日々の欠片

小海音かなた

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10/6『家事手伝いOJT』

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 妻が“母”と“妻”を休んでから三ヶ月経ったが、家は思っていたより荒れずに保たれている。
 俺が仕事に行っている間、妻が気分転換に家事業をポツポツ再開してくれているそう。
 目標としていた新人発掘コンテストへの応募も一段落着いたようだ。
「あとは結果を待つだけだから」
 と言って、ネタを作ったりネームを切ったりする合間に家事をしてくれている。
 デジタル漫画の応募は圧縮データをメールに添付して送れば完了するらしく、なんだかあまり応募した実感がない、と妻。
 三ヶ月の間に家事が上達した我が子の成長に拍手し、料理のレパートリーが増えた俺も褒めて貰えた。みんな満更じゃない様子。
 応募した作品を読ませてほしかったけど、「ちゃんと本に載ったらね」と断られた。

 この三ヶ月間で考えたことがある。
 妻が本当に漫画家デビューを果たしたら、のシミュレーション。
 最初から連載~なんてそんな僥倖はないと思うけど、もし本当に本業として漫画を描くのであれば、いまのような生活は難しいんじゃないか。
 妻がどういう展望を描いているのかはわからないけれど……妻が望む未来に進めればいいと思う。
 そういえば、選考結果が出るのはいつ頃なのだろう。聞くのを忘れたなと思い出しては忘れるを繰り返していたある日、妻が突然奇声をあげた。
「ひぃやーーーーー!」
「どうした!」
 すわ非常事態かと妻の元へ駆け寄ったら、妻は片手にスマホを握りしめながら、両手をワナワナ震わせていた。
「なに⁈ ゴキ⁈ どこ⁈」
「ちっちっ、違っ……で、で」
「出た⁈ おばけ⁈」
「デビュー! デビューできるって! 漫画家!」
「え……ええええええぇぇ⁈ すごい! すごいすごい! やったね!」
 夫婦で手を取り合って喜んでいたら、半開きのドアがバーン! と開いた。
「ちょっとパパママうるさい! 何時だと思ってんの!」
「「あ……すみません」」
 娘に叱られ我に返る我ら。
 娘は「ほんとマジ……」などとブツブツ言いながら自室に戻って行った。
 ここからは小声で会話する。
「すごいね、ホントにデビューしちゃうなんて!」
「あなたたちが家事を頑張ってくれたおかげだよ~、ありがとう!」
「それは普段からやるべきことをサボってただけだから……それより」
「うん」
「これからプロになるってことは、漫画をたくさん描くってことでしょ?」
「まぁ、上手くいけば」
「じゃあこれからも、俺らが家事をこなさないとだね」
「あー、うーん、それはありがたいんだけどー」
 妻が口ごもる。
「……なんか、思うことがあれば」
「……家事をしてくれるのはとてもありがたく感謝している、という大前提は忘れないでいてほしいのだけど」
 そう前置きをして、妻が言った。
 俺らの家事は、雑なのだ、と。
 確かに、妻が全部こなしてくれていた頃に比べると、家の中がなんだかくすんでいるなぁと感じてはいた。だけどそれで生活に支障があるでなし、と見て見ぬ振りをしていた。
 妻はそれが気になって仕方なかったらしく、応募作を完成させたあと、俺らが会社や学校に行っている間に気になる箇所を徹底的に掃除したらしい。
 だから水回りがピッカピカになってたわけだ。
「頑張ってくれてるのはわかってるんだけどさ、どーしても気になって。性格上のことだから、悪く思わないでほしいんだけど」
「いや、ごもっともなご意見です。確かに最近、水回り使う時気持ちいいもん」
「あの子達のやる気を削ぐのは嫌だから、内緒にしといてね」
「うん」
 というわけで、妻は出産前の会社員時代と同じように【定時】を決めて漫画家として働くことにしたらしい。通勤時間がないし、自分の性格に合うからいいんだとか。
 そうして、妻は漫画家としてデビューしつつ、“母”と“妻”を再開させた。
 もちろん休止宣言中も母であり妻であってくれたけれど、宣言前と同じように家事炊事をこなしてくれるようになった。子供達は喜んでいるけど俺は内心心配だ。
 どっちも全力でなんて疲れないの? って聞いたけど、大丈夫なんだって言って聞かない。
 いきなり連載なんてできるはずはないし、人気が出て仕事の依頼が増えるまではなんとかすると言う。
 原稿の締切前は原稿にかける時間を増やせるように俺と子供たちが家事を担当してサポートすることを、妻と子供達に了承してもらった。
 以前にも増して家族の結束力が高まったみたいだ。
 子供達もいずれ独立するだろうし、そうなったとき俺が足手纏いにならないよう、いまのうちに家事と炊事のOJTを妻に依頼する。
 妻が叶えた“夢”の後押しをできるように、これからは勉強の日々だ。
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