前の野原でつぐみが鳴いた

小海音かなた

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Chapter.14

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 紫輝は、テレビで自分を見たと鹿乃江から聞いて以降、自分からどんな仕事をしたのかを話すようになった。そのたび鹿乃江が目を輝かせて興味深そうに話を聞いてくれるので、純粋に嬉しくてついつい話してしまう。
「この間は、鍾乳洞の奥にある湖を見に行ったんです」
「あ、それ、見ました。それで、まえはらさんのお仕事しったんです」
「そうなんすね! あれ見てくれたんですね」
「たまたまなんですけど」
「いやいや、充分です! 嬉しいっす」
「とちゅうからみたので、経緯とかはわからないんですけど」
 鹿乃江の喋り口調にだんだん平仮名が混じってくる。
(酔ってきてる……かわいいな~……)
 いつもより甘く幼い口調で喋る鹿乃江の上気した顔を見つめて、紫輝が目を細める。
「キレイな色の湖でしたよね」
「そうなんですよ。ネットで見て、行ってみたかったんで嬉しかったです。実際に見るのと画面を通してだと、また違った見え方で良かったんです」
「いいですねぇ。行ってみたいけど、行くのたいへんそうでしたよね」
「…確かに一人じゃ大変だと思いますけど……オレ、案内、しますよ…?」
 探りながら言った紫輝に、鹿乃江は満面の笑みで「ありがとうございます」と返した。
(いまのは…肯定……? 反応……?)
 紫輝が悩みつつ次の話題を考えていると、グラスの半分ほどの酒を呑み終えた鹿乃江の表情がさらに緩み始める。エヘエヘ言わんばかりの笑顔で、ゆらゆらとゆっくり左右に揺れている。
(カワイイ! カワイイけど……!)
 悶絶しそうになるのをこらえ「かのえさ~ん……」さりげなく名前で呼びかけてみる。
 ん? と鹿乃江が紫輝に目線を移した。
「大丈夫…ですか?」
「はい。だいじょぶでスよ?」
 両手でグラスを包んで、美味しそうにスクリュードライバーをちびちびと飲んでいる。
「めちゃ顔まっかですよ?」
「そーなんでス。すぐカオに出ちゃうんでス」と、首筋や腕の内側をさすって「このあたりも赤くなっちゃうんですよね……」伏し目がちに言い、さするのをやめた手でグラスを持ち直す。「でも、よってないんですヨ?」
「いやいやいや……酔ってるでしょ」
 紫輝は手を左右に振って鹿乃江の言葉を否定した。
「だいじょうぶですー」
「揺れてますもん」
「ゆれたいんですー」
 自分の手元を見ながら喋る鹿乃が、時折眠たそうにゆっくりと瞬きをする。
 その仕草に、紫輝はとろけそうな笑顔になってしまう。
(やべぇ~! かわいい~!)
 緩む口元を隠そうと手で覆う紫輝。そのまま頬杖をつく体制になって、赤く染まった鹿乃江の顔をジッと見つめた。
(ちょっと無防備すぎるでしょ……)
 自分の手元を見つめながらゆらゆらと揺れる鹿乃江を見つめ続ける。その視線に気付いた鹿乃江が、不意に視線をあげた。
(うわっ……!)
 アルコールのせいでとろんとした目つきに上気した頬。
(うわっ! うわーっ!)
 紫輝の動揺に気付かず、鹿乃江はこてんと首を傾げ、唇に付いた水分を拭うように下唇をむ。
「どーしました?」
「ぃやっ! なんっでもない、ですヨ?」
 あまりの動揺に変なイントネーションになってしまう。
「あっ。お、お水飲みます? お水。飲みましょお水。持ってきてもらいましょ」と紫輝が慌ててオーダーした。
「えぇー。そんなにのんでないですヨ?」
「いや、ちょっと一回グラス置きましょ? ね?」
「はぁい」
 返事を聞いて紫輝がグラスに手を被せ、鹿乃江の口元から遠ざけた。
 グラスから離れた鹿乃江の手に、指先が触れる。グラスの温度が移った冷たい指をそのまま絡め取りたい衝動に駆られた紫輝はそれを必死に抑えるが、触れた指先を離すことができない。
 思考の読み取れないとろんとした目つきのまま、鹿乃江が紫輝を見つめる。指が触れているのを気にしているのかどうかすら、紫輝にはわからない。
「まえはらさん?」
「……鹿乃江さん…あの…オレ……」
 指先に少し力を篭めたタイミングで、個室のドアがノックされる。
「っはい!」
 返事をした紫輝が弾かれるように手を離した。
「失礼いたします。お水をお持ちしました」
「あっ、ありがとうございますっ」
 テーブルに置かれた二つのグラス。そのうちの一つを紫輝が取り、グラスの半分ほどの水を飲み下した。あまりの勢いに、鹿乃江がキョトンとした顔で見つめる。
 紫輝は緩やかに頭を左右に振って鹿乃江に微笑みを向け
「鶫野さんも、どうぞ」
 もう片方のグラスを鹿乃江の近くに置いた。
「…はい…」
 少し不服そうな表情の鹿乃江に
「お水もきっと美味しいですよ」
 言って、笑う。
(そうだけど…そうじゃない……)
 鹿乃江は少し拗ねたように唇を尖らせながら、水の入ったグラスに口を付けた。
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