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第21話 ユナの涙と選択の時
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空を覆っていた黒雲が散りはじめ、封印の地に青空が戻った。
けれど、その美しさの裏で、誰もが感じていた。これは安息ではなく、嵐の前の静けさだと。
地上に降り立った俺は、聖剣を支えに膝をついた。
全身が痛みを訴えている。さっきまで戦っていたアルデンの残滓が、剣の中でうごめいていた。
「リオさん、傷が!」ユナが駆け寄る。
掌を当てると、白い光が流れ込み、痛みが和らいでいく。だが彼女の顔は穏やかではなかった。
「これ以上、あなたが光を使えば……魂が持ちません」
「わかってる。けど、今はほかに方法がない」
シオンが地図を取り出し、焦った声を上げた。
「異常です。封印波が北だけでなく、各地で増幅している。世界が“目覚め始めている”!」
「封印が世界中と繋がっていたのね」ユナの声が低く響く。
「リオさん、封印を安定させるには、残された“聖域”を再結合するしかありません。そのためにはひとつだけ方法がある」
「何だ」
「聖女の“命”を捧げ、祈りそのものを大地に還すこと」
その言葉に、空気が止まった。
「冗談じゃない!」
思わず声を荒げた。
「そんなこと、させるもんか。兄さんの時と同じだ。誰かが犠牲になるなんて、そんな結末は絶対に間違ってる!」
ユナは静かに目を伏せた。
「でも、それが世界を救う唯一の道です。私は覚悟をしています」
「覚悟だって!?」
彼女を掴み上げるように肩をつかんだ。
「お前まで……兄さんと同じことを言うなよ!」
ユナの瞳が揺れた。怒りでも悲しみでもない、ただ、優しい涙が滲んでいた。
「……あなたも知っているでしょう。私たち治癒の巫女に与えられた最後の祈り、“魂の転化”。世界に溶け、命を巡らせる術。私は、そのために生まれたのです」
「違う、そんな運命信じない!」
叫ぶが声が震えた。
だって彼女の微笑みが、もう覚悟を決めた者のそれだったからだ。
シオンが拳を握りしめ、ユナの前に立った。
「それなら僕が代わりになります!」
ユナが首を振る。
「あなたでは通じません。血脈が違う。祈りの資格を持つのは……私だけ」
「ふざけるな! そんな決まり、俺が壊してやる!」
思わず聖剣を構えた。
ユナはその刃に手を添え、穏やかに言った。
「私の命を救おうとするなら、その剣を使いなさい。世界を滅ぼしてでも、私を救う勇者になれますか?」
「そんなことできるわけない……!」
短い沈黙が流れた。風の音だけが聞こえる。
ユナが優しく笑う。
「やっぱり、あなたは優しい人です。きっとレオン様も、あなたと同じ顔で拒んだのでしょうね」
「兄さんも?」
「そうです。彼も私に“生きて祈れ”と言ってくれました。でも私は……彼の背中を見送ることしかできなかった」
そのとき、ユナは微かに震える唇で告げた。
「だから今度は、私が守る番なんです」
地面が再び揺れた。
遠くの空が歪み、瘴気が立ち上がる。
封印を失った魔の者たちが、形を取り始めている。
幾千もの黒い羽が地平線を覆い、地面が波立つように蠢く。
「時間がありません」とシオンが囁く。
「リオさん、決断を」
「……クソッ!」
歯を食いしばり、聖剣を地に突き立てた。
空が割れ、光が落ちてくる。
ユナが両手を広げ、その光を受け止めた。
長い髪が金に染まり、衣が風に舞う。
「待て! ユナ、やめろ。話してたろ、犠牲は――」
「あなたのおかげで夢を見ました。戦うことしか知らなかった私が、もう一度“生きる”意味を見つけた。でも、それを見つけたからこそ……命を繋げる勇気を持てたんです」
目を開いた彼女は、まっすぐ俺を見て微笑んだ。
「リオさん。どうか、生きてください。あなたは勇者ではなく、“人”として未来を作る人です」
空が轟き、世界が震える。
彼女の周囲に花のような光が散っていく。
泣き叫ぶ俺の声が、風にかき消された。
聖剣が共鳴し、ユナの祈りの歌が空に響き渡る。
光が世界を包み、亀裂が閉じていく。
黒い羽が溶け、空が再び青に染まった。
やがて光が弱まり、その場にいたのは俺とシオンだけだった。
ユナの姿はもうなかった。
代わりに、草の間に一本の小さな白い花が咲いていた。
風が吹き、花びらがひとひら、俺の頬を掠めた。
まるでユナの指先のように。
「……ありがとう、ユナ」
膝をつき、花をそっと守るように手を伸ばした。
「お前の祈り、無駄になんかしない。俺が全部、この剣で繋いでみせる」
空を見上げると、聖剣が淡い光を放っていた。
金色に染まった刃は、優しく鼓動している。
それはまるで、彼女の心臓がまだこの世界で生きているかのようだった。
風が静かに吹き抜け、遠くの空に虹のような光が揺れる。
シオンが空を見上げて呟いた。
「……彼女は、本当に勇者を創ったのかもしれませんね」
俺は頷いた。
「ああ、俺はもうひとりじゃない。ユナの想いが、この剣と共にある」
光が再び強くなった。
封印の跡に咲く花畑が風に揺れ、淡く世界が再生を始めている。
俺の頬を伝う涙が、光に跳ねて消えた。
「ユナ、これがお前の望んだ未来か。……なら、俺は絶対に守る」
