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第1話 戦場の果てと新しい朝
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地を裂く爆音が響いた。焦げた鉄と血の匂いが渦を巻き、悲鳴と怒号が戦場を覆う。リオは剣を構えながら、歯を食いしばって前を睨んだ。仲間の兵士たちは倒れ、旗は焼け落ち、空には黒い煙が舞っていた。
「……ここまでか」
喉が乾いて声は掠れていた。彼の身体には無数の傷が刻まれている。それでも剣を離さなかった。前方に立つ漆黒の鎧の騎士――帝国最強と呼ばれた将軍が血塗れの剣を掲げていた。
「リオ・グラント。貴様の軍は終わった。この地も滅びる」
「それでも、守るべきものがある」
リオは叫び、最後の力で突撃した。剣と剣がぶつかり、火花が散った。
次の瞬間、頭の奥で何かが弾けた。視界が揺らぎ、時間が止まったように見えた。
聞こえたのは、どこか優しい、女の声。
――もし、もう一度やり直せるとしたら、どう生きたい?
「……やり直せるなら、争わない世界で、生きたい」
その言葉を口にした瞬間、リオの身体は光に包まれた。
全てが、真っ白に消えた。
――そして、静かな風の音。鳥のさえずり。
リオは目を開けた。眩しい光の中、青い空と広い草原が広がっていた。
「……生きてる?」
起き上がると、そこは穏やかな村の外れ。小さな畑が並び、煙の上がる家々が見える。着ているのは、粗末だが清潔な布の服。剣も鎧もない。代わりに木の杖のようなものが手にあった。
「夢……じゃない、のか?」
顔を撫でると、傷もなければ血もない。身体は若返っていた。鏡などないが、手を見るだけで実感できる。戦場で瀕死だった男は、今や健康そのものの青年になっている。
そこへ、小さな足音が近づいてきた。
「お兄ちゃん! 大丈夫? 眠ってたよ?」
振り向くと、茶髪の少女が籠を抱えて立っていた。年の頃は十歳ほど。無邪気な笑顔がまぶしい。
「ここは……どこだ?」
「エルド村だよ! お兄ちゃん、昨日、森のはずれで倒れてたの! お母さんが介抱してくれたんだ」
どうやら、村の人に助けられたらしい。リオは礼を言い、少女に案内されて村へ向かった。
村は小さかったが、のどかで穏やかだった。畑には作物が実り、焼きたてのパンの香りが漂う。人々は笑い合い、手を振って挨拶してくる。
少女の母親――リサという女性が、リオにスープを差し出した。
「ほんとに命があってよかったよ。森には魔物も多いからね」
「助けてくれてありがとう。迷惑をかけたみたいだ」
「そんなことないさ。旅の途中だったのかい? 服装からして、どこかの村の出身みたいだけど」
「……いや、気づいたら森にいて。記憶が少し曖昧なんだ」
本当のことを言うべきか悩んだが、異世界転生なんて信じてもらえないだろう。リオはそうごまかした。
するとリサは微笑んだ。
「それならここで少し休むといい。エルド村は平和だからね。働き口もあるし、空き家もある」
こうして、リオの新しい生活が始まった。
畑仕事を教わりながら、リオは少しずつ村の生活に慣れていった。重い荷物を運ぶのも楽勝で、斧を振れば木が一撃で割れる。村人たちは驚いて尋ねた。
「リオさん、力持ちだねえ。兵士だったのかい?」
「いや、ただ体が丈夫なだけだよ」
本人は本気でそう思っていた。だが、周囲は別の意味でざわめいていた。
ある日、村に魔物出没の報が届く。畑を荒らす森グモという小型魔獣らしい。村の男たちが討伐に向かうが、リオも同行を申し出た。
「危ないよ、リオさん。武器も持ってないじゃないか」
「大丈夫。護身用に、これがあるから」
彼は拾った木の枝を軽く振って見せた。武器というには頼りなさすぎる。しかし、森に入ると空気が一変した。湿気を含む静寂、木々の陰から複数の赤い目が輝く。
「囲まれた!」
仲間の一人が叫んだ瞬間、巨大なクモが飛びかかってくる。鋭い爪が閃いた。
リオは反射的に手を動かした。その瞬間、クモの動きが止まったように見えた。
思考が加速している。時間の流れが何倍にも遅く感じる。
――こんな感覚、戦場でも味わったことがない。
落ち着いて、足場を確認し、枝を軽く突き出す。
次の瞬間、森グモの体が爆ぜた。音を立てて土に沈み、灰になって消える。
「……え?」
村人たちは唖然とした。誰も何が起こったかわからない。
リオは首を傾げながら、灰を見下ろした。
「なんだったんだ、今の……?」
彼自身も理解していなかった。
村へ戻ると、皆が英雄を見るような目で迎えた。酢漬けの魚と焼きたてのパンを差し出され、子どもたちが「すごかった!」と駆け寄る。
リサは微笑みながら言った。
「あなた、ただ者じゃないね。精霊か、神様の加護でもあるのかい?」
「そんな大層なものじゃないと思うけど……」
彼は本気でそう言う。だが、その出来事をきっかけに“森を救った若者”の噂があっという間に村じゅうに広がった。
夜、リオは寝床で空を見上げた。
満天の星。戦乱の世界では見られなかった穏やかな光。
「……平和だな」
この静けさがずっと続けばいい。そう願うように目を閉じた。
しかし、遠く離れた王都では、この夜、奇妙な報告が上がっていた。
“辺境で未知の力を使う青年が現れた。森の魔獣を消し飛ばしたという”
その知らせを聞いた一人の聖女が、月明かりの下で静かに立ち上がる。
「……彼が、そうなのですね」
涙を一筋流し、祈るように胸に手を当てた。
その名を呼ぶ。
「リオ……あなたが、生きていてくれたのなら」
彼はまだ知らない。自分の力が、この世界の常識を遥かに越えていることを。
そして、彼をめぐる運命が、すでに動き始めていることを。
(続く)
「……ここまでか」
喉が乾いて声は掠れていた。彼の身体には無数の傷が刻まれている。それでも剣を離さなかった。前方に立つ漆黒の鎧の騎士――帝国最強と呼ばれた将軍が血塗れの剣を掲げていた。
「リオ・グラント。貴様の軍は終わった。この地も滅びる」
「それでも、守るべきものがある」
リオは叫び、最後の力で突撃した。剣と剣がぶつかり、火花が散った。
次の瞬間、頭の奥で何かが弾けた。視界が揺らぎ、時間が止まったように見えた。
聞こえたのは、どこか優しい、女の声。
――もし、もう一度やり直せるとしたら、どう生きたい?
「……やり直せるなら、争わない世界で、生きたい」
その言葉を口にした瞬間、リオの身体は光に包まれた。
全てが、真っ白に消えた。
――そして、静かな風の音。鳥のさえずり。
リオは目を開けた。眩しい光の中、青い空と広い草原が広がっていた。
「……生きてる?」
起き上がると、そこは穏やかな村の外れ。小さな畑が並び、煙の上がる家々が見える。着ているのは、粗末だが清潔な布の服。剣も鎧もない。代わりに木の杖のようなものが手にあった。
「夢……じゃない、のか?」
顔を撫でると、傷もなければ血もない。身体は若返っていた。鏡などないが、手を見るだけで実感できる。戦場で瀕死だった男は、今や健康そのものの青年になっている。
そこへ、小さな足音が近づいてきた。
「お兄ちゃん! 大丈夫? 眠ってたよ?」
振り向くと、茶髪の少女が籠を抱えて立っていた。年の頃は十歳ほど。無邪気な笑顔がまぶしい。
「ここは……どこだ?」
「エルド村だよ! お兄ちゃん、昨日、森のはずれで倒れてたの! お母さんが介抱してくれたんだ」
どうやら、村の人に助けられたらしい。リオは礼を言い、少女に案内されて村へ向かった。
村は小さかったが、のどかで穏やかだった。畑には作物が実り、焼きたてのパンの香りが漂う。人々は笑い合い、手を振って挨拶してくる。
少女の母親――リサという女性が、リオにスープを差し出した。
「ほんとに命があってよかったよ。森には魔物も多いからね」
「助けてくれてありがとう。迷惑をかけたみたいだ」
「そんなことないさ。旅の途中だったのかい? 服装からして、どこかの村の出身みたいだけど」
「……いや、気づいたら森にいて。記憶が少し曖昧なんだ」
本当のことを言うべきか悩んだが、異世界転生なんて信じてもらえないだろう。リオはそうごまかした。
するとリサは微笑んだ。
「それならここで少し休むといい。エルド村は平和だからね。働き口もあるし、空き家もある」
こうして、リオの新しい生活が始まった。
畑仕事を教わりながら、リオは少しずつ村の生活に慣れていった。重い荷物を運ぶのも楽勝で、斧を振れば木が一撃で割れる。村人たちは驚いて尋ねた。
「リオさん、力持ちだねえ。兵士だったのかい?」
「いや、ただ体が丈夫なだけだよ」
本人は本気でそう思っていた。だが、周囲は別の意味でざわめいていた。
ある日、村に魔物出没の報が届く。畑を荒らす森グモという小型魔獣らしい。村の男たちが討伐に向かうが、リオも同行を申し出た。
「危ないよ、リオさん。武器も持ってないじゃないか」
「大丈夫。護身用に、これがあるから」
彼は拾った木の枝を軽く振って見せた。武器というには頼りなさすぎる。しかし、森に入ると空気が一変した。湿気を含む静寂、木々の陰から複数の赤い目が輝く。
「囲まれた!」
仲間の一人が叫んだ瞬間、巨大なクモが飛びかかってくる。鋭い爪が閃いた。
リオは反射的に手を動かした。その瞬間、クモの動きが止まったように見えた。
思考が加速している。時間の流れが何倍にも遅く感じる。
――こんな感覚、戦場でも味わったことがない。
落ち着いて、足場を確認し、枝を軽く突き出す。
次の瞬間、森グモの体が爆ぜた。音を立てて土に沈み、灰になって消える。
「……え?」
村人たちは唖然とした。誰も何が起こったかわからない。
リオは首を傾げながら、灰を見下ろした。
「なんだったんだ、今の……?」
彼自身も理解していなかった。
村へ戻ると、皆が英雄を見るような目で迎えた。酢漬けの魚と焼きたてのパンを差し出され、子どもたちが「すごかった!」と駆け寄る。
リサは微笑みながら言った。
「あなた、ただ者じゃないね。精霊か、神様の加護でもあるのかい?」
「そんな大層なものじゃないと思うけど……」
彼は本気でそう言う。だが、その出来事をきっかけに“森を救った若者”の噂があっという間に村じゅうに広がった。
夜、リオは寝床で空を見上げた。
満天の星。戦乱の世界では見られなかった穏やかな光。
「……平和だな」
この静けさがずっと続けばいい。そう願うように目を閉じた。
しかし、遠く離れた王都では、この夜、奇妙な報告が上がっていた。
“辺境で未知の力を使う青年が現れた。森の魔獣を消し飛ばしたという”
その知らせを聞いた一人の聖女が、月明かりの下で静かに立ち上がる。
「……彼が、そうなのですね」
涙を一筋流し、祈るように胸に手を当てた。
その名を呼ぶ。
「リオ……あなたが、生きていてくれたのなら」
彼はまだ知らない。自分の力が、この世界の常識を遥かに越えていることを。
そして、彼をめぐる運命が、すでに動き始めていることを。
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