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第15話 兄の声が聞こえる夜
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石の扉が閉まると同時に、外の風が遠のいた。
重たい静寂の中、空気に満ちるのは土と鉄と、どこか懐かしい匂い。
そこはまるで巨大な聖堂だった。天井は闇に溶け、柱の間には淡い青の光が漂っている。
足元には無数の古代文字。壁一面には、封印の紋章がびっしりと刻まれていた。
ユナの声が響いた。
「ここが、黒の神殿の第一層……“聖廟層”です。封印の核心は、さらに奥にある」
「兄がいるのも……その奥か」
そう言って歩き出すと、階段の手前に長い廊下が続いていた。石の床に古い剣や鎧が散らばっている。明らかにここで何か戦闘があった痕跡だった。
シオンが魔法石を取り出し、慎重に分析する。
「残留魔力、かなりの濃度です。しかもこれは……聖剣と同じ“光属性”の痕跡だ」
「つまり、兄がここで戦ったということか」
ユナが頷く。
「ええ。たぶんこの場所で、レオン様は最後の戦いに挑まれたのでしょう。私は……その直前で引き返しました。だから何が起きたのか知らない」
ユナの横顔が痛みに震えているように見えた。
俺は思わず言葉を飲み込んだ。彼女もあの時、何かを背負ったままここまで来たのだ。
歩を進めるごとに、空気が重たくなる。
光は次第に淡く、代わりに黒い靄が漂い始めた。
壁の紋章がわずかに歪み、理屈では説明できない不気味な振動が全身を這い上がる。
「リオさん、気をつけて。封印が崩れ始めてる」
ユナの警告と同時に、足元がわずかに沈んだ。
床に刻まれた文字が赤く光り、空間が一瞬で暗転する。
轟音とともに視界が歪む。
一瞬、何かが弾けたように周囲の景色が変わった。
そこは黒い霧に包まれた空間――現実とも夢ともつかない“記憶の中”だった。
俺とユナ、シオンの姿だけが揺れるように浮かび、周りは崩れた石壁と燃え立つ炎に囲まれている。
「これは……過去の映像?」
ユナが息を呑む。
次の瞬間、炎の向こうに人影が現れた。
金の鎧を纏い、背に白い剣を背負った男。
その足取りも、仕草の一つひとつも忘れようがない。
「兄さん……!」
名を呼ぶと、レオンの幻影がゆっくりと振り返る。
だがその瞳は俺を見ていなかった。
目の前にいるのは、地に膝をつく黒衣の男――封印教団の司祭、アルデンだった。
「お前には理解できない、勇者レオン」
「理解する必要などない。俺はただ、人を守るために剣を振るう」
刹那、二つの光が衝突し、爆発的な閃光が走る。
衝撃波が幻とは思えないほどの実体を伴って俺たちに襲いかかる。
シオンが急いで防御結界を展開したが、光はすでにその内側を穿ち抜けていた。
「なに、これは……単なる記録じゃない、封印に残る魂の再現だ!」
「兄の……魂?」
ユナがまっすぐに前を見据えた。
「レオン様の最後の瞬間。今、封印がそれを蘇らせているの」
兄とアルデンの戦いは激しく、剣と呪法の閃光が渦を巻いた。
兄の一撃が闇を裂き、アルデンの叫びが響く。
「この世界は腐っている! 人が神を求める限り、また同じ終焉を繰り返すのだ!」
兄の声が反す。
「ならば神に頼らぬ未来を作るまでだ!」
そして交錯する刃――その瞬間、全ての光が爆ぜた。
崩壊する空間の中で、兄は剣を掲げ、最後の言葉を叫んでいる。
「この剣を封じ、俺の魂ごと閉じ込める! 誰かがいつか、真の希望を見つけるまで!」
叫びと共に光が収束。世界が静まり返る。
記憶の映像が薄れていく中、兄の姿だけが残り、ゆっくりとこちらを見た。
その口が、確かに動いた。
“リオ”――
「兄さん! 聞こえるのか!」
思わず前へ駆け出す。
だが足が動くたびに地面が崩れ、光が崩落していく。
ユナが手を伸ばしたが、俺の身体はふわりと浮き上がり、周囲の景色が再び反転した。
次に目を開けたとき、俺は一人で立っていた。
周囲は真っ暗な空間。風もなく、音もない。
それなのに、不思議と恐怖はなかった。
ただ一つ、はっきりしていた。
――兄の声が、すぐ耳のそばで聞こえていたのだ。
“リオ、よくここまで来た”
「兄さん……やっぱり……!」
“俺は封印の内部、“魂の殻”の中に囚われている。この世界の均衡を保つ楔だ”
「そんな……なら俺が代わるよ! 兄さんを助ける方法を探す!」
“お前がここに来た時点で、すでに選択は始まっている。解放か、継承か”
「継承?」
“俺の魂と剣を継げば、封印は続くが、お前は生きながらにして世界の楔となる。だが封印を破れば、世界は崩壊する”
静かな声なのに、心を抉る重みがあった。
どちらを選んでも、犠牲を避けられない。
俺は拳を握った。
「……そんな選択、兄さんがずっと一人で背負ってたのか」
“あの時、迷った。だが今なら分かる。俺の役目はここまでだ。お前が生きている、それが答えだ”
「兄さん……!」
その瞬間、闇の彼方で光の線が走った。
剣の形を模したそれは、まるで導きの道のように俺の前へ伸びる。
“進め。これは試練だ。お前が“自分の答え”を選ぶ瞬間まで、剣は導きを与える”
声が途切れ、光が消える。
再び闇と静寂だけが残った。
「兄さんの声……消えた」
膝をついた俺の耳に、遠くからユナとシオンの呼ぶ声が届いた。
「リオさん! 無事ですか!」
周囲の空間が軋み、再び現実の色が押し寄せてくる。
立ち上がりながら、懐の欠片を握る。
その表面には、兄の刻印――“光と闇を統べる者”の紋様が浮かび上がっていた。
俺は静かに息を吸い、空気の震えを感じた。
兄の声は消えたが、確かに心の奥で生きている。
「……ありがとう、兄さん。今度は俺が選ぶ番だ」
遠く、封印の奥から響く低い脈動が足元に伝わる。
その先で何が待っているのか、まだ分からない。
だが、もう恐れはなかった。
兄の声が聞こえる夜を越えた今、俺は確かに――勇者として歩き出していた。
(続く)
重たい静寂の中、空気に満ちるのは土と鉄と、どこか懐かしい匂い。
そこはまるで巨大な聖堂だった。天井は闇に溶け、柱の間には淡い青の光が漂っている。
足元には無数の古代文字。壁一面には、封印の紋章がびっしりと刻まれていた。
ユナの声が響いた。
「ここが、黒の神殿の第一層……“聖廟層”です。封印の核心は、さらに奥にある」
「兄がいるのも……その奥か」
そう言って歩き出すと、階段の手前に長い廊下が続いていた。石の床に古い剣や鎧が散らばっている。明らかにここで何か戦闘があった痕跡だった。
シオンが魔法石を取り出し、慎重に分析する。
「残留魔力、かなりの濃度です。しかもこれは……聖剣と同じ“光属性”の痕跡だ」
「つまり、兄がここで戦ったということか」
ユナが頷く。
「ええ。たぶんこの場所で、レオン様は最後の戦いに挑まれたのでしょう。私は……その直前で引き返しました。だから何が起きたのか知らない」
ユナの横顔が痛みに震えているように見えた。
俺は思わず言葉を飲み込んだ。彼女もあの時、何かを背負ったままここまで来たのだ。
歩を進めるごとに、空気が重たくなる。
光は次第に淡く、代わりに黒い靄が漂い始めた。
壁の紋章がわずかに歪み、理屈では説明できない不気味な振動が全身を這い上がる。
「リオさん、気をつけて。封印が崩れ始めてる」
ユナの警告と同時に、足元がわずかに沈んだ。
床に刻まれた文字が赤く光り、空間が一瞬で暗転する。
轟音とともに視界が歪む。
一瞬、何かが弾けたように周囲の景色が変わった。
そこは黒い霧に包まれた空間――現実とも夢ともつかない“記憶の中”だった。
俺とユナ、シオンの姿だけが揺れるように浮かび、周りは崩れた石壁と燃え立つ炎に囲まれている。
「これは……過去の映像?」
ユナが息を呑む。
次の瞬間、炎の向こうに人影が現れた。
金の鎧を纏い、背に白い剣を背負った男。
その足取りも、仕草の一つひとつも忘れようがない。
「兄さん……!」
名を呼ぶと、レオンの幻影がゆっくりと振り返る。
だがその瞳は俺を見ていなかった。
目の前にいるのは、地に膝をつく黒衣の男――封印教団の司祭、アルデンだった。
「お前には理解できない、勇者レオン」
「理解する必要などない。俺はただ、人を守るために剣を振るう」
刹那、二つの光が衝突し、爆発的な閃光が走る。
衝撃波が幻とは思えないほどの実体を伴って俺たちに襲いかかる。
シオンが急いで防御結界を展開したが、光はすでにその内側を穿ち抜けていた。
「なに、これは……単なる記録じゃない、封印に残る魂の再現だ!」
「兄の……魂?」
ユナがまっすぐに前を見据えた。
「レオン様の最後の瞬間。今、封印がそれを蘇らせているの」
兄とアルデンの戦いは激しく、剣と呪法の閃光が渦を巻いた。
兄の一撃が闇を裂き、アルデンの叫びが響く。
「この世界は腐っている! 人が神を求める限り、また同じ終焉を繰り返すのだ!」
兄の声が反す。
「ならば神に頼らぬ未来を作るまでだ!」
そして交錯する刃――その瞬間、全ての光が爆ぜた。
崩壊する空間の中で、兄は剣を掲げ、最後の言葉を叫んでいる。
「この剣を封じ、俺の魂ごと閉じ込める! 誰かがいつか、真の希望を見つけるまで!」
叫びと共に光が収束。世界が静まり返る。
記憶の映像が薄れていく中、兄の姿だけが残り、ゆっくりとこちらを見た。
その口が、確かに動いた。
“リオ”――
「兄さん! 聞こえるのか!」
思わず前へ駆け出す。
だが足が動くたびに地面が崩れ、光が崩落していく。
ユナが手を伸ばしたが、俺の身体はふわりと浮き上がり、周囲の景色が再び反転した。
次に目を開けたとき、俺は一人で立っていた。
周囲は真っ暗な空間。風もなく、音もない。
それなのに、不思議と恐怖はなかった。
ただ一つ、はっきりしていた。
――兄の声が、すぐ耳のそばで聞こえていたのだ。
“リオ、よくここまで来た”
「兄さん……やっぱり……!」
“俺は封印の内部、“魂の殻”の中に囚われている。この世界の均衡を保つ楔だ”
「そんな……なら俺が代わるよ! 兄さんを助ける方法を探す!」
“お前がここに来た時点で、すでに選択は始まっている。解放か、継承か”
「継承?」
“俺の魂と剣を継げば、封印は続くが、お前は生きながらにして世界の楔となる。だが封印を破れば、世界は崩壊する”
静かな声なのに、心を抉る重みがあった。
どちらを選んでも、犠牲を避けられない。
俺は拳を握った。
「……そんな選択、兄さんがずっと一人で背負ってたのか」
“あの時、迷った。だが今なら分かる。俺の役目はここまでだ。お前が生きている、それが答えだ”
「兄さん……!」
その瞬間、闇の彼方で光の線が走った。
剣の形を模したそれは、まるで導きの道のように俺の前へ伸びる。
“進め。これは試練だ。お前が“自分の答え”を選ぶ瞬間まで、剣は導きを与える”
声が途切れ、光が消える。
再び闇と静寂だけが残った。
「兄さんの声……消えた」
膝をついた俺の耳に、遠くからユナとシオンの呼ぶ声が届いた。
「リオさん! 無事ですか!」
周囲の空間が軋み、再び現実の色が押し寄せてくる。
立ち上がりながら、懐の欠片を握る。
その表面には、兄の刻印――“光と闇を統べる者”の紋様が浮かび上がっていた。
俺は静かに息を吸い、空気の震えを感じた。
兄の声は消えたが、確かに心の奥で生きている。
「……ありがとう、兄さん。今度は俺が選ぶ番だ」
遠く、封印の奥から響く低い脈動が足元に伝わる。
その先で何が待っているのか、まだ分からない。
だが、もう恐れはなかった。
兄の声が聞こえる夜を越えた今、俺は確かに――勇者として歩き出していた。
(続く)
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