
「何ですって、誘拐犯だなんて馬鹿馬鹿しいわ。第一、イリスが城を壊して脱出したので、バロア城の賠償金を要求してきてるのに矛盾してるじゃない」
「そうだ、賠償金なんて払わなくて良いんだよ。ローラン王国は無茶苦茶なんだから。まさか、まだ気になるから払おうなんて思ってないだろうな」
「ああ、それはやめたわ。100万ダカット払って、軍備に使われたら困るもの。そうだわ、東南諸島の商人が小麦をローラン王国に運んでいるのよ。でも、1ダカット=1クローネで支払おうとするから揉めているみたい。何か手を打てる筈だわ。冬の間はローラン王国の港は使えないから、春になって懲りない商人達が小麦を運ぶ前に阻止しないと」
恋バナから政治の話になってグレゴリウスは苦笑したが、その情報を誰から聞いたのかを考えると嫉妬を感じる。ぎゅっとユーリを抱き締めると、いつものジャスミンのほのかな香りがしてホッとする。
「良い香りだね。昨夜は、竜湶香の移り香が気になっていたんだ。ユーリはいつも良い香りだよね」
「竜湶香の香り……」
アスランの誘惑に少しよろめきそうだったユーリは、後ろめたく感じる。ちょっと気を許すと、キスしてあやふやにしようとするグレゴリウスの作戦と甘い言葉に、ユーリは流されてしまう。
若い恋する二人がキスに夢中になって静かになると、隣室でやきもきしていた国王夫妻とマリー・ルイーズは、どうやら婚約解消はグレゴリウスが阻止したようだと安堵する。
「あら、そろそろ女官に呼びに行かしませんとね。難しいわね、二人きりにしてユーリと仲良くさせないといけないけど、不適切な行為は結婚までは許してはいけないし。マリー・ルイーズには、苦労をかけますね」
「え~、そればかりは無理です」
いつもはお淑やかで、王妃に逆らったことのなかったマリー・ルイーズも、グレゴリウスとユーリの見張りまでは無理だと断った。
「王妃、それはマリー・ルイーズに気の毒だよ。ユーリに皇太子妃としての心得を教育しなくてはいけないのだから。二人の監視は、ジークフリード卿に任せよう。彼なら恋の達人だから、手綱を上手く緩めたり、締めたりしてくれるさ」
マリー・ルイーズはじゃじゃ馬のユーリの皇太子妃教育を自分がするのかと考えると目眩がしそうになった。
「あのう、皇太子妃教育は私には手に余ります。どうか御容赦下さいませ」
お淑やかで消え入りそうなのに、芯のしっかりしているマリー・ルイーズをユーリに見習って欲しいと国王夫妻は思う。
「そういう風情が、あの娘には無いわね。強情でドタバタしてるのに、意外と気が弱いのよ。見た目は可憐でおとなしそうで、猫も少しはエリザベート王妃様にしごかれて被れるようになったのですがねぇ。まぁ、公式の場で、猫の皮が剥がれないようにしてくれれば良いですわ。グレゴリウスはユーリがお淑やかでないのは承知してますし、王宮に勤めている人もとっくに知ってますからね。口うるさい貴族達に、バレなければ良いのよ」
王妃に手を握って励まされても、マリー・ルイーズは首を縦に振らなかった。
「う~ん、テレーズそれは無理だよ。火を噴く竜の絆の竜騎士なんだぞ。気性の荒いのは証明済みだ。まぁ、口うるさい貴族達もユーリを怒らすのは度胸が要るだろう。ヘッケル大使の馬車にイリスは火を噴きかけたそうだからな。これはあってはいけない事だが、あの嫌味なケッヘルが暴走する馬車で肝を冷やしただろうと想像すると、溜飲が下がったぞ」
「アルフォンス、そんなことをユーリが口うるさい貴族にしたら大変ですわ」
王妃も何人か王宮への出入りを禁止したくなる嫌な貴族もいたが、極力相手にしないようにして我慢していたのだ。長年、王位に付いていても苛つかされる存在がいるのに、庶民育ちのユーリには腹立たしく思える貴族は山ほど居るだろうと溜め息をつく。
「そうだな、普通の令嬢の皇太子妃教育と同じに考えてはいけないな。今のユーリの指導の竜騎士はシュミット卿か……彼はこういう方面は弱そうだな。丁度いい、将来の国務相が財務のみ強くても困るだろう。若い内に苦労して、グレゴリウスの治世を支える修行をして貰おう。冷血の金庫番も我慢強くなるかもしれないしな。グレゴリウスに国務省の仕事も覚えさせたいし、ユーリ共々指導してもらえば一石二鳥になる」
