滅びた勇者の弟に転生したけど、兄の残した絆で世界を救うことになりました

eringi

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第23話 封印の地に眠るもの

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 夜明けを迎えた空は、薄紅に染まりながらもまだ静寂を抱いていた。  
 戦いの余韻が残る大地の上で、風だけが何かを告げるように鳴いている。  
 俺とシオンは、遠くで崩れた神殿跡を見上げていた。  
 かつて兄が命を賭けて封じた場所。  
 そして今、再びそこへ足を踏み入れようとしている。  

 「ここに、兄さんの魂が……?」  
 「おそらく、そうです。あの戦いで消えた“勇者の意志”の一部は、完全に消滅していません。この地脈の中心に何かが反応しています」  
 シオンが魔力探査を起動すると、風が叫びのように噴き上がった。  
 聖剣の中の光が共鳴する。  
 「ユナの祈りがきっと導いてくれてる。彼女が残した光の道筋が、ここに繋がっている」  
 握る剣がわずかに震える。呼ばれている気がした。  

 崩れた神殿の階段を降りると、内部の空気が急に変わった。  
 湿った岩の匂い、漂う記憶のような残光。  
 壁に刻まれた文字が淡く光り、古の祈りの言葉が響く。  
 「この声……兄さんの……?」  
 耳の奥で懐かしい声が囁いた。  
 “リオ。もう一歩だけ、進め。”  
 その一言が、なぜか涙を誘った。  

 「待ってください、リオさん」  
 シオンが肩をつかむ。  
 「この先は危険です。封印の中枢には、勇者の魂を取り込んだ存在が眠っている。それが完全に目を覚ませば、この世界はまた……」  
 「だからこそ、行くんだ。兄さんを、今度こそ人として眠らせてやる」  
 そして俺たちは、一歩、また一歩と暗闇の中を進んだ。  

 やがて、石柱の並ぶ広間が現れた。  
 そこはまるで時間を忘れたような静寂に包まれていた。  
 中央には巨大な結晶が浮かび、内部に人影が見える。  
 白い鎧に包まれた、勇者の姿。  
 「兄さん……!」  
 近づいた瞬間、光が弾け、空間に波が走った。  
 次の瞬間、目の前の景色が変わる。  

 そこはかつての戦場だった。  
 空も地も炎に呑まれ、人々の絶叫が響く。  
 世界が崩れていく──兄の最後の記憶だ。  
 目の前で兄が立ち、剣を掲げていた。  
 その表情に恐れはなく、穏やかだった。  
 「兄さん!」呼びかけても声は届かない。  
 兄はただ静かに空を見上げ、一言、呟いた。  
 「これでいいんだ。誰かが未来を歩けば、それでいい」  

 幻影が消え、広間に戻る。  
 結晶の前に立つと、温かい風が頬を撫でた。  
 封印の内部から微かに心音が響く。  
 「リオさん、この封印には選択が残されています。“封印の継承”か“魂の解放”か」  
 「継承すれば世界は保たれる。だが、兄は再び鎖につながれる」  
 「解放すれば兄の魂は救われるが、封印は完全に消滅します」  
 静かな問答だった。どちらを選んでも痛みが残る。  

 「リオさん……どちらを?」  
 聞かれるまでもなく、答えは胸の中にあった。  
 俺は聖剣を両手で握りしめた。  
 「兄さん……俺はお前みたいにはなれない。でも、お前の願いをまっすぐ繋ぐ方法を見つけた」  
 目の前の結晶が微かに光る。  
 「お前を救うために、俺も封印に加わる。けど、俺は消えない。生きて、この現実でお前の意思を伝える」  
 シオンが息を呑む。  
 「そんなことをすれば……!」  
 「大丈夫。この剣がある限り、俺は世界と繋がっている」  

 剣を結晶に突き立てる。  
 眩い光が広間を包み込み、床が震えた。  
 光の中で、兄の姿がゆっくりと目を開ける。  
 「リオ……」  
 声は柔らかく、まるで夢のようだった。  
 「よくやったな。お前はもう、俺よりずっと強い」  
 「そんなことないよ。俺はまだ、迷ってばかりだ」  
 「それでいい。迷いながら進むお前だからこそ、この世界に必要なんだ」  
 兄が微笑む。  
その姿は昔と変わらぬ優しさを帯びていた。  

 光が兄の身体を包み取り、やがて粒子となって空に散る。  
 「兄さん……!」  
 伸ばした手に、温かな光が触れる。  
 その光が聖剣に吸い込まれ、刃が一層澄んだ音を立てた。  
 「ありがとう、リオ。これでようやく、誰かを犠牲にしない世界を信じられる……」  
 その言葉と共に、光は完全に消えた。  

 跪く俺の肩に手が触れた。  
 シオンが泣いていた。  
 「彼は救われましたね」  
 「……ああ。これでやっと、兄は眠れる」  
 胸の中で、静かな鼓動が響く。  
 封印が完全に閉じた。だがその中心には、もう血の鎖など存在しない。  
 代わりに、花畑の幻が揺れていた。  
 ユナの祈りが、再びこの場所を包んでいる。  

 立ち上がる。  
 聖剣を掲げると、刃が柔らかな光を放った。  
 その光はもはや戦いのためではない。  
 祈りと希望をつなぐ、静かな灯火だった。  
 「兄さん、ユナ……お前たちの願いは、俺が生きて果たす」  

 洞窟の外へ出ると、朝日が昇り始めていた。  
 空は黄金色に染まり、風が優しく頬を撫でる。  
 その瞬間、遠くの山で光柱が立ち上がった。  
 まるで世界が再び鼓動を取り戻したようだった。  

 「これで、終わりじゃない。ここから始まるんだ」  
 握った剣が、低く響いた気がした。  
 兄の声が、微かにそれに重なる。  
 “歩け、リオ。お前が築く次の時代を、俺は見ている”  

 顔を上げる。  
 陽光はまぶしく、どこまでも広がる空は、かつて兄が見上げたあの世界のままだった。  
 俺はゆっくりと歩き出した。  
 かつて勇者が立った地に、新しい足跡を残すために。  

(続く)
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