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鬱憤
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ファルージュ宮殿の奥座敷。
普段は優雅な茶会が催される部屋に、今宵は重苦しい空気が漂っていた。
円卓を囲む六人の女性たち。ザファル・アレイファーンの六人の夫人が一週間ぶりに顔を合わせていた。
「なんだかんだで仲良しね、私たち」
第三夫人のリアーナが全員揃っているのを見て口火を切る。
つられて笑える笑顔ではなく、嫌味が塗りたくられたその表情を誰もが直視しようとはしない。
「長い一週間でしたわね」
第三夫人アリアが、扇子をパタパタと仰ぎながら嫌味たっぷりに呟いた。
「そうですね」
第四夫人ゼリファも同調する。
彼女たちの視線はテーブル中央に置かれた一枚の紙に注がれていた。
それぞれの使用人から届けられた報告書。
ザファルとアストリッドの一週間の行動が事細かに記されている。
「庭で一緒に水やり、ですって。今時子供でもそんなことしないわよ」
サミーヤが紙を手に取り、冷たい声で読み上げる。
「三人で市場へお買い物。二人で夜空のお散歩。空飛ぶ絨毯って何よ。風の精霊を使って誰の目にも届かない場所で二人きりの時間を作るなんて……」
読み上げられる項目の一つ一つに、夫人たちの表情が険しくなっていく。
「あの女、正妻気取りね」
珍しく怒りを感じさせるような発言をした第二夫人のナディーラに全員の視線が集まる。
「王である夫が死んで、次は皇帝に構ってもらえて、男から男へと渡り歩くのが上手いのね。生まれは娼婦か何か?」
ほとんどの夫人が同調するように笑う中、第六夫人のレミーラだけは黙ってお菓子を食べている。
レミーラはあまり夫人たちの競争に興味がない。親に売られたからここにいるだけで、ザファルのことを心から愛しているわけではないのだ。
彼女が心惹かれているのはザファルではなくマルダーン。贅沢させてくれるのもマルダーンなのだからザファルの言動にはあまり感情を乱されない。
ここにいるのは参加しなければ姉であるサミーヤがうるさいから。
「レミーラ、これでもアンタはあの女が無害だって言うわけ?」
「水やりして、お買い物に行って、夜空の散歩してるだけじゃん。キスしたわけじゃないんだし」
「夜空ではしてるかもね」
「陛下からしてるのかも」
夫人でありながら彼女たちの神経を逆撫でするような言葉を平気で吐くレミーラは何も気にしていない。それがまた余計に彼女たちを苛立たせる。
「誰にでも尻尾を振る女は違うわね。ああ、振ってるのは尻尾じゃなくて腰だったわね」
リアーナの挑発にレミーラは口にしたばかりのクッキーをサクッと半分噛んだあと、視線を向けてクスッと笑った。
「まぁね。いい歳して嫉妬で騒ぐおばさんたちみたいに枯れてないから」
唯一の十代の言葉は二十代が終わろうとしている彼女たちに深く突き刺さった。
それはショックではなく怒りを生み出し、リアーナが机を思いきり叩いて立ち上がる。
「若さしか取り柄がない小娘のくせに生意気言ってんじゃないわよ!」
「知ってる? 口喧嘩で一番に出てくる責め言葉って自分のコンプレックスなんだって。若さしか取り柄がないって言うのは自分の年齢を気にしてるってことで、顔しか取り柄がないとか可愛くないくせにとか言うのは自分の顔を気にしてるからなんだって。どう? 当たってる?」
明確なる挑発に怒りが増すのはリアーナであり、他の夫人たちもリアーナほどではないが確かな怒りをレミーラに向けている。
「本当は嫉妬で怒り狂ってるくせに冷静を装う第二夫人。嫉妬心丸出しで子供みたいに怒る第三夫人。大人しいふりして無害を演じる第四夫人。プライドだけ山のように高い第五夫人。何かあればすぐに子供を出す第七夫人」
一人ずつ目を合わせながら欠点を口にしていくレミーラの表情は無邪気な子供のように明るくて、残酷だった。
「愛せないでしょ、そんな女」
あはっ、と短く笑ったそれが何よりも一番癪に触った。
リアーナに続いてサミーヤも立ち上がり、容赦なくレミーラに茶を浴びせるもレミーラは目を閉じたままでも笑みを崩さない。
「ほらね? そういうとこだよ、お姉ちゃん。ヒステリーな女なんて誰も愛そうとは思わない。だって怖いもん」
「アンタは──ッ!」
「やめましょう!」
掴み掛かろうとしたサミーヤの動きはゼリファが上げた声で止まった。
全員の視線が俯きながら震えるゼリファに集まる。
「今日は彼女について話をするために集まったはずです」
二人はレミーラを睨みつけてから乱暴に椅子に座り直し、足を組んだ。
「彼女は確かに無害なのかもしれません」
「アンタはどっちの味方──」
「でも、夫人でもないくせに、夫人以上の扱いを受けているのは確かです」
一瞬、サミーヤは驚いた顔をした。ゼリファは気が弱く、大人しいため自分の意見を口にすることはほとんどなかった。そこが気に入らなかったのだが、今は違う。これが彼女の本性なのだとわかったことで驚きは笑みへと変わる。
「そうよ。私たちが許せないのは夫人候補ですらない女が正妻気取りで生きてることが許せないのよ」
「落ち着きなさい、サミーヤ」
ナディーラが制止するが、その声にもいつもの余裕は感じられない。賛同したい気持ちがあるのだろう。
「サミーヤ様のお気持ちはここにいる全員が理解できるでしょう」
「私はできなーい」
レミーラの言葉を無視し、ゼリファが言葉を続ける。
「私たちは皆、陛下にお心を向けていただこうと必死に努力しています。美しく装い、教養を身につけ、陛下好みの女性になろうと……」
ゼリファの声が震える。
「でも、彼女は何の努力もしないで陛下のお傍にいるんです。夫を亡くした可哀想な女というだけで陛下の同情を引き続けているんですよ」
重苦しい沈黙に包まれる。
ザファルが夫人たちの部屋を訪れるのはいつも決められた日のみであり、義務的だった。甘いピロートークもなく、愛を囁かれるわけでもなく、愛おしそうに触れられたこともない。
彼は愛情のかけらも見せることなく、ただ皇帝としての責務を果たすだけ。彼女たちはその辛さに日々耐え続けてきた。正妻の座が空いていることだけを希望に。
それが我慢の限界に近くなったのは、アストリッドが来てから。
報告書には、笑顔を見せ、楽しそうに会話しているだけでなく、この一週間はベールすらつけていなかったと書いてある。
自分たちにすらベールを脱がない男が、アストリッドの前で素顔を晒すことがどういうことか、容易に察しがつくだけに腹が立つ。
「許せない……あんな女は相応しくない」
ゼリファが呟いた。
いつもは地味で大人しい第四夫人の口から出た、生々しい憎悪の言葉。
「同感ですわ」
アリアが扇子を閉じながら頷く。
「彼女が正妻になるなんてことでもあろうものなら……」
ゼリファの目に、危険な光が宿る。
誰もが正妻の座が埋まるという想像したくもない未来に、全員の顔が青ざめる。
もしアストリッドが正妻になれば、彼女たちの地位は一気に転落する。それこそ夫人は必要ないと離縁するかもしれない。
レミーラのようにマルダーンに媚びるのは御免だと思っているだけにそれだけは回避する必要がある。そうしなければ、今まで築き上げてきたプライドも、将来への希望も、全て失われてしまう。
「何とかしなければ……」
ゼリファが低い声で言いきった。
普段の大人しさはどこへやら、彼女の表情は他の夫人たちを驚かせた。
「考えはあるの?」
リアーナの問いにアリアがサミーヤが笑った。
「前回の毒は失敗したけれど、方法はまだあるわ」
「もう毒は使えませんよ」
