滅びた勇者の弟に転生したけど、兄の残した絆で世界を救うことになりました

eringi

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第25話 英雄の影を越えて

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 新しい世界がゆっくりと形を取り戻していった。  
 封印の地だった谷は青い草に覆われ、崩れた石塔の跡からは花が咲き始めている。  
 鳥の声、風吹く音、そして人々の笑い声。かつて聞こえなかった生命の音色が、ようやくこの地にも戻っていた。  

 だが平和の兆しの中でも、俺の心は落ち着かなかった。  
 “勇者の弟”という呼び名は、この数日の間に一気に広がった。  
 故郷の村を救い、封印を解き、世界を再生した──その事実が国々へ伝わっていく中で、人々の期待は次の“救世”を求め始めていたのだ。  
 俺は、兄が歩いた道をなぞるように、同じ過ちを繰り返そうとしているのではないか。  
 それが怖かった。  

 「顔が暗いですね、リオさん」  
 振り向くとシオンが立っていた。彼の手には、新設された魔導学院の旗が握られている。  
 「この学院は封印の知識を正しく伝えるために建てるんですよ。あなたが戦ってきた意味を記録するために」  
 「記録、か……」  
 「それに、ユナさんの祈りが今も封印を維持しています。世界は変わったけれど、彼女の存在は確かに生きているんです」  

 その言葉に胸の奥が熱くなった。  
 ユナの笑顔と声が、今も耳に残っている。  
 ――“あなたは勇者ではなく、人として未来を作る人です”  
 俺が歩く理由は、それだけで十分だった。  

 丘を降りる途中、ふと背後を見る。  
 風に揺れる影、伸びた草の中で小さな子供が花を拾っていた。  
 「お兄ちゃん、それ、勇者の剣?」  
 俺は少し笑いながら答えた。  
 「剣はただの道具だよ。でも、願いを守るためのものでもある」  
 子供が目を丸くして言った。  
 「将来ぼくも勇者になる!」  
 「そうか。じゃあその時は、この世界をもっと明るくしてくれ」  
 俺の言葉に、子供は嬉しそうに笑った。  
 その笑顔が、俺にとって何よりの救いだった。  

 宿へ戻ると、机の上に一通の手紙が置かれていた。  
 差出人は王都の宰相、オルディス。  
 “王国代表として次期勇者の称号を授けたい。式典への出席を願う”  
 封を閉じて、静かに机に置いた。  
 勇者の称号。それはかつて兄が背負い、最後まで苦しみ続けた名だ。  
 ユナやシオン、そして多くの仲間を巻き込み、命を燃やして守った功名。  
 俺は静かに首を振った。  
 「俺は勇者にはならない。兄さんを見て、ようやく気づいた。英雄なんていらない。ただ人が“人らしく生きられる世界”を守る存在でありたい」  

 外では、学院の鐘が鳴り響く。  
 人々の笑顔のなかで、俺の決意もまた確かなものになっていった。  

 夜、焚き火を囲みながらシオンが口を開いた。  
 「あなたがそう言うと思ってました。だから僕らは“勇者の弟”ではなく、“光の継承者”としてあなたを記録します」  
 「俺のことなんてどうでもいい。けど、頼む。兄さんとユナ、みんなが戦ってくれた証だけは忘れないでくれ」  
 「もちろんです。あの人たちの名前は、永遠に歴史に残ります」  
 シオンの瞳には誇りが宿っていた。  

 その夜、焚き火が消えかけたころ、聖剣がわずかに光った。  
 焦がれるような暖かさが掌に伝わる。  
 「兄さん……」  
 風が木々を揺らし、焚き火の残り火がぱちりと弾ける。  
 その瞬間、懐かしい声が夜気に溶けた。  
 “リオ。お前はもう俺の影じゃない。影を越えて、光になれ”  

 心臓が強く打ち、息を呑む。  
 空を見上げると、雲の切れ間に映る星が二つ並んで輝いていた。  
 兄とユナ。俺を照らしてきた二つの灯。  
 俺は小さく笑い、答えた。  
 「ありがとう。もう迷わないよ。俺は、生きて証を刻む」  

 ***  

 翌朝、風が穏やかに丘を渡る。  
 シオンは学院の文官たちと地図を広げ、再生した大陸の境界を描いていた。  
 俺は丘の上に立ち、新しい世界の姿を見渡す。  
 まだ道もなく、国も再建の途中。  
 それでも誰もが笑顔を忘れていない。  
 “自分たちで選んで生きていく”――兄が夢見た未来だ。  

 「リオさん!」シオンが呼ぶ。  
 「次の旅の準備ができました。東の地域にまだ封印の残滓があるそうです。少し時間はかかりそうですが……」  
「行こう」  
新しい旅の風が頬を撫でる。  
遠くの空には鳥の群れが飛び、雲が鋭い輝きを帯びていた。  
その奥に、兄の背中を思い出す。  

 “お前には、お前の足跡がある”  
 昔の言葉がよみがえる。  
 今なら、あの言葉の意味がわかる。  
 兄の影を追うことが、俺の願いではなかった。  
 俺が兄の影を越え、光そのものになって初めて、すべての想いが繋がる。  

 「約束するよ、兄さん。俺がこの世界を終わらせたりしない。皆が笑って生きる未来を、俺が守る」  
 丘を一歩降りると、聖剣が微かに鳴いた。  
 祈りに似たその音が、風に溶けていく。  
 空には、朝焼けに包まれた新しい太陽が昇っていた。  
 影はもう後ろにしかない。  
 俺はそれを背に、歩き出した。  

(続く)
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