光の先に待つのは、まだ果たされていない約束。
兄、ユナ、仲間たち――そのすべてを繋ぐ戦いが、ここから始まる。
(続く)
けれど、その美しさの裏で、誰もが感じていた。これは安息ではなく、嵐の前の静けさだと。
地上に降り立った俺は、聖剣を支えに膝をついた。
全身が痛みを訴えている。さっきまで戦っていたアルデンの残滓が、剣の中でうごめいていた。
「リオさん、傷が!」ユナが駆け寄る。
掌を当てると、白い光が流れ込み、痛みが和らいでいく。だが彼女の顔は穏やかではなかった。
「これ以上、あなたが光を使えば……魂が持ちません」
「わかってる。けど、今はほかに方法がない」
シオンが地図を取り出し、焦った声を上げた。
「異常です。封印波が北だけでなく、各地で増幅している。世界が“目覚め始めている”!」
「封印が世界中と繋がっていたのね」ユナの声が低く響く。
「リオさん、封印を安定させるには、残された“聖域”を再結合するしかありません。そのためにはひとつだけ方法がある」
「何だ」
「聖女の“命”を捧げ、祈りそのものを大地に還すこと」
その言葉に、空気が止まった。
「冗談じゃない!」
思わず声を荒げた。
「そんなこと、させるもんか。兄さんの時と同じだ。誰かが犠牲になるなんて、そんな結末は絶対に間違ってる!」
ユナは静かに目を伏せた。
「でも、それが世界を救う唯一の道です。私は覚悟をしています」
「覚悟だって!?」
彼女を掴み上げるように肩をつかんだ。
「お前まで……兄さんと同じことを言うなよ!」
ユナの瞳が揺れた。怒りでも悲しみでもない、ただ、優しい涙が滲んでいた。
「……あなたも知っているでしょう。私たち治癒の巫女に与えられた最後の祈り、“魂の転化”。世界に溶け、命を巡らせる術。私は、そのために生まれたのです」
「違う、そんな運命信じない!」
叫ぶが声が震えた。
だって彼女の微笑みが、もう覚悟を決めた者のそれだったからだ。
シオンが拳を握りしめ、ユナの前に立った。
「それなら僕が代わりになります!」
ユナが首を振る。
「あなたでは通じません。血脈が違う。祈りの資格を持つのは……私だけ」
「ふざけるな! そんな決まり、俺が壊してやる!」
思わず聖剣を構えた。
ユナはその刃に手を添え、穏やかに言った。
「私の命を救おうとするなら、その剣を使いなさい。世界を滅ぼしてでも、私を救う勇者になれますか?」
「そんなことできるわけない……!」
短い沈黙が流れた。風の音だけが聞こえる。
ユナが優しく笑う。
「やっぱり、あなたは優しい人です。きっとレオン様も、あなたと同じ顔で拒んだのでしょうね」
「兄さんも?」
「そうです。彼も私に“生きて祈れ”と言ってくれました。でも私は……彼の背中を見送ることしかできなかった」
そのとき、ユナは微かに震える唇で告げた。
「だから今度は、私が守る番なんです」
地面が再び揺れた。
遠くの空が歪み、瘴気が立ち上がる。
封印を失った魔の者たちが、形を取り始めている。
幾千もの黒い羽が地平線を覆い、地面が波立つように蠢く。
「時間がありません」とシオンが囁く。
「リオさん、決断を」
「……クソッ!」
歯を食いしばり、聖剣を地に突き立てた。
空が割れ、光が落ちてくる。
ユナが両手を広げ、その光を受け止めた。
長い髪が金に染まり、衣が風に舞う。
「待て! ユナ、やめろ。話してたろ、犠牲は――」
「あなたのおかげで夢を見ました。戦うことしか知らなかった私が、もう一度“生きる”意味を見つけた。でも、それを見つけたからこそ……命を繋げる勇気を持てたんです」
目を開いた彼女は、まっすぐ俺を見て微笑んだ。
「リオさん。どうか、生きてください。あなたは勇者ではなく、“人”として未来を作る人です」
空が轟き、世界が震える。
彼女の周囲に花のような光が散っていく。
泣き叫ぶ俺の声が、風にかき消された。
聖剣が共鳴し、ユナの祈りの歌が空に響き渡る。
光が世界を包み、亀裂が閉じていく。
黒い羽が溶け、空が再び青に染まった。
やがて光が弱まり、その場にいたのは俺とシオンだけだった。
ユナの姿はもうなかった。
代わりに、草の間に一本の小さな白い花が咲いていた。
風が吹き、花びらがひとひら、俺の頬を掠めた。
まるでユナの指先のように。
「……ありがとう、ユナ」
膝をつき、花をそっと守るように手を伸ばした。
「お前の祈り、無駄になんかしない。俺が全部、この剣で繋いでみせる」
空を見上げると、聖剣が淡い光を放っていた。
金色に染まった刃は、優しく鼓動している。
それはまるで、彼女の心臓がまだこの世界で生きているかのようだった。
風が静かに吹き抜け、遠くの空に虹のような光が揺れる。
シオンが空を見上げて呟いた。
「……彼女は、本当に勇者を創ったのかもしれませんね」
俺は頷いた。
「ああ、俺はもうひとりじゃない。ユナの想いが、この剣と共にある」
光が再び強くなった。
封印の跡に咲く花畑が風に揺れ、淡く世界が再生を始めている。
俺の頬を伝う涙が、光に跳ねて消えた。
「ユナ、これがお前の望んだ未来か。……なら、俺は絶対に守る」
光の先に待つのは、まだ果たされていない約束。
兄、ユナ、仲間たち――そのすべてを繋ぐ戦いが、ここから始まる。
(続く)
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