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家族2
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真っ先に頭を下げたのはハキームだった。
バシールだけがその存在を知らないように驚きの表情を向けている。
「お久しぶりでございます、エリュシア様」
頭を下げたまま挨拶をするその小さな老人にスッと目を細め、まるで我が子の頭を撫でるように乗せた手を優しく動かす。
「久しいな、ハキーム。試練以来か」
「はい。息災のご様子、安心致しました」
「精霊の王である私がくたばっているとでも?」
「滅相もない。お会いする機会がございませんので、久しぶりに会えた喜びから出た言葉でございます」
「ふふっ、そういうことにしておこう」
ザファルとアストリッドがバシールとは別の意味で驚きを顔に出す。
「ハキーム、お前何故……」
ハキームの周囲に精霊はいない。それなのに何故精霊の姿が見えるのか。ましてや顔見知りであるかのような会話を交わす様子にザファルは戸惑いを隠せないでいた。
「なんだお前、知らなかったのか? この国に精霊を連れてきたのはハキームだぞ」
「なっ……!?」
初耳であることよりも意味が理解できない言葉にザファルは思わずアストリッドを見たが、アストリッドが知るはずもないことは確かで。
「その話はあとにしてもいいか? 私の可愛い子が泣いているんだ」
カトラに近付いて涙を拭ってやるとその小さな身体をそっと手で胸元に押し付けて抱きしめてやる。
口を開けて泣きじゃくるカトラにルィムは眉を下げ、心を痛めていた。
「ルガシュのために怒ってやるなんて優しいじゃないか。だが、精霊が人間を殺してはいけない。賢いお前ならわかっているだろう?」
ザイードは気を失っているだけで死んではいない。
涙を拭いながら必死に訴えるカトラの言葉を聞きながらエリュシアはゆっくり頷き続ける。
「精霊を粗末に扱った末路だと言えるが、お前がしていいことではないんだよ」
しゃくり上げながらも頷いたカトラの頭を撫で、マルダーンに振り返った。
「お前は言ったね、全てに価値があると」
「ああ」
「私も同じことを思っているんだよ。この子たちにはとてつもない価値があるとね」
「だろうな」
「それは人間が“使う”には分不相応なほどの価値だ」
マルダーンは瞬時に察した。エリュシアが何を言いたいのか、何をしようとしているのか。
「精霊王の決断には誰も逆らえんさ」
「息子に同情しなくていいのか?」
「してるからこその決断だ。火の加護を授かったことを嫌がっていた息子を救ってやるんだぜ? 優しい父親だろ」
「その言葉が聞けて嬉しいよ」
ははっと笑ったエリュシアが今度はルガシュへと向くとルガシュはヒッと声を漏らしたように硬直し、怯えた表情を向ける。
「お前は一度、精霊界に戻らなければならない。わかるね?」
戸惑いながらも逆らわず、静かに頷くルガシュに火の精霊としての勢いはない。むしろ母親に叱られた子供のようにシュンとして見える。
「お前はルールを破った。お前を守るためにあるルールをね。その罰は受けなければならない。それもまたルールだ」
ルガシュもわかっている。その罰が叱られる程度では終わらない厳しいものであることを。だが、これ以上ザイードの傍にいて傷つき続けるほうが彼には辛いのだろう。
角が取れたように丸く見えるルガシュはエリュシアに近付いてその手に乗った。
「ああ、先に戻るといい」
ペコっと頭を下げたルガシュは消える前にルィムを見た。そしてもう一度頭を下げて消えた。
「ルー……」
精霊界のことを知るルィムには彼がこれからどうなるかわかっているのだろう。
心配そうに眉を下げながらアストリッドに甘えるように寄り添った。
「さて、お前が父親とあまり話さなくていいように私から話をしておこうか」
「おいおい、言い方ってもんがあるだろ」
「ふふっ、すまないな。精霊は嘘がつけないもんでね」
指を鳴らすだけで椅子が現れ、エリュシアがそこに腰掛けた。
「ハキームはアーン・ハディールの泉を作った人間だ」
「ハキームが……作った……?」
先祖代々試練を受けに行くあの場所を作ったと言われても理解ができない。そんな昔から生きているわけがないと目で訴えるザファルにエリュシアが目を細めるもハキームが杖で軽く床を叩いて軽い音を鳴らす。
「誤解を招くような言い方はおやめください」
「私は事実を言ったまでだ」
「いいえ、事実ではございません。泉はもともとあの場所にあった。私はそこに水を運んだまでのこと」
「その途方もない努力があったからこそ、あの泉は稼働することができたんだ」
「中の泉のことか?」
頷くエリュシアがもう一度指を鳴らして椅子を四つ出した。
ザファル、アストリッド、ハキーム、バシールがそれぞれ席についてエリュシアに視線を集める。
