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第9話 小さな勝利と大きな嘘
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光が途切れたあと、音もなく静寂が降りた。
燃え尽きた魔法陣の跡から白い煙が立ちのぼり、学院の塔全体が軋むような音をたてている。
俺は崩れ落ちた床の上で息を整えようとしたが、肺の奥が焼けるように熱かった。
全身が重い。けれど、かすかに胸の奥で鼓動だけは確かに聞こえる。
「リオさん!」
ユナが駆け寄り、俺の肩に手を添える。
彼女の掌から柔らかな光が滲み、体内の痛みが少しずつ和らいでいった。
「生きてる……? 本当に……」
「なんとか、な。あのアルデンってやつは……?」
塔の中央を見渡すと、そこには崩れ落ちた魔法装置と、黒い灰だけが残されていた。
だがユナは首を横に振る。
「完全には消えていません。あれは“分身”です。本体は別の場所にいます」
シオンが壁際から這い出してきた。
「やっぱり……止められなかったのか」
顔中が灰にまみれ、服は破れていた。けれどその目にはまだ理知の光があった。
「いえ、あなたのおかげで最悪の結果は免れました。封印そのものは維持されています」
ユナの言葉に、シオンはほっと息を吐いたが、すぐに視線を落とした。
「でも、学院は……もう隠しきれないかもしれない」
彼の言葉通りだった。
崩壊音を聞きつけて、魔導士たちが押し寄せてくる。
「何があった!」「爆発か?」「誰がこの結界を破ったんだ!」
混乱と怒号の渦の中、俺たちは呆然と立ち尽くしていた。
学院長が現れたのはそれからまもなくのことだ。
白い長衣をまとい、老いてなお鋭い目をしている男――ルゼル・ハント。
「これはいったいどういう騒ぎか」
その声が響いた瞬間、場のすべての者が息を飲んだ。
ユナが前に出て、深く一礼する。
「封印実験が行われていました。私たちはそれを止めに来たのです」
「……封印実験?」
ルゼルの眉がひくりと動いた。
「だれの命令でそんなことをした」
「アルデンという名の男です。貴学院の研究員を名乗っていましたが、正体は封印教団の者です」
ざわめきが広がった。
ルゼルは険しい表情を浮かべたが、次の瞬間、淡く笑った。
「封印教団、か。なるほど、方便としては悪くない」
「……どういう意味ですか」
「学院の名誉を守るためだ。実験の責任を“外部の陰謀”に押しつける。それがお前たちの狙いだろう」
ユナが顔を上げる。その瞳に怒りが宿る。
「我々は真実を語っています!」
「だが証拠はあるか?」
彼は静かに言った。
「生きている職員は、お前たち三人しかいない。誰が何を信じる?」
俺は無意識に拳を握りしめた。
言い返す言葉が喉まで出かかったが、シオンがそれを遮った。
「学院長、待ってください。この記録があります!」
彼は懐から一枚の羊皮紙を取り出す。
そこにはアルデンの署名入りで「封印再現試験」の計画が記されていた。
だが、ルゼルはわずかに視線を動かすと、近くの魔導士に命じた。
「処理しろ」
魔法の炎が一瞬で紙を焼き尽くした。
「残念だが、そのような“偽造文書”は証拠としては扱えん」
怒りがこみ上げた。
「ふざけるな! お前、最初から知ってたんだろ!」
ルゼルの目が細められる。
「勇者の弟、リオ=レオンハートか。君の存在は聞いている」
足音もなく俺の前まで来て、冷ややかな声でささやいた。
「君の兄が残した“血の鍵”――あれは確かに望まれて生まれたものだ。君自身が封印の道具だという事実を受け入れたまえ」
「……何だと」
胸が焼けるように熱くなった。
ルゼルは背を向け、言葉を続ける。
「学院は“封印を守る正義”である。余計な混乱を広げるつもりなら、君たちには去ってもらおう」
