51 / 69
Chapter.51
しおりを挟む
マンションの地下にある駐車場までエレベーターで下りて、見覚えのある車の前まで移動する。紫輝が空いた手をポケットに入れると、車内からガチャリと音がしてドアロックが解除された。
紫輝が助手席のドアを開け「どうぞ」と繋いでいた手を放し鹿乃江を誘導する。
「ありがとうございます」
久しぶりに乗った紫輝の車には、思い返すといまでも二人の胸を締め付ける苦い思い出がある。
すれ違い、一度は離れた二人がまた一緒に乗車する。それも、こんなに穏やかで晴れやかな気持ちで。
こんな日が来るとは思っていなかった。
数時間前までは会うつもりもなかったのに、本当に不思議だ――と鹿乃江は考える。
未来なんて、いつ何時でも、些細なきっかけと少しの行動で変わっていく。少しの勇気が未来を切り拓く。
それを教えてくれたのは、紫輝だった。
運転席に紫輝が乗り込んで、シリンダーに鍵を差し込んだ。
「次のお休みいつっすか?」
「えーっと……」と、職場から出る間際に確認したメーラーの予定表を思い出す。「しあさって…木曜ですね」
「じゃあ、その日か、その前の日の夜、会えたりします?」
「はい、どっちも大丈夫です」
「じゃあー……あさっての夜、会いましょう」
「はい」
笑顔で答えた鹿乃江に対し、紫輝がふと無言になった。
「どうしました?」
「オレ、ガツガツしてますかね?」
紫輝の質問に鹿乃江は少し考えて
「そのくらいのほうが、ありがたいです」
出した回答が予想だにしていない内容だったようで、紫輝が顔に疑問符を浮かべる。
「あー……きっと、紫輝くんがガツガツ? 来てくれてなかったら、紫輝くんのこと好きでいても、諦めてたと思うんです。たぶん私からは、行けないと思うので……」
「えっ、来てくださいよ」
「…慣れたら…がんばります」
その答えに、紫輝が嬉しそうに笑う。つられて微笑んで、鹿乃江が続ける。
「だから……ありがたいし、嬉しいです」
「……良かった」
ニヘッと紫輝が相好を崩した。その笑顔が可愛くて、鹿乃江もつられてヘヘッと笑う。
「ごめんなさい。キリないっすね。部屋に連れて帰りたくなる前に、出しますね」
嬉しそうな困ったような口調で紫輝が言う。
「はい、お願いします」
要望を受けて、紫輝がゆっくりと発車させた。前回とは打って変わった車内の雰囲気に、和やかな会話が弾む。
30分弱のドライブは、いつか聞いたカーナビの案内で終了を迎えた。
「このあたりですか?」
路肩にゆっくり停車させて、紫輝が車外を確認する。
「はい、ここで大丈夫です」
「オレ家の前まで送ります」
シートベルトを外そうとする紫輝をやんわり止めて、
「誰かに気付かれちゃったら大変なので」
鹿乃江が少し困ったように笑う。
「あー……そうっすね。スミマセン……」
「ううん? 送ってくれて、ありがとうございます」
「うん。じゃあ、また、あさって」
「はい」
微笑んで頷く鹿乃江を見つめ
「……会いたいときに会えるって幸せっすね」
紫輝が嬉しそうに表情を緩めて、しみじみと言った。
鹿乃江もつられて口元を緩める。
「うん。幸せですね」
はにかんだ鹿乃江に
「大事にしますね」
紫輝が唐突に言う。
「鹿乃江さんのこと、大事に、します」
泣きそうなくらい幸せで、愛しくて、笑みがこぼれだす。
「ありがとうございます」照れながら言って「紫輝くん」運転席へ呼びかける。
「はい」
「大好き」
不意打ちに紫輝が顔を赤く染める。
「帰したくなくなっちゃいます」
ハンドルに乗せた腕に頭を預け、熱っぽい瞳を鹿乃江に向けた。
鹿乃江は困ったようにはにかんで
「……今日は、だめです。家すぐそこですし」
自分の決心が揺らがないうちにシートベルトを外す。
「おやすみなさい」ドアを開けながら紫輝を振り返る。
「おやすみなさい。気を付けて」
「紫輝くんも、帰り道お気を付けて」車を下りて腰を屈め、車内に呼びかける。
「うん」
紫輝が手を振ると、鹿乃江も「またね」と手を振り返して、静かに助手席のドアを閉めた。家路に着く途中で振り返って、もう一度紫輝に手を振ってから曲がり角に入る。
「やべぇ~…かわいい~……」
振り返した手で頭を抱え、緩んだ笑顔で幸せの余韻に浸ってから、紫輝も家路に着いた。
鹿乃江もまた、幸せの余韻に浸りつつシャワーを浴びて眠り支度を済ませる。
しかし、ちょっと、すんなり眠れそうにない。
(明日、帰りに服、見に行こうかな……)
寝しなにスマホを操作しつつ、職場近くでアパレルショップを探す。ふと、新規ブラウザを開き【前原紫輝 好みのタイプ】と入力し、検索してみる。ズラリと出てきた結果は、雑誌のインタビュー記事の引用をまとめたものが多かった。
(見た目のこととか、あんまり書いてないなー……)
そう思いつつ、より近い日付の記事を見つけてリンクへ飛んだ。
(あ、服装載ってた)
これなら無理なくできそうだと思いつつ、引用元の掲載雑誌の発売時期に気を留めてみる。
(…これ…たぶん……)
夏頃に発売された記事から、徐々に具体的になっている。その例は、鹿乃江が紫輝に会うとき着ていた服のテイストとほぼ一緒だった。
(…………寝よう)
恥ずかしさから逃れるようにスマホをスリープしようとして、ふと思い立つ。
アプリを立ち上げて一言だけメッセを送り、眠りに就いた。
* * *
紫輝が助手席のドアを開け「どうぞ」と繋いでいた手を放し鹿乃江を誘導する。
「ありがとうございます」
久しぶりに乗った紫輝の車には、思い返すといまでも二人の胸を締め付ける苦い思い出がある。
すれ違い、一度は離れた二人がまた一緒に乗車する。それも、こんなに穏やかで晴れやかな気持ちで。
こんな日が来るとは思っていなかった。
数時間前までは会うつもりもなかったのに、本当に不思議だ――と鹿乃江は考える。
未来なんて、いつ何時でも、些細なきっかけと少しの行動で変わっていく。少しの勇気が未来を切り拓く。
それを教えてくれたのは、紫輝だった。
運転席に紫輝が乗り込んで、シリンダーに鍵を差し込んだ。
「次のお休みいつっすか?」
「えーっと……」と、職場から出る間際に確認したメーラーの予定表を思い出す。「しあさって…木曜ですね」
「じゃあ、その日か、その前の日の夜、会えたりします?」
「はい、どっちも大丈夫です」
「じゃあー……あさっての夜、会いましょう」
「はい」
笑顔で答えた鹿乃江に対し、紫輝がふと無言になった。
「どうしました?」
「オレ、ガツガツしてますかね?」
紫輝の質問に鹿乃江は少し考えて
「そのくらいのほうが、ありがたいです」
出した回答が予想だにしていない内容だったようで、紫輝が顔に疑問符を浮かべる。
「あー……きっと、紫輝くんがガツガツ? 来てくれてなかったら、紫輝くんのこと好きでいても、諦めてたと思うんです。たぶん私からは、行けないと思うので……」
「えっ、来てくださいよ」
「…慣れたら…がんばります」
その答えに、紫輝が嬉しそうに笑う。つられて微笑んで、鹿乃江が続ける。
「だから……ありがたいし、嬉しいです」
「……良かった」
ニヘッと紫輝が相好を崩した。その笑顔が可愛くて、鹿乃江もつられてヘヘッと笑う。
「ごめんなさい。キリないっすね。部屋に連れて帰りたくなる前に、出しますね」
嬉しそうな困ったような口調で紫輝が言う。
「はい、お願いします」
要望を受けて、紫輝がゆっくりと発車させた。前回とは打って変わった車内の雰囲気に、和やかな会話が弾む。
30分弱のドライブは、いつか聞いたカーナビの案内で終了を迎えた。
「このあたりですか?」
路肩にゆっくり停車させて、紫輝が車外を確認する。
「はい、ここで大丈夫です」
「オレ家の前まで送ります」
シートベルトを外そうとする紫輝をやんわり止めて、
「誰かに気付かれちゃったら大変なので」
鹿乃江が少し困ったように笑う。
「あー……そうっすね。スミマセン……」
「ううん? 送ってくれて、ありがとうございます」
「うん。じゃあ、また、あさって」
「はい」
微笑んで頷く鹿乃江を見つめ
「……会いたいときに会えるって幸せっすね」
紫輝が嬉しそうに表情を緩めて、しみじみと言った。
鹿乃江もつられて口元を緩める。
「うん。幸せですね」
はにかんだ鹿乃江に
「大事にしますね」
紫輝が唐突に言う。
「鹿乃江さんのこと、大事に、します」
泣きそうなくらい幸せで、愛しくて、笑みがこぼれだす。
「ありがとうございます」照れながら言って「紫輝くん」運転席へ呼びかける。
「はい」
「大好き」
不意打ちに紫輝が顔を赤く染める。
「帰したくなくなっちゃいます」
ハンドルに乗せた腕に頭を預け、熱っぽい瞳を鹿乃江に向けた。
鹿乃江は困ったようにはにかんで
「……今日は、だめです。家すぐそこですし」
自分の決心が揺らがないうちにシートベルトを外す。
「おやすみなさい」ドアを開けながら紫輝を振り返る。
「おやすみなさい。気を付けて」
「紫輝くんも、帰り道お気を付けて」車を下りて腰を屈め、車内に呼びかける。
「うん」
紫輝が手を振ると、鹿乃江も「またね」と手を振り返して、静かに助手席のドアを閉めた。家路に着く途中で振り返って、もう一度紫輝に手を振ってから曲がり角に入る。
「やべぇ~…かわいい~……」
振り返した手で頭を抱え、緩んだ笑顔で幸せの余韻に浸ってから、紫輝も家路に着いた。
鹿乃江もまた、幸せの余韻に浸りつつシャワーを浴びて眠り支度を済ませる。
しかし、ちょっと、すんなり眠れそうにない。
(明日、帰りに服、見に行こうかな……)
寝しなにスマホを操作しつつ、職場近くでアパレルショップを探す。ふと、新規ブラウザを開き【前原紫輝 好みのタイプ】と入力し、検索してみる。ズラリと出てきた結果は、雑誌のインタビュー記事の引用をまとめたものが多かった。
(見た目のこととか、あんまり書いてないなー……)
そう思いつつ、より近い日付の記事を見つけてリンクへ飛んだ。
(あ、服装載ってた)
これなら無理なくできそうだと思いつつ、引用元の掲載雑誌の発売時期に気を留めてみる。
(…これ…たぶん……)
夏頃に発売された記事から、徐々に具体的になっている。その例は、鹿乃江が紫輝に会うとき着ていた服のテイストとほぼ一緒だった。
(…………寝よう)
恥ずかしさから逃れるようにスマホをスリープしようとして、ふと思い立つ。
アプリを立ち上げて一言だけメッセを送り、眠りに就いた。
* * *
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる