139 / 415
第七節 動き出す物語 セイル編
幕間 動き出す暗躍するものたち
しおりを挟む
アリッカルにある城の一室。
主に賓客をもてなし、泊まらせる目的で使われている部屋。
そこにはジパーニグの王・クリムホルンが身体を休めていた。
どこか思い耽るように窓から夜の空を眺めている彼のいる部屋に、ノックの音が聞こえる。
クリムホルンが何かを言う前に扉は開かれ……現れたのはアリッカルを治めるアスクード王だった。
「どうだ? あの少女の様子は」
「うむ、抜かりはない。
既にあれは……そうだな、愛の虜と言えば美しいかも知れんな」
くっくっくっ、とどこか含みのある笑いを浮かべるクリムホルンの近くにあるテーブルに酒を置いて、アスクードはどっかりと腰を下ろした。
そこには遠慮というものは一切なく、どこか旧友と接するような節すらあるそれに対し、クリムホルンも嫌な顔ひとつせずにいる。
「全く、恐ろしいものよな。
どこぞの本に『王の言葉には魔力が宿る』という一節があるが、ぬしのそれは本物だからな」
「それは互いに同じことが言えるだろう。
最も……一節はあの方にこそ相応しいものではあるがな」
「ははっ、それもそうだな」
クリムホルンの言葉にアスクードは皮肉げな笑みを浮かべながらグラスに酒を注ぎ、彼に渡す。
麦の色合いがよく出た黄金色と白の対比が美しい逸品と呼ぶに相応しい――ビールを受け取ったクリムホルンはそれに手を付けず、一通り色合いを楽しんでから口を付けた。
……が、アスクードは渋い顔でその様子を見ていた。
どうやらクリムホルンの飲み方が彼にはあまり気に入らないようだ。
「……そののんびりと飲む癖はやめないか?」
「別によいだろう。何かを嗜む時、人は自由であらねばならない。
私の美学だよ。これは」
クリムホルンは少しずつ飲み進めながら減っているグラスの中を見つめているのを見て、アスクードはため息をついて自身のビールグラスに酒を注ぎ、一気にあおる。
「この苦味と香りの楽しみ方がわからんとは……まあいい。
それで、あれはどうする? ここで使い潰しても構わんのか?」
「……そんな事をしてみろ。アレがお主を殺しにやってくるぞ。
お主とて、アレの恐ろしさは十分に理解できているはずだが?」
呆れるような視線を向けるクリムホルンの視線から逃げるように苦虫を噛み潰したような顔で窓から暗い夜の景色を眺めるアスクード。
脳裏に昔のことがよぎったのか、アリッカルの王と呼ばれた男は小刻みに震え、冷や汗をかいて……情けない姿をさらけ出していた。
そこにいるのは王としての矜持など全てかなぐり捨てた、無様で哀れな男。
しかし、国の長たるものが醜態を晒してしまうほどの恐怖が、そこにはあった。
「アスクード。落ち着け」
「俺は落ち着いている! なにも、恐れてなどいない……」
「……それほど恐れているのであれば、わざわざ墓穴を掘らずともよかろうに」
荒ぶった声を上げるアスクードに対して、冷静に状況を見つめているクリムホルンは半ば仕方ないと諦めながら、彼が落ち着くまでビールを嗜むことにしたようで、外を見ながら気を紛らわせているようだった……。
――
それからしばらくの時間が過ぎ、ようやく落ち着きを取り戻したアスクードはどこかバツが悪そうな顔でクリムホルンの様子を伺っていた。
「……済まない」
「気にするな。私もあれほど恐ろしいものはあの方以外に見たことがない。
とてもではないが、反抗の意思すら湧いてこぬほどにな」
謝罪するアスクードに対し、クリムホルンは何事もないといった表情で彼を許していた。
他の者から見れば、むしろ嬉しさすら感じているように思えただろう。
それは彼が通ってきた道であり、過去の自分を見ているからこそ抱けるものだった。
「……そうだな。話を戻そう。
ならばあの娘はどうすればいい?」
「あれはこちらの方に組み込むつもりだ。
残りの二人は大方アンヒュルの元にでも投げ込んでいるだろう。
あちら側とはいえ、追跡する術はいくらでもある」
どちらが上という訳ではない、対等の立場の者同士の会話が繰り広げられる。
酒のせいにしながら、どこか気心の知れているような雰囲気がそこにはあった。
「話は変わるが……なぜあの娘はぬしが担当した?