その場で警備魔導士たちが杖を構えた。
だが、ユナが前に出て小さく手を上げる。
「下がりなさい、リオさん。ここで争っても得るものはありません」
彼女の声は静かで、けれど不思議なほど強かった。
***
学院を出たあと、雪道を三人で歩いた。
沈黙だけが長く続く。
シオンの手は震えていた。
「僕、何も知らなかった。学院の内部があんなふうになっているなんて……ずっと信じてたのに」
「君は何も悪くない。真実を知った者がどう動くか、それが大事よ」
ユナが優しく言う。
俺はただ前を見つめていた。
学院の塔は遠く、灰色の空に刺さるようにそびえている。その中に残してきた怒りと無念が、喉の奥にひっかかって重い。
「リオさん」
ユナが足を止めた。
「勝てましたね」
「勝てた……?」
「ええ。封印の暴走を止めた。それが“今、この瞬間”の小さな勝利です」
そう言って笑う彼女に、少しだけ心が軽くなった。
「でもあれは“勝ち”なんて言えるのか? あの男を逃がして、学院は嘘を塗り重ねたままだ」
「だからこそ次に進むんです。真実を奪い返すために」
ユナの言葉を聞いて、かすかに頷いた。
シオンも顔を上げる。
「行かせてください。僕も一緒に、真実を確かめたい」
「シオン……」
「僕はもう学院に戻れません。でも、あなたたちの力になりたいんです」
ユナは少し考え、それからうなずいた。
「歓迎します。あなたの知識が必要です」
俺たちは再び歩き始めた。
雪は細かくなり、風に舞って消える。
学院の塔はいつの間にか見えなくなっていた。
その代わり、遠く北の空の向こうに、黒い雲の帯が見えた。
あれが――神殿のある場所だ。
「兄さん、見てるか……」
口の中で呟くと、胸の欠片がかすかに光った。
兄の声が、遠い記憶の底でささやく。
“迷うな。たとえ嘘に囲まれても、真実は必ずひとつある”
俺は剣の柄を手で確かめ、冷たい風に向かって歩を進めた。
それが、この小さな勝利の次に続く――新しい戦いの始まりだった。
(続く)
燃え尽きた魔法陣の跡から白い煙が立ちのぼり、学院の塔全体が軋むような音をたてている。
俺は崩れ落ちた床の上で息を整えようとしたが、肺の奥が焼けるように熱かった。
全身が重い。けれど、かすかに胸の奥で鼓動だけは確かに聞こえる。
「リオさん!」
ユナが駆け寄り、俺の肩に手を添える。
彼女の掌から柔らかな光が滲み、体内の痛みが少しずつ和らいでいった。
「生きてる……? 本当に……」
「なんとか、な。あのアルデンってやつは……?」
塔の中央を見渡すと、そこには崩れ落ちた魔法装置と、黒い灰だけが残されていた。
だがユナは首を横に振る。
「完全には消えていません。あれは“分身”です。本体は別の場所にいます」
シオンが壁際から這い出してきた。
「やっぱり……止められなかったのか」
顔中が灰にまみれ、服は破れていた。けれどその目にはまだ理知の光があった。
「いえ、あなたのおかげで最悪の結果は免れました。封印そのものは維持されています」
ユナの言葉に、シオンはほっと息を吐いたが、すぐに視線を落とした。
「でも、学院は……もう隠しきれないかもしれない」
彼の言葉通りだった。
崩壊音を聞きつけて、魔導士たちが押し寄せてくる。
「何があった!」「爆発か?」「誰がこの結界を破ったんだ!」
混乱と怒号の渦の中、俺たちは呆然と立ち尽くしていた。
学院長が現れたのはそれからまもなくのことだ。
白い長衣をまとい、老いてなお鋭い目をしている男――ルゼル・ハント。
「これはいったいどういう騒ぎか」
その声が響いた瞬間、場のすべての者が息を飲んだ。
ユナが前に出て、深く一礼する。
「封印実験が行われていました。私たちはそれを止めに来たのです」
「……封印実験?」
ルゼルの眉がひくりと動いた。
「だれの命令でそんなことをした」
「アルデンという名の男です。貴学院の研究員を名乗っていましたが、正体は封印教団の者です」
ざわめきが広がった。
ルゼルは険しい表情を浮かべたが、次の瞬間、淡く笑った。
「封印教団、か。なるほど、方便としては悪くない」
「……どういう意味ですか」
「学院の名誉を守るためだ。実験の責任を“外部の陰謀”に押しつける。それがお前たちの狙いだろう」
ユナが顔を上げる。その瞳に怒りが宿る。
「我々は真実を語っています!」
「だが証拠はあるか?」
彼は静かに言った。
「生きている職員は、お前たち三人しかいない。誰が何を信じる?」
俺は無意識に拳を握りしめた。
言い返す言葉が喉まで出かかったが、シオンがそれを遮った。
「学院長、待ってください。この記録があります!」
彼は懐から一枚の羊皮紙を取り出す。
そこにはアルデンの署名入りで「封印再現試験」の計画が記されていた。
だが、ルゼルはわずかに視線を動かすと、近くの魔導士に命じた。
「処理しろ」
魔法の炎が一瞬で紙を焼き尽くした。
「残念だが、そのような“偽造文書”は証拠としては扱えん」
怒りがこみ上げた。
「ふざけるな! お前、最初から知ってたんだろ!」
ルゼルの目が細められる。
「勇者の弟、リオ=レオンハートか。君の存在は聞いている」
足音もなく俺の前まで来て、冷ややかな声でささやいた。
「君の兄が残した“血の鍵”――あれは確かに望まれて生まれたものだ。君自身が封印の道具だという事実を受け入れたまえ」
「……何だと」
胸が焼けるように熱くなった。
ルゼルは背を向け、言葉を続ける。
「学院は“封印を守る正義”である。余計な混乱を広げるつもりなら、君たちには去ってもらおう」
その場で警備魔導士たちが杖を構えた。
だが、ユナが前に出て小さく手を上げる。
「下がりなさい、リオさん。ここで争っても得るものはありません」
彼女の声は静かで、けれど不思議なほど強かった。
***
学院を出たあと、雪道を三人で歩いた。
沈黙だけが長く続く。
シオンの手は震えていた。
「僕、何も知らなかった。学院の内部があんなふうになっているなんて……ずっと信じてたのに」
「君は何も悪くない。真実を知った者がどう動くか、それが大事よ」
ユナが優しく言う。
俺はただ前を見つめていた。
学院の塔は遠く、灰色の空に刺さるようにそびえている。その中に残してきた怒りと無念が、喉の奥にひっかかって重い。
「リオさん」
ユナが足を止めた。
「勝てましたね」
「勝てた……?」
「ええ。封印の暴走を止めた。それが“今、この瞬間”の小さな勝利です」
そう言って笑う彼女に、少しだけ心が軽くなった。
「でもあれは“勝ち”なんて言えるのか? あの男を逃がして、学院は嘘を塗り重ねたままだ」
「だからこそ次に進むんです。真実を奪い返すために」
ユナの言葉を聞いて、かすかに頷いた。
シオンも顔を上げる。
「行かせてください。僕も一緒に、真実を確かめたい」
「シオン……」
「僕はもう学院に戻れません。でも、あなたたちの力になりたいんです」
ユナは少し考え、それからうなずいた。
「歓迎します。あなたの知識が必要です」
俺たちは再び歩き始めた。
雪は細かくなり、風に舞って消える。
学院の塔はいつの間にか見えなくなっていた。
その代わり、遠く北の空の向こうに、黒い雲の帯が見えた。
あれが――神殿のある場所だ。
「兄さん、見てるか……」
口の中で呟くと、胸の欠片がかすかに光った。
兄の声が、遠い記憶の底でささやく。
“迷うな。たとえ嘘に囲まれても、真実は必ずひとつある”
俺は剣の柄を手で確かめ、冷たい風に向かって歩を進めた。
それが、この小さな勝利の次に続く――新しい戦いの始まりだった。
(続く)
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