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罪人3
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「いやぁぁああああああああッ!!」
直後に響き渡ったのはゼリファの悲鳴だった。
フォークを振り下ろしたはずが、逆に手の甲にナイフが刺さっている。
言葉にできないほどの痛みに涙を溢し、開けっぱなしの口からは涎が垂れる。
「なんでッ、なんでぇッ!!」
何が起こったのか。どこからナイフが飛んできたのか。誰がやったのか。わからないことだらけの状況にゼリファは叫ぶことしかできない。心配した侍女が慌てて駆け寄りあたふたする様子を見てゼリファが苛立ったように蹴り飛ばした。
「お前がいたってしょうがないでしょ!! 医者を呼ぶのよ!!」
慌てて出ていく侍女の背中に役立たずと吐き捨て、ゼリファはまだ涎を垂らしながら自分の手の甲に刺さったままのナイフを見ている。
軽くではない。しっかりと突き抜けている。目を疑うほど流れていく血を止めようにも方法がわからない。
「痛いぃいいいいいいいッ!」
その出血量に全員が引いている。誰も自分が持っているハンカチを差し出そうとはしないし、押えるための布を探しにも行かない。
ゼリファ同様にどこから攻撃されたのかわからないことに怯えて辺りを警戒するほうに神経を注いでいた。
「陛下が帰ってき──……」
馬の足音にハッとしたナディーラが立ち上がって確認した瞬間、時が止まったように絶句する。
初めて見る反応にリアーナとサミーヤが同じ方向を見ると同じように固まった。
座っていたアリアが立ち上がろうとしたとき、宮の前で止まった馬から降りてきたザファルが入ってきた。
「ここで何をしている」
相変わらずの冷たい声。いや、普段よりもうワントーン低い気がする。
血を吸った絨毯の上で気を失いかけているゼリファを一瞥するもそれだけ。心配の声ひとつかけはしない。
「お前たちが泥棒だったとはな」
「へ、陛下、これには理由が──」
「他者の物を許可なく運び出す泥棒の言い分など興味もない」
「話を聞いてください! 私たちはアリア様にそそのかされたんです!」
「はあッ!?」
「そ、そうです! ここはもう使われないから気に入った物があれば持っていってもいいって!」
「ふざけんじゃないわよ! 違います陛下! 私ではなくリアーナ様です! 彼女が言い出したんです!」
「リアーナは言ってない! アンタが言い出したんでしょ!」
「乗り気だったあなたも同罪ですよ、サミーヤ様」
「急に気取った態度取ってんじゃないわよ!」
目の前で繰り広げられる醜い言い争いを黙らせたのは頭上から降ってきた大量の水。
気絶しかけていたゼリファの意識まで浮上させ、傷口に水がかかったことでまた悲鳴を上げ始めた。
「うぅぅううううう!! 医者はまだなのッ!?」
「お待たせしま──へ、陛下!!」
「お前は戻れ。用はない」
「へっ? で、ですが……」
入り口からでもわかるゼリファの手の大惨事。すぐに処置を施さなければ大変なことになるのはザファルにもわかっているだろうに何故処置をさせないのかと戸惑いながらも逆らうことはできず、中に入る足を止めた。
「アリア様が刺したんですぅ! 陛下ぁああああ!」
初めて聞くゼリファの泣き声にも反応は見せない。
「全器官を水で覆われたくなければ口を閉じろ」
脅しではないと誰もが瞬時に悟った。
「陛下、話を聞いてください! 私は何も──」
「口を閉じろと言ったはずだ」
アリアの顔の前に水が現れ、ふわふわと浮いている。精霊が操っているのだろうそれをアリアが防ぐことはできない。
口を塞いでも鼻から、鼻を塞いでも耳から、耳を塞げば目から入ってくるかもしれない。全部を塞いだら顔全体を水に覆われるかもしれない。
精霊にどんなことができるかわからない以上、黙っておくのが賢明だと悔しくも判断した。
「来てくれ」
振り返って差し出した手を握った女が一緒に中へと入ってくる。
五人は目を疑い、一斉にアリアを見た。
「どうした? まるで死者を見たような驚き方をしているな」
「ど、どうして……」
「彼女はこの宮を出て街で暮らしていただけだ。俺のわがままで連れ戻したまでのこと。驚くようなことではないだろう」
夫人たちの身体が大袈裟なほど震え始めた。
彼女たちはザファルという男をよく知っている。妻に甘いわけでもなければ女に鼻の下を伸ばして生きる男ではない。だからこそ彼の妻になれば愛も権力も独占できると考え、彼女たちはそれに惹かれていた。
それなのに考えもしなかったのだ。下手をすれば自分たちにその権力が刃となって向けられる可能性があることを。
彼の声はその危機を知らせているように感じ、怯え始めた。
「どうした? 震えているな。外に出て空気を吸ってみてはどうだ?」
夫人たちに選択肢はなかった。何も持たず、何も見ず、フラつきながら外へ出た。
「ッ!?」
反応したのはアリアだった。
「どうした? また何を驚いている?」
外に男が座っている。
アリアの反応に反応したのは夫人たちは、まさか、という顔でアリアを見ていた。
「アストリッド、あなたはそこにいてくれ」
アストリッドに見せたい光景ではなく、イヴァが駆け寄ったのを見て外に出た。
「た、たふけ……くえ……」
男が伸ばす手についている指は二本しかない。中指と小指の二本。鮮血というより赤黒く見える血を滴らせながら腫れ上がった顔でアリアに向かって手を伸ばしている。
「やったのは?」
「筆頭です」
サラディーンは対処が早すぎると感心していいのかわからない感情にかぶりを振りながら男に近付く。
「ザリド、誰に依頼を受けたか話せ」
「あ……あ……」
ザリドの様子にザファルは思わず目を閉じ、大きな溜息を吐いた。
「歯を抜いたのか?」
「そのようです」
罪人の処分を任せている部隊の筆頭であるだけに、拷問はお手のもの。
サラディーンのやり方は「吐かないから拷問する」ではなく、最初から「拷問しながら吐かせる」というもの。
何も問わず、何も言わずにゆっくりと痛みを与え始める。軽い、わずかな痛みから始め、罪人たちの軽口や暴言、言い訳や嘘を聞き流す。その過程で徐々に相手に気付かせるように痛みの与え方を変えていく。明かな嘘にはほんの一瞬、強い痛みを与える。あれ、と疑問を持ち、それが繰り返されることで罪人は動揺し始める。
与えられる痛みが強くなれば、その瞬時の痛みが倍増することを想像し、震えが起こる。何も話さない。何を言っても返事をしない。拷問だけが続いていくその恐怖に多くの罪人が白状する。
指を切断すること。歯を抜くこと。重い拳を叩きつけること。サラディーンは痛みと恐怖の与え方に躊躇がない。
「……ア……」
「黙れッ!!」
怒鳴ると同時に近くにあった拳大の石を掴んで投げつけたが、瞬時に現れた水の壁によって防がれた。
白状しているようなものだと誰もが思い、そして視線をぶつける。
「アリア、知り合いか?」
あえて問いかけるザファルの底意地の悪さに夫人たちは確信する。
(気付いてる……!)
「アリア、皇帝である私が聞いているんだ。答えろ」
「……う……ううううるさいうるさいうるさいッ!! 私に命令するな!!」
睨みつけてくるアリアに向けるザファルの表情は変わらない。
それすら気に入らないと言うようにズンズンと歩み寄って即座に拳を叩きつけるが、それさえも水の壁に阻まれる。叩いた瞬間にバシャッと跳ねた水がアリアの顔にかかり、腹の奥底から込み上げる怒りに咆哮のような声を張り上げた。
直後に響き渡ったのはゼリファの悲鳴だった。
フォークを振り下ろしたはずが、逆に手の甲にナイフが刺さっている。
言葉にできないほどの痛みに涙を溢し、開けっぱなしの口からは涎が垂れる。
「なんでッ、なんでぇッ!!」
何が起こったのか。どこからナイフが飛んできたのか。誰がやったのか。わからないことだらけの状況にゼリファは叫ぶことしかできない。心配した侍女が慌てて駆け寄りあたふたする様子を見てゼリファが苛立ったように蹴り飛ばした。
「お前がいたってしょうがないでしょ!! 医者を呼ぶのよ!!」
慌てて出ていく侍女の背中に役立たずと吐き捨て、ゼリファはまだ涎を垂らしながら自分の手の甲に刺さったままのナイフを見ている。
軽くではない。しっかりと突き抜けている。目を疑うほど流れていく血を止めようにも方法がわからない。
「痛いぃいいいいいいいッ!」
その出血量に全員が引いている。誰も自分が持っているハンカチを差し出そうとはしないし、押えるための布を探しにも行かない。
ゼリファ同様にどこから攻撃されたのかわからないことに怯えて辺りを警戒するほうに神経を注いでいた。
「陛下が帰ってき──……」
馬の足音にハッとしたナディーラが立ち上がって確認した瞬間、時が止まったように絶句する。
初めて見る反応にリアーナとサミーヤが同じ方向を見ると同じように固まった。
座っていたアリアが立ち上がろうとしたとき、宮の前で止まった馬から降りてきたザファルが入ってきた。
「ここで何をしている」
相変わらずの冷たい声。いや、普段よりもうワントーン低い気がする。
血を吸った絨毯の上で気を失いかけているゼリファを一瞥するもそれだけ。心配の声ひとつかけはしない。
「お前たちが泥棒だったとはな」
「へ、陛下、これには理由が──」
「他者の物を許可なく運び出す泥棒の言い分など興味もない」
「話を聞いてください! 私たちはアリア様にそそのかされたんです!」
「はあッ!?」
「そ、そうです! ここはもう使われないから気に入った物があれば持っていってもいいって!」
「ふざけんじゃないわよ! 違います陛下! 私ではなくリアーナ様です! 彼女が言い出したんです!」
「リアーナは言ってない! アンタが言い出したんでしょ!」
「乗り気だったあなたも同罪ですよ、サミーヤ様」
「急に気取った態度取ってんじゃないわよ!」
目の前で繰り広げられる醜い言い争いを黙らせたのは頭上から降ってきた大量の水。
気絶しかけていたゼリファの意識まで浮上させ、傷口に水がかかったことでまた悲鳴を上げ始めた。
「うぅぅううううう!! 医者はまだなのッ!?」
「お待たせしま──へ、陛下!!」
「お前は戻れ。用はない」
「へっ? で、ですが……」
入り口からでもわかるゼリファの手の大惨事。すぐに処置を施さなければ大変なことになるのはザファルにもわかっているだろうに何故処置をさせないのかと戸惑いながらも逆らうことはできず、中に入る足を止めた。
「アリア様が刺したんですぅ! 陛下ぁああああ!」
初めて聞くゼリファの泣き声にも反応は見せない。
「全器官を水で覆われたくなければ口を閉じろ」
脅しではないと誰もが瞬時に悟った。
「陛下、話を聞いてください! 私は何も──」
「口を閉じろと言ったはずだ」
アリアの顔の前に水が現れ、ふわふわと浮いている。精霊が操っているのだろうそれをアリアが防ぐことはできない。
口を塞いでも鼻から、鼻を塞いでも耳から、耳を塞げば目から入ってくるかもしれない。全部を塞いだら顔全体を水に覆われるかもしれない。
精霊にどんなことができるかわからない以上、黙っておくのが賢明だと悔しくも判断した。
「来てくれ」
振り返って差し出した手を握った女が一緒に中へと入ってくる。
五人は目を疑い、一斉にアリアを見た。
「どうした? まるで死者を見たような驚き方をしているな」
「ど、どうして……」
「彼女はこの宮を出て街で暮らしていただけだ。俺のわがままで連れ戻したまでのこと。驚くようなことではないだろう」
夫人たちの身体が大袈裟なほど震え始めた。
彼女たちはザファルという男をよく知っている。妻に甘いわけでもなければ女に鼻の下を伸ばして生きる男ではない。だからこそ彼の妻になれば愛も権力も独占できると考え、彼女たちはそれに惹かれていた。
それなのに考えもしなかったのだ。下手をすれば自分たちにその権力が刃となって向けられる可能性があることを。
彼の声はその危機を知らせているように感じ、怯え始めた。
「どうした? 震えているな。外に出て空気を吸ってみてはどうだ?」
夫人たちに選択肢はなかった。何も持たず、何も見ず、フラつきながら外へ出た。
「ッ!?」
反応したのはアリアだった。
「どうした? また何を驚いている?」
外に男が座っている。
アリアの反応に反応したのは夫人たちは、まさか、という顔でアリアを見ていた。
「アストリッド、あなたはそこにいてくれ」
アストリッドに見せたい光景ではなく、イヴァが駆け寄ったのを見て外に出た。
「た、たふけ……くえ……」
男が伸ばす手についている指は二本しかない。中指と小指の二本。鮮血というより赤黒く見える血を滴らせながら腫れ上がった顔でアリアに向かって手を伸ばしている。
「やったのは?」
「筆頭です」
サラディーンは対処が早すぎると感心していいのかわからない感情にかぶりを振りながら男に近付く。
「ザリド、誰に依頼を受けたか話せ」
「あ……あ……」
ザリドの様子にザファルは思わず目を閉じ、大きな溜息を吐いた。
「歯を抜いたのか?」
「そのようです」
罪人の処分を任せている部隊の筆頭であるだけに、拷問はお手のもの。
サラディーンのやり方は「吐かないから拷問する」ではなく、最初から「拷問しながら吐かせる」というもの。
何も問わず、何も言わずにゆっくりと痛みを与え始める。軽い、わずかな痛みから始め、罪人たちの軽口や暴言、言い訳や嘘を聞き流す。その過程で徐々に相手に気付かせるように痛みの与え方を変えていく。明かな嘘にはほんの一瞬、強い痛みを与える。あれ、と疑問を持ち、それが繰り返されることで罪人は動揺し始める。
与えられる痛みが強くなれば、その瞬時の痛みが倍増することを想像し、震えが起こる。何も話さない。何を言っても返事をしない。拷問だけが続いていくその恐怖に多くの罪人が白状する。
指を切断すること。歯を抜くこと。重い拳を叩きつけること。サラディーンは痛みと恐怖の与え方に躊躇がない。
「……ア……」
「黙れッ!!」
怒鳴ると同時に近くにあった拳大の石を掴んで投げつけたが、瞬時に現れた水の壁によって防がれた。
白状しているようなものだと誰もが思い、そして視線をぶつける。
「アリア、知り合いか?」
あえて問いかけるザファルの底意地の悪さに夫人たちは確信する。
(気付いてる……!)
「アリア、皇帝である私が聞いているんだ。答えろ」
「……う……ううううるさいうるさいうるさいッ!! 私に命令するな!!」
睨みつけてくるアリアに向けるザファルの表情は変わらない。
それすら気に入らないと言うようにズンズンと歩み寄って即座に拳を叩きつけるが、それさえも水の壁に阻まれる。叩いた瞬間にバシャッと跳ねた水がアリアの顔にかかり、腹の奥底から込み上げる怒りに咆哮のような声を張り上げた。
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