13 / 69
Chapter.13
しおりを挟む
ほどなくして飲み物が運ばれてきた。
「うん、うまい」
ミルクティーに口を付けた紫輝の感想に、何故か鹿乃江が安堵の気持ちを抱く。
「紅茶もいいですね」
「美味しいですよね。カフェオレも気になったんですけど、コーヒー飲めなくて……」ストローを指先で回してグラスの中身を攪拌しながら鹿乃江が残念そうに言う。
「味ですか?」
「味はむしろ好きなんです。体質的に合わなくて……胃が痛くなっちゃうんです」
「あらら、なら無理しないほうがいいですね」
「はい。ここのは特に美味しそうなので、残念です」
「じゃあ、ほかにも美味しいもの探しましょう。呼び出してもらえればいくらでもご一緒しますよ」
何気なく言ったであろう紫輝の言葉に心臓が反応した。
「ありがとうございます」
次の約束を取り付ける場面なのかもしれないが、鹿乃江から誘うのはまだまだ気が引ける。
(いつかスマートに誘えるときが来るのかな)
ぼんやりとそんなことを考える。
そもそもそういう行動が苦手なので、ハードルの高い希望だったりするのだが。
お茶を飲みながら話していると、あっという間に時間が過ぎる。
お互いの飲み物が終わる頃、「そろそろご飯行きましょうか」紫輝が手首に巻かれた時計を見て言った。
「はい」
次の店も、どうやら紫輝が予約を取っているらしい。
「ごめんなさい。一緒に、行けなくて……」
申し訳なさそうに言う紫輝に向かってゆっくりと首を横に振り、
「大丈夫です。先導、お願いします」
頭を下げた。
先に出た紫輝を追うようにコリドラスをあとにして、まばらな人通りの裏道をしばらく歩く。紫輝はたまにさりげなく後ろを見て、鹿乃江を確認する。鹿乃江は気付かないふりをして、その背中を目印に歩く。
10分ほど歩いて紫輝がとあるビルに入っていく。と、半身を出して手招きをした。それに気付いた鹿乃江は小走りに紫輝の元へ向かう。鹿乃江が近付くと笑顔になり、
「誰もいなかったんで呼んじゃいました」
いたずらに笑って
「ここからは一緒に行きましょう」
エレベーターホールへ入った。
「意外に人通りなかったっすね」
「そうですね」
「これなら、一緒に来ても良かったかも」
「そうですね……でも、念には念を入れることも大事ですよ」
にこやかに言う鹿乃江に、
「そうっすね」
ニヤッと笑って紫輝が同意した。
店員に案内されて入った個室は、壁一面がステンドグラスのように装飾されていて、なかなかに幻想的だ。
鹿乃江がパァッと笑顔になり「すごーい」思わず声を上げた。
「気に入ってもらえて良かったです」
鹿乃江の隣で一緒に内装を眺めながら、紫輝は自分が褒められたかのように嬉しそうに笑う。
「こないだのお店も喜んでくださったんで、こういうのもお好きかなって」
「はい、素敵です。自分じゃこういうお店選ばないので、嬉しいです」
「…誘われたり、しないんですか?」
「しないですねぇ。職場のコたちとは、居酒屋とか食べ放題とか行っちゃうので」
探るような紫輝の質問の意図に気付かず、鹿乃江が室内を見回しながらサラリと答える。
「若い人多いんですか?」
「はい。年上なのは上司……店長くらいですね」
「ずいぶん若い方が多い会社なんですね」
言いながら紫輝が席に着く。
「んー……そう、ですね。職種柄? ですかね?」
核心に触れられるのを避けるように目線を逸らして、紫輝の向かい側に着席した。
いままで聞かれたことがなかったから、鹿乃江は自分の年齢を紫輝に言っていない。言ったところでなにが変わるでもなさそうだが、それでも多少の抵抗はあった。
(下手したら店長も年下になったりするんだけどね……)
社員は数年おきに人事異動がある。年齢に関わらず配属が決まるので、店長はおろか、そのさらに上司のエリア長クラスでも年下はざらにいる。
(一回り以上も上だとは思ってないんだろうな)
壁一面の装飾を眺めながら、少し後ろめたい気持ちを抱く。
いつものこととは言え、今回ばかりは割り切れない。
「鶫野さんってお酒呑まないんですか?」
紫輝がパネル式メニューを見ながら鹿乃江に問うた。
「好きなんですけど、あまり強くなくて。呑まれるんでしたらどうぞ、お気になさらず」
「ちゃんと家の近くまで送りますよ?」
「きっとおうち遠いですよ」
「だーいじょうぶです。それこそお気になさらずっすよ」
顔の前で手をヒラヒラと振り、紫輝が目を細める。
(……たまにはいいか……)
「じゃあ……少しだけ……」
送ってもらうかどうかは別にして、期待に応えてみる。その言葉を受けて、紫輝が嬉しそうに微笑んだ。
「はい、どうぞ」
酒類のページを開いて鹿乃江に渡す。
「ありがとうございます」
紫輝と同じように両手を使ってメニューを受け取り、飲み物を選んで紫輝に返す。鹿乃江の選んだスクリュードライバーに、紫輝がジントニックと食べ物を追加してオーダーボタンを押した。
「大丈夫だと思いますけど、なにか粗相したらすみません……」
「全然。勧めたのオレですし、味わっちゃってください」
「はい。ありがとうございます」
紫輝の口調に鹿乃江が笑いながら答えた。
談笑しているうちに、飲み物と軽食が運ばれてくる。
じゃあ、と紫輝がグラスを掲げる。鹿乃江もそれに倣って「お疲れさまです」グラスを軽く当てた。
口をつけ、少量を飲み込む。
(おいしい~)
久しぶりの味に、思わず頬が緩む。
(ピッチ上げないように気を付けよう)
味は好きだが、体質的にアルコールに弱い。自分でも弱いのを知っているから、無茶な飲み方はしない。帰りに30分弱電車に乗ることを考えたら、なおさら気を付けなければならない。なのに。
一緒にいるのが紫輝だから。その安心感に、そして普段行く店で呑むよりも濃い目のアルコールに、鹿乃江は自分が予想していたよりも早めに酔い始めていく。
「うん、うまい」
ミルクティーに口を付けた紫輝の感想に、何故か鹿乃江が安堵の気持ちを抱く。
「紅茶もいいですね」
「美味しいですよね。カフェオレも気になったんですけど、コーヒー飲めなくて……」ストローを指先で回してグラスの中身を攪拌しながら鹿乃江が残念そうに言う。
「味ですか?」
「味はむしろ好きなんです。体質的に合わなくて……胃が痛くなっちゃうんです」
「あらら、なら無理しないほうがいいですね」
「はい。ここのは特に美味しそうなので、残念です」
「じゃあ、ほかにも美味しいもの探しましょう。呼び出してもらえればいくらでもご一緒しますよ」
何気なく言ったであろう紫輝の言葉に心臓が反応した。
「ありがとうございます」
次の約束を取り付ける場面なのかもしれないが、鹿乃江から誘うのはまだまだ気が引ける。
(いつかスマートに誘えるときが来るのかな)
ぼんやりとそんなことを考える。
そもそもそういう行動が苦手なので、ハードルの高い希望だったりするのだが。
お茶を飲みながら話していると、あっという間に時間が過ぎる。
お互いの飲み物が終わる頃、「そろそろご飯行きましょうか」紫輝が手首に巻かれた時計を見て言った。
「はい」
次の店も、どうやら紫輝が予約を取っているらしい。
「ごめんなさい。一緒に、行けなくて……」
申し訳なさそうに言う紫輝に向かってゆっくりと首を横に振り、
「大丈夫です。先導、お願いします」
頭を下げた。
先に出た紫輝を追うようにコリドラスをあとにして、まばらな人通りの裏道をしばらく歩く。紫輝はたまにさりげなく後ろを見て、鹿乃江を確認する。鹿乃江は気付かないふりをして、その背中を目印に歩く。
10分ほど歩いて紫輝がとあるビルに入っていく。と、半身を出して手招きをした。それに気付いた鹿乃江は小走りに紫輝の元へ向かう。鹿乃江が近付くと笑顔になり、
「誰もいなかったんで呼んじゃいました」
いたずらに笑って
「ここからは一緒に行きましょう」
エレベーターホールへ入った。
「意外に人通りなかったっすね」
「そうですね」
「これなら、一緒に来ても良かったかも」
「そうですね……でも、念には念を入れることも大事ですよ」
にこやかに言う鹿乃江に、
「そうっすね」
ニヤッと笑って紫輝が同意した。
店員に案内されて入った個室は、壁一面がステンドグラスのように装飾されていて、なかなかに幻想的だ。
鹿乃江がパァッと笑顔になり「すごーい」思わず声を上げた。
「気に入ってもらえて良かったです」
鹿乃江の隣で一緒に内装を眺めながら、紫輝は自分が褒められたかのように嬉しそうに笑う。
「こないだのお店も喜んでくださったんで、こういうのもお好きかなって」
「はい、素敵です。自分じゃこういうお店選ばないので、嬉しいです」
「…誘われたり、しないんですか?」
「しないですねぇ。職場のコたちとは、居酒屋とか食べ放題とか行っちゃうので」
探るような紫輝の質問の意図に気付かず、鹿乃江が室内を見回しながらサラリと答える。
「若い人多いんですか?」
「はい。年上なのは上司……店長くらいですね」
「ずいぶん若い方が多い会社なんですね」
言いながら紫輝が席に着く。
「んー……そう、ですね。職種柄? ですかね?」
核心に触れられるのを避けるように目線を逸らして、紫輝の向かい側に着席した。
いままで聞かれたことがなかったから、鹿乃江は自分の年齢を紫輝に言っていない。言ったところでなにが変わるでもなさそうだが、それでも多少の抵抗はあった。
(下手したら店長も年下になったりするんだけどね……)
社員は数年おきに人事異動がある。年齢に関わらず配属が決まるので、店長はおろか、そのさらに上司のエリア長クラスでも年下はざらにいる。
(一回り以上も上だとは思ってないんだろうな)
壁一面の装飾を眺めながら、少し後ろめたい気持ちを抱く。
いつものこととは言え、今回ばかりは割り切れない。
「鶫野さんってお酒呑まないんですか?」
紫輝がパネル式メニューを見ながら鹿乃江に問うた。
「好きなんですけど、あまり強くなくて。呑まれるんでしたらどうぞ、お気になさらず」
「ちゃんと家の近くまで送りますよ?」
「きっとおうち遠いですよ」
「だーいじょうぶです。それこそお気になさらずっすよ」
顔の前で手をヒラヒラと振り、紫輝が目を細める。
(……たまにはいいか……)
「じゃあ……少しだけ……」
送ってもらうかどうかは別にして、期待に応えてみる。その言葉を受けて、紫輝が嬉しそうに微笑んだ。
「はい、どうぞ」
酒類のページを開いて鹿乃江に渡す。
「ありがとうございます」
紫輝と同じように両手を使ってメニューを受け取り、飲み物を選んで紫輝に返す。鹿乃江の選んだスクリュードライバーに、紫輝がジントニックと食べ物を追加してオーダーボタンを押した。
「大丈夫だと思いますけど、なにか粗相したらすみません……」
「全然。勧めたのオレですし、味わっちゃってください」
「はい。ありがとうございます」
紫輝の口調に鹿乃江が笑いながら答えた。
談笑しているうちに、飲み物と軽食が運ばれてくる。
じゃあ、と紫輝がグラスを掲げる。鹿乃江もそれに倣って「お疲れさまです」グラスを軽く当てた。
口をつけ、少量を飲み込む。
(おいしい~)
久しぶりの味に、思わず頬が緩む。
(ピッチ上げないように気を付けよう)
味は好きだが、体質的にアルコールに弱い。自分でも弱いのを知っているから、無茶な飲み方はしない。帰りに30分弱電車に乗ることを考えたら、なおさら気を付けなければならない。なのに。
一緒にいるのが紫輝だから。その安心感に、そして普段行く店で呑むよりも濃い目のアルコールに、鹿乃江は自分が予想していたよりも早めに酔い始めていく。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる