22 / 26
第22話 勇者の弟、立つ
しおりを挟む
ユナが光となって消えてから、三日が経った。
空は晴れ渡っているのに、胸の中では未だ雷が鳴り止まない。
風を切る音すら、彼女の声に聞こえて仕方がない。
“生きてください”──最後の言葉が、何度も頭をよぎる。
俺はまだあの瞬間を受け入れられずにいた。
丘を登ると、封印の地を見渡せた。
草が芽吹き、かつて灰色だった大地が徐々に緑に染まっている。
その中心に一本の白い花が咲いていた。
ユナの祈りが、確かに世界に根づいた証だ。
俺はしゃがみ込み、花の前で小さく呟いた。
「……お前の願い、ちゃんと届いてるよ」
後ろから足音がした。
「やっと見つけた、リオさん」
振り返るとシオンが立っている。疲労が顔に浮かんでいるが、目だけは生気を取り戻していた。
「各地の封印波、ほとんど収束しました。あなたが放った光と、ユナさんの祈りが残りの瘴気を浄化したんです」
「そうか……」
報告を受けても、心は晴れなかった。
シオンは俺の表情を見て言葉を選ぶように口を開いた。
「リオさん、これからは、あなた自身の意志で歩いてください。ユナさんもきっと、それを望んでいます」
その言葉を聞きながら、俺は剣の柄を握った。
聖剣ラグナ・ヴェイル。かつて兄の剣でもあり、今は俺の魂そのものだ。
刃の中には微かな青金の光が流れている。
ユナの祈りと、兄の記憶が共に宿ったこの剣が、俺に新しい道を示している気がした。
「あの光でアルデンは完全に消滅したのか?」
「いいえ」シオンの声が少し震えた。
「封印の奥地、最深部から微弱な波動が検出されています。おそらく、彼はまだどこかで生きている。あるいは、封印そのものと一体化しているのかもしれません」
「……そうか」
残念なようで、どこかほっとしている自分に気づいた。
もしかしたら、戦う理由を欲しがっているだけなのかもしれない。
「シオン、これからどうする?」
「学院に戻ります。残った研究者と協力し、封印の維持装置を安定させたい。それに、世界中で魔の残存反応が増えている。あなたが動かせる光は、どこかで必要になるでしょう」
「希望がある限り、俺は歩き続ける。それだけだ」
「……ユナさんの言葉ですね」
シオンの笑みが、少しだけ救いになった。
***
その夜、焚き火を囲んでいたときだった。
遠くから雷のような音が響いた。
「あれは……」
見上げると、空を裂くように黒い閃光が走った。
空の端に、赤い光が灯っている。
「封印教団の残党だ」シオンが低く言った。
「ユナさんの祈りで力を削がれても、まだ動ける者がいるんです」
俺は立ち上がった。
炎が剣に映り、夜に金の稲光が走る。
「行く」
「でも、今のあなたの体は……!」
「わかってる。けど放っておいたら、また誰かが犠牲になる」
風が背を押す。
光を追って山を下りると、やがて焼け落ちた村の跡が見えた。
炎の残骸の中で、数人の黒衣の人影が跪いている。
「勇者の血が現世に蘇る……彼こそが“再誕の器”」
呟く声に、嫌な鳥肌が立った。
俺の姿に気づいた彼らが、一斉に顔を上げる。仮面の奥に光る眼。
「勇者よ。封印を再び創り給え。我らはその礎となろう」
「そんなもの、作らせるか!」
黒衣の男たちが両手を掲げる。地面が裂け、黒い霧が吹き上がった。
「この気配は……」
剣を構えるより速く、霧の中から巨人のような影が現れた。
無数の腕、歪んだ顔。瘴気が生命のように脈打っている。
「封印の残滓。アルデンが残した“喰う者”です!」シオンが叫ぶ。
「退け、シオン!」
俺は前へ出て、剣を抜いた。
光が弾け、地面が割れる。
その瞬間、風の中に声が混じった。
“リオ、ためらうな”
兄の声? いや、違う。ユナの声でもあった。
「お前たちの言葉に、もう誰も縛られない。俺は生きるために戦う!」
剣を振るう。
金色の閃光が闇を貫き、巨影を斬り裂いた。
地鳴りのような悲鳴が響く。
「滅べ!」
祈りと怒りが混ざった叫び。光が一瞬にして弾け、影が蒸発する。
辺りが静寂に包まれたとき、空には新しい星がひとつ生まれていた。
まるでユナの魂が再び灯ったように。
シオンが息をつき、地面に崩れた。
「終わった、のか……」
「いや」俺は空を見上げた。
「戦いは続く。だが、もう恐れない」
風が吹き抜ける。
俺たちは焼け跡をあとにした。
東の空がわずかに赤く染まり始めた頃、聖剣が軽く震えた。
心の奥で、懐かしい声がする。
――よくやったな、リオ。
まだ終わりじゃないが、その言葉がどこか温かかった。
俺は空に向かって微笑んだ。
「兄さん、ユナ。見てろよ。俺はもう逃げない。今度こそ、この世界を光で照らしてみせる」
夜明けが来る。
勇者の弟としてではなく、一人の人間として――
自分の足で立ち上がる新しい朝が、そこにあった。
(続く)
空は晴れ渡っているのに、胸の中では未だ雷が鳴り止まない。
風を切る音すら、彼女の声に聞こえて仕方がない。
“生きてください”──最後の言葉が、何度も頭をよぎる。
俺はまだあの瞬間を受け入れられずにいた。
丘を登ると、封印の地を見渡せた。
草が芽吹き、かつて灰色だった大地が徐々に緑に染まっている。
その中心に一本の白い花が咲いていた。
ユナの祈りが、確かに世界に根づいた証だ。
俺はしゃがみ込み、花の前で小さく呟いた。
「……お前の願い、ちゃんと届いてるよ」
後ろから足音がした。
「やっと見つけた、リオさん」
振り返るとシオンが立っている。疲労が顔に浮かんでいるが、目だけは生気を取り戻していた。
「各地の封印波、ほとんど収束しました。あなたが放った光と、ユナさんの祈りが残りの瘴気を浄化したんです」
「そうか……」
報告を受けても、心は晴れなかった。
シオンは俺の表情を見て言葉を選ぶように口を開いた。
「リオさん、これからは、あなた自身の意志で歩いてください。ユナさんもきっと、それを望んでいます」
