53 / 69
知らなかったこと聞かなかったこと
しおりを挟む
聖夜祭が終わればあっという間に年末を迎える。
和の国から荷物が届いたとシキが運んできた箱を開封するユズリハの表情が途端に輝きを放った。
「おーおーおーおーおー! 父上はわかっておるのう!」
朝から大きな声ではしゃぐユズリハが取り出した何かの葉で作られた見たこともない物。これも和の国の物なのだろうとわかってはいるが、大喜びするほどの物には見えないハロルドが疑問を口にする。
「その変な草はなんだ?」
「変な草とはこれまたひどい言い方をするのう。せめて葉っぱと言うてくりゃれ」
「その変な葉っぱはなんだ?」
変、という言葉を変えないハロルドに笑いながらユズリハはそれを居間の柱にある出っ張りに引っ掛けた。
「呪い……じゃないよな?」
「はっはっはっはっはっ! 父上がお前様に贈ったあの言葉が嘘で、実はわらわにお前様を呪えと送ってきたと思うておるのか?」
「じゃないよなって聞いただろ。だってこんな地味な物は見たことがない。なんでそこに飾るんだ? 虫が来たらどうする」
「これは縁起物じゃぞ」
「それが? それはなんなんだ?」
正直言えば葉っぱというよりは草にしか見えず、庭の端にでも行けば生えてそうな草だと思った。
聖夜祭ではなく年末年始を大事にする和の国の人間にとっては大事な物だと言えど、それがなんなのかわからないハロルドには理解できない。
この家に飾っていても違和感はないが、そんな物を飾る必要があるのかと疑問が生まれる。
怪訝な顔で正体を聞くハロルドにユズリハが答えた。
「ユズリハじゃ」
「……ユズリハ?」
何を言ってるんだと思いながらユズリハを指差すと頷きが返ってくる。
「これは縁起物として飾る和の国では必ず用意される代物じゃ」
「これから名前を取ってたのか」
母親が木から名前が取られていたようにユズリハは植物から取られていたと知り、納得はするのだが、随分と地味な植物から取ったことにハロルドは「もっと華やかな植物から名前を取ればよかったのに」と心の中で思った。
「年始に生まれたからと安直すぎる気はするがのう」
笑うユズリハに手をあげて待ったをかける。
「年始に生まれた?」
「うむ」
「まさか……」
聞こう聞こうと思って聞いていなかった事実にハロルドが青ざめる。
「お前の誕生日、明後日か!?」
「うむ」
普通の顔で頷くユズリハに抗議するようにテーブルを何度も叩く。
「なんで言わないんだよ!」
「聞かれなんだ」
「た、確かにそうだけど……! でも普通は言うだろ!」
「歳を一つ重ねるだけのこと。祝ってもらおうなどとは思うておらなんだ」
「誕生日はお前が生まれた日だろ! 祝うんだよ!」
聞かなかった自分が悪いとわかっているが、それでも誕生日ぐらい言うのではないかと目で訴えるハロルドに返す表情は不思議そうなもので、ユズリハはそういうタイプではないと改めて実感する。
ハロルドも自分の誕生日をユズリハに言っていない。自分から言うことでもないし、誕生日を祝ってもらいたいとは思っていなかったから言わなかった。聞かれないから言わなかったというのもある。同じなのだ。
同じなのだが、違う。相手のこととなると全く違う。だが、それはユズリハも同じなのだろう。自分のことだからどうでもいいと考えている。
「おまっ、言えよ! プレゼント用意してないぞ!」
「欲しい物はない」
「なん……おまっ、も、学校に行く時間だから行くけど、欲しい物考えとけよ! 絶対に考えろ! なんでもいいから!」
ユズリハが欲しがるのは食べ物ぐらいで、街に一緒に買い物に出てもあれこれ欲しがることは一度もなかった。何かを物欲しげに見つめることもせず、見つめるとしたら食べ物の屋台ぐらい。かといって食べ物なんてシェフに言えばいくらでも作ってくれる。誕生日のご馳走はシキが用意するだろうし、自分にできることと言えばプレゼントぐらいしかない。
「本当にないのじゃ」
「ダメだ! 夫婦になって初めての年末年始だし、お前の誕生日も初めて祝うんだから僕は絶対にやるぞ! 僕に失敗させるな!」
「遅れるぞ」
「わかってる! 行ってきます!」
「気をつけてな」
考えるだろうか。
ユズリハの性格上、ああ言っておけば考えないことはないだろうが、欲しくもない物を相手に気遣って欲しがることはしない。きっと帰ったら「考えに考え抜いたが、思いつかなんだ」と言うことは想像に難くない。
誕生日プレゼントはサプライズよりも相手が本当に欲しがっている物を贈るべきだとハロルドは考えている。サプライズをすれば驚いた顔が見れるが、そのプレゼントまで喜んでもらえるかはわからない。
期待しながら開けたプレゼントが好みじゃなかった場合、身につけることも使用することもなく、ガラクタのように物置にでも放り込まれて終わるだろう。
何か和の国の物を贈れば喜ぶだろうが、この国に和の国の物はない。ましてや豪商の娘なら欲しい物は全部持っているだろうし、今から祖父に言って取り寄せてもらったところで届くまで一ヶ月はかかるだろう。
できれば明後日、プレゼントを贈りたい。
何か考えなければ。ユズリハが喜ぶ物を。嬉しいと笑顔を見せてくれる物を。
「ハロルド」
一日中プレゼントについて考えていたハロルドはノーマンに話しかけられたことでいつの間にか下校時間になっていることに気付いた。
当たり前のように話しかけてきたノーマンに不愉快そうな顔を見せる。
「新年のパーティー、ユズリハ連れてきちゃどうだ? 和の国は年末年始を大事にしてるし、パーティーに連れてくれば喜ぶんじゃないか?」
知ったように和の国を語ることが更に不愉快さを増す。
(お前に気遣ってもらわなくても結構だ)
笑顔を見せるだけで口には出さないが、心の中では吐き捨てるように言った。
(少し話したぐらいでもう知り合い気取りか? おこがましいんだよ!)
親切心のつもりかと鼻で笑いたいのを我慢して「行かない」と答えた。
「悪いけど、妻のバースデーパーティーがあるんだ。だから行けない」
「へえ、誕生日なのか。ユズリハって名前からしてそうだもんな」
一言一言が癪に障る。自分はユズリハという名前が植物から取られていたことも知らなかったし、誕生日だって今朝知ったばかりだ。それなのにノーマンは誕生日が年始であることには驚かず、それが当然であるかのように理由に納得している。
額に青筋が立ちそうなほどの怒りを感じるのは久しぶりで、前髪を掻き上げるフリをして額を撫でた。
年始は学校は休みだが、日付まで言うつもりのないハロルドは笑顔でハッキリと答えた。
それを聞いて動いたのはノーマンではなくアーリーン。鞄と一緒に持ってきていた袋を手に、ハロルドへと寄っていく。
久しぶりに近くでアーリーンを見ても、もはや美人とさえ思わなくなっていた。
「あ、あの、ハロルドさん」
「ん?」
手に持っている物を渡すつもりであることは見ている誰もがわかるが、ハロルドはあえてそっちには視線を向けなかった。
「これを」
差し出された紙袋に首を傾げることも中を覗き込むこともせず、手を差し出すこともしないままアーリーンに「それは?」と問いかける。
「ユズリハさんに渡してください」
どういうつもりだと腕組みをするハロルドにアーリーンがもじつく。
「以前、お会いしたときに私、少し言いすぎてしまったのでお詫びの品です。もうすぐ誕生日なんですよね? それも兼ねて渡していただければ」
ハロルドがニコッと爽やかな笑顔を見せたことでアーリーンが嬉しそうに笑う。だが、これは感謝の笑顔ではなく、呆れを通り越した感心の笑顔。
「悪いけど、受け取るつもりはないよ」
受け取ってもらえると疑いもしなかったアーリーンの笑顔が驚きの表情へと変わる。
「なぜですか? これは怪しい物ではありません。私は純粋にお詫びをしたくて用意したんです。もし怪しいと思われているのなら中身をお見せしましょうか? これは今、とても流行っている物で……」
紙袋から小箱を取り出して開けようとするアーリーンの前に手を出して必要ないと伝える。
受け取るつもりはないのだから中身はなんでもいい。黄金であろうと宝石であろうとどうだっていい。そしてアーリーンがどういう思いでそれを用意したのかさえもどうでもいいのだ。
「言いすぎた自覚があるなら、君がしなければならないのは謝罪であって贈り物じゃない」
「だからお詫びにと……」
ハロルドが大きな溜息を吐き出す。
「言いすぎた自覚がありながら君は妻に謝罪する気はなく、こんな物でチャラにしようと思ってるということかな?」
カッとなったアーリーンが声を張る。
「これは心からの謝罪です!」
「手紙は?」
ありますと声を張ることはしなかった。手紙など入ってはいないのだろう。そもそも書く気すらなかっただろうし、謝罪の手紙が必要であることに思い至ることもなかったのだろう。
「妻は寛大で心優しい女性だ。だからそれを君からの謝罪だと渡せば喜んで受け取るだろう。でも僕はそんなことさせたくないんだ。彼女を見下し、あれだけ一方的に傷つけておきながら“少し”言いすぎた、などと嘘をつく君からの謝罪なんて受けさせたくもないからね」
あれを“少し”などと言うアーリーンに腹が立つ。皆の前で悪いと思っていることやお詫びの品まで用意したことを見せつけることで自分の株を下げまいとしている図太さが許せなかった。
過去のことだと笑って受け入れさせることもしたくない。あのなんでも笑って許してしまう寛大な心に一滴の悪意も触れさせたくはない。
でもアーリーンは納得しない。
「私の気持ちは無視ですか!?」
人間はどこまで図太くなれるのか、知りたくなるほどアーリーンは引かない。
自分は勉強ができるだけで人を見る目はないのだと思い知らされる。見た目で判断して淑女だと思い込んでは素敵だと心惹かれていた。アーリーンにもエルザにも。
気取らないユズリハと一緒にいることがどれほど心地良いのか実感する。
「アーリーン、一つ聞いてもいいかな?」
「なんですか?」
反抗的な言い方。甘やかされて生きてきたアーリーンは言えばなんでも叶ってきたのだろう。拒まれていることが気に入らない現状で見せる態度は幼稚な令嬢そのもの。自分もユズリハに会ったときはそんな態度ばかり見せ、ユズリハからはきっとこんな風に見えていたのだと思うとゾッとする。
「一方的に人を傷つけた人間に謝罪させろと要求する権利があるとでも思ってるのか?」
少し強めの口調に変わったハロルドにアーリーンはまだ拗ねた顔を見せる。
「でもそれはハロルドさんが決めることではありませんよね!?」
「僕は彼女の夫だ。口を出す権利がある。だから言わせてもらう。君の株上げパフォーマンスに付き合うつもりも、妻を付き合わせるつもりもない」
「パフォーマンスなんかじゃありません! 私はあの日のことを悪いと反省しているからこうしてプレゼントも用意したんです! どうしてわかってくれないんですか!?」
出しっぱなしだった教科書を鞄にしまってカチッと差込錠を鳴らして立ち上がったハロルドをアーリーンが少しだけ見上げる。
ユズリハと出会う前はこの身長差を良いと思っていた。可愛いと。背が低すぎる和女より身長が近いアーリーンが良いと。
でも今は大きく見上げてくるユズリハとの身長差が一番いいと思っている。すっぽりと包み込めるあの小さい感じがたまらなく可愛いのだ。
明後日はユズリハの誕生日。今日と明日で用意しなければならない物がたくさんあるのに、こんな所でくだらないことに足止めをくらっているわけにはいかない。
「アーリーン、僕が言いたいのは謝罪はしなくていいから、もう二度と街で妻を待ち伏せして妻が言い返さないのをいいことに暴言を浴びせて別れを強要するのはやめてくれということだ」
クラスメイトがザワつき始めたことにアーリーンが焦る。
「そんなことしていません! いい加減なこと言わないでください!」
「小型の録音機があれば証明できたんだけどね。残念だよ」
「私は暴言を浴びせたりしていません!」
「妻には二度と関わらないでくれ」
アーリーンが暴言なんて吐くはずがない。誰もがそう思っていたが、ハロルドがそこまで嘘をつく理由もない。
少し前にアーリーンに気があるとからかった男子生徒も何も言わなかったのはハロルドがアーリーンに少しでも気があるなら受け取ると思ったからだ。受け取って妻に「アーリーンからお詫びの品を受け取ったよ。悪いと思ってるんだって。許してやれ」ぐらい言うのではないか。自分ならそうすると思った。そうすることでアーリーンに良い顔ができるのに、ハロルドはアーリーンを受け入れなかった。
ハロルドにとってアーリーンはもう謝罪を受け入れようとさえ思わない対象で、守るべきは妻なのだと感じた。
「アーリー……」
気にするなと声をかけようとしたクラスメイトを無視して教室の隅へと歩いていくアーリーンがゴミ箱の前で止まる。
「あああああああああああああああああああッ!!」
ゴミ箱へと紙袋を叩きつけた音が教室内に響き、その叫び声にも、その行動にも驚いていた。
和の国から荷物が届いたとシキが運んできた箱を開封するユズリハの表情が途端に輝きを放った。
「おーおーおーおーおー! 父上はわかっておるのう!」
朝から大きな声ではしゃぐユズリハが取り出した何かの葉で作られた見たこともない物。これも和の国の物なのだろうとわかってはいるが、大喜びするほどの物には見えないハロルドが疑問を口にする。
「その変な草はなんだ?」
「変な草とはこれまたひどい言い方をするのう。せめて葉っぱと言うてくりゃれ」
「その変な葉っぱはなんだ?」
変、という言葉を変えないハロルドに笑いながらユズリハはそれを居間の柱にある出っ張りに引っ掛けた。
「呪い……じゃないよな?」
「はっはっはっはっはっ! 父上がお前様に贈ったあの言葉が嘘で、実はわらわにお前様を呪えと送ってきたと思うておるのか?」
「じゃないよなって聞いただろ。だってこんな地味な物は見たことがない。なんでそこに飾るんだ? 虫が来たらどうする」
「これは縁起物じゃぞ」
「それが? それはなんなんだ?」
正直言えば葉っぱというよりは草にしか見えず、庭の端にでも行けば生えてそうな草だと思った。
聖夜祭ではなく年末年始を大事にする和の国の人間にとっては大事な物だと言えど、それがなんなのかわからないハロルドには理解できない。
この家に飾っていても違和感はないが、そんな物を飾る必要があるのかと疑問が生まれる。
怪訝な顔で正体を聞くハロルドにユズリハが答えた。
「ユズリハじゃ」
「……ユズリハ?」
何を言ってるんだと思いながらユズリハを指差すと頷きが返ってくる。
「これは縁起物として飾る和の国では必ず用意される代物じゃ」
「これから名前を取ってたのか」
母親が木から名前が取られていたようにユズリハは植物から取られていたと知り、納得はするのだが、随分と地味な植物から取ったことにハロルドは「もっと華やかな植物から名前を取ればよかったのに」と心の中で思った。
「年始に生まれたからと安直すぎる気はするがのう」
笑うユズリハに手をあげて待ったをかける。
「年始に生まれた?」
「うむ」
「まさか……」
聞こう聞こうと思って聞いていなかった事実にハロルドが青ざめる。
「お前の誕生日、明後日か!?」
「うむ」
普通の顔で頷くユズリハに抗議するようにテーブルを何度も叩く。
「なんで言わないんだよ!」
「聞かれなんだ」
「た、確かにそうだけど……! でも普通は言うだろ!」
「歳を一つ重ねるだけのこと。祝ってもらおうなどとは思うておらなんだ」
「誕生日はお前が生まれた日だろ! 祝うんだよ!」
聞かなかった自分が悪いとわかっているが、それでも誕生日ぐらい言うのではないかと目で訴えるハロルドに返す表情は不思議そうなもので、ユズリハはそういうタイプではないと改めて実感する。
ハロルドも自分の誕生日をユズリハに言っていない。自分から言うことでもないし、誕生日を祝ってもらいたいとは思っていなかったから言わなかった。聞かれないから言わなかったというのもある。同じなのだ。
同じなのだが、違う。相手のこととなると全く違う。だが、それはユズリハも同じなのだろう。自分のことだからどうでもいいと考えている。
「おまっ、言えよ! プレゼント用意してないぞ!」
「欲しい物はない」
「なん……おまっ、も、学校に行く時間だから行くけど、欲しい物考えとけよ! 絶対に考えろ! なんでもいいから!」
ユズリハが欲しがるのは食べ物ぐらいで、街に一緒に買い物に出てもあれこれ欲しがることは一度もなかった。何かを物欲しげに見つめることもせず、見つめるとしたら食べ物の屋台ぐらい。かといって食べ物なんてシェフに言えばいくらでも作ってくれる。誕生日のご馳走はシキが用意するだろうし、自分にできることと言えばプレゼントぐらいしかない。
「本当にないのじゃ」
「ダメだ! 夫婦になって初めての年末年始だし、お前の誕生日も初めて祝うんだから僕は絶対にやるぞ! 僕に失敗させるな!」
「遅れるぞ」
「わかってる! 行ってきます!」
「気をつけてな」
考えるだろうか。
ユズリハの性格上、ああ言っておけば考えないことはないだろうが、欲しくもない物を相手に気遣って欲しがることはしない。きっと帰ったら「考えに考え抜いたが、思いつかなんだ」と言うことは想像に難くない。
誕生日プレゼントはサプライズよりも相手が本当に欲しがっている物を贈るべきだとハロルドは考えている。サプライズをすれば驚いた顔が見れるが、そのプレゼントまで喜んでもらえるかはわからない。
期待しながら開けたプレゼントが好みじゃなかった場合、身につけることも使用することもなく、ガラクタのように物置にでも放り込まれて終わるだろう。
何か和の国の物を贈れば喜ぶだろうが、この国に和の国の物はない。ましてや豪商の娘なら欲しい物は全部持っているだろうし、今から祖父に言って取り寄せてもらったところで届くまで一ヶ月はかかるだろう。
できれば明後日、プレゼントを贈りたい。
何か考えなければ。ユズリハが喜ぶ物を。嬉しいと笑顔を見せてくれる物を。
「ハロルド」
一日中プレゼントについて考えていたハロルドはノーマンに話しかけられたことでいつの間にか下校時間になっていることに気付いた。
当たり前のように話しかけてきたノーマンに不愉快そうな顔を見せる。
「新年のパーティー、ユズリハ連れてきちゃどうだ? 和の国は年末年始を大事にしてるし、パーティーに連れてくれば喜ぶんじゃないか?」
知ったように和の国を語ることが更に不愉快さを増す。
(お前に気遣ってもらわなくても結構だ)
笑顔を見せるだけで口には出さないが、心の中では吐き捨てるように言った。
(少し話したぐらいでもう知り合い気取りか? おこがましいんだよ!)
親切心のつもりかと鼻で笑いたいのを我慢して「行かない」と答えた。
「悪いけど、妻のバースデーパーティーがあるんだ。だから行けない」
「へえ、誕生日なのか。ユズリハって名前からしてそうだもんな」
一言一言が癪に障る。自分はユズリハという名前が植物から取られていたことも知らなかったし、誕生日だって今朝知ったばかりだ。それなのにノーマンは誕生日が年始であることには驚かず、それが当然であるかのように理由に納得している。
額に青筋が立ちそうなほどの怒りを感じるのは久しぶりで、前髪を掻き上げるフリをして額を撫でた。
年始は学校は休みだが、日付まで言うつもりのないハロルドは笑顔でハッキリと答えた。
それを聞いて動いたのはノーマンではなくアーリーン。鞄と一緒に持ってきていた袋を手に、ハロルドへと寄っていく。
久しぶりに近くでアーリーンを見ても、もはや美人とさえ思わなくなっていた。
「あ、あの、ハロルドさん」
「ん?」
手に持っている物を渡すつもりであることは見ている誰もがわかるが、ハロルドはあえてそっちには視線を向けなかった。
「これを」
差し出された紙袋に首を傾げることも中を覗き込むこともせず、手を差し出すこともしないままアーリーンに「それは?」と問いかける。
「ユズリハさんに渡してください」
どういうつもりだと腕組みをするハロルドにアーリーンがもじつく。
「以前、お会いしたときに私、少し言いすぎてしまったのでお詫びの品です。もうすぐ誕生日なんですよね? それも兼ねて渡していただければ」
ハロルドがニコッと爽やかな笑顔を見せたことでアーリーンが嬉しそうに笑う。だが、これは感謝の笑顔ではなく、呆れを通り越した感心の笑顔。
「悪いけど、受け取るつもりはないよ」
受け取ってもらえると疑いもしなかったアーリーンの笑顔が驚きの表情へと変わる。
「なぜですか? これは怪しい物ではありません。私は純粋にお詫びをしたくて用意したんです。もし怪しいと思われているのなら中身をお見せしましょうか? これは今、とても流行っている物で……」
紙袋から小箱を取り出して開けようとするアーリーンの前に手を出して必要ないと伝える。
受け取るつもりはないのだから中身はなんでもいい。黄金であろうと宝石であろうとどうだっていい。そしてアーリーンがどういう思いでそれを用意したのかさえもどうでもいいのだ。
「言いすぎた自覚があるなら、君がしなければならないのは謝罪であって贈り物じゃない」
「だからお詫びにと……」
ハロルドが大きな溜息を吐き出す。
「言いすぎた自覚がありながら君は妻に謝罪する気はなく、こんな物でチャラにしようと思ってるということかな?」
カッとなったアーリーンが声を張る。
「これは心からの謝罪です!」
「手紙は?」
ありますと声を張ることはしなかった。手紙など入ってはいないのだろう。そもそも書く気すらなかっただろうし、謝罪の手紙が必要であることに思い至ることもなかったのだろう。
「妻は寛大で心優しい女性だ。だからそれを君からの謝罪だと渡せば喜んで受け取るだろう。でも僕はそんなことさせたくないんだ。彼女を見下し、あれだけ一方的に傷つけておきながら“少し”言いすぎた、などと嘘をつく君からの謝罪なんて受けさせたくもないからね」
あれを“少し”などと言うアーリーンに腹が立つ。皆の前で悪いと思っていることやお詫びの品まで用意したことを見せつけることで自分の株を下げまいとしている図太さが許せなかった。
過去のことだと笑って受け入れさせることもしたくない。あのなんでも笑って許してしまう寛大な心に一滴の悪意も触れさせたくはない。
でもアーリーンは納得しない。
「私の気持ちは無視ですか!?」
人間はどこまで図太くなれるのか、知りたくなるほどアーリーンは引かない。
自分は勉強ができるだけで人を見る目はないのだと思い知らされる。見た目で判断して淑女だと思い込んでは素敵だと心惹かれていた。アーリーンにもエルザにも。
気取らないユズリハと一緒にいることがどれほど心地良いのか実感する。
「アーリーン、一つ聞いてもいいかな?」
「なんですか?」
反抗的な言い方。甘やかされて生きてきたアーリーンは言えばなんでも叶ってきたのだろう。拒まれていることが気に入らない現状で見せる態度は幼稚な令嬢そのもの。自分もユズリハに会ったときはそんな態度ばかり見せ、ユズリハからはきっとこんな風に見えていたのだと思うとゾッとする。
「一方的に人を傷つけた人間に謝罪させろと要求する権利があるとでも思ってるのか?」
少し強めの口調に変わったハロルドにアーリーンはまだ拗ねた顔を見せる。
「でもそれはハロルドさんが決めることではありませんよね!?」
「僕は彼女の夫だ。口を出す権利がある。だから言わせてもらう。君の株上げパフォーマンスに付き合うつもりも、妻を付き合わせるつもりもない」
「パフォーマンスなんかじゃありません! 私はあの日のことを悪いと反省しているからこうしてプレゼントも用意したんです! どうしてわかってくれないんですか!?」
出しっぱなしだった教科書を鞄にしまってカチッと差込錠を鳴らして立ち上がったハロルドをアーリーンが少しだけ見上げる。
ユズリハと出会う前はこの身長差を良いと思っていた。可愛いと。背が低すぎる和女より身長が近いアーリーンが良いと。
でも今は大きく見上げてくるユズリハとの身長差が一番いいと思っている。すっぽりと包み込めるあの小さい感じがたまらなく可愛いのだ。
明後日はユズリハの誕生日。今日と明日で用意しなければならない物がたくさんあるのに、こんな所でくだらないことに足止めをくらっているわけにはいかない。
「アーリーン、僕が言いたいのは謝罪はしなくていいから、もう二度と街で妻を待ち伏せして妻が言い返さないのをいいことに暴言を浴びせて別れを強要するのはやめてくれということだ」
クラスメイトがザワつき始めたことにアーリーンが焦る。
「そんなことしていません! いい加減なこと言わないでください!」
「小型の録音機があれば証明できたんだけどね。残念だよ」
「私は暴言を浴びせたりしていません!」
「妻には二度と関わらないでくれ」
アーリーンが暴言なんて吐くはずがない。誰もがそう思っていたが、ハロルドがそこまで嘘をつく理由もない。
少し前にアーリーンに気があるとからかった男子生徒も何も言わなかったのはハロルドがアーリーンに少しでも気があるなら受け取ると思ったからだ。受け取って妻に「アーリーンからお詫びの品を受け取ったよ。悪いと思ってるんだって。許してやれ」ぐらい言うのではないか。自分ならそうすると思った。そうすることでアーリーンに良い顔ができるのに、ハロルドはアーリーンを受け入れなかった。
ハロルドにとってアーリーンはもう謝罪を受け入れようとさえ思わない対象で、守るべきは妻なのだと感じた。
「アーリー……」
気にするなと声をかけようとしたクラスメイトを無視して教室の隅へと歩いていくアーリーンがゴミ箱の前で止まる。
「あああああああああああああああああああッ!!」
ゴミ箱へと紙袋を叩きつけた音が教室内に響き、その叫び声にも、その行動にも驚いていた。
12
あなたにおすすめの小説
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――
子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。
彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。
「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」
四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。
そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。
文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!?
じれじれ両片思いです。
※他サイトでも掲載しています。
イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
円満離婚に持ち込むはずが。~『冷酷皇帝の最愛妃』
みこと。
恋愛
「あなたと子を作るつもりはない」
皇帝シュテファンに嫁いだエリザは、初夜に夫から宣言されて首をかしげる。
(これは"愛することのない"の亜種?)
前世を思い出したばかりの彼女は、ここが小説『冷酷皇帝の最愛妃』の中だと気づき、冷静に状況を分析していた。
エリザの役どころは、公爵家が皇帝に押し付けた花嫁で、彼の恋路の邪魔をするモブ皇妃。小説のシュテファンは、最終的には運命の恋人アンネと結ばれる。
それは確かに、子どもが出来たら困るだろう。
速やかな"円満離婚"を前提にシュテファンと契約を結んだエリザだったが、とあるキッカケで彼の子を身ごもることになってしまい──?
シュテファンとの契約違反におののき、思わず逃走したエリザに「やっと見つけた」と追いすがる夫。
どうやら彼はエリザ一筋だったらしく。あれ? あなたの恋人アンネはどうしたの?
※小説家になろう様でも掲載しています
※表紙イラスト:あさぎかな先生にコラージュアートをいただきました
※毎朝7時に更新していく予定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる