転生した気がするけど、たぶん意味はない。(完結)

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本編

24.成功

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 翌日も大人しく店の手伝いに励んだ。また何かやらかすんじゃないかと兄ちゃんは鋭く目を光らせているが、こっちもそんな連日問題ばかり起こしてもいられない。俺はそれはもう良い子に徹し、必要以上に愛想を振りまきながら接客する。

 あんまりお兄ちゃんを困らせちゃだめよーなんて言葉は今日だけで数十回は聞いたんじゃないだろうか。おばちゃん相手の俺はまだ良いが、若い女性客に「これ何の香りですかー?」とまだ仄かに残るニンニク臭を無邪気に尋ねられている瑛士君は返答に困っている。そのたび俺と兄ちゃんはそっと目を逸らす。大丈夫、例え失言してもイケメンならば許されるはずだ。

 手が空いたリアさんは家事が捗ったと上機嫌で、昨日街で買ってきたお菓子をご褒美にくれた。果実の味がするスティック状のラスクみたいなお菓子はカラフルで見た目が可愛い。そして普通に美味しい。

「うちもパンあるんだし、これ作れば良いのに」

 食べながらふと思ったのだ、ラスクなら簡単に作れるなーって。見た目やバリエーションに拘らなければ難しくはないはずだ。日本では確か……パン切りっぱなしみたいな形やサイコロ状の形があった気がする。パクりだともまぁ言われないような……。

「……パン屋で菓子を売るのか?」
「え、ペッペだって半分お菓子みたいなもんでしょ」

 言うと、兄ちゃんが顎に手をやって考え出した。

「フィーは何で自分の店で作ってみなかったんだ?」
「うん? んー思い出す機会がなかったから?」
「キャラパン作る前にもっと他のもの試せよ」

 絵心のない俺の作る全力のアンパンを覚えていたのか瑛士君がくすくす笑う。恥ずかしいから忘れて欲しいんだけど。

「フィーブル、これ作れそうなのか?」
「うん、まぁ。たぶん?」

 いまいち自信はないながらも頷く俺に、兄ちゃんは厨房を使う許可をくれた。必ず兄ちゃんかリアさんが付き添うのが条件だったけれど、昨日の不祥事を思えばあり得ない譲歩だ。

 反省はしたが、俺はまだライキの秘めた可能性を諦めてはいない。簡単に手に入る王都に居るうちにまだまだ試してみたいのだ。ラスクのガーリック版だってあったはず。

 とはいえ、しばらくは兄ちゃんの監視の目が厳しく、それから数日は瑛士君の協力のもと真剣にラスク作成に取り組んだ。

 この世界の材料でもベーシックなラスクは出来たのだけれど――いまいち独創性に欠けるというか、素朴過ぎる気がする。何か目新しい材料でもないかと、瑛士君と買い物に出てみた。

「色とか形で個性出すべきだよねー」
「後はパッケージとか」

 収穫はなく、噴水まで来てしまった。出店を眺めながら日本の映えスイーツを意識しつつアイデアを出し合ってみるが、どれも再現不可能という結論になってしまう。

「……あ、マックのポテト」
「どしたの、急に」
「映えとかじゃなくて普通に食いたい物考えてたんだけどさ。マックのポテトみたいに限界まで細くするの、面白くない?」

 うーん。そこまで細くするとポキポキ折れそうな気はするけど、細長いスティックを束にして売っていたら気になりそうだ。試してみる価値はある。というか、俺もポキポキで連想した。

「持つところ残してチョコ掛け、みたいなのもやりたい」

 さすがにチョコはないけれど。アイシングはしたい。食紅とか、味ではなくとにかく色が付くものがあれば……。







「おお……おおおお!」
「あら、可愛い」

 何となく形になった試作品を前に、兄ちゃんは目を見開き、リアさんは胸の前で両手をパンッとくっつけた。中々の好感触だ。赤、青、黄……諸事情によりパステルカラー調になってしまったがこれはこれで可愛いと思う。とりあえず花を生けるようにコップにぶっ挿しているが、そこそこ映えて見える。

「味はどの色も同じ味がする」
「うん。色がついた砂糖つけただけだし」
「一応この辺で止めてみたけど、もう少し細くは出来そうです」

 極細にもしてみたが最終的に親指くらいの太さにしている。強度は下がってしまうけれど、もう少し細い方が食感は軽くなるので、個人的には細くしたい。

 店で売ってみるか? と聞かれ、大きく頷く。合格を貰えたのだ。兄ちゃんは太っ腹なので、売り上げはそのままくれるらしい。王都で買いたい物は結構あるのでお金はいくらあっても助かる。

「これ、どうやって色付けてるの?」
「魔法の粉だよ」

 レシピというほどの物はないが、詳細は王都を出る時に伝えるつもりだ。それまでは企業秘密。兄ちゃん達は知りたそうだったけれど知らない方が幸せだと思う。

 実はこの魔法の粉、ダメ元で行った薬屋で買ったのだ。勿論、薬なので人が口にしても良い物なのだが、店主が怪しげな笑みを浮かべていたのが気になる。俺達も原料は敢えて聞いていない。消化が良くなるとか、疲労に効くとか、地味に効能はあるので、身体には良いスイーツという事にしておこう。

 兄ちゃんに頭をぐりんぐりんに撫でられ、上機嫌で部屋に戻ると、同じく満足そうな瑛士君とハイタッチする。魔法の粉を何気なく舐めた時は絶対ムリだと思った。蛙を舐めているみたいな味がしたのだ。何度も瑛士君と味見を重ね、蛙感がなくなるギリギリを見極める作業は本当に……本当に辛かった。

「……あ、三色を混ぜればもっと色増やせるんじゃね?」

 瑛士君にこんな事を思うのは心苦しいが、何て余計な事を思いつくんだ。これが他の人なら舌打ちしていただろう。

「やだ。味見やだ。もう終わったんだもん」
「だもん、じゃねーわ」
「やだやだやだー!」

 ベッドを転げ回って全力の嫌だアピールをする。やっと終わったと思ったのだ。少なくとも一週間はやりたくない。瑛士君は見苦しい俺を暫し冷静に見下ろしていたが、ふいにベッドの逆側からガシッと頭を掴んで動きを止めてきた。

 両手でガッチリと左右を挟まれ、仰向きの俺の視線が天井で固定される。そして上下逆さまの瑛士君が視界に飛び込んできた。人類が等しく一番不細工になる角度だというのに、何故か瑛士君の顔はちっとも崩れない。圧倒的な顔面が常識を覆してきた。

「フィー、神殿に行こう。心配しなくても味見はまだ先な」

 見惚れていた俺はその言葉を理解するのに数秒かかった。

「…………行くの?」
「行く。付き合ってくれるか?」
「当たり前だよ」

 じゃあ行こう、と瑛士君はゆっくり頭を下ろして、額に俺の額をくっつけた。かなりドキッとしたが、何か神聖な儀式みたいで動揺しつつも瞼を閉じる。おでこと挟まれた両耳が瑛士君の体温であったまってじんじんした。

「逃げないから、フィーがちゃんと見てて」

 頭の中まで瑛士君の声が響く。

「何もかも覚悟決めれた訳じゃないけど、ケジメはつけなきゃって俺も思う。だから行ける所までは行く。落ちても、フィーが明るい方に引っ張ってくれるからな。何もしなくて良いから、傍で見守ってて」
「……うん。一番近くで見てるよ」
「いつも通り顔面だけ見ててくれれば良いから」

 咄嗟にバチッと目を開けるが言葉に詰まる。揶揄われているのは確かだけれど、事実だけに何と言ったものか……。無言で目を泳がせている間に、顔ばかりどんどん熱くなってきた。

「フィー、熱っつ!」

 何か言う前に、耐え切れず瑛士君が身を離した。そもそも、いくら何でも密着し過ぎなのだ。拳一つ分ようやく空いた距離にホッとしたが、おでこが離れたからこそバッチリ目と目が合う。逆さまの瑛士君の茶色い眸が逆光で黒く見える。吸いこまれそうで、俺は性懲りもなく見惚れてしまったのだけれど。

 瑛士君もじっと俺の眸を見ていた。言葉もなく、まだ熱を持った左側に瑛士君の手がそっと触れる。それはいつもと違う壊れ物を扱うような優しい手つきで、俺も瑛士君も何かに取り憑かれたように視線を外せずにいる。少しずつ、距離が近づく。またくっついてしまいそうなほど――。

「――っ、」
「いたっ、」

 顔と顔の間に割り込んできた瑛士君の手に、目を塞がれる。勢いが良すぎて、ぺちっと音が鳴った。

 軽い痛みで我に返ると、瑛士君の手を緩く払いのけながら起き上った。ぱちぱちと瞬きしてみるけれど、数秒前まで自分が何をどうしていたのか分からないでいる。ただ心臓はバクバクと鳴っていた。よく分からない、全然分からないけど、今……キスしそうだったと思った。

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