日々の欠片

小海音かなた

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6/1『ドライバー』

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 足元でコツンと音が鳴った。
 いやな予感と共に床を見る。
「うわマジか」
 そこには一本のねじ。慌てて休日でもやっている病院を探す。
 車で行けば近い場所に一件見つけたけど、ねじが外れている以上、いくら自動運転だからって車に乗るのは危険だ。なんだか軽いめまいもしてるし、どうしよう。
「どうしたの? 血相かえて」
 慌てる僕に気づいて妻がやってきた。
「いや、これ」拾ったねじを見せる。
「あらやだ。病院」
「近場だとここしかなくて」
 病院の場所を直接脳内に飛ばしたら、妻が即座に答えた。「私が車出すから行きましょ」
「そう? 悪いね」
 妻がシグナルを飛ばして、地下駐車場から車を出してくれた。助手席に乗ってナビへ行先を伝えると、車が浮いて空中道路を進み始めた。
* * *
「今日はどうなされました?」
「実は今朝、ねじが一本外れてしまって」
「おや。そのねじはお持ちですか?」
「はい、これです」
 医師に落ちたねじを差し出す。
「あぁ、このねじね。これは外れてすぐなら大丈夫なやつなので、いま締めちゃいますね」
 医師が金属の筒からドライバーを取り出し、受け取ったねじを消毒した。
「右耳、見せてもらえます?」
「はい」
「ちょっとくすぐったいのと、ちょっとクラクラするかもしれませんが、すぐに治りますよ~」
 言葉の通り、ちょっとくすぐったくて、ちょっとクラクラするのを我慢したら、もう通常通りになっていた。
「はい、もう大丈夫ですよ~」
「ありがとうございます。あのねじって一体……」
「あれはね、耳の奥にある鼓膜制御盤を止めてるねじの一本。四隅を一本ずつで留めてるんですけどね、激しい運動したり大きな音を聞いた後、振動の力で自然に外れちゃうことがあるんですよ」
「そうなんですか」
「突然外れるからみなさん血相変えて駆け込んでくるの。でももう大丈夫です」
 これ、心配になったらお読みください。
 渡された小冊子には、どのねじがどの部分を留めているかが書かれていた。器官によって型が違うようで、さっき見たねじは確かに三半規管周辺のもの。
「最近なにか、激しい運動とかしました?」
「妻とライブに行って、ヘッドバンキングを……」
「あぁー、その衝撃で緩んで外れちゃったんでしょうね~。折角だし、他の部分も確認しときます? 診察料一緒なんで」
「すみません、お願いします」
 近くで見守っていた看護師さんが自分の耳に手を当てる。「待合室の奥様にも信号出して検査おすすめしますね~」
「ありがとうございます」
 先生に診てもらって、耳奥のねじが他にも少し緩んでいたのを直してもらった。妻はいたって健康だった。ねじが外れやすいかどうかは、製造過程での個体差によるらしい。
「私の製造番号世代は頑丈に作られてるって聞いたことあるわ」
「その年によって都度調整されますからねぇ」
 妻と看護師さんは僕らを余所に世間話を始めた。
「油分の摂りすぎはねじ緩みの原因になるので、併せて気を付けてください」
 お大事にと送り出されて病室をあとにする。
 乗車してナビに行き先を告げて、カーシートに身を委ねた。
「あぁ、焦った。外れるようなねじなら、使わないでほしいなぁ」
「でもねじがないとメンテナンスが複雑になるから、仕方ないわよねぇ」
「そうだけど……」
 頬杖をついて見た窓の下、歩行者道路を人々が歩いている。人間のヒトたちだ。
「いいよなぁ、人間は。ねじがなくて」
「でもその代わり【病気】があるから」
「あー。どっちもおんなじようなもんかぁ」
「私たちはパーツ交換できるけど、人間の皆さんはそれ、できないらしいじゃない」
「相当難しいみたいだね」
 世の中にはまだ、【完璧な生命体】なんてまだいないのだなぁ。
 青空の中に浮かぶ月を眺めて、ふぅ、と声を吐いた。
 呼吸が必要ない代わりに、ため息がつけないのは少々もどかしいところだが……なんでも良し悪しだな。
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