「あの泉は百二十年前に一度枯れ果てたんだ」
「その間、試練はどうしていたんだ?」
「止まっていたさ。私はもう二度とアレイファーンの人間に精霊の加護を授けるつもりがなかったからね」
「どういうことだ?」
ふふっ、と小さな笑い声を漏らしたエリュシアにとってはまるで昨日のことのように思い出せる百二十年も前の話。
鮮明に覚えている人間の不義理が脳裏に蘇る。
「お前の遠い先祖が私との約束を破ったんだ」
「人間と約束をしたのか?」
「明確には、していない。だが、暗黙の了解はあった。なに、簡単なことだ。精霊を大切にしろ。ただそれだけだ。言わずともわかるだろう。自分たちよりも貴重な存在なのだから」
嫌な話だと誰もが瞬時に予想した。
「何代前の皇帝だったか覚えているか?」
「六代は前だろうな」
一人、遠くの椅子に座っているマルダーンが答えたが、アストリッドが怪訝な顔をする。
「百二十年前の皇帝が六代も前なのですか?」
「暗殺が多いからな」
この国の皇帝もまた、短命であることにアストリッドはまた口を閉じた。
「自分の利益のために精霊を酷使し、疲れ果てたあの子は力を使い果たし、消えていった」
「ルー……」
「そう。まるでお前のようにね」
穏やかに話をしてはいるが、当時のことは百二十年経とうと許せはしないのだろう。エリュシアの瞳の奥に炎が見えたような気がした。
「あの男は精霊が消えたと文句を言いに来た。お前が酷使したせいであの子は消えてしまったと言ったらなんと返したと思う?」
「新しいのを寄越せ。今度はもっと使い勝手の良い丈夫なやつを」
まるでその場で聞いていたかのようにハッキリ答えるマルダーンにエリュシアは「正解だ」と短く答えた。
「そういう人間ばかりだぜ、アレイファーン家は。俺の親父も、祖父もそういう人間だったからな」
ザファルの中に一つの疑問が浮かんだ。
「おじいさまは精霊を持っていたのか? いなかったのか?」
「取り上げられてんだよ。あの瞬間は笑えたなぁ。俺がこいつの加護を受けたときの反応の次に笑える反応だった。お前らにも見せてやりたかったぜ」
マルダーンの記憶の中に濃くある父親と祖父の取り乱し方。
精霊がいなくなっただけで、まるで権力を失ったかのような取り乱し方をしていた。兵士たちには見えない精霊を探せと命じ、見つけられない者たちには罰を与えた。
それに怯えた多くの兵士たちが逃げ出し、手薄になった宮内に入り込んだ暗殺者が二人を殺害し、マルダーンは若くして皇帝となった。
懐かしい思い出に目を細めながら愉快そうに一人肩を揺らす。
「ハキームは何故、泉に水を運んだんだ?」
「気まぐれです」
「隠すことはないだろう? ハキームは毎日、友への弔いにオアシスへと足を運んでいたんだ」
「エリュシア様」
「照れる必要はない。ラフナディールに再び精霊の加護が戻ったのは全てお前の功績だ。皇帝よりも遥かにこの国に貢献したお前は英雄として扱われるべきだと私は思っているがね」
「そのような大それたことではありません」
今も変わらないオアシスへの弔い。
マルダーンですら詳細は知らないハキームの過去。
謙遜ばかりするハキームの代わりにエリュシアが語り始めた。
バシールだけがその存在を知らないように驚きの表情を向けている。
「お久しぶりでございます、エリュシア様」
頭を下げたまま挨拶をするその小さな老人にスッと目を細め、まるで我が子の頭を撫でるように乗せた手を優しく動かす。
「久しいな、ハキーム。試練以来か」
「はい。息災のご様子、安心致しました」
「精霊の王である私がくたばっているとでも?」
「滅相もない。お会いする機会がございませんので、久しぶりに会えた喜びから出た言葉でございます」
「ふふっ、そういうことにしておこう」
ザファルとアストリッドがバシールとは別の意味で驚きを顔に出す。
「ハキーム、お前何故……」
ハキームの周囲に精霊はいない。それなのに何故精霊の姿が見えるのか。ましてや顔見知りであるかのような会話を交わす様子にザファルは戸惑いを隠せないでいた。
「なんだお前、知らなかったのか? この国に精霊を連れてきたのはハキームだぞ」
「なっ……!?」
初耳であることよりも意味が理解できない言葉にザファルは思わずアストリッドを見たが、アストリッドが知るはずもないことは確かで。
「その話はあとにしてもいいか? 私の可愛い子が泣いているんだ」
カトラに近付いて涙を拭ってやるとその小さな身体をそっと手で胸元に押し付けて抱きしめてやる。
口を開けて泣きじゃくるカトラにルィムは眉を下げ、心を痛めていた。
「ルガシュのために怒ってやるなんて優しいじゃないか。だが、精霊が人間を殺してはいけない。賢いお前ならわかっているだろう?」
ザイードは気を失っているだけで死んではいない。
涙を拭いながら必死に訴えるカトラの言葉を聞きながらエリュシアはゆっくり頷き続ける。
