滅びた勇者の弟に転生したけど、兄の残した絆で世界を救うことになりました

eringi

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第16話 孤独な竜と約束の丘

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 封印の回廊を抜けた先に、冷たい風が吹きつけた。  
 岩壁の裂け目から差し込む月が、かすかな道を照らしている。  
 ユナとシオンが後ろに続き、足音が洞窟の奥へと響いた。  
 「ここから先が、封印の第二層“竜骨の間”です」とユナが囁く。  
 「勇者の時代からこの場所は“神殿の守人”として封じられた竜が棲むと伝えられています」  

 竜。  
 かつて兄レオンが最後に戦った相手のひとつ。  
 それは魔でもなく人でもなく、神の秩序そのものを見張る存在。  
 今の俺に、その竜がどんな顔で現れるのか想像できなかった。  

 「おい、この先……地面、動いてないか?」  
 シオンの声で足を止める。  
 地面がわずかに震えていた。息をするように上下し、空気が震える。  
 「これは……」ユナが息を呑む。  
 「地面が、竜の鱗……」  
 次の瞬間、轟音が響き、足元の岩が爆発する。  
 粉塵とともに、巨大な影が身体を起こした。  

 闇の中から見上げるほどの巨体。  
 黒銀の鱗が光を跳ね返し、翼が空洞全体を覆う。  
 金の瞳がゆっくりと俺たちを見下ろした。  
 「人の子か。久しく肉の声を聞いた」  
 その声は雷鳴のようであり、同時になぜか悲しみに満ちていた。  

 ユナが杖を構えて前に出る。  
 「我らは勇者レオンの導きを受け、封印の中へ来た者です。貴方こそ“神殿の竜”ですね」  
 竜は長く息を吐いた。熱風が辺りの岩を熔かす。  
 「レオン……懐かしい名だ。あの男は我を封じた。己の魂を糧にして」  
 「兄さんを……知っているのか」  
 俺の言葉に、竜の目がわずかに細くなった。  
 「知っている。あの者は勇敢で、そして愚かだった。己を削ってまで希望を繋ぐ。だが、その希望が今、崩れようとしている」  

 竜は首をもたげ、天井を見上げる。  
 「封印は二つの魂で成り立つ。勇者と竜。人と竜が互いを鎖め合って均衡を保っていた。だが勇者の血が再び触れた今、その均衡が乱れた」  
 俺は胸の欠片を握った。  
 竜の言う“均衡”が、まさしくこの場所を支えているのだろう。  
 「なら、どうすればいい。封印を守るために、お前を倒せばいいのか?」  
 「倒せば封印は消える。解き放てば災いが満ちる。お前が勇者の血である限り、そのどちらも避けられぬ」  

 沈黙が落ちた。  
 竜の眼差しは鋭いが、どこか達観したような静けさがあった。  
 「では、選べ。力を継ぐか、命を絶つか。どちらにせよ“竜の番人”はそのためにある」  
 巨大な翼が風を生み、吹雪のような粉塵が渦を巻く。  
 ユナとシオンが後ろに下がり、俺は剣を抜いた。  

 「兄さんはお前と戦った。けど俺は違う。答えを見つけたいだけだ」  
 「言葉は剣よりも軽い。見せてみよ――その血が何を望むのか」  
 竜の咆哮が洞窟を揺らす。光の槍が降り注ぎ、床が割れる。  
 俺はその中を駆け抜け、欠片の剣を振るった。  
 竜の爪が雷のように閃き、すんでのところで避ける。  
 だが地面の裂け目に飲まれ、足を取られた。  
 ユナが叫ぶ。「リオさん!」  

 竜の口が開き、光の奔流が迫る。  
 間一髪、シオンの魔法障壁が張られた。  
 「このままじゃ保たない!」  
 「ユナ、祈りの陣を!」  
 「はい!」  
 ユナの声と共に、眩い光が床を満たした。  
 竜の攻撃が止み、ゆっくりと動きを緩めていく。  

 「……やめろ。力を使うな」  
 低い声が聞こえた。竜の目から怒気が消えている。  
 「お前たちを試しただけだ。勇者の血が滅びではなく、未来のために失われぬかを見た」  
 ユナが杖を下ろす。  
 「試した……?」  
 「我が魂は長い孤独に耐えてきた。封印を守るためにここに留まるしかない。レオンとの約束があるのだ」  

 「兄さんと……?」  
 竜はゆっくりと瞳を閉じた。  
 「死の間際、あの男は言った。“いつか俺の血が再びここに来たとき、力を与えてやってくれ”と」  
 俺は言葉を失った。  
 竜の身体が光り始める。鱗一枚一枚が裂け、内部から淡青の輝きが溢れる。  
 「我が残りの力をお前に授ける。これを持てば封印の核心に至れる。だが警告しておく。そこにあるのは希望ではなく、真実だ」  

 巨大な爪の間に、小さな結晶体が現れた。  
 それは俺の剣の欠片と形がよく似ている。  
 手を伸ばすと、結晶は自然と欠片に吸い込まれ、光が統合する。  
 新しい刃が形成され、銀の中に金と青の光が走った。  
 「これが……兄さんが残した“継承の剣”」  
 竜が最後に微笑んだように見えた。  
 「レオンの弟よ。この丘を越え、神殿の頂を目指せ。そこに、お前の答えがある」  

 光が収束し、風が止む。  
 気づけば竜の姿は消え、洞窟の中央に大きな開口が空いていた。  
 星空が見える。封印の隙間から覗く外界だった。  
 夜風が流れ込み、その冷たさが心地よく感じられる。  
 「孤独な竜……兄さんと同じように、ずっと誰かのために生きてたんだな」  
 ユナが小さく頷く。  
 「レオン様はきっと、その竜に自分を重ねていたのでしょう」  
 「なら、今度は俺がその思いを繋ぐ」  

 竜の去った空間に、薄く虹色の光が残っていた。  
 シオンがそれを見つめながら言う。  
 「不思議ですね……力なのに、暖かい」  
 「それは希望を繋ぐ炎です」とユナが答える。  
 「勇者の血が燃える限り、闇は永遠には続きません」  

 俺は剣を見つめる。  
 そこに兄の面影と、竜の生き様が重なる。  
 孤独の果てに掴んだ誓い。  
 俺もまたこの道を歩み続けることを、光に誓った。  

 外の丘に出ると、夜空が広がっていた。  
 遠くに見える月が、まるで兄の瞳のように穏やかに輝いている。  
 「兄さん、竜は確かに託してくれたよ。次は俺の番だ」  
 その言葉に応えるように、剣が小さく鳴った。  
 風が静かに背を押し、夜の丘を越えて光の道が北へと伸びていた。  
 その先が、封印の最奥――そして、真実の場所。  

(続く)
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