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心2
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運ばれてきたザファルの姿にイヴァの手からグラスを落としそうになった。
「陛下!?」
アストリッドが「ルィム!?」と驚いた声を上げたかと思えば玄関のドアが一人でに開き、アストリッドは慌ててそこから飛び出していった。
何事かと追いかける間もなく、飛び込んできたのは意識を失っているザファルだった。
「イヴァ、すり鉢と蜂蜜、ぬるい水を用意して。庭からネフェリとルーミアもお願い!」
「は、はい!」
イヴァは真っ先に庭へと駆け出し、迷うことなくネフェリとルーミアを掴んで戻った。
アストリッドの側に置き、水は既にグラスの中にあったため、キッチンへ。先日買ったばかりのすり鉢と蜂蜜を持って戻った。
「ルー……」
ソファーの上に寝かされたザファルの顔色に眉を寄せる。またこんな光景を見なければならないのかと唇を噛んだ。
アストリッドはザファルの下瞼を軽く開いて黒目を確かめ、顎の下に指を当てた。
(脈が速すぎる。震え、鉄の臭い、呼吸も上手くできてない感じ……)
アストリッドの記憶の中にあるフィルングの症状と同じ。死に至る猛毒というよりは全身を痛めつける神経毒で間違いないと判断したアストリッドはネフェリの葉を一枚丸めて口に入れる。それをグッと噛むと舌に痛みを感じるほど強烈な痺れが走った。
「今すぐ彼から離れなさい!」
宮廷医だろう男を連れてきたアリアが声を張り上げながらアストリッドに近付こうとするのをイヴァが両手を広げて阻止した。
「邪魔しないでください! 一刻を争うんですよ!」
「彼女は医者じゃないでしょ! 彼は私の夫よ! 指示を出すのは──」
「ルーッ!!!!」
声を上げたルィムの声が聞こえたのはアストリッドだけだが、風はその場にいた全員が感じた。
「きゃあああああああっ!」
立っていられないほどの突風に二人はその場で尻餅をついた。
「ルー! ルッ! ル、ルッ!」
アリアの顔の前でぷりぷりと怒りを爆発させるルィムがもう一度アリアの顔目掛けて突風を起こした。
アリアはそのまま床の上を転がり、壁に激突する。
普段なら注意されることだが、アストリッドは見ていない。見ていても注意はしないだろう。
じわっと溢れ出るネフェリの汁を口の中に溜めたまま、アストリッドは迷うことなくザファルに口付けた。
片手で顎を支え、口移しで葉と汁を押し渡す。喉が反射で動き、わずかに飲み込んだのを見て小さく安堵する。
「何をして──!」
慌てて立ち上がろうとするも背中を強打したせいで身体を起こせない。
「うっ……」
ザファルの口から掠れ声が漏れた。
アストリッドはもう一度、葉を一枚噛み、同じようにザファルに飲ませた。
蜂蜜を指先につけ、半ば開いた口内へと侵入させ、舌の上に塗り広げる。
「イヴァ、ルーミアを──」
「できました!」
置いてある薬草は二つ。一つは直接与えたのならば、残ったルーミアはこのすり鉢で潰すのだろうと予想し、すぐに潰し始めていたイヴァが勢いよく差し出す。
さすがだと感心しながらも「ありがとう」を先に伝えて、そこにほんの少し水を加えて団子のように丸めた物をザファルの舌裏に滑らせた。
「ザファル陛下」
「ルー……」
朦朧としている彼の意識はないも同然だが、呼吸はかろうじてできている。
アミーラがいれば一瞬で解決したのだろうが、アミーラは『今日はセラフィスの集まりがあるのです』と言って教会へ出かけてしまった。集まりといえば聞こえはいいが、実際は修行だと嫌な顔をしていた。
泣き言を言っていても仕方ないと何度も声をかけながら彼の左胸に手を置いた。
「陛下、呼吸しましょう」
アストリッドは自分の息に合わせるよう声をかけ続けた。ルィムはできるだけ多くの酸素が入るようにと顔の近くでそよ風を起こしている。
暫く繰り返すうちに、ザファルの肩の強張りが少し抜けたような感じがあった。
「……アス…リ…ド」
「ここにいます」
ザファルの額をカトラが冷やした布で丁寧に拭いていく。
「大丈夫。大丈夫よ。すぐに良くなるわ」
手を握り、ザファルの苦しげな顔を見つめながらアストリッドはフィルングのことを思い出していた。
結婚して初めて訪れたフィルングの不調。大丈夫だと言いながらも苦しげに呼吸を乱し、冷や汗をかき、妻が強く握った手を握り返せないでいた。
この国には薬草が多いから大体の毒には対応できると言っていたが、不安でたまらなかった。本当に死んでしまうのではないかと。
医師たちも焦ってはいないが、不安げに見ているから余計に不安は強まるばかりだった。
そんなことを何度繰り返しただろう。
もう二度と見ることはないと思っていたのに、ここでも見ることになるのかと震える唇を噛み締めた。
十分、二十分、一時間と過ぎ、相手の意識が戻るまでの間、声をかけ続け、願うしかできない無力な自分が大嫌いだった。まるであの時の中に戻ってしまったように感じていた。
「……泣い、て……い、る……か?」
優しく頬に触れた手に目を開けると顔色の悪いザファルがこちらを見上げていた。
大きく安堵すると同時に大粒の涙がザファルの顔に落ちた。
「よかった……」
もし効かなかったらと思うと怖かった。
『大丈夫だって前向きに考えてくれてもいいんだけどね』
真っ青な顔で笑う夫に何度そう言われただろう。そのたびに『笑えるはずないじゃない』と泣きながら返した。
前向きになるのが怖かった。きっと大丈夫と口にしながらも頭の中で最悪の事態を考える。そうしなければ、最悪の事態には耐えられないから。
今回もそうだ。怖かった。励ます言葉と頭の中の言葉は真逆で。
だからこそひどく安堵した。
頬に触れる大きな手を掴みながら声を押し殺し、零れ溢れた涙を落とし続けた。
「す……ま、な……」
ネフェリによる痺れもあるだろう。上手く話せないザファルに何度も首を振りながら「よかった」とそれだけをこぼし続けた。
「陛下!」
「キャッ!」
教会までやってきたイフラーシュから事情を聞いて駆け戻ってきたアミーラが飛び込むとドアがアリアの足に激突した。
誰の声か一瞥し、相手を確認すると無視してそのままザファルの前で片膝をつき、普段は持っていない杖を手にしていた。
「失礼します」
手にしているのは細長いセラフィスの杖。銀白の軸に小さな輪が三つ付いていて、握り込むと淡い光が走る。
「じっとしていてください」
杖尻を床に軽く当てると輪が一つ、涼やかに鳴る。杖の先に薄い光膜が生まれ、ザファルが包まれていく。
それによってようやく楽に呼吸ができるようになったのか、ザファルの口から大きな息が漏れていく。
「暫くはこのままでいていただきます」
「手間を、かける……」
「ご無事で何よりです」
心の中では「全くだ」と返しながらもアミーラの返事は静かなものだった。
「アミーラ! その女を捕まえなさい!」
「は?」
思わず漏れた声は彼女の素に近いもので、自分の耳を疑ったかのようにアリアが目を見開いている。
「彼にキスをしたのよ!」
それを聞いてもアミーラはアストリッドに確認することはなかった。
テーブルの上にある薬草を見れば何をしていたのか容易に想像がつく。それをキスだと喚き散らすアリアがあまりにも幼稚で、こんなにもバカだったのかと呆れてしまう。
「妻の許可なく夫にキスをするような女をここには置いておけないわ!」
「このクソ女……誰か吹き飛ばしてくれないかな……」
アミーラがボソッと呟いた直後、アリアの身体が浮かび上がり、廊下へと吹き戻される。
「な、何よこれ!! なんなのよ!! きゃああああああああああっ!」
突風が吹き抜けるような速さで宮殿の中へと強制的に戻されたアリアの悲鳴を聞きながらアミーラはどこにいるかもわからないルィムに「よくやった」と褒めた。
「ルー!」
ルィムにとっても気分が良いことだったのか、嬉しそうに笑い、アストリッドのもとへと戻った。
「大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」
小さな手で涙を拭ってくれるルィムに微笑みかけ、アストリッドは知識として教えてくれていたフィルングに感謝していた。
「陛下!?」
アストリッドが「ルィム!?」と驚いた声を上げたかと思えば玄関のドアが一人でに開き、アストリッドは慌ててそこから飛び出していった。
何事かと追いかける間もなく、飛び込んできたのは意識を失っているザファルだった。
「イヴァ、すり鉢と蜂蜜、ぬるい水を用意して。庭からネフェリとルーミアもお願い!」
「は、はい!」
イヴァは真っ先に庭へと駆け出し、迷うことなくネフェリとルーミアを掴んで戻った。
アストリッドの側に置き、水は既にグラスの中にあったため、キッチンへ。先日買ったばかりのすり鉢と蜂蜜を持って戻った。
「ルー……」
ソファーの上に寝かされたザファルの顔色に眉を寄せる。またこんな光景を見なければならないのかと唇を噛んだ。
アストリッドはザファルの下瞼を軽く開いて黒目を確かめ、顎の下に指を当てた。
(脈が速すぎる。震え、鉄の臭い、呼吸も上手くできてない感じ……)
アストリッドの記憶の中にあるフィルングの症状と同じ。死に至る猛毒というよりは全身を痛めつける神経毒で間違いないと判断したアストリッドはネフェリの葉を一枚丸めて口に入れる。それをグッと噛むと舌に痛みを感じるほど強烈な痺れが走った。
「今すぐ彼から離れなさい!」
宮廷医だろう男を連れてきたアリアが声を張り上げながらアストリッドに近付こうとするのをイヴァが両手を広げて阻止した。
「邪魔しないでください! 一刻を争うんですよ!」
「彼女は医者じゃないでしょ! 彼は私の夫よ! 指示を出すのは──」
「ルーッ!!!!」
声を上げたルィムの声が聞こえたのはアストリッドだけだが、風はその場にいた全員が感じた。
「きゃあああああああっ!」
立っていられないほどの突風に二人はその場で尻餅をついた。
「ルー! ルッ! ル、ルッ!」
アリアの顔の前でぷりぷりと怒りを爆発させるルィムがもう一度アリアの顔目掛けて突風を起こした。
アリアはそのまま床の上を転がり、壁に激突する。
普段なら注意されることだが、アストリッドは見ていない。見ていても注意はしないだろう。
じわっと溢れ出るネフェリの汁を口の中に溜めたまま、アストリッドは迷うことなくザファルに口付けた。
片手で顎を支え、口移しで葉と汁を押し渡す。喉が反射で動き、わずかに飲み込んだのを見て小さく安堵する。
「何をして──!」
慌てて立ち上がろうとするも背中を強打したせいで身体を起こせない。
「うっ……」
ザファルの口から掠れ声が漏れた。
アストリッドはもう一度、葉を一枚噛み、同じようにザファルに飲ませた。
蜂蜜を指先につけ、半ば開いた口内へと侵入させ、舌の上に塗り広げる。
「イヴァ、ルーミアを──」
「できました!」
置いてある薬草は二つ。一つは直接与えたのならば、残ったルーミアはこのすり鉢で潰すのだろうと予想し、すぐに潰し始めていたイヴァが勢いよく差し出す。
さすがだと感心しながらも「ありがとう」を先に伝えて、そこにほんの少し水を加えて団子のように丸めた物をザファルの舌裏に滑らせた。
「ザファル陛下」
「ルー……」
朦朧としている彼の意識はないも同然だが、呼吸はかろうじてできている。
アミーラがいれば一瞬で解決したのだろうが、アミーラは『今日はセラフィスの集まりがあるのです』と言って教会へ出かけてしまった。集まりといえば聞こえはいいが、実際は修行だと嫌な顔をしていた。
泣き言を言っていても仕方ないと何度も声をかけながら彼の左胸に手を置いた。
「陛下、呼吸しましょう」
アストリッドは自分の息に合わせるよう声をかけ続けた。ルィムはできるだけ多くの酸素が入るようにと顔の近くでそよ風を起こしている。
暫く繰り返すうちに、ザファルの肩の強張りが少し抜けたような感じがあった。
「……アス…リ…ド」
「ここにいます」
ザファルの額をカトラが冷やした布で丁寧に拭いていく。
「大丈夫。大丈夫よ。すぐに良くなるわ」
手を握り、ザファルの苦しげな顔を見つめながらアストリッドはフィルングのことを思い出していた。
結婚して初めて訪れたフィルングの不調。大丈夫だと言いながらも苦しげに呼吸を乱し、冷や汗をかき、妻が強く握った手を握り返せないでいた。
この国には薬草が多いから大体の毒には対応できると言っていたが、不安でたまらなかった。本当に死んでしまうのではないかと。
医師たちも焦ってはいないが、不安げに見ているから余計に不安は強まるばかりだった。
そんなことを何度繰り返しただろう。
もう二度と見ることはないと思っていたのに、ここでも見ることになるのかと震える唇を噛み締めた。
十分、二十分、一時間と過ぎ、相手の意識が戻るまでの間、声をかけ続け、願うしかできない無力な自分が大嫌いだった。まるであの時の中に戻ってしまったように感じていた。
「……泣い、て……い、る……か?」
優しく頬に触れた手に目を開けると顔色の悪いザファルがこちらを見上げていた。
大きく安堵すると同時に大粒の涙がザファルの顔に落ちた。
「よかった……」
もし効かなかったらと思うと怖かった。
『大丈夫だって前向きに考えてくれてもいいんだけどね』
真っ青な顔で笑う夫に何度そう言われただろう。そのたびに『笑えるはずないじゃない』と泣きながら返した。
前向きになるのが怖かった。きっと大丈夫と口にしながらも頭の中で最悪の事態を考える。そうしなければ、最悪の事態には耐えられないから。
今回もそうだ。怖かった。励ます言葉と頭の中の言葉は真逆で。
だからこそひどく安堵した。
頬に触れる大きな手を掴みながら声を押し殺し、零れ溢れた涙を落とし続けた。
「す……ま、な……」
ネフェリによる痺れもあるだろう。上手く話せないザファルに何度も首を振りながら「よかった」とそれだけをこぼし続けた。
「陛下!」
「キャッ!」
教会までやってきたイフラーシュから事情を聞いて駆け戻ってきたアミーラが飛び込むとドアがアリアの足に激突した。
誰の声か一瞥し、相手を確認すると無視してそのままザファルの前で片膝をつき、普段は持っていない杖を手にしていた。
「失礼します」
手にしているのは細長いセラフィスの杖。銀白の軸に小さな輪が三つ付いていて、握り込むと淡い光が走る。
「じっとしていてください」
杖尻を床に軽く当てると輪が一つ、涼やかに鳴る。杖の先に薄い光膜が生まれ、ザファルが包まれていく。
それによってようやく楽に呼吸ができるようになったのか、ザファルの口から大きな息が漏れていく。
「暫くはこのままでいていただきます」
「手間を、かける……」
「ご無事で何よりです」
心の中では「全くだ」と返しながらもアミーラの返事は静かなものだった。
「アミーラ! その女を捕まえなさい!」
「は?」
思わず漏れた声は彼女の素に近いもので、自分の耳を疑ったかのようにアリアが目を見開いている。
「彼にキスをしたのよ!」
それを聞いてもアミーラはアストリッドに確認することはなかった。
テーブルの上にある薬草を見れば何をしていたのか容易に想像がつく。それをキスだと喚き散らすアリアがあまりにも幼稚で、こんなにもバカだったのかと呆れてしまう。
「妻の許可なく夫にキスをするような女をここには置いておけないわ!」
「このクソ女……誰か吹き飛ばしてくれないかな……」
アミーラがボソッと呟いた直後、アリアの身体が浮かび上がり、廊下へと吹き戻される。
「な、何よこれ!! なんなのよ!! きゃああああああああああっ!」
突風が吹き抜けるような速さで宮殿の中へと強制的に戻されたアリアの悲鳴を聞きながらアミーラはどこにいるかもわからないルィムに「よくやった」と褒めた。
「ルー!」
ルィムにとっても気分が良いことだったのか、嬉しそうに笑い、アストリッドのもとへと戻った。
「大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」
小さな手で涙を拭ってくれるルィムに微笑みかけ、アストリッドは知識として教えてくれていたフィルングに感謝していた。
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