問題は解決したと上機嫌な国王を、王妃とマリー・ルイーズは懸念を込めた目で見る。噂で聞いているシュミット卿がユーリの皇太子妃教育に役に立つとは思えなかったし、女性陣に皇太子妃教育を押し付ける気満々に見えたからだ。
王妃は国王に他にも適切な貴婦人の教育係が必要だと抗議しかけたが、王妃付きの女官がグレゴリウスとユーリを連れてきた。
「国王陛下、王妃様、母上、ユーリとの結婚をお許し下さい」
女官にキスの最中を邪魔されて、恥ずかしさで真っ赤になって俯いていたユーリは、グレゴリウスの公式な結婚の許しを請う言葉に驚いて顔をあげる。
「グレゴリウス皇太子とユーリ・フォン・フォレストの結婚を許可する。良かったなグレゴリウス……ユーリ、大丈夫か!」
ユーリは公式に婚約を国王が認めたショックと空腹で目眩がして、グレゴリウスに抱き止められた。
「ユーリ、大丈夫?」
心配そうに覗き込む金褐色の瞳に見つめられてロマンチックなシーンなのに、昨夜も今朝も食事を取ってないユーリのお腹がキュ~と鳴った。
恥ずかしさで真っ赤になったユーリに、全員が笑いを堪えようと必死になったが、同じく夕食と朝食を食べてないグレゴリウスのお腹もグ~と鳴り、我慢が出来なくなり大爆笑になる。
「そうだ、我々も朝食がまだだった。皆で食事にしよう」
流石の大食いのユーリもお淑やかに一人前のみ食べて、お代わりはしなかった。
「ユーリの家族に、結婚の許可を貰わないといけませんね」
幸せいっぱいのグレゴリウスだったが、まだユーリはぐずっている様子なので、暫く庭の散歩でもして話し合うようにとアルフォンスは言った。
婚約が公になる前に、対策を国務相と外務相を呼んで話し合おうと思ったのだ。
「あっ、私は国務省の実習に行かなくては……」
現実逃避に仕事に逃げ込もうとしたユーリを、国務相には私から事情を説明しておくと国王は制して、後一押しグレゴリウスにさせなくてはと庭に追いやる。
「大丈夫でしょうか?」
若い恋人達を二人きりで庭に出すなんてと王妃は心配したが、イリスがいるのに変な真似はしないさと国王はスルーする。
「そんなに、私との婚約が嫌なのか?」
溜め息をつくユーリに、グレゴリウスは少し落ち込む。
「グレゴリウス様は好きだけど、婚約だなんて急過ぎるわ。それに戦争の原因みたいに、ローラン王国が騒ぎ立てると思うと……」
初春の王宮の庭は薔薇が花盛りで、ユーリは花を触れては溜め息をつく。
ユーリはイルバニア王国とローラン王国がいずれ戦争になるだろうと思っていたので、婚約とか結婚とかは考えられなかった。知り合いの令嬢達が戦争になるかもしれないからと、婚約を急ぐ気持ちを理解出来なかったのだ。
「戦争が終わってから考えましょう」
グレゴリウスはユーリが戦争前なのに、気楽そうに婚約とかできないと考えているのだと気づいた。
「ユーリは、他の令嬢達が婚約している意味がわからないんだね。戦争が始まったら、恋しい相手が怪我をしたり、戦死するかもしれない。そりゃ、戦争が終わってから婚約したり、結婚する方が賢いと思うよ。いきなり未亡人になるかもしれないんだから。でも、それでも一緒に居たいとは思わないんだ……」
ユーリは、グレゴリウスが戦争で怪我や戦死するだなんて考えたくもなかった。
「駄目よ! 怪我も……死ぬだなんて……」
シクシク泣き出したユーリに、あちゃ~やっちゃったと、グレゴリウスは抱き寄せながら後悔する。
「お父上を戦争で亡くしたユーリに、こんな話をしたら、泣きだしてしまうのは当たり前だね。泣かないで、私は死んだりしないよ」
多分ねと、心の中で口には出さず呟く。戦争なのだから、世の中には絶対は無いのは承知していたが、気にしてうじうじしてても仕方ないと、イルバニア王国の国民性を引き継いだグレゴリウスは恋にまっしぐらだ。
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