たとえば、この恋に終わりがないと言われても──

永江寧々

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第三夫人

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「案内していただき、ありがとうございました。とても有意義な時間が過ごせました」
「いつでもおっしゃってください。案内していない場所のほうが多いですから」
「ありがとうございます」
「はわー! ひんやりして涼しいー!」

 皇宮に入るとひんやりとした風が吹き抜ける。どこかで氷の冷気でも流れているのではないかと思うほどに。
 サーラの実が入った袋を抱えながら火照った肌が冷やされていく感覚に蕩けそうになっているイヴァだったが、家へと続く一本道の所に誰か立っていることに気付いた。

「どなたですか?」

 アリアではない艶やかな黒髪を靡かせながら振り向いた女性にイヴァとアストリッドは驚いた。
 肌を見せないのがラフナディールの正装かと思っていたのだが、目の前の女の格好は大事な部分しか隠れていない。

「な、なななななな、なんですかその格好は!」
「リアーナ様」
「あら、アミーラじゃない。久しぶりね」
「こちらには足を運ばぬよう、陛下よりお言葉があったはずですが」

 ザファルが伝え忘れるはずがなく、これはリアーナの独断によるものだとアミーラはすぐに気付いた。
 七人の夫人の中でも恐れを知らぬ傲慢な女という位置に格付けしているだけあって、アミーラはあまりいい顔をしない。

「ザファルが連れ帰ったのがどういう女か気になったんだもの」
「敬称をお付けくださいと何度も注意申し上げたはずです」
「私は妻よ? ザファル・アレイファーンの妻」
「何番目の妻ですか?」
「イヴァ、やめなさい」

 イヴァに悪意はなく、アリアが七番目と知っているからリアーナは何番目なのか知りたかっただけなのだが、表情を見るからに明らかに気分を害している。

「何も知らないようだから教えてあげるけど、数字は権力の順番じゃないの。妻になった順番なだけ。わかる?」
「何も言ってませんけど……」

 高圧的な物言いに怯みながらもアストリッドの前から動くことはしない。
 その二人の前にアミーラが立った。

「どいてくれる? 私はその後ろの女に用があるの」
「ご用件をお伺いします」
「話がしたいだけ。遠い遠い西の国からやってきた王妃様がどんなものか知りたいの」
「ザファル陛下にお伝えしても?」
「ちょっとだけよ。いいでしょ?」
「私は陛下より命じられておりますので、リアーナ様の命令はお受けできません」

 一言一言に意思があり、何を言ったところでアミーラの意見が変わることはないというのが伝わってくる。
 自分は夫人候補ではないだけに、挨拶をする必要はないとアミーラからも言われている。へりくだる必要はないし、家の中で自由に過ごしてもらって構わない。外に出たければ自分が護衛するとも言ってくれた。
 だが、こういう場合、挨拶を交わせば早く終わるのではないかと考えてしまう。
 処世術を知らないアストリッドはもう少しフィルングに聞いておくべきだったと少し後悔していた。

「ねえ、ファルージュ皇宮で過ごしていく者同士、仲良くしましょう?」
「リアーナ様、おやめください」
「挨拶してるだけでしょ? それとも、挨拶しない理由でもあるの?」

 アミーラが更に前へと出ようとしたのをアストリッドが止める。

「ご挨拶が遅れました」
 
 アストリッドの言葉でアミーラとイヴァが横に逸れる。

「アストリッド=ルーセランと申します」
「へえ、美人ね」

 品定めをするように上から下まで這う視線を浴びながら静かに会釈する。

「歳は?」
「二十七です」
「ふぅん」

 自信があるのだろう身体を晒すリアーナを直視するには女としても刺激が強い。
 メリハリある身体は衣装が示すとおりの踊り子なのか、堂々たるもの。

「ご挨拶も済みましたし、どうぞお部屋へお戻りください」
「そのストール、素敵ね」
「先程、市場へ行ってきましたので」
「さすが王妃様。お金持ち。その生地と柄だと七百ディナールはくだらないんじゃない?」
「リアーナ様、野暮な詮索はおやめください」
「興味があるだけよ」

 アミーラはリアーナが苦手というよりは嫌いだった。誰が何を言おうと自分本位に生きる人間。周りに配慮することも知らず、傲慢で自信過剰。

『七星と言っても所詮は皇帝の護衛でしょ?』

 嘲笑混じりにそう言われた日をアミーラは昨日のことのように覚えている。
 あの日からアミーラはリアーナを嫌いな人間リストに追加した。

「アストリッド様、お部屋でお待ちいただけますか? 陛下を呼んでまいります」
「ちょっと、大袈裟よ」
「彼女は陛下のご友人の妻。陛下にとっては大切なお客人なのです。何か無礼があればすぐに報告するよう命を受けていますので」

 リアーナもアミーラが嫌いだった。融通の利かない堅物と認識している。だからアミーラとは極力関わらないようにしているのだが、今日は渋々。やはり嫌いだと思った。

「……帰るわよ」

 渋々を顔に出しながら横を通り過ぎたリアーナの香りにイヴァは思わず顔をしかめた。
 強い匂い。まるでリアーナの存在そのものだ。女王蜂を彷彿とさせる彼女の態度と匂いはアストリッドとは正反対で、深く吸い込むと気分が悪くなりそうだった。
 まるで毒花だ──イヴァはそう思った。

「失礼しました」
「いえ、ご迷惑をおかけしました」

 アミーラは背後を警戒しながら二人が家の中に入るのを待ち、皇宮の入り口に立ってこちらを見ているリアーナに軽く頭を下げて家の中へと入っていく。
 しっかりと戸締りをして薄いカーテンを閉めるのは覗くなという外の者への意思表示。

「アミーラさん」

 振り返ったアミーラはアストリッドが差し出したストールを見て驚いた。

「これを、陛下にお返しください。それから、助かりましたともお伝えください」

 アミーラは戸惑っていた。ストールはザファルが直々に手渡した物だ。それをアストリッドから返されたと知れば、彼は間違いなく傷つくだろう。
 立場が立場なだけに上手くできない。それに、もともと不器用な人間でもあるため、これをあの場面以上にスマートに渡す方法もきっと思いつかないだろう彼にこれを返せというのかと、受け取るのを躊躇った。

「……ラフナディールの夜は冷えます。どうか、それをお使いください」
「設備のおかげで寒さはありませんので」
「夜、外で星を見上げたくなった際に必要です」

 夜は平均気温が十度まで下がり、時には五度前後にまで冷え込むこともある。
 昼夜の寒暖差は三十度ほどになるため、夜はストールが欠かせない。

「これはとても質の良いストールです。高密度のシルクであり、銀の魔力繊維も編み込まれているので実用性がとても高いのです」
「お世話になっている私が、こうした高価な物をいただく理由がないのです」

 リアーナとは大違いだとアミーラは感心すらしていた。しかし、受け取ろうとはしない。

「ザファル陛下が持っておられるのは全て上質な物です。ですので、あなたに贈る物は必然とそうなってしまうだけで、高価な物を贈ろうと思ってそうしたわけではないと思いますよ」

 フィルングも似たようなことを言っていた気がする。

『この国は貧しいのだろうかと思わせないためにも、上に立つ者が上質な物を身につけるのはおかしなことではない。それは民への証明であり、他国への証明でもある』

 贅沢はしなかった。ただ、民の前に出るときは上質な物を、と決めていた。
 ザファルは皇族だ。安物を持っているはずがない。
 納得したように頷いたアストリッドが差し出したストールを戻したのを見て、アミーラはホッと安堵の息を吐き出した。

「剥きますか?」

 突然の声に二人が振り向くとイヴァがサーラの実とナイフを持っていた。
 食べたいと顔に書き、目を輝かせるのんきさに二人が笑い、サーラの実はイヴァに任せ、アストリッドはアミーラの手伝いを受けながらお茶を入れることにした。
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