「精霊を粗末に扱った末路だと言えるが、お前がしていいことではないんだよ」
しゃくり上げながらも頷いたカトラの頭を撫で、マルダーンに振り返った。
「お前は言ったね、全てに価値があると」
「ああ」
「私も同じことを思っているんだよ。この子たちにはとてつもない価値があるとね」
「だろうな」
「それは人間が“使う”には分不相応なほどの価値だ」
マルダーンは瞬時に察した。エリュシアが何を言いたいのか、何をしようとしているのか。
「精霊王の決断には誰も逆らえんさ」
「息子に同情しなくていいのか?」
「してるからこその決断だ。火の加護を授かったことを嫌がっていた息子を救ってやるんだぜ? 優しい父親だろ」
「その言葉が聞けて嬉しいよ」
ははっと笑ったエリュシアが今度はルガシュへと向くとルガシュはヒッと声を漏らしたように硬直し、怯えた表情を向ける。
「お前は一度、精霊界に戻らなければならない。わかるね?」
戸惑いながらも逆らわず、静かに頷くルガシュに火の精霊としての勢いはない。むしろ母親に叱られた子供のようにシュンとして見える。
「お前はルールを破った。お前を守るためにあるルールをね。その罰は受けなければならない。それもまたルールだ」
ルガシュもわかっている。その罰が叱られる程度では終わらない厳しいものであることを。だが、これ以上ザイードの傍にいて傷つき続けるほうが彼には辛いのだろう。
角が取れたように丸く見えるルガシュはエリュシアに近付いてその手に乗った。
「ああ、先に戻るといい」
ペコっと頭を下げたルガシュは消える前にルィムを見た。そしてもう一度頭を下げて消えた。
「ルー……」
精霊界のことを知るルィムには彼がこれからどうなるかわかっているのだろう。
心配そうに眉を下げながらアストリッドに甘えるように寄り添った。
「さて、お前が父親とあまり話さなくていいように私から話をしておこうか」
「おいおい、言い方ってもんがあるだろ」
「ふふっ、すまないな。精霊は嘘がつけないもんでね」
指を鳴らすだけで椅子が現れ、エリュシアがそこに腰掛けた。
「ハキームはアーン・ハディールの泉を作った人間だ」
「ハキームが……作った……?」
先祖代々試練を受けに行くあの場所を作ったと言われても理解ができない。そんな昔から生きているわけがないと目で訴えるザファルにエリュシアが目を細めるもハキームが杖で軽く床を叩いて軽い音を鳴らす。
「誤解を招くような言い方はおやめください」
「私は事実を言ったまでだ」
「いいえ、事実ではございません。泉はもともとあの場所にあった。私はそこに水を運んだまでのこと」
「その途方もない努力があったからこそ、あの泉は稼働することができたんだ」
「中の泉のことか?」
頷くエリュシアがもう一度指を鳴らして椅子を四つ出した。
ザファル、アストリッド、ハキーム、バシールがそれぞれ席についてエリュシアに視線を集める。
「あの泉は百二十年前に一度枯れ果てたんだ」
「その間、試練はどうしていたんだ?」
「止まっていたさ。私はもう二度とアレイファーンの人間に精霊の加護を授けるつもりがなかったからね」
「どういうことだ?」
ふふっ、と小さな笑い声を漏らしたエリュシアにとってはまるで昨日のことのように思い出せる百二十年も前の話。
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嫌な話だと誰もが瞬時に予想した。
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「六代は前だろうな」
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「取り上げられてんだよ。あの瞬間は笑えたなぁ。俺がこいつの加護を受けたときの反応の次に笑える反応だった。お前らにも見せてやりたかったぜ」
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それに怯えた多くの兵士たちが逃げ出し、手薄になった宮内に入り込んだ暗殺者が二人を殺害し、マルダーンは若くして皇帝となった。
懐かしい思い出に目を細めながら愉快そうに一人肩を揺らす。
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「気まぐれです」
「隠すことはないだろう? ハキームは毎日、友への弔いにオアシスへと足を運んでいたんだ」
「エリュシア様」
「照れる必要はない。ラフナディールに再び精霊の加護が戻ったのは全てお前の功績だ。皇帝よりも遥かにこの国に貢献したお前は英雄として扱われるべきだと私は思っているがね」
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