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同じ部屋で
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宴はまだ続いているが、大酒飲みたちに付き合いきれないとハロルドと共に抜けてユズリハは夜風に当たりに、ハロルドは風呂に入りに行った。
風呂上がり、ユズリハがまだ廊下で夜風に当たっているのを見て自分の羽織りを後ろからかけてやった。
「風邪ひくぞ」
「お前様こそ湯冷めするぞ」
「僕は暑いぐらいだ」
「じゃが、客人を風邪ひかせては困る。送ろう」
「女に送られる趣味はない。お前を送ったら帰るよ」
「迷子にならぬか?」
「道は覚えてる」
そうかと笑ってユズリハの部屋まで送ったはいいが、部屋に入ったユズリハが固まる。
「な、なんじゃこれは……」
自分の部屋には自分の布団しかないはずなのに、今日はなぜかもう一人寝る予定があるかのように同じ布団が敷いてある。
隙間なくピッタリとくっつけられた布団。それが何を意味するかわからないわけではなく、誰の仕業だと震えるユズリハがシキを呼んだ。
スッと現れたシキが背後から二人の背中を押して部屋に入れて笑顔を見せる。
「ダイゴロウの旦那からの指示さね。夫婦なんだから同じ部屋で寝させろ、ってな」
おかしなことではない。むしろ自然なこと。反論しようにも反論できないことにユズリハもハロルドも口を開かないでいる。
「俺もそろそろそうしてもいいんじゃないかって思ってた。ここで一緒に寝て、向こうに帰ってからもそうすりゃいいさね」
「じゃ、じゃが……いきなりすぎはせぬか?」
「お前さんの旦那はこの結婚自体がいきなりだった。お前さんもこのいきなりを受け止めな」
関係ないだろうと思いながらも反論しないユズリハにニヤつきながら「おやすみ」と囁きながら障子を閉めたシキの影が一瞬で消える。
布団の上で正座する二人はなぜか口を開かない。
二人きりでいるのは珍しいことではない。屋敷でもシキは近くにいるが姿を見せないため二人きりも同然。
縁側で膝枕をしてもらうことだってあるのに、布団の上だというだけで妙に意識してしまう。
「いいんじゃないか?」
「ま、まあ……おかしなことではない、のう……」
意識するほうがおかしいかとそれぞれが布団の中に入って天井を見上げる。時折、ハロルドからの視線を感じたが、ユズリハは天井を見上げたまま顔を動かしはしない。
「同じ部屋で寝る日が来るなんてな」
「想像もしておらなんだ」
「僕は想像ぐらいしたことはある」
既にヘインズ邸ではなくユズリハ邸で暮らすハロルドにとって夜は少し不思議なものだった。
自分たちは夫婦なのにユズリハは当たり前のように自分の部屋に帰ってしまうし、一度だってハロルドの部屋を訪ねようとはしない。
いつも一人で布団に入って天井を見上げながら考えるのはユズリハとのこれからのこと。
子供ができない身体だと聞いてはいたが、子供ができる未来を考えなかったわけではない。子供が欲しいというよりは母になったユズリハを見たいと思っていた。でもそれも今回のことで想像も終わりにしようと決めた。これ以上、ユズリハを苦しめたくない。子供が産めないことに罪悪感を抱いてほしくはないのだ。
子供を産めないことは仕方のないことであって悪ではない。それを受け入れられないなら夫婦を続けるべきではない。夫婦を続けることによって相手を苦しめるだけなのだから。
人をからかって大口を開けて笑ってくれていればそれでいい。それ以外に何を望むというのか。
子供はいいから、いつかこうして同じ部屋で寝たいとは思っていた。それを急かすつもりはなかったが、こうして強制的にでも同じ部屋で眠れることになって嬉しかった。
「我らは夫婦故、この状況はおかしな話ではないが、誰かと同じ部屋で眠るというのは変な感じじゃのう」
「きょうだいとは一緒に寝なかったのか?」
「別々じゃった」
ハロルドは七歳まで兄と同じ部屋だったため誰とも同じ部屋で寝たことがないという経験がない。
「両親とは?」
「寝かしつけはあったが、起きたら一人じゃったのう」
子供の頃は親ではなくナニーと過ごすことが当たり前だったハロルドにとって両親からの寝かしつけがなかったのは普通だが、親に寝かしつけてもらっていたら寂しいと思っただろうかとふと考える。
だが、所詮はあの親。あの背中を見て成長しようと思わなかっただけに寂しさは感じなかっただろうとすぐに納得した。
「僕は、起きてもここにいるぞ」
驚いたように目を瞬かせながら顔を向けたユズリハだが、すぐに微笑みへと変わる。
「不思議な感じじゃ」
「何がだ?」
「この状況じゃ。和の国でお前様がわらわの家におって、わらわの部屋で眠ろうとしておる」
「そうだな」
これこそ想像したことのない状況だ。
「夢のようじゃ」
呟くようにこぼした言葉にハロルドが小さく笑う。
「夢だったのか?」
からかうような口調に素直に頷きが返ってきた。
「ジジ様は来る度にお前様の話を物語のように語ってくれた。想像は膨らむばかりで、どのようなお方なのじゃろうか、とな」
再度、天井を見上げながら話す横顔を見つめながら眉を下げる。
「ガッカリしただろ」
希望や想像など一瞬で砕け散っただろう初対面の悪態。自分が相手の立場なら絶対に許さないし受け入れないだろう最悪の態度を取ったのに、ユズリハは全てを許した。
好きな女がいようと応援しようとし、暴言も許し、身勝手な行動も受け入れてくれる。その寛容さには感謝しかない。
「ジジ様より聞いておった。孫は俺の押し付けによって言語に不自由はしていないが、和の国のことも和人のことも快くは思っていないと」
「それ聞いてた上でよく嫁ぐ気になったな」
自分だったら家を飛び出して抗議するかもしれないと絶対に有り得ないことを夢見るが、相手はできただろうこと。あれだけ父親に強く出られるのだから「受け入れられない場所に行くのは嫌だ」とでも言えば回避できた問題だったのではないかと疑問をぶつけるとユズリハが目を細めた。
「でも、お前の魅力を知れば孫はきっとお前を好きになる。それは俺が保証する。……その言葉を信じたかった」
語られる言葉で希望に胸を膨らませ、好きになってもらえるチャンスがあるならそれに賭けたいと思って異国の地までやってきた。
そしてその希望は夢見ていた相手によって打ち砕かれた。
それでもユズリハは態度に出すことなく、受け入れ続けた。「いつかは」そう思っていたのかもしれない。
そう思うといじらしさにたまらなくなる。
「抱きしめてもいいか?」
「ならぬ」
ピシャリと言われたことで布団の中で伸ばしかけた手を引っ込めた。
「でも、ダイゴロウとお祖父様は親友と呼べる間柄なのにどうして政略結婚なんて形を取ったんだ?」
親友なら普通に約束でいいんじゃないかと疑問を持つハロルドにユズリハがかぶりを振る。
「父上は商人じゃ。海の向こうにある国とも、世界と取引したがっておった。じゃが、和の国は海に囲まれた島国。海を越えて商売しておる者などおらなんだ。なんのツテもなしに渡って上手く商売できるほど甘い世界ではないことは父上が一番よくわかっておるしのう。どうしたものかと頭を抱えておったときに出会ったのがジジ様だったとか」
「お祖父様が紹介したのか?」
「うむ。」
「……まさか……」
おかしなことではない。おかしなことではないが、あんまりだと絶句するハロルドとは対照的に笑顔を浮かべるユズリハが体を揺らして笑う。
「そのまさか、じゃ」
取引相手を紹介してもらう代わりに末娘を差し出すことにした。謂わば、ユズリハは商品として扱われた結果、政略結婚となった。
ウォルターとしてもユズリハを受け取ることで孫と結婚させればダイゴロウ一家との繋がりが消えることはないと万々歳だった。
互いにとって利益を得る結婚。貴族にとって珍しくもない政略結婚だが、あんまりだと思った。
「なあ、一つ聞いてもよいか?」
「うん?」
「お前様の態度が変わったのは……」
チラッと一瞬だけハロルドを見たユズリハの欲しい答えはハロルドの胸の中にある。
「お前の魅力に気付いたからだ」
「そうか」
嬉しいとは言わないが、表情がそれを語っている。
布団を頭までかぶって「おやすみ」と言うユズリハにおやすみを伝えようと思ったが、それをやめて布団をひっぺがした。
「な、何をする!」
驚いて肘をついて起き上がるユズリハに顔を近付けるハロルドが「キス」と言った。
「な、なに!?」
「おやすみのキス、してないだろ」
「い、一度もしたことないではないか!」
「これからはそれを習慣化させたい」
船の中で長い時間を過ごしてきてユズリハについてわかったことがあった。
日常生活においてはからかわれることが多いが、スキンシップについては完全に主導権を握れる。
そして、一番大きな収穫があった。
「ダメか?」
少し弱めに伺うように問いかけるとユズリハは強く出られないということ。
「て、手短に、な?」
「ムードのない言葉だな」
もっとムードのある言葉を、とは思わない。ユズリハらしくて好きなのだ。
初回で長いキスをして警戒されては困るため触れるだけのキスをして離れた。
安堵したように身体を寝かせようとしたユズリハの油断を突いて耳元に唇を寄せたハロルドが囁く。
「おやすみ、ユズリハ」
「ッ!? お、おやすみ!」
背中を向けたまま手探りで布団を掻き寄せ、再び頭まですっぽりと布団をかぶったユズリハがどんな顔をしているのか覗き見るまでもなく容易に想像がつく。
本当はまた布団をひっぺがしてその顔を見ていたいが、明日もこうして一緒に寝たいため我慢して布団越しに肩を叩いた。
「ユズリハ」
絶対に起きているだろうに返事を返さず寝たふりを決め込むユズリハに一つ提案した。
「手を繋いで寝ないか?」
布団をかぶったまま向きだけ変えるユズリハが「なにゆえ?」と小さく問う。
「同じ部屋で寝た特別な日だから」
ゆっくり布団が降りて目が出ると潤んだ瞳と視線が絡む。
本当は抱きしめたいし、もっとキスがしたい。
どうせ並んでいるのだから一枚の布団で寝ればいいじゃないかと強引にでも入ってしまいたい。
どこまで許されるのかわからないから、拒絶されたくないからまだ手探りでいつでも引けるように時間をかけることを心がける。
「甘えん坊め」
拒絶はしない。
布団の中で手を動かして相手の布団に侵入すると小さな手に当たった。それを取って緩く握られる中で動かして指を絡めてから握る。
「汗かくぞ」
「僕としてはもっと汗かくことしてもいいぐらいだけど」
意地悪であり本音でもある。
以前のユズリハはハロルドが何もしてこないとわかっていたから夜這いだなんだと言えたが、今はその言葉が挑発にしかならないことがわかっているため迂闊に口にできない。
「もう……勘弁してくりゃれ……」
キャパオーバーだと言わんばかりに真っ赤になるユズリハがまた頭まで布団をかぶって黙り込む。それでも手を離そうとはしなかった。
誰かと眠るのはハロルドも初めてで、緊張というより安心感を得た。これが愛している妻の体温だからだろうか。触れて思うのはユズリハの体温が少し高めであるということ。
手を握っているだけなのに感じる心地良さに二人はどちらかが顔を覗き込むでもなく同じタイミングで眠りに落ちていった。
風呂上がり、ユズリハがまだ廊下で夜風に当たっているのを見て自分の羽織りを後ろからかけてやった。
「風邪ひくぞ」
「お前様こそ湯冷めするぞ」
「僕は暑いぐらいだ」
「じゃが、客人を風邪ひかせては困る。送ろう」
「女に送られる趣味はない。お前を送ったら帰るよ」
「迷子にならぬか?」
「道は覚えてる」
そうかと笑ってユズリハの部屋まで送ったはいいが、部屋に入ったユズリハが固まる。
「な、なんじゃこれは……」
自分の部屋には自分の布団しかないはずなのに、今日はなぜかもう一人寝る予定があるかのように同じ布団が敷いてある。
隙間なくピッタリとくっつけられた布団。それが何を意味するかわからないわけではなく、誰の仕業だと震えるユズリハがシキを呼んだ。
スッと現れたシキが背後から二人の背中を押して部屋に入れて笑顔を見せる。
「ダイゴロウの旦那からの指示さね。夫婦なんだから同じ部屋で寝させろ、ってな」
おかしなことではない。むしろ自然なこと。反論しようにも反論できないことにユズリハもハロルドも口を開かないでいる。
「俺もそろそろそうしてもいいんじゃないかって思ってた。ここで一緒に寝て、向こうに帰ってからもそうすりゃいいさね」
「じゃ、じゃが……いきなりすぎはせぬか?」
「お前さんの旦那はこの結婚自体がいきなりだった。お前さんもこのいきなりを受け止めな」
関係ないだろうと思いながらも反論しないユズリハにニヤつきながら「おやすみ」と囁きながら障子を閉めたシキの影が一瞬で消える。
布団の上で正座する二人はなぜか口を開かない。
二人きりでいるのは珍しいことではない。屋敷でもシキは近くにいるが姿を見せないため二人きりも同然。
縁側で膝枕をしてもらうことだってあるのに、布団の上だというだけで妙に意識してしまう。
「いいんじゃないか?」
「ま、まあ……おかしなことではない、のう……」
意識するほうがおかしいかとそれぞれが布団の中に入って天井を見上げる。時折、ハロルドからの視線を感じたが、ユズリハは天井を見上げたまま顔を動かしはしない。
「同じ部屋で寝る日が来るなんてな」
「想像もしておらなんだ」
「僕は想像ぐらいしたことはある」
既にヘインズ邸ではなくユズリハ邸で暮らすハロルドにとって夜は少し不思議なものだった。
自分たちは夫婦なのにユズリハは当たり前のように自分の部屋に帰ってしまうし、一度だってハロルドの部屋を訪ねようとはしない。
いつも一人で布団に入って天井を見上げながら考えるのはユズリハとのこれからのこと。
子供ができない身体だと聞いてはいたが、子供ができる未来を考えなかったわけではない。子供が欲しいというよりは母になったユズリハを見たいと思っていた。でもそれも今回のことで想像も終わりにしようと決めた。これ以上、ユズリハを苦しめたくない。子供が産めないことに罪悪感を抱いてほしくはないのだ。
子供を産めないことは仕方のないことであって悪ではない。それを受け入れられないなら夫婦を続けるべきではない。夫婦を続けることによって相手を苦しめるだけなのだから。
人をからかって大口を開けて笑ってくれていればそれでいい。それ以外に何を望むというのか。
子供はいいから、いつかこうして同じ部屋で寝たいとは思っていた。それを急かすつもりはなかったが、こうして強制的にでも同じ部屋で眠れることになって嬉しかった。
「我らは夫婦故、この状況はおかしな話ではないが、誰かと同じ部屋で眠るというのは変な感じじゃのう」
「きょうだいとは一緒に寝なかったのか?」
「別々じゃった」
ハロルドは七歳まで兄と同じ部屋だったため誰とも同じ部屋で寝たことがないという経験がない。
「両親とは?」
「寝かしつけはあったが、起きたら一人じゃったのう」
子供の頃は親ではなくナニーと過ごすことが当たり前だったハロルドにとって両親からの寝かしつけがなかったのは普通だが、親に寝かしつけてもらっていたら寂しいと思っただろうかとふと考える。
だが、所詮はあの親。あの背中を見て成長しようと思わなかっただけに寂しさは感じなかっただろうとすぐに納得した。
「僕は、起きてもここにいるぞ」
驚いたように目を瞬かせながら顔を向けたユズリハだが、すぐに微笑みへと変わる。
「不思議な感じじゃ」
「何がだ?」
「この状況じゃ。和の国でお前様がわらわの家におって、わらわの部屋で眠ろうとしておる」
「そうだな」
これこそ想像したことのない状況だ。
「夢のようじゃ」
呟くようにこぼした言葉にハロルドが小さく笑う。
「夢だったのか?」
からかうような口調に素直に頷きが返ってきた。
「ジジ様は来る度にお前様の話を物語のように語ってくれた。想像は膨らむばかりで、どのようなお方なのじゃろうか、とな」
再度、天井を見上げながら話す横顔を見つめながら眉を下げる。
「ガッカリしただろ」
希望や想像など一瞬で砕け散っただろう初対面の悪態。自分が相手の立場なら絶対に許さないし受け入れないだろう最悪の態度を取ったのに、ユズリハは全てを許した。
好きな女がいようと応援しようとし、暴言も許し、身勝手な行動も受け入れてくれる。その寛容さには感謝しかない。
「ジジ様より聞いておった。孫は俺の押し付けによって言語に不自由はしていないが、和の国のことも和人のことも快くは思っていないと」
「それ聞いてた上でよく嫁ぐ気になったな」
自分だったら家を飛び出して抗議するかもしれないと絶対に有り得ないことを夢見るが、相手はできただろうこと。あれだけ父親に強く出られるのだから「受け入れられない場所に行くのは嫌だ」とでも言えば回避できた問題だったのではないかと疑問をぶつけるとユズリハが目を細めた。
「でも、お前の魅力を知れば孫はきっとお前を好きになる。それは俺が保証する。……その言葉を信じたかった」
語られる言葉で希望に胸を膨らませ、好きになってもらえるチャンスがあるならそれに賭けたいと思って異国の地までやってきた。
そしてその希望は夢見ていた相手によって打ち砕かれた。
それでもユズリハは態度に出すことなく、受け入れ続けた。「いつかは」そう思っていたのかもしれない。
そう思うといじらしさにたまらなくなる。
「抱きしめてもいいか?」
「ならぬ」
ピシャリと言われたことで布団の中で伸ばしかけた手を引っ込めた。
「でも、ダイゴロウとお祖父様は親友と呼べる間柄なのにどうして政略結婚なんて形を取ったんだ?」
親友なら普通に約束でいいんじゃないかと疑問を持つハロルドにユズリハがかぶりを振る。
「父上は商人じゃ。海の向こうにある国とも、世界と取引したがっておった。じゃが、和の国は海に囲まれた島国。海を越えて商売しておる者などおらなんだ。なんのツテもなしに渡って上手く商売できるほど甘い世界ではないことは父上が一番よくわかっておるしのう。どうしたものかと頭を抱えておったときに出会ったのがジジ様だったとか」
「お祖父様が紹介したのか?」
「うむ。」
「……まさか……」
おかしなことではない。おかしなことではないが、あんまりだと絶句するハロルドとは対照的に笑顔を浮かべるユズリハが体を揺らして笑う。
「そのまさか、じゃ」
取引相手を紹介してもらう代わりに末娘を差し出すことにした。謂わば、ユズリハは商品として扱われた結果、政略結婚となった。
ウォルターとしてもユズリハを受け取ることで孫と結婚させればダイゴロウ一家との繋がりが消えることはないと万々歳だった。
互いにとって利益を得る結婚。貴族にとって珍しくもない政略結婚だが、あんまりだと思った。
「なあ、一つ聞いてもよいか?」
「うん?」
「お前様の態度が変わったのは……」
チラッと一瞬だけハロルドを見たユズリハの欲しい答えはハロルドの胸の中にある。
「お前の魅力に気付いたからだ」
「そうか」
嬉しいとは言わないが、表情がそれを語っている。
布団を頭までかぶって「おやすみ」と言うユズリハにおやすみを伝えようと思ったが、それをやめて布団をひっぺがした。
「な、何をする!」
驚いて肘をついて起き上がるユズリハに顔を近付けるハロルドが「キス」と言った。
「な、なに!?」
「おやすみのキス、してないだろ」
「い、一度もしたことないではないか!」
「これからはそれを習慣化させたい」
船の中で長い時間を過ごしてきてユズリハについてわかったことがあった。
日常生活においてはからかわれることが多いが、スキンシップについては完全に主導権を握れる。
そして、一番大きな収穫があった。
「ダメか?」
少し弱めに伺うように問いかけるとユズリハは強く出られないということ。
「て、手短に、な?」
「ムードのない言葉だな」
もっとムードのある言葉を、とは思わない。ユズリハらしくて好きなのだ。
初回で長いキスをして警戒されては困るため触れるだけのキスをして離れた。
安堵したように身体を寝かせようとしたユズリハの油断を突いて耳元に唇を寄せたハロルドが囁く。
「おやすみ、ユズリハ」
「ッ!? お、おやすみ!」
背中を向けたまま手探りで布団を掻き寄せ、再び頭まですっぽりと布団をかぶったユズリハがどんな顔をしているのか覗き見るまでもなく容易に想像がつく。
本当はまた布団をひっぺがしてその顔を見ていたいが、明日もこうして一緒に寝たいため我慢して布団越しに肩を叩いた。
「ユズリハ」
絶対に起きているだろうに返事を返さず寝たふりを決め込むユズリハに一つ提案した。
「手を繋いで寝ないか?」
布団をかぶったまま向きだけ変えるユズリハが「なにゆえ?」と小さく問う。
「同じ部屋で寝た特別な日だから」
ゆっくり布団が降りて目が出ると潤んだ瞳と視線が絡む。
本当は抱きしめたいし、もっとキスがしたい。
どうせ並んでいるのだから一枚の布団で寝ればいいじゃないかと強引にでも入ってしまいたい。
どこまで許されるのかわからないから、拒絶されたくないからまだ手探りでいつでも引けるように時間をかけることを心がける。
「甘えん坊め」
拒絶はしない。
布団の中で手を動かして相手の布団に侵入すると小さな手に当たった。それを取って緩く握られる中で動かして指を絡めてから握る。
「汗かくぞ」
「僕としてはもっと汗かくことしてもいいぐらいだけど」
意地悪であり本音でもある。
以前のユズリハはハロルドが何もしてこないとわかっていたから夜這いだなんだと言えたが、今はその言葉が挑発にしかならないことがわかっているため迂闊に口にできない。
「もう……勘弁してくりゃれ……」
キャパオーバーだと言わんばかりに真っ赤になるユズリハがまた頭まで布団をかぶって黙り込む。それでも手を離そうとはしなかった。
誰かと眠るのはハロルドも初めてで、緊張というより安心感を得た。これが愛している妻の体温だからだろうか。触れて思うのはユズリハの体温が少し高めであるということ。
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