顔も知らない婚約者 海を越えて夫婦になる

永江寧々

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溺愛タイプ

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 飲んで食べてのドンチャン騒ぎ。
 大勢の人間を呼んで夜が更けても盛り上がる光景にハロルドは萎縮するばかりでついていけていない。

「そうだそうだ! ハロルド、コイツの子供の頃の写真見るか? 子供の頃って言い方もおかしいな。チビの頃の写真見るか?」
「あ、見たいです!」
「笑っちまうぐらいなんも変わってねぇぞ! おーい、写真持ってきてくれ!」

 もともと見せるつもりだったのか、すぐに大量の写真が運ばれてきた。

「どんだけ……」
「何かあればすぐに写真屋を呼んでおったからな。五年前にはカメラを買っておった」

 見るだけで何時間かかるんだと怖くなるほどの写真が次から次に運ばれてくる。
 でもこれがダイゴロウの愛情なんだと思うと微笑ましくもなる。

「見ないのか?」
「飽きるほど見た。酔うと必ず写真を見て昔話をするのじゃ。巻き込まれとうない。あとは勝手にやってくりゃれ」

 もう日付が変わっている。寝ると大きな欠伸をしながら手を揺らすユズリハの袖を掴んだハロルドが首を振って訴えた。

「置いていくな」

 あの酔っ払い集団の中に入って盛り上がれるはずがない。一人にするなと訴えるハロルドにユズリハが見せたのは意地悪なニヤつき。

「寂しいから一人にするなと言ってくれれば一緒にいてやるのじゃがのう?」
「お前な……」
「んー? どうした? わらわはもう眠い。部屋に戻って寝たいのじゃ」
「ユズリハ、性悪なこと言ってねぇでお前も来い」

 舌打ちでもしそうな勢いで顔を歪めたユズリハが「旦那様が酔っ払いのそなたらの中に一人で入りとうないらしいのでな、わらわも渋々お供するか」とわざわざ大声で告げたことに慌てながらあとを追いかけてユズリハの隣に座る。

「ほれ、これなんかウォルターが初めてうちで写真を撮ったときのやつだ」
「うわー! お祖父様が若い!」
「懐かしいのう。わらわは警戒しておった」
「大人顔負けの険しい表情だな」

 眉を寄せて不機嫌そうに写真に映るユズリハだろう少女の表情に愛らしさはない。今も眉を寄せるとこういう表情をする。

「これがモミジさんか?」
「うむ、母上じゃ。美人であろう」

 ダイゴロウの隣で優しく微笑む美しい黒髪美人。
 背が低く、ダイゴロウと並ぶと大人と子供のようだが、笑顔がユズリハとよく似ている。

「名前教えたのか?」
「当然じゃろう」

 そうか、と微笑むダイゴロウはユズリハがそこまで心を許しているのならと心底安心した。
 亡くなった母親のことを語りたがらなかった娘が母親が亡くなったことだけではなく名前まで教えたのだから、間違いなく幸せなのだと確信する。

「これじゃこれじゃ! 姉上の結婚式の写真!」

 嬉しそうに二枚の写真を取ってハロルドの前に持ち上げて見せる。

「こっちが結婚式の前日で、こっちが当日。どうじゃ、美人であろう。姉上は母上の遺伝子を全て受け継いだ和の国一の美人なのじゃ。結婚の申込が毎日山のように届くぐらい人気でな」

 自慢げに語るユズリハの勢いは朝まで続きそうなほどで、どれだけ姉を慕っているのかが伝わってくる。ダイゴロウもリンタロウも「あれはすごかったな」と笑顔で語り、出席者たちも「驚くほど美人だったなー」と絶賛する中、ハロルドだけが不思議そうな顔で二枚の写真を交互に見つめる。

「惚れるなよ、ハロルド。ボタンはもう人妻だ」

 あまりにもマジマジと見ているせいか、ウォルターが笑いながらハロルドの肩を叩くも「そうじゃなくて」と返される。 

「ユズリハのほうが美人じゃないですか?」

 大賑わいだった室内が水を打ったように静寂が広がる。
 誰も笑いはしない。それはありえないとしても笑うことはダイゴロウが許さない。

「え……?」

 なぜ黙るんだと戸惑っているのはハロルドだけで、周りはただ驚きに目を瞬かせる。
 だが、リンタロウとダイゴロウ、そしてウォルターだけは理由が違った。
 
「はーっはっはっはっはっはっはっ!!」

 堰を切ったように笑い始めたダイゴロウに続いてリンタロウとウォルターも大笑いする。
 余計に混乱するハロルドがユズリハを見ると恨みがましげに睨まれていた。

「お前様の目が腐っておるせいで笑われたではないか」

 眉を寄せるユズリハは写真から出てきたのではないかと思うほど小さい頃と同じ顔をしている。
 悪いと謝ろうとしたハロルドだが、シキがユズリハの横髪を持ち上げたことで口を閉じた。
 耳が赤い。

「何をする!」
「お前さんはもう少し素直になったほうがいいぜ」
「やかましいわ!」

 手を払うとユズリハが距離を取るためハロルドが詰める。その光景にダイゴロウの笑いが更に大きくなる。

「そうかそうか! お前にはそう見えるか! そいつはいい! 最高だな!」

 ダイゴロウやリンタロウに気を遣っていれば笑顔で話を合わせただろう。「これだけの美人さんですから」と言うぐらいはする。しかし、ハロルドが言ったのは「ユズリハのほうが」だった。皆が揃って美人だという姉のどこが美人なのかわからないと言いたげな様子を見せれば怒られる可能性もあったのにハロルドはそんなことは考えもしなかった。
 三人が笑ったのはハロルドがあまりにも不思議そうな顔でそう言うからで、怒ろうなどとは微塵も思わなかった。
 むしろそれこそ正解の答えだと大笑いしたのだ。

「お前様は恥ずかしい奴じゃのう」

 一緒になって笑うユズリハは自慢したいほど嬉しいことだが、恥ずかしいことでもある。
 和の国の人間は妻を美人だと言うことはない。他人に褒められるとなぜか貶すのが美徳となっている。
 それが理解できないハロルドにとっては妻を褒めただけのこと。なぜ周りが大笑いするのかわからず、馬鹿にされている気分にさえなった。

「何かおかしいですか?」

 声に出ていたのだろう、ダイゴロウが笑いを微笑みに変えてかぶりを振る。

「嬉しいんだ」
「嬉しい?」
 
 なぜだと表情で訴えるハロルドを見てから写真に視線を落とす。

「この国じゃ、ユズリハよりボタンが美人と言われる。どっちも俺とモミジの娘だからそう変わらんとは思うが、ボタンのほうが美人だと言われることが多かった。だから少し心配だったんだ。お前がボタンの写真を見て姉が妻なら良かったと思う日が来るんじゃないかと思ってたからな。それなのにお前はユズリハのほうが美人だと言った」

 本当は涙が出るほど嬉しい言葉だった。だが、娘が泣いていないのに親が泣くのはおかしいと笑いに変えて誤魔化していた。

「ありがとう」
「お礼を言われるようなことでは……」

 説明を受けてもハロルドはやはり不可解だった。
 姉が美人だからなんだというのか。妻を愛している夫なら妻の姉が美人だろうと関係ないはず。
 ダイゴロウはウォルターから危惧すべきことを聞いていただけにそう思うのも仕方ないとハロルドも頭ではわかっているが、どうにも素直に「いえいえ」と笑うことはできなかった。
 そのお礼はユズリハに失礼なのではないかと思ったのだ。

「僕は国が違うので皆さんとは考え方が違うせいだと思いますが……姉のほうが美人だ、とかそういう話は本人がいる前では絶対に言わないほうがいいと思いますよ。本人たちは誰の気分も害さないように笑顔でいるでしょうけど、比べられて傷つかない人間はいないし、褒められた姉だって妹が美人じゃないって言われるようなことは好ましくなかったと思います」

 あと何回この国に足を運ぶかはわからない。これが最初で最後かもしれないし、数回あるかもしれない。それでもハロルドは言っておきたかった。
 ユズリハはどんなときでも笑うようにしているから傷ついていたとしてもそれを誰かに伝えようとはしない。
 ハロルドの言葉が嬉しかったのだとしてもユズリハがいる前で姉だけを褒めるのはおかしいのではないか。ユズリハの優秀な部分だって褒めるべきなのではないかと思ってしまったのだ。
 生意気だと思われただろう。それでもボタンだけを褒めることが気に入らなかった。

「お前様の妻になれて幸せじゃ」

 唐突に告げたユズリハの表情があまりにも幸せそうで、ハロルドは皆がいる前でも関係なくキスをした。ユズリハによって一瞬で離れてしまったが、人前でキスをする習慣がない和の国の人間は目を見開いて驚いている。

「や、やめぬか」

 強く拒みはしない。照れているだけ。
 嬉しいのだろうとシキにはわかる。
 家族は差別なく大切に育ててくれた。でも、ハロルドは特別扱いしてくれる。自分のことではないのに怒ってくれる。
 胸が甘く締め付けられるほどの嬉しさに微笑むユズリハに皆が微笑んでいた。
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