アリアはハキームから厳しい尋問を受けただけに毒にはうんざりしている。
「毒なんて回りくどいことはしない。もっと確実で、もっと効果的な方法がある」
サミーヤの笑みが、より一層邪悪になる。
「捨てちゃえばいいのよ」
「捨てる?」
ナディーラが眉をひそめる。
「そうよ。どこか遠くに連れて行って、二度と帰ってこられないようにするの。砂漠の真ん中とかにね」
目の前にある葡萄をポイッとテーブルの真ん中に捨てるように投げたのを見て全員が納得した。
「でも具体的にはどうするの? 皇帝陛下の客人を砂漠の真ん中に捨ててこいって言って動く人間がいる?」
「ここはラフナディールよ。金を積めば動く人間がどれだけいると思ってるの?」
「精霊は?」
「大丈夫。チャンスはやってくるわ」
物騒な言葉もラフナディールではそれほど危険視されることではない。商人の数よりも多いと言われる犯罪者。葬っても葬っても湧いてくる。死罪よりも餓死のほうがよっぽど恐ろしいと考えるからこそ平気で請け負うのだ。
「こわー。人殺しじゃん」
「これは事故よ。アストリッドはある日、砂嵐に巻き込まれて行方不明になったの。あるいは、市場で誘拐されて、そのまま消息不明になった。そしてある日、砂漠の真ん中で骨となって見つかるか、オアシスの底で溶けて見つかるか。どうなったとしても事故よ、事故」
「マルダーン様に報告しよーっと」
「やれば?」
レミーラはサミーヤのことをよく知っている。だからこういう返しをするときのサミーヤは異常なまでに自信があり、そしてそれを成功させる。
こういう自信を見せるときのレミーヤには逆らわないほうがいい。一緒に育ってきた姉妹としての教訓だった。
「バレたらどうするの?」
ナディーラの問いにサミーヤが肩を竦める。
「バレないように工作するのよ。私たちには関係ないって顔をしていればいい」
「そう簡単にいくかしら……」
疑問を呈するが、内心では興味を抱いているのが見て取れた。
「簡単よ。要は、証拠を残さなければいいの」
リアーナが賛同するように頷く。
「それに、あの女がいなくなれば、陛下も諦めるでしょう。他に選択肢がなくなるんですもの」
その言葉に、ゼリファが顔を上げた。
「……確かに、そうかもしれませんね。あの女がいる限り、私たちに未来はない。それなら……」
言葉を区切り、彼女は冷たい笑みを浮かべた。
「いなくなってもらうのが一番だと思います」
その言葉を最後に、部屋に不気味な静寂が訪れた。
六人の女性たちの目には同じ意志の光が宿っている。
嫉妬と憎悪に駆られた、危険な決意。
「では、綿密な計画を立てましょう」
サミーヤを筆頭に夫人たちが頷いた。
「嫉妬に狂った女の末路だね。こわーい」
レミーラが嫌味を放つも誰も相手にしなかった。
これ以上は聞いていられないと立ち上がって部屋を出るその背中を誰一人見ようとはしなかった。
役に立たない女は必要ない。彼女たちにとってレミーラは脅威ですらないのだから。
「協力者が必要ね。信頼できる使用人を数人。これはそれぞれの侍女で問題ないでしょ」
「一番重要なのは、アリバイです。その日、私たちは皆、人目のあるところにいなければなりません」
ゼリファの言葉に全員が頷く。
筆を取り、紙にまとめていく内容は狂気であり、彼女たちの怒りでもあった。
「完璧な計画を立てれば必ず成功します。そして……」
彼女の唇が、薄く歪んだ。
「あの忌々しい女を、この世から消してやりましょう」
月のない暗い夜。
嫉妬という名の狂気に支配された彼女たちに、もはや理性の声は届かない。
ただ一つの目的のために、恐ろしい計画が着々と練り上げられていく。
六人の女性たちの密談は、深夜まで続いた。
普段は優雅な茶会が催される部屋に、今宵は重苦しい空気が漂っていた。
円卓を囲む六人の女性たち。ザファル・アレイファーンの六人の夫人が一週間ぶりに顔を合わせていた。
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第三夫人のリアーナが全員揃っているのを見て口火を切る。
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「長い一週間でしたわね」
第三夫人アリアが、扇子をパタパタと仰ぎながら嫌味たっぷりに呟いた。
「そうですね」
第四夫人ゼリファも同調する。
彼女たちの視線はテーブル中央に置かれた一枚の紙に注がれていた。
それぞれの使用人から届けられた報告書。
ザファルとアストリッドの一週間の行動が事細かに記されている。
「庭で一緒に水やり、ですって。今時子供でもそんなことしないわよ」
サミーヤが紙を手に取り、冷たい声で読み上げる。
「三人で市場へお買い物。二人で夜空のお散歩。空飛ぶ絨毯って何よ。風の精霊を使って誰の目にも届かない場所で二人きりの時間を作るなんて……」
読み上げられる項目の一つ一つに、夫人たちの表情が険しくなっていく。
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レミーラはあまり夫人たちの競争に興味がない。親に売られたからここにいるだけで、ザファルのことを心から愛しているわけではないのだ。
彼女が心惹かれているのはザファルではなくマルダーン。贅沢させてくれるのもマルダーンなのだからザファルの言動にはあまり感情を乱されない。
ここにいるのは参加しなければ姉であるサミーヤがうるさいから。
「レミーラ、これでもアンタはあの女が無害だって言うわけ?」
「水やりして、お買い物に行って、夜空の散歩してるだけじゃん。キスしたわけじゃないんだし」
「夜空ではしてるかもね」
「陛下からしてるのかも」
夫人でありながら彼女たちの神経を逆撫でするような言葉を平気で吐くレミーラは何も気にしていない。それがまた余計に彼女たちを苛立たせる。
「誰にでも尻尾を振る女は違うわね。ああ、振ってるのは尻尾じゃなくて腰だったわね」
リアーナの挑発にレミーラは口にしたばかりのクッキーをサクッと半分噛んだあと、視線を向けてクスッと笑った。
「まぁね。いい歳して嫉妬で騒ぐおばさんたちみたいに枯れてないから」
唯一の十代の言葉は二十代が終わろうとしている彼女たちに深く突き刺さった。
それはショックではなく怒りを生み出し、リアーナが机を思いきり叩いて立ち上がる。
「若さしか取り柄がない小娘のくせに生意気言ってんじゃないわよ!」
「知ってる? 口喧嘩で一番に出てくる責め言葉って自分のコンプレックスなんだって。若さしか取り柄がないって言うのは自分の年齢を気にしてるってことで、顔しか取り柄がないとか可愛くないくせにとか言うのは自分の顔を気にしてるからなんだって。どう? 当たってる?」
明確なる挑発に怒りが増すのはリアーナであり、他の夫人たちもリアーナほどではないが確かな怒りをレミーラに向けている。
「本当は嫉妬で怒り狂ってるくせに冷静を装う第二夫人。嫉妬心丸出しで子供みたいに怒る第三夫人。大人しいふりして無害を演じる第四夫人。プライドだけ山のように高い第五夫人。何かあればすぐに子供を出す第七夫人」
一人ずつ目を合わせながら欠点を口にしていくレミーラの表情は無邪気な子供のように明るくて、残酷だった。
「愛せないでしょ、そんな女」
あはっ、と短く笑ったそれが何よりも一番癪に触った。
リアーナに続いてサミーヤも立ち上がり、容赦なくレミーラに茶を浴びせるもレミーラは目を閉じたままでも笑みを崩さない。
「ほらね? そういうとこだよ、お姉ちゃん。ヒステリーな女なんて誰も愛そうとは思わない。だって怖いもん」
「アンタは──ッ!」
