滅びた勇者の弟に転生したけど、兄の残した絆で世界を救うことになりました

eringi

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第26話 約束の剣が光る

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 東の大陸を越える旅は、想像以上に険しかった。  
 世界が再び平穏を取り戻しつつあるとはいえ、まだそこかしこに瘴気の残り香が漂っている。  
 新しい地図を片手に風を受けながら、俺は確かめるように足を進めた。  
 シオンは荷を背負い、遠くで壊れていた塔の形をスケッチしている。  
 「再生計画の一環として、ここを観測地にしたいですね。魔力の流れが特殊です」  
 「そんな余裕があるとは思わなかった」  
 「ええ。あなたの剣が世界を安定させている証拠ですよ」  

 冗談めいたその声に、俺は少し笑った。  
 笑うという行為が、ようやく自然にできるようになった気がする。  
 ユナがいた頃のように、ただ日常の中で笑うことの尊さを思い出した。  

 夕陽が山の稜線を染めるころ、俺たちは古い神殿の跡に辿り着いた。  
 瓦礫と化した柱の間に、かつての祈りの言葉が刻まれている。  
 ここが“約束の丘”と呼ばれる地だ。  
 兄レオンが最期の旅路で仲間たちと誓いを立てた場所だと、古い伝承に残っている。  

 「この丘で兄さんは何を願ったんだろうな」  
 手で刻文を撫でると、温かい震えが指先に伝わってきた。  
 シオンが文書を広げて言う。  
 「“勇者は世界のために剣を振るい、光は次代へと渡される”……そう記されています。つまり、“受け継ぐ者”への誓いです」  
 「俺への……約束の言葉か」  

 空は深い紅に染まっていた。  
 見上げた雲は、燃えるような橙から金へ、そして夜の蒼へと色を変えていく。  
 そんな空を見ていると、胸の奥が少し締めつけられた。  
 兄が去り、ユナを失った悲しみはいまだに消えてはいない。  
 だが、その悲しみすら今は、心の中で光に変わっている。  

 「リオさん、あの光……!」  
 シオンの指先が空を示す。  
 遠くの水平線上、白い光の柱が上がっていた。  
 幽かながらも、確かに聖剣と同じ波動を放っている。  
 俺はすぐに頷いた。  
 「行こう。まだ世界は完全には安定していない」  
 「また戦う気ですか?」  
 「戦いじゃない。繋ぎ直すんだ。剣と祈りの残滓を、もう一度ひとつに」  

 険しい道を越え、光の発生源へと近づく。  
 そこには、巨大な湖が広がっていた。  
 水面は鏡のように静まり、湖の中央に一本の剣が突き立っている。  
 まるで封印そのものが姿を変えたかのように、神々しい輝きを放っていた。  
 「この剣……」  
 近づくと、聖剣ラグナ・ヴェイルに酷似していた。  
 だが違う、これは“もう一つの剣”だ。  

 シオンが息を呑む。  
 「兄レオンが旅立つ前に作った、世界の“片割れ”。当時の記録でも存在を確認できませんでしたが、本当に……」  
 「兄さんは、いつか世界が再び傾くと知っていたのか」  
 そして、未来を託すためにこの剣を残した。  

 湖の中央に進もうと一歩踏み出した瞬間、水面に波紋が広がった。  
 空気が揺れ、湖底から黒い靄が立ちのぼる。  
 その中から、声が響く。  
 「勇者の弟よ。希望を繋ぐ覚悟はあるか」  
 「……誰だ」  
 「我は“契りの守護者”。この剣を得る者には、世界と永遠の誓いを結ぶ資格が求められる」  
 「資格?」  
 「命を賭して、この剣を振るい、誰かの運命さえ受け入れる覚悟だ」  

 まるで前の旅を思い返すような言葉だった。  
 ユナの祈り、兄の笑顔、仲間たちの願い――全部が心に重なる。  
 俺は剣を抜き、湖に映る自分を見つめた。  
 「兄さんが生きていた時代に、願いだけでは守れなかったものがある。なら、俺は願いを現実に変えるために戦う。誰も犠牲にしない世界のために」  

 声が静かに消え、靄が晴れていく。  
 湖の剣が眩い光を放ち、周囲の空を包んだ。  
 水面が裂け、道が現れる。  
 俺は足を踏み出した。  
 歩くごとに光が強まり、剣の柄に手が届く。  
 「リオさん!」  
 シオンの声が風に揺れた瞬間、刃が空気を震わせた。  

 手にした瞬間、心の中で兄の声が響いた。  
 “お前は俺の影じゃない。光を継ぐ者だ。迷うな、リオ”  
 目を閉じる。胸の中に温かい力が満ちていく。  
 その光が聖剣ラグナ・ヴェイルと共鳴し、二つの剣が一つに溶け合い始めた。  
 「……これが、“世界の約束”」  

 空が割れ、風が止む。  
 次の瞬間、新しい聖剣が姿を現した。  
 蒼と金、二つの光が重なった刃。  
 かつての兄の聖剣を超え、時代を跨ぐ“再生の剣”。  
 柄の中心には、ユナの祈り花が刻まれていた。  
 「この剣が――約束の証」  

 シオンは息を詰めて見上げる。  
 「リオさん……あなたは本当に、勇者を越えましたね」  
 「いや、俺はただの人間さ。でも、ただの人間が希望を持つなら、それが奇跡を生む」  

 風が吹き、湖面に小さな波が立った。  
 その光が空へ向かって昇っていく。  
 天を見上げると、そこに兄とユナの幻が見えた。  
 優しく微笑み、そして何も言わずに頷く。  
 「俺は約束を果たしたよ。……でも、もう一度約束する」  
 剣を掲げ、声を放つ。  
 「この世界を守り続ける。誰も泣かない未来を作る。そのために戦う」  

 剣が応えるように震え、まぶしい光が天へ立ち上る。  
 それは、勇者の時代が終わり、ひとりの人間が誓った“再生”の始まりを告げる光だった。  
 空に虹が架かり、数えきれないほどの花弁が風に舞う。  

 シオンが笑みを浮かべた。  
 「行きましょう、リオさん。これからが本当の旅です」  
 「ああ、そうだな」  
 足元の草が陽光に揺れ、香りが風に運ばれる。  
 長き戦いの果て、ついに俺は剣の意味を見つけた。  

 約束の剣は、静かに脈動を刻む。  
 その温もりの中で、俺はもう一度空を見上げた。  
 青く澄んだ空の下で、生きる理由が確かにそこにあった。  

(続く)
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