それこそ他にやりようがあっただろうに……」
「くくくっ、決まっているだろう」
グラスの中身を全て飲み干したクリムホルンは、アスクードに向けて愉快そうに笑みを浮かべ……楽しそうに語る。
「私にはあれほど恋い焦がれる者を引き裂くような真似はとても出来なくてな……。
出来る限りの手を尽くしてやるのが、大人というものであろう?」
クリムホルンは今から始まるであろう劇を心の底から待ち焦がれているような、少年のような顔で思いを馳せ……アスクードはその様子に苦笑いをしているようだった。
「……ぬしも本当に腹が黒いな。こちらも人のことは言えんか」
「だろう? 我らは、そういう娯楽に飢えているからな」
互いに笑いあい、アスクードもグラスの中身を飲み干すと、程よく酔ったその身体を立ち上がらせ、上機嫌そうな様子で戻っていく。
再び一人になったクリムホルンは、静かにアリッカルの夜を窓から眺めながら、グラスを傾け、今から起こるであろう出来事に胸を踊らせていた――。
主に賓客をもてなし、泊まらせる目的で使われている部屋。
そこにはジパーニグの王・クリムホルンが身体を休めていた。
どこか思い耽るように窓から夜の空を眺めている彼のいる部屋に、ノックの音が聞こえる。
クリムホルンが何かを言う前に扉は開かれ……現れたのはアリッカルを治めるアスクード王だった。
「どうだ? あの少女の様子は」
「うむ、抜かりはない。
既にあれは……そうだな、愛の虜と言えば美しいかも知れんな」
くっくっくっ、とどこか含みのある笑いを浮かべるクリムホルンの近くにあるテーブルに酒を置いて、アスクードはどっかりと腰を下ろした。
そこには遠慮というものは一切なく、どこか旧友と接するような節すらあるそれに対し、クリムホルンも嫌な顔ひとつせずにいる。
「全く、恐ろしいものよな。
どこぞの本に『王の言葉には魔力が宿る』という一節があるが、ぬしのそれは本物だからな」
「それは互いに同じことが言えるだろう。
最も……一節はあの方にこそ相応しいものではあるがな」
「ははっ、それもそうだな」
クリムホルンの言葉にアスクードは皮肉げな笑みを浮かべながらグラスに酒を注ぎ、彼に渡す。
麦の色合いがよく出た黄金色と白の対比が美しい逸品と呼ぶに相応しい――ビールを受け取ったクリムホルンはそれに手を付けず、一通り色合いを楽しんでから口を付けた。
……が、アスクードは渋い顔でその様子を見ていた。
どうやらクリムホルンの飲み方が彼にはあまり気に入らないようだ。
「……そののんびりと飲む癖はやめないか?」
「別によいだろう。何かを嗜む時、人は自由であらねばならない。
私の美学だよ。これは」
クリムホルンは少しずつ飲み進めながら減っているグラスの中を見つめているのを見て、アスクードはため息をついて自身のビールグラスに酒を注ぎ、一気にあおる。
「この苦味と香りの楽しみ方がわからんとは……まあいい。
それで、あれはどうする? ここで使い潰しても構わんのか?」
「……そんな事をしてみろ。アレがお主を殺しにやってくるぞ。
お主とて、アレの恐ろしさは十分に理解できているはずだが?」
呆れるような視線を向けるクリムホルンの視線から逃げるように苦虫を噛み潰したような顔で窓から暗い夜の景色を眺めるアスクード。
脳裏に昔のことがよぎったのか、アリッカルの王と呼ばれた男は小刻みに震え、冷や汗をかいて……情けない姿をさらけ出していた。
そこにいるのは王としての矜持など全てかなぐり捨てた、無様で哀れな男。
しかし、国の長たるものが醜態を晒してしまうほどの恐怖が、そこにはあった。
「アスクード。落ち着け」
「俺は落ち着いている! なにも、恐れてなどいない……」
「……それほど恐れているのであれば、わざわざ墓穴を掘らずともよかろうに」
荒ぶった声を上げるアスクードに対して、冷静に状況を見つめているクリムホルンは半ば仕方ないと諦めながら、彼が落ち着くまでビールを嗜むことにしたようで、外を見ながら気を紛らわせているようだった……。
――
それからしばらくの時間が過ぎ、ようやく落ち着きを取り戻したアスクードはどこかバツが悪そうな顔でクリムホルンの様子を伺っていた。
「……済まない」
「気にするな。私もあれほど恐ろしいものはあの方以外に見たことがない。
とてもではないが、反抗の意思すら湧いてこぬほどにな」
謝罪するアスクードに対し、クリムホルンは何事もないといった表情で彼を許していた。
他の者から見れば、むしろ嬉しさすら感じているように思えただろう。
それは彼が通ってきた道であり、過去の自分を見ているからこそ抱けるものだった。
「……そうだな。話を戻そう。
ならばあの娘はどうすればいい?」
「あれはこちらの方に組み込むつもりだ。
残りの二人は大方アンヒュルの元にでも投げ込んでいるだろう。
あちら側とはいえ、追跡する術はいくらでもある」
どちらが上という訳ではない、対等の立場の者同士の会話が繰り広げられる。
酒のせいにしながら、どこか気心の知れているような雰囲気がそこにはあった。
「話は変わるが……なぜあの娘はぬしが担当した?
それこそ他にやりようがあっただろうに……」
「くくくっ、決まっているだろう」
グラスの中身を全て飲み干したクリムホルンは、アスクードに向けて愉快そうに笑みを浮かべ……楽しそうに語る。
「私にはあれほど恋い焦がれる者を引き裂くような真似はとても出来なくてな……。
出来る限りの手を尽くしてやるのが、大人というものであろう?」
クリムホルンは今から始まるであろう劇を心の底から待ち焦がれているような、少年のような顔で思いを馳せ……アスクードはその様子に苦笑いをしているようだった。
「……ぬしも本当に腹が黒いな。こちらも人のことは言えんか」
「だろう? 我らは、そういう娯楽に飢えているからな」
互いに笑いあい、アスクードもグラスの中身を飲み干すと、程よく酔ったその身体を立ち上がらせ、上機嫌そうな様子で戻っていく。
再び一人になったクリムホルンは、静かにアリッカルの夜を窓から眺めながら、グラスを傾け、今から起こるであろう出来事に胸を踊らせていた――。
0
あなたにおすすめの小説
平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~
金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。
そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。
カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。
やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。
魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。
これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。
エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。
第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。
旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。
ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活
髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。
しかし神は彼を見捨てていなかった。
そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。
これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。
おっさんが雑魚キャラに転生するも、いっぱしを目指す。
お茶飲み人の愛自好吾(あいじこうご)
ファンタジー
どこにでも居るような冴えないおっさん、山田 太郎(独身)は、かつてやり込んでいたファンタジーシミュレーションRPGの世界に転生する運びとなった。しかし、ゲーム序盤で倒される山賊の下っ端キャラだった。女神様から貰ったスキルと、かつてやり込んでいたゲーム知識を使って、生き延びようと決心するおっさん。はたして、モンスター蔓延る異世界で生き延びられるだろうか?ザコキャラ奮闘ファンタジーここに開幕。
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる