152 / 366
6/1『ドライバー』
しおりを挟む
足元でコツンと音が鳴った。
いやな予感と共に床を見る。
「うわマジか」
そこには一本のねじ。慌てて休日でもやっている病院を探す。
車で行けば近い場所に一件見つけたけど、ねじが外れている以上、いくら自動運転だからって車に乗るのは危険だ。なんだか軽いめまいもしてるし、どうしよう。
「どうしたの? 血相かえて」
慌てる僕に気づいて妻がやってきた。
「いや、これ」拾ったねじを見せる。
「あらやだ。病院」
「近場だとここしかなくて」
病院の場所を直接脳内に飛ばしたら、妻が即座に答えた。「私が車出すから行きましょ」
「そう? 悪いね」
妻がシグナルを飛ばして、地下駐車場から車を出してくれた。助手席に乗ってナビへ行先を伝えると、車が浮いて空中道路を進み始めた。
* * *
「今日はどうなされました?」
「実は今朝、ねじが一本外れてしまって」
「おや。そのねじはお持ちですか?」
「はい、これです」
医師に落ちたねじを差し出す。
「あぁ、このねじね。これは外れてすぐなら大丈夫なやつなので、いま締めちゃいますね」
医師が金属の筒からドライバーを取り出し、受け取ったねじを消毒した。
「右耳、見せてもらえます?」
「はい」
「ちょっとくすぐったいのと、ちょっとクラクラするかもしれませんが、すぐに治りますよ~」
言葉の通り、ちょっとくすぐったくて、ちょっとクラクラするのを我慢したら、もう通常通りになっていた。
「はい、もう大丈夫ですよ~」
「ありがとうございます。あのねじって一体……」
「あれはね、耳の奥にある鼓膜制御盤を止めてるねじの一本。四隅を一本ずつで留めてるんですけどね、激しい運動したり大きな音を聞いた後、振動の力で自然に外れちゃうことがあるんですよ」
「そうなんですか」
「突然外れるからみなさん血相変えて駆け込んでくるの。でももう大丈夫です」
これ、心配になったらお読みください。
渡された小冊子には、どのねじがどの部分を留めているかが書かれていた。器官によって型が違うようで、さっき見たねじは確かに三半規管周辺のもの。
「最近なにか、激しい運動とかしました?」
「妻とライブに行って、ヘッドバンキングを……」
「あぁー、その衝撃で緩んで外れちゃったんでしょうね~。折角だし、他の部分も確認しときます? 診察料一緒なんで」
「すみません、お願いします」
近くで見守っていた看護師さんが自分の耳に手を当てる。「待合室の奥様にも信号出して検査おすすめしますね~」
「ありがとうございます」
先生に診てもらって、耳奥のねじが他にも少し緩んでいたのを直してもらった。妻はいたって健康だった。ねじが外れやすいかどうかは、製造過程での個体差によるらしい。
「私の製造番号世代は頑丈に作られてるって聞いたことあるわ」
「その年によって都度調整されますからねぇ」
妻と看護師さんは僕らを余所に世間話を始めた。
「油分の摂りすぎはねじ緩みの原因になるので、併せて気を付けてください」
お大事にと送り出されて病室をあとにする。
乗車してナビに行き先を告げて、カーシートに身を委ねた。
「あぁ、焦った。外れるようなねじなら、使わないでほしいなぁ」
「でもねじがないとメンテナンスが複雑になるから、仕方ないわよねぇ」
「そうだけど……」
頬杖をついて見た窓の下、歩行者道路を人々が歩いている。人間のヒトたちだ。
「いいよなぁ、人間は。ねじがなくて」
「でもその代わり【病気】があるから」
「あー。どっちもおんなじようなもんかぁ」
「私たちはパーツ交換できるけど、人間の皆さんはそれ、できないらしいじゃない」
「相当難しいみたいだね」
世の中にはまだ、【完璧な生命体】なんてまだいないのだなぁ。
青空の中に浮かぶ月を眺めて、ふぅ、と声を吐いた。
呼吸が必要ない代わりに、ため息がつけないのは少々もどかしいところだが……なんでも良し悪しだな。
いやな予感と共に床を見る。
「うわマジか」
そこには一本のねじ。慌てて休日でもやっている病院を探す。
車で行けば近い場所に一件見つけたけど、ねじが外れている以上、いくら自動運転だからって車に乗るのは危険だ。なんだか軽いめまいもしてるし、どうしよう。
「どうしたの? 血相かえて」
慌てる僕に気づいて妻がやってきた。
「いや、これ」拾ったねじを見せる。
「あらやだ。病院」
「近場だとここしかなくて」
病院の場所を直接脳内に飛ばしたら、妻が即座に答えた。「私が車出すから行きましょ」
「そう? 悪いね」
妻がシグナルを飛ばして、地下駐車場から車を出してくれた。助手席に乗ってナビへ行先を伝えると、車が浮いて空中道路を進み始めた。
* * *
「今日はどうなされました?」
「実は今朝、ねじが一本外れてしまって」
「おや。そのねじはお持ちですか?」
「はい、これです」
医師に落ちたねじを差し出す。
「あぁ、このねじね。これは外れてすぐなら大丈夫なやつなので、いま締めちゃいますね」
医師が金属の筒からドライバーを取り出し、受け取ったねじを消毒した。
「右耳、見せてもらえます?」
「はい」
「ちょっとくすぐったいのと、ちょっとクラクラするかもしれませんが、すぐに治りますよ~」
言葉の通り、ちょっとくすぐったくて、ちょっとクラクラするのを我慢したら、もう通常通りになっていた。
「はい、もう大丈夫ですよ~」
「ありがとうございます。あのねじって一体……」
「あれはね、耳の奥にある鼓膜制御盤を止めてるねじの一本。四隅を一本ずつで留めてるんですけどね、激しい運動したり大きな音を聞いた後、振動の力で自然に外れちゃうことがあるんですよ」
「そうなんですか」
「突然外れるからみなさん血相変えて駆け込んでくるの。でももう大丈夫です」
これ、心配になったらお読みください。
渡された小冊子には、どのねじがどの部分を留めているかが書かれていた。器官によって型が違うようで、さっき見たねじは確かに三半規管周辺のもの。
「最近なにか、激しい運動とかしました?」
「妻とライブに行って、ヘッドバンキングを……」
「あぁー、その衝撃で緩んで外れちゃったんでしょうね~。折角だし、他の部分も確認しときます? 診察料一緒なんで」
「すみません、お願いします」
近くで見守っていた看護師さんが自分の耳に手を当てる。「待合室の奥様にも信号出して検査おすすめしますね~」
「ありがとうございます」
先生に診てもらって、耳奥のねじが他にも少し緩んでいたのを直してもらった。妻はいたって健康だった。ねじが外れやすいかどうかは、製造過程での個体差によるらしい。
「私の製造番号世代は頑丈に作られてるって聞いたことあるわ」
「その年によって都度調整されますからねぇ」
妻と看護師さんは僕らを余所に世間話を始めた。
「油分の摂りすぎはねじ緩みの原因になるので、併せて気を付けてください」
お大事にと送り出されて病室をあとにする。
乗車してナビに行き先を告げて、カーシートに身を委ねた。
「あぁ、焦った。外れるようなねじなら、使わないでほしいなぁ」
「でもねじがないとメンテナンスが複雑になるから、仕方ないわよねぇ」
「そうだけど……」
頬杖をついて見た窓の下、歩行者道路を人々が歩いている。人間のヒトたちだ。
「いいよなぁ、人間は。ねじがなくて」
「でもその代わり【病気】があるから」
「あー。どっちもおんなじようなもんかぁ」
「私たちはパーツ交換できるけど、人間の皆さんはそれ、できないらしいじゃない」
「相当難しいみたいだね」
世の中にはまだ、【完璧な生命体】なんてまだいないのだなぁ。
青空の中に浮かぶ月を眺めて、ふぅ、と声を吐いた。
呼吸が必要ない代わりに、ため息がつけないのは少々もどかしいところだが……なんでも良し悪しだな。
0
あなたにおすすめの小説
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる