滅びた勇者の弟に転生したけど、兄の残した絆で世界を救うことになりました

eringi

文字の大きさ
13 / 26

第13話 過去に縛られる者たち

しおりを挟む
 風の匂いが変わった。  
 灰のような冷気に代わり、どこか鉄の焦げた臭いが混じりはじめる。  
 黒の神殿へと続く山道は切り立ち、空を覆う雲はますます濃くなっていった。  
 さっきまで戦っていた封印教団の影が完全に消えたとはいえ、背筋に冷たいものが張り付いている。まるで闇そのものが俺たちを追ってきているようだった。  

 「リオさん」  
 ユナの声がした。彼女の呼吸は荒いが、その眼差しは揺れていない。  
 「さっきの戦いで、光の障壁が限界に達しました。次は……防ぎきれないかもしれません」  
 「気にするな。お前は充分守ってくれた」  
 「……いえ、まだ終わっていません。あの教団が完全に動き出した以上、黒の神殿の封印はもう持たないでしょう」  
 その言葉に、横を歩くシオンが唇を噛みしめた。  
 「学院でも封印術は学びました。でも、あれほど複雑な構造になるとは……勇者レオンの時代の技術は、今の僕たちじゃ理解しきれない」  

 兄の名が出るたび、胸の奥で聖剣の欠片が熱を帯びる気がした。  
 「兄は一人じゃなかった。ユナたち仲間がいて、俺よりずっと遠くを見てた。でも、きっと苦しんでたはずだ。……あの背中を思い出すたび、何かを伝えようとしてる気がする」  

 歩き続けて半日ほど経ったころ、小さな洞窟を見つけた。  
 内部は不思議な温かさがあり、岩肌に古い紋章が刻まれている。  
 「ここ……兄さんが使っていた避難場所かもしれない」  
 指先で紋章をなぞると、微弱な光が広がって模様が浮かび上がる。円形の魔法陣。その中心には“ラグナ・ヴェイル”の刻印があった。  
 ユナが小さく呟く。  
 「レオン様が旅の途中に作った祈りの碑です。“再生の祈り”と呼ばれる魔法儀式……傷ついた者に癒しを与え、心に力を戻すためのものです」  

 俺は無意識に腰を下ろし、壁に背を預けた。  
 燃え尽きたような疲労が押し寄せてくる。  
 ユナが掌を掲げると、淡い光が洞窟の天井に浮かび、柔らかな明かりが周囲を照らした。  
 「リオさん。少しだけ休みましょう。身体よりも、心を削られています」  
 その声に従い、目を閉じる。途端に、まぶたの裏に兄の姿が蘇った。  

 黒の神殿の奥、崩れた祭壇の前。兄が剣を突き立て、何かに叫んでいる。  
 “このままでは世界が滅びる。俺が封印になるしかないんだ!”  
 “レオン、待て!まだ方法が――”  
 声が混じり合う。誰かが泣いている。ユナの声か、それとも別の仲間か。  
 続いて聞こえた低い囁きに、背筋が凍った。  
 “お前の魂は我らの糧となる。封印に血を捧げろ”  
 “黙れ……この命は、俺が決める”  

 目を開く。息が荒い。  
 夢ではなく、過去の断片――聖剣が刻んだ記憶だったのだろう。  
 「……兄さんは、あの時、“選ばされた”んじゃない。“選んだ”んだ」  
 呟く俺にユナが顔を向ける。彼女の瞳には、わずかに涙が光っていた。  
 「ええ。彼は誰よりも強かった。そして誰よりも優しかった。だからこそ、自分を犠牲にする道しか選べなかった。私たちが止めても、笑って……」  
 言葉が途切れる。  

 静寂が広がり、焚き火の音だけが響く。  
 シオンがためらいながら口を開いた。  
 「僕たちが今向かっている神殿、もしレオン様の魂が封印に囚われているなら……解放すべきなんでしょうか?」  
 その問いに、ユナも俺もすぐには答えられなかった。  
 封印を壊せば、世界は崩れるかもしれない。だが、このまま放置すれば兄の魂は永遠に囚われたままだ。  

 「……俺は、兄を救う。それがどんな結果を招いても」  
 その言葉を発した瞬間、自分でも驚くほど胸の奥が熱くなった。  
 ユナがゆっくりと頷いた。  
 「私も覚悟はできています。勇者が残したものを、最後まで見届けます」  
 「もちろん、僕も一緒に行きます」シオンが続ける。  
 「もう逃げる理由はありません。闇に立ち向かうために魔法を学んだんですから」  

 洞窟の入口から赤い光が差しこんだ。  
 外の空が燃え上がるように赤く染まっていた。  
 「これは……夕日じゃない」ユナが呟く。  
 遠くの地平で煙が立ちのぼり、何かが動いている。  
 シオンが魔法石で望遠図を展開し、血の気が引いた声を上げた。  
 「村が……燃えてる!」  

 俺たちは一斉に立ち上がり、駆け出した。  
 雪を蹴り、岩場を越えて坂を下りる。風の向こうに見えたのは、つい先日に宿を借りた谷の村だった。  
 炎が建物を飲み、逃げ惑う人々の悲鳴が風に巻かれている。  
 「封印教団が来たのね……!」ユナが杖を構え、光を放つ。  
 空から黒衣の影が降り立ち、炎の中に消えていく。  
 彼らは冷静に村人を追い立て、中心の広場に集めていた。  

 「奴ら、何をする気だ!」  
 俺が叫ぶと、ユナが目を細める。  
 「儀式よ。封印の血を呼び出すための供犠――人々の命で再生を行う気です!」  
 怒りが爆発した。  
 俺は聖剣の欠片を引き抜き、光を放つ。  
 「もう誰も奪わせない!」  
 光の刃が生まれ、炎を切り裂く。瞬間、教団の仮面がこちらを振り向いた。  
 「来たか、勇者の血……」  
 彼らは異様な静けさで一斉に呪文を唱え、再び黒炎が巻き起こる。  

 戦いの音が響く。  
 ユナの光柱が炎を押し返し、シオンの雷撃が仮面の群れを打ちのめす。  
 俺は正面の指揮官と思われる仮面に突進した。  
 「お前たちはいつまで過去に囚われている!」  
 「我らにとって過去は神の声だ。未来を選べぬ者が愚かなる希望を語るな」  
 刃と刃がぶつかる。火花が散るたび、兄の記憶の声が脳裏によみがえる。  

 ――過去に縛られるな。お前が選んで進め。  
 兄の声が背中を押す。  
 俺は全身の力を込め、叫びながら切り裂いた。  
 光が閃き、仮面が崩れ落ちる。  
 教団たちは一瞬怯み、闇の霧となって逃げていった。  

 炎の中、残された村人たちは膝をついていた。  
 泣きながら、俺たちに向かって手を合わせる。  
 「もう大丈夫です……」ユナが優しく声をかける。  
 そう言う彼女の目には、わずかに涙が滲んでいた。  

 夜が来る。  
 焼け落ちた村の跡に立ちながら、俺は黒い空を見上げた。  
「過去に縛られていたのは、俺も同じだったのかもしれない」  
 その独白に、ユナは静かに微笑む。  
 「でも今は違います。あなたはもう、自分の願いで戦っている」  
 欠片がわずかに光った。  
 その光は、まるで兄の背から流れた想いが再び息づいたように見えた。  

 「行こう、神殿へ」  
 そう言って歩き出す。  
 足跡が黒い大地に刻まれ、炎の残り火がその道をわずかに照らしていた。  

(続く)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで

六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。 乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。 ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。 有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。 前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

最強の赤ん坊! 異世界に来てしまったので帰ります!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
 病弱な僕は病院で息を引き取った  お母さんに親孝行もできずに死んでしまった僕はそれが無念でたまらなかった  そんな僕は運がよかったのか、異世界に転生した  魔法の世界なら元の世界に戻ることが出来るはず、僕は絶対に地球に帰る

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】

きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
【毎週火木土更新】 自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ――― 当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。 なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

処理中です...