その言葉を聞きながら、俺は剣の柄を握った。
聖剣ラグナ・ヴェイル。かつて兄の剣でもあり、今は俺の魂そのものだ。
刃の中には微かな青金の光が流れている。
ユナの祈りと、兄の記憶が共に宿ったこの剣が、俺に新しい道を示している気がした。
「あの光でアルデンは完全に消滅したのか?」
「いいえ」シオンの声が少し震えた。
「封印の奥地、最深部から微弱な波動が検出されています。おそらく、彼はまだどこかで生きている。あるいは、封印そのものと一体化しているのかもしれません」
「……そうか」
残念なようで、どこかほっとしている自分に気づいた。
もしかしたら、戦う理由を欲しがっているだけなのかもしれない。
「シオン、これからどうする?」
「学院に戻ります。残った研究者と協力し、封印の維持装置を安定させたい。それに、世界中で魔の残存反応が増えている。あなたが動かせる光は、どこかで必要になるでしょう」
「希望がある限り、俺は歩き続ける。それだけだ」
「……ユナさんの言葉ですね」
シオンの笑みが、少しだけ救いになった。
***
その夜、焚き火を囲んでいたときだった。
遠くから雷のような音が響いた。
「あれは……」
見上げると、空を裂くように黒い閃光が走った。
空の端に、赤い光が灯っている。
「封印教団の残党だ」シオンが低く言った。
「ユナさんの祈りで力を削がれても、まだ動ける者がいるんです」
俺は立ち上がった。
炎が剣に映り、夜に金の稲光が走る。
「行く」
「でも、今のあなたの体は……!」
「わかってる。けど放っておいたら、また誰かが犠牲になる」
風が背を押す。
光を追って山を下りると、やがて焼け落ちた村の跡が見えた。
炎の残骸の中で、数人の黒衣の人影が跪いている。
「勇者の血が現世に蘇る……彼こそが“再誕の器”」
呟く声に、嫌な鳥肌が立った。
俺の姿に気づいた彼らが、一斉に顔を上げる。仮面の奥に光る眼。
「勇者よ。封印を再び創り給え。我らはその礎となろう」
「そんなもの、作らせるか!」
黒衣の男たちが両手を掲げる。地面が裂け、黒い霧が吹き上がった。
「この気配は……」
剣を構えるより速く、霧の中から巨人のような影が現れた。
無数の腕、歪んだ顔。瘴気が生命のように脈打っている。
「封印の残滓。アルデンが残した“喰う者”です!」シオンが叫ぶ。
「退け、シオン!」
俺は前へ出て、剣を抜いた。
光が弾け、地面が割れる。
その瞬間、風の中に声が混じった。
“リオ、ためらうな”
兄の声? いや、違う。ユナの声でもあった。
「お前たちの言葉に、もう誰も縛られない。俺は生きるために戦う!」
剣を振るう。
金色の閃光が闇を貫き、巨影を斬り裂いた。
地鳴りのような悲鳴が響く。
「滅べ!」
祈りと怒りが混ざった叫び。光が一瞬にして弾け、影が蒸発する。
辺りが静寂に包まれたとき、空には新しい星がひとつ生まれていた。
まるでユナの魂が再び灯ったように。
シオンが息をつき、地面に崩れた。
「終わった、のか……」
「いや」俺は空を見上げた。
「戦いは続く。だが、もう恐れない」
風が吹き抜ける。
俺たちは焼け跡をあとにした。
東の空がわずかに赤く染まり始めた頃、聖剣が軽く震えた。
心の奥で、懐かしい声がする。
――よくやったな、リオ。
まだ終わりじゃないが、その言葉がどこか温かかった。
俺は空に向かって微笑んだ。
「兄さん、ユナ。見てろよ。俺はもう逃げない。今度こそ、この世界を光で照らしてみせる」
夜明けが来る。
勇者の弟としてではなく、一人の人間として――
自分の足で立ち上がる新しい朝が、そこにあった。
(続く)
0
あなたにおすすめの小説
没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで
六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。
乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。
ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。
有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。
前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
最強の赤ん坊! 異世界に来てしまったので帰ります!
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
病弱な僕は病院で息を引き取った
お母さんに親孝行もできずに死んでしまった僕はそれが無念でたまらなかった
そんな僕は運がよかったのか、異世界に転生した
魔法の世界なら元の世界に戻ることが出来るはず、僕は絶対に地球に帰る
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】
きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
【毎週火木土更新】
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。
その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ!
約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。
―――
当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。
なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる