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街2
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「良い匂いがしますね、アストリッド様!」
「そうね」
「お腹が空いてきました」
揚げ物の匂いや果物の甘い匂いが充満する通りは歩いているだけで腹の虫が騒ぎ出す。
だが、無一文では買い食いはできない。宮殿に戻るまでは我慢だとイヴァは自分の腹を撫でながら言い聞かせる。
「何か食べますか?」
「いいんですか!?」
「イヴァ」
「あ、すみません……」
イヴァは感情に素直で、アミーラはそれが少し羨ましいと思う。
クスッと小さく笑って一直線に歩いていく先の屋台をイヴァが口を開けながら見つめる。
「お二人に是非食べていただきたい物があるんです」
なんですか!?と聞きたいのを堪えてアストリッドの後ろを歩くイヴァの視線は屋台のテーブルに並ぶ果物に注がれている。
「いらっしゃい!」
「これは“サーラの実”といって、砂漠でしか育たない果物です」
「砂漠で果実が育つんですか?」
「条件次第では。ラフナディールはザファル陛下のおかげで灌漑設備が整っているの」
「灌漑設備……?」
「川や地下水を引っ張ってくる設備のことよ」
「あ、なるほど!」
アストリッドの説明に納得したようにポンッと手を叩く。
「昼夜の寒暖差が大きいことも条件の一つ。ラフナディールは驚くほど寒暖差が大きいので、甘い果実ができるんです」
学校に通っていなかったイヴァにとって、そういった仕組みの話はよくわからず、また首を傾げる。アストリッドにとっては何度見た姿かわからない。
「太陽の下でたっぷり栄養を得て、夜は月の下で静かにその栄養を糖分に変えるの」
「お昼にケーキをたくさん食べて、翌朝になったら体重が増えてるっていうのと同じですか?」
アストリッドとアミーラが同時に首を傾げる。
イヴァなりの解釈なのだろうが、今度は逆に二人のほうが想像して首を傾げることとなった。
「はっはっはっはっはっはっ!」
話を聞いていた店主が声を上げて笑うことで三人の視線が向く。
「大事なのは仕組みよりも美味いかどうかだ」
「そうですよね!」
テーブルの上にずらりと並ぶ青緑の果物。
「待ってな」
丸でも四角でもない歪みある見たこともない形をしていて、表面はざらりと固そうなのに、切り口からはとろりとした果汁が溢れだす。透明で美しい、まるで緩やかな水のゼリーのように見える。
「甘いんですか?」
「甘さだけじゃねぇよ。ちょっと塩味があってな、不思議な味だぞ。冷やして食べりゃあ、あまりの美味さに空も飛べるって話だ」
店主は剥いたばかりの実をさっと氷の中に入れたあと、すぐに実を取り出した。
敷いていた葉の上に乗せられた果実は、透き通る果肉が柔らかそうで、手のひらにちょうど収まるほど。
手に取ると瑞々しい香りがふわりと漂ってくる。
「いただきます!」
目を輝かせながら大口でパクッと食べたイヴァにアミーラが優しく目を細める。
「いかがです?」
口の中に入れた瞬間、目を見開いたイヴァはそのまま返事をせず飲み込むまで黙っていた。
しかし、相変わらず表情はうるさい。驚き、目を輝かせ、手をバタつかせ、鼻息荒く飲み込む。
見ているだけで愉快なイヴァにアミーラは横を向いて吹き出すのを堪えていた。
「お、美味しい~! アストリッド様、すっっっごく美味しいですよ!」
「よかったわね」
「指で摘んだときはぷるんとしてるのに、口に入れたらとろけるんです! すごく瑞々しくてあっという間に口の中が潤ったと思ったら舌の上で少ししょっぱさを感じるんですよ! でもね、すぐに甘さが広がってくるんです!」
よほど美味しかったのだろう。饒舌に語り始めたイヴァに店主は満面の笑みで袋にサーラの実を詰め始めた。
「アストリッド様も食べてみてください! 是非! 是非!」
アミーラも頷くのを見て、手を伸ばした。摘むと確かにぷるんとしている。想像では、口の中に入れると弾ける感じ。
「んっ!?」
実際はイヴァの言うとおり、噛むと弾けるというよりはとろけた。というよりは舌の熱で果肉を包んでいた皮が溶けたような感覚。
甘さの奥に、ほんのりと塩気がある。冷たさが心地よくて、喉をすべっていく。
「美味いかい?」
口を押さえたままごくりと飲み込んだアストリッドが笑顔を見せる。
「ええ、とても。甘くて、瑞々しくて、少し塩気を感じるのがとても不思議だけれど、美味しいです」
「そりゃよかった! 異国の人に気に入ってもらえるのが一番嬉しいんだよ!」
何の情報もない物を食べて感動してくれることが嬉しいと顔に出す店主がアミーラに袋を差し出した。
「お代を──」
「いらねぇいらねぇ。異国から来た友人がもういらねぇって言うぐらい食べさせてやってくれ。それから、ザファル様にも」
ザファルのおかげで水だけでなく果実まで栽培できるようになったのだからと常に感謝し続けるこの店主には何度こうして土産をもらったかわからない。
彼の口癖は「ザファル様にも」ではないだろうかと思うほど、こうして持たせてくれる。
「暑い場所で食べるのもいいが、涼しい場所でゆっくり食べるのもいいもんだぜ」
「ありがとうございます! いっぱい食べます!」
「そうしてくれ。また買いに来てくれよ!」
「今度はたくさんお金持ってきます!」
イヴァが何度も手を振るのに合わせて店主も手を振り返し、見送った。
「いやぁ、素晴らしい国ですねぇ」
「そう言ってもらえて嬉しいわ」
「いろんな露店があるんですねぇ。個人商店より露店が多いような?」
「お金がかからないもの。それに、こうして並んでるほうが観光客も立ち寄りやすいし、便利でしょ?」
「確かに。入ったはいいけど、買わずに出るっていうのは気が引けるときがありますもんね」
露店の並ぶ小道を抜け、アミーラたちは、ひときわ大きな布屋の前で立ち止まった。
天井から吊るされたストールたちは、まるで風に舞う羽衣のように、ひらひらと踊っている。
紺、群青、紫紺、そして黒に近い深い青──
まるで夜の帳そのもののような布地が、日差しの中でふわりと揺れて、きらきらと銀糸が星のように見える。
「夜空を模したものが多い気がしますけど、ラフナディールって夜になると何かあるんですか?」
「この国には“星の精霊”にまつわる逸話があるから」
そう言って、アミーラはひとつのストールを撫でた。
「昼は灼けるような陽の下で暮らしているこの国の人々にとって、夜は癒しと祈りの時間なんです。太陽が眠り、月が目覚め、静かな夜に星を見上げて、ラフナディールの守護神であるアザラーク神に祈る」
「アザラーク神」
「先ほどの指輪もそうですが、夜空を切り取ったような物には特別な技術が必要ですので、少々値が張ります」
アミーラが触れたストールを見ても確かに値段の桁が一つ違う。
「だからこそ、こうした物の多くが贈り物として購入されるようです。特別な意味もありますし」
「特別な……意味?」
アストリッドが反射的に問い返すと、アミーラはアストリッドが身にまとうストールを見た。
「贈る相手に心を寄せている、という意味です」
「……それは……」
「けれど、それは昔の意味であり、今では口にする者も少ないようです」
「今はなんて言うんですか?」
イヴァの明るい声にアミーラは少し安堵した。
「祈りの夜のように、心穏やかにいられますように」
「素敵ですねぇ!」
濃紺の布地に、銀の糸が月光のように織り込まれたストール。
まるで星空をそのまま肩にかけたような、深い色合い──
「アストリッド様のストールも素敵ですよね!」
イヴァの言葉にアストリッドはストールにそっと手を添えた。
「これは船の中で、陛下が貸してくださった物なんです。お返ししないと」
アミーラへの報告に彼女の眉がぴくりと動いた。
アストリッドのストールは、まさに“夜空を切り取った”物。
意味を、その価値を知る者なら、思わず言葉を飲むような、そんな贈り物。
けれどアミーラは、あえて何も言わなかった。
ただ、微笑みだけを残して、控えめに視線をそらす。
「冷えないように、と……」
ぽつりと、アストリッドが続けた。
「船の上は冷えますからね。──陛下らしい、お心遣いです」
その言葉に、アミーラは静かに頷いた。
──恋慕を口にせずとも、贈り物には意味が宿る。
それを伝えたら、彼の気持ちを先に明かしてしまうような気がして、言えなかった。
「そうね」
「お腹が空いてきました」
揚げ物の匂いや果物の甘い匂いが充満する通りは歩いているだけで腹の虫が騒ぎ出す。
だが、無一文では買い食いはできない。宮殿に戻るまでは我慢だとイヴァは自分の腹を撫でながら言い聞かせる。
「何か食べますか?」
「いいんですか!?」
「イヴァ」
「あ、すみません……」
イヴァは感情に素直で、アミーラはそれが少し羨ましいと思う。
クスッと小さく笑って一直線に歩いていく先の屋台をイヴァが口を開けながら見つめる。
「お二人に是非食べていただきたい物があるんです」
なんですか!?と聞きたいのを堪えてアストリッドの後ろを歩くイヴァの視線は屋台のテーブルに並ぶ果物に注がれている。
「いらっしゃい!」
「これは“サーラの実”といって、砂漠でしか育たない果物です」
「砂漠で果実が育つんですか?」
「条件次第では。ラフナディールはザファル陛下のおかげで灌漑設備が整っているの」
「灌漑設備……?」
「川や地下水を引っ張ってくる設備のことよ」
「あ、なるほど!」
アストリッドの説明に納得したようにポンッと手を叩く。
「昼夜の寒暖差が大きいことも条件の一つ。ラフナディールは驚くほど寒暖差が大きいので、甘い果実ができるんです」
学校に通っていなかったイヴァにとって、そういった仕組みの話はよくわからず、また首を傾げる。アストリッドにとっては何度見た姿かわからない。
「太陽の下でたっぷり栄養を得て、夜は月の下で静かにその栄養を糖分に変えるの」
「お昼にケーキをたくさん食べて、翌朝になったら体重が増えてるっていうのと同じですか?」
アストリッドとアミーラが同時に首を傾げる。
イヴァなりの解釈なのだろうが、今度は逆に二人のほうが想像して首を傾げることとなった。
「はっはっはっはっはっはっ!」
話を聞いていた店主が声を上げて笑うことで三人の視線が向く。
「大事なのは仕組みよりも美味いかどうかだ」
「そうですよね!」
テーブルの上にずらりと並ぶ青緑の果物。
「待ってな」
丸でも四角でもない歪みある見たこともない形をしていて、表面はざらりと固そうなのに、切り口からはとろりとした果汁が溢れだす。透明で美しい、まるで緩やかな水のゼリーのように見える。
「甘いんですか?」
「甘さだけじゃねぇよ。ちょっと塩味があってな、不思議な味だぞ。冷やして食べりゃあ、あまりの美味さに空も飛べるって話だ」
店主は剥いたばかりの実をさっと氷の中に入れたあと、すぐに実を取り出した。
敷いていた葉の上に乗せられた果実は、透き通る果肉が柔らかそうで、手のひらにちょうど収まるほど。
手に取ると瑞々しい香りがふわりと漂ってくる。
「いただきます!」
目を輝かせながら大口でパクッと食べたイヴァにアミーラが優しく目を細める。
「いかがです?」
口の中に入れた瞬間、目を見開いたイヴァはそのまま返事をせず飲み込むまで黙っていた。
しかし、相変わらず表情はうるさい。驚き、目を輝かせ、手をバタつかせ、鼻息荒く飲み込む。
見ているだけで愉快なイヴァにアミーラは横を向いて吹き出すのを堪えていた。
「お、美味しい~! アストリッド様、すっっっごく美味しいですよ!」
「よかったわね」
「指で摘んだときはぷるんとしてるのに、口に入れたらとろけるんです! すごく瑞々しくてあっという間に口の中が潤ったと思ったら舌の上で少ししょっぱさを感じるんですよ! でもね、すぐに甘さが広がってくるんです!」
よほど美味しかったのだろう。饒舌に語り始めたイヴァに店主は満面の笑みで袋にサーラの実を詰め始めた。
「アストリッド様も食べてみてください! 是非! 是非!」
アミーラも頷くのを見て、手を伸ばした。摘むと確かにぷるんとしている。想像では、口の中に入れると弾ける感じ。
「んっ!?」
実際はイヴァの言うとおり、噛むと弾けるというよりはとろけた。というよりは舌の熱で果肉を包んでいた皮が溶けたような感覚。
甘さの奥に、ほんのりと塩気がある。冷たさが心地よくて、喉をすべっていく。
「美味いかい?」
口を押さえたままごくりと飲み込んだアストリッドが笑顔を見せる。
「ええ、とても。甘くて、瑞々しくて、少し塩気を感じるのがとても不思議だけれど、美味しいです」
「そりゃよかった! 異国の人に気に入ってもらえるのが一番嬉しいんだよ!」
何の情報もない物を食べて感動してくれることが嬉しいと顔に出す店主がアミーラに袋を差し出した。
「お代を──」
「いらねぇいらねぇ。異国から来た友人がもういらねぇって言うぐらい食べさせてやってくれ。それから、ザファル様にも」
ザファルのおかげで水だけでなく果実まで栽培できるようになったのだからと常に感謝し続けるこの店主には何度こうして土産をもらったかわからない。
彼の口癖は「ザファル様にも」ではないだろうかと思うほど、こうして持たせてくれる。
「暑い場所で食べるのもいいが、涼しい場所でゆっくり食べるのもいいもんだぜ」
「ありがとうございます! いっぱい食べます!」
「そうしてくれ。また買いに来てくれよ!」
「今度はたくさんお金持ってきます!」
イヴァが何度も手を振るのに合わせて店主も手を振り返し、見送った。
「いやぁ、素晴らしい国ですねぇ」
「そう言ってもらえて嬉しいわ」
「いろんな露店があるんですねぇ。個人商店より露店が多いような?」
「お金がかからないもの。それに、こうして並んでるほうが観光客も立ち寄りやすいし、便利でしょ?」
「確かに。入ったはいいけど、買わずに出るっていうのは気が引けるときがありますもんね」
露店の並ぶ小道を抜け、アミーラたちは、ひときわ大きな布屋の前で立ち止まった。
天井から吊るされたストールたちは、まるで風に舞う羽衣のように、ひらひらと踊っている。
紺、群青、紫紺、そして黒に近い深い青──
まるで夜の帳そのもののような布地が、日差しの中でふわりと揺れて、きらきらと銀糸が星のように見える。
「夜空を模したものが多い気がしますけど、ラフナディールって夜になると何かあるんですか?」
「この国には“星の精霊”にまつわる逸話があるから」
そう言って、アミーラはひとつのストールを撫でた。
「昼は灼けるような陽の下で暮らしているこの国の人々にとって、夜は癒しと祈りの時間なんです。太陽が眠り、月が目覚め、静かな夜に星を見上げて、ラフナディールの守護神であるアザラーク神に祈る」
「アザラーク神」
「先ほどの指輪もそうですが、夜空を切り取ったような物には特別な技術が必要ですので、少々値が張ります」
アミーラが触れたストールを見ても確かに値段の桁が一つ違う。
「だからこそ、こうした物の多くが贈り物として購入されるようです。特別な意味もありますし」
「特別な……意味?」
アストリッドが反射的に問い返すと、アミーラはアストリッドが身にまとうストールを見た。
「贈る相手に心を寄せている、という意味です」
「……それは……」
「けれど、それは昔の意味であり、今では口にする者も少ないようです」
「今はなんて言うんですか?」
イヴァの明るい声にアミーラは少し安堵した。
「祈りの夜のように、心穏やかにいられますように」
「素敵ですねぇ!」
濃紺の布地に、銀の糸が月光のように織り込まれたストール。
まるで星空をそのまま肩にかけたような、深い色合い──
「アストリッド様のストールも素敵ですよね!」
イヴァの言葉にアストリッドはストールにそっと手を添えた。
「これは船の中で、陛下が貸してくださった物なんです。お返ししないと」
アミーラへの報告に彼女の眉がぴくりと動いた。
アストリッドのストールは、まさに“夜空を切り取った”物。
意味を、その価値を知る者なら、思わず言葉を飲むような、そんな贈り物。
けれどアミーラは、あえて何も言わなかった。
ただ、微笑みだけを残して、控えめに視線をそらす。
「冷えないように、と……」
ぽつりと、アストリッドが続けた。
「船の上は冷えますからね。──陛下らしい、お心遣いです」
その言葉に、アミーラは静かに頷いた。
──恋慕を口にせずとも、贈り物には意味が宿る。
それを伝えたら、彼の気持ちを先に明かしてしまうような気がして、言えなかった。
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