「やめましょう!」
掴み掛かろうとしたサミーヤの動きはゼリファが上げた声で止まった。
全員の視線が俯きながら震えるゼリファに集まる。
「今日は彼女について話をするために集まったはずです」
二人はレミーラを睨みつけてから乱暴に椅子に座り直し、足を組んだ。
「彼女は確かに無害なのかもしれません」
「アンタはどっちの味方──」
「でも、夫人でもないくせに、夫人以上の扱いを受けているのは確かです」
一瞬、サミーヤは驚いた顔をした。ゼリファは気が弱く、大人しいため自分の意見を口にすることはほとんどなかった。そこが気に入らなかったのだが、今は違う。これが彼女の本性なのだとわかったことで驚きは笑みへと変わる。
「そうよ。私たちが許せないのは夫人候補ですらない女が正妻気取りで生きてることが許せないのよ」
「落ち着きなさい、サミーヤ」
ナディーラが制止するが、その声にもいつもの余裕は感じられない。賛同したい気持ちがあるのだろう。
「サミーヤ様のお気持ちはここにいる全員が理解できるでしょう」
「私はできなーい」
レミーラの言葉を無視し、ゼリファが言葉を続ける。
「私たちは皆、陛下にお心を向けていただこうと必死に努力しています。美しく装い、教養を身につけ、陛下好みの女性になろうと……」
ゼリファの声が震える。
「でも、彼女は何の努力もしないで陛下のお傍にいるんです。夫を亡くした可哀想な女というだけで陛下の同情を引き続けているんですよ」
重苦しい沈黙に包まれる。
ザファルが夫人たちの部屋を訪れるのはいつも決められた日のみであり、義務的だった。甘いピロートークもなく、愛を囁かれるわけでもなく、愛おしそうに触れられたこともない。
彼は愛情のかけらも見せることなく、ただ皇帝としての責務を果たすだけ。彼女たちはその辛さに日々耐え続けてきた。正妻の座が空いていることだけを希望に。
それが我慢の限界に近くなったのは、アストリッドが来てから。
報告書には、笑顔を見せ、楽しそうに会話しているだけでなく、この一週間はベールすらつけていなかったと書いてある。
自分たちにすらベールを脱がない男が、アストリッドの前で素顔を晒すことがどういうことか、容易に察しがつくだけに腹が立つ。
「許せない……あんな女は相応しくない」
ゼリファが呟いた。
いつもは地味で大人しい第四夫人の口から出た、生々しい憎悪の言葉。
「同感ですわ」
アリアが扇子を閉じながら頷く。
「彼女が正妻になるなんてことでもあろうものなら……」
ゼリファの目に、危険な光が宿る。
誰もが正妻の座が埋まるという想像したくもない未来に、全員の顔が青ざめる。
もしアストリッドが正妻になれば、彼女たちの地位は一気に転落する。それこそ夫人は必要ないと離縁するかもしれない。
レミーラのようにマルダーンに媚びるのは御免だと思っているだけにそれだけは回避する必要がある。そうしなければ、今まで築き上げてきたプライドも、将来への希望も、全て失われてしまう。
「何とかしなければ……」
ゼリファが低い声で言いきった。
普段の大人しさはどこへやら、彼女の表情は他の夫人たちを驚かせた。
「考えはあるの?」
リアーナの問いにアリアがサミーヤが笑った。
「前回の毒は失敗したけれど、方法はまだあるわ」
「もう毒は使えませんよ」
アリアはハキームから厳しい尋問を受けただけに毒にはうんざりしている。
「毒なんて回りくどいことはしない。もっと確実で、もっと効果的な方法がある」
サミーヤの笑みが、より一層邪悪になる。
「捨てちゃえばいいのよ」
「捨てる?」
ナディーラが眉をひそめる。
「そうよ。どこか遠くに連れて行って、二度と帰ってこられないようにするの。砂漠の真ん中とかにね」
目の前にある葡萄をポイッとテーブルの真ん中に捨てるように投げたのを見て全員が納得した。
「でも具体的にはどうするの? 皇帝陛下の客人を砂漠の真ん中に捨ててこいって言って動く人間がいる?」
「ここはラフナディールよ。金を積めば動く人間がどれだけいると思ってるの?」
「精霊は?」
「大丈夫。チャンスはやってくるわ」
物騒な言葉もラフナディールではそれほど危険視されることではない。商人の数よりも多いと言われる犯罪者。葬っても葬っても湧いてくる。死罪よりも餓死のほうがよっぽど恐ろしいと考えるからこそ平気で請け負うのだ。
「こわー。人殺しじゃん」
「これは事故よ。アストリッドはある日、砂嵐に巻き込まれて行方不明になったの。あるいは、市場で誘拐されて、そのまま消息不明になった。そしてある日、砂漠の真ん中で骨となって見つかるか、オアシスの底で溶けて見つかるか。どうなったとしても事故よ、事故」
「マルダーン様に報告しよーっと」
「やれば?」
レミーラはサミーヤのことをよく知っている。だからこういう返しをするときのサミーヤは異常なまでに自信があり、そしてそれを成功させる。
こういう自信を見せるときのレミーヤには逆らわないほうがいい。一緒に育ってきた姉妹としての教訓だった。
「バレたらどうするの?」
ナディーラの問いにサミーヤが肩を竦める。
「バレないように工作するのよ。私たちには関係ないって顔をしていればいい」
「そう簡単にいくかしら……」
疑問を呈するが、内心では興味を抱いているのが見て取れた。
「簡単よ。要は、証拠を残さなければいいの」
リアーナが賛同するように頷く。
「それに、あの女がいなくなれば、陛下も諦めるでしょう。他に選択肢がなくなるんですもの」
その言葉に、ゼリファが顔を上げた。
「……確かに、そうかもしれませんね。あの女がいる限り、私たちに未来はない。それなら……」
言葉を区切り、彼女は冷たい笑みを浮かべた。
「いなくなってもらうのが一番だと思います」
その言葉を最後に、部屋に不気味な静寂が訪れた。
六人の女性たちの目には同じ意志の光が宿っている。
嫉妬と憎悪に駆られた、危険な決意。
「では、綿密な計画を立てましょう」
サミーヤを筆頭に夫人たちが頷いた。
「嫉妬に狂った女の末路だね。こわーい」
レミーラが嫌味を放つも誰も相手にしなかった。
これ以上は聞いていられないと立ち上がって部屋を出るその背中を誰一人見ようとはしなかった。
役に立たない女は必要ない。彼女たちにとってレミーラは脅威ですらないのだから。
「協力者が必要ね。信頼できる使用人を数人。これはそれぞれの侍女で問題ないでしょ」
「一番重要なのは、アリバイです。その日、私たちは皆、人目のあるところにいなければなりません」
ゼリファの言葉に全員が頷く。
筆を取り、紙にまとめていく内容は狂気であり、彼女たちの怒りでもあった。
「完璧な計画を立てれば必ず成功します。そして……」
彼女の唇が、薄く歪んだ。
「あの忌々しい女を、この世から消してやりましょう」
月のない暗い夜。
嫉妬という名の狂気に支配された彼女たちに、もはや理性の声は届かない。
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ーーーーーーーーーー
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○クロード・ウェルズリー
一代で莫大な富を築き上げた豪商。生まれは卑しいが、顔がよく金持ち。恋愛に関しては不器用な男。
○ニコル
アンリエッタの侍女。
アンリエッタにとっては母であり、姉であり、友である大切な存在。
○ミゲル
クロードの秘書。
優しそうに見えて辛辣で容赦がない性格。常にひと言多い。
赤貧令嬢の